表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/39

『呼んだ~?』

鍾乳洞の横穴に陽の光が差し込んでいる。出口へ向かい足早に進んでいた村上達は大きな黒い影を見て足を止める。

逆光に目が慣れてくると、肩に女性を担いだ一見ひ弱な高校生の男性が浮かび上がる。

「宮島謙太君。そこで女性を下ろして投降して下さい。県警の人が来ます。」

村上が職務として発言した。

村上との距離は5メートル。お互いの顔が認識出来る距離まで近付いていた。

謙太は無表情のまま前に出る。右手には光輪の華の道場で人を刺して来た時のナイフが握られていた。

咄嗟に村上は回避行動に出るが謙太は尚も距離を詰める。驚いた村上は脚が縺れ尻餅をついて倒れてしまう。

女性を担いだままの謙太は表情を変えず右手を突き出した。

村上は倒れたまま左に顔を傾け、目を瞑る。

村上の前に黒いキャミソールが立ち塞がる。村上は目を開けるとホワイトブロンドの長い髪をした女性がそこにいた。


出口付近で悲鳴が上がるのを聞いた哲也は陽が射す鍾乳洞の出口に急ぐ。

女性を担ぎ右手に血の付いたナイフを持った宮島謙太の姿が浮かび上がっていた。

謙太の足元には長身の女性が倒れている。

雅人はニヤリと笑うと石柱から謙太に飛び移ろうとする。

その瞬間。空気が裂ける音がして宮島雅人だった物怪は黒い煙を上げこの世から消え去った。

哲也はそのまま謙太に突っ込もうとした時、大きな黒い塊が前を塞ぐ。

哲也の足が止まった瞬間その塊は担がれていた女性を右手で掴み、哲也に放り投げると左手の掌底で謙太の右顎を打ち抜いた。

謙太は2メートル程吹き飛びそこから動かなくなる。

哲也は放り投げられた女性を受け取るとゆっくり地面に下ろす。

村上が騒いでいるのを、肩を軽く叩き落ち着けさせ、血の付いたキャミソール姿の徳武美恵子に近付いた。

「て・・・つやくん。やったのね。素子ちゃんは守ったわ・・・私とした事が、ドジふんじゃった。寒い・・・寒いわ。哲也君強く抱いて・・・」

哲也は言われるがまま徳武を抱き上げる。

大きな黒い塊・・・八田の顔を見上げると、目を瞑り左手を米神に当て首を振っていた。

哲也はもう一度徳武を見てから手の力を抜く。

「ギャン」と言って徳武は地面に落下した。

「美恵子さん・・・それどこで手に入れるんですか?血糊ですよね。まさか、この為にわざわざ仕込んで来たんですか?」

呆れて立ち上がる哲也に下から笑顔で応える。

「何だ~バレバレなのね。こんなのパーティーグッズ店で買えるわよ。もうちょっと優しく抱いてくれればまた楽しい事出来たのに。」

「大体、物事を見通せる美恵子さんが、謙太程度のナイフに刺される訳ないだろ。なんで、こういう時まで遊ぼうとするんだよ。」

山人刀を腰の鞘に入れながら哲也は左手で徳武の手を取り、立ち上がらせる。

肩で息をしながら刈谷がやっと追い付いて来た。

「いや、速いな。僕もまあまあ体力には自信あったけど、鍛え方が違い過ぎる・・・哲也君、物怪討伐確かに確認しました。症例通り消え去ったという事は間違いなく物怪として処理します。ありがとうございました。」

腰が抜けたままの村上を起こし、刈谷は謙太の近くまで歩く。

「八田さん。()っちゃって無いですよね。」

謙太の脈を取ろうと右手を出した瞬間だった。刈谷の右手を左手で掴み謙太が起き上がりながら右手に持った石を振り下ろそうとする。

刈谷は掴まれた手を逆に掴み返し内側に捻りながら、振り下ろして来た謙太の右肘の内側に左手の親指を突き刺しそのまま腕を掴むと体重を後ろにかけ、謙太を起き上がらせると同時に左足を前に入れ力を籠めると右足で謙太の左足を払った。

謙太はそのまま仰向けに倒れる。

「宮島謙太。女性誘拐と殺人刺傷、公務執行妨害で確保する。」

謙太はそれでも信じられない態勢で起き上がり暴れようとする。

風が舞った。

謙太は操り人形の糸が切れたように崩れ落ちる。

刈谷が後ろを向くと、山人刀を振り込んでいた哲也の姿が眼に映った。

「死んではいないけど。意識・・・思念は切った。誰の思念かは美恵子さんに聞いてよ。」

「いや、ありがとう。有言実行だね。被害女性は?」

村上が被害者、杉村沙紀の介抱をしていた。

「呼吸、脈拍はあります・・・あると思うんですけど、体温を感じません。」

鍾乳洞の出口では朝から降っていた雨が止み、真夏の熱気が吹き込んで来ていた。

徳武が口に付いた血糊を拭きながら近付く。

「霊障を受けているのね。謙太の意識体自体が雅人の分身だったのかもね。こんな所に連れ込んで何しようとしたのかしら・・・まあ知ってるけど。」

「どうにかなりませんか。病院に搬送するまで持ち堪えられますかね。」

刈谷は言いながらスマホで救急車両と鈴木に事件解決の連絡を入れる。

「俺は霊障の除去自体は出来るけど、この子の場合それやると生命維持に問題ありそうなんだよ。美恵子さんはどう?」

「どう、って。私は感知能力があるだけよ。知ってるでしょ。こんなの・・・楓さんでもなかったら対処出来る人なんて聞いた事無いわよ。」


『呼んだ~?』


泉のせせらぎに美しい鈴の音の様な声が吹き込んで来た。

一斉に声の主に目が向く。大きな岩の上に人影が見える。

広く大きな麦わら帽子、白地に赤いハイビスカス柄のアロハシャツ。ピンクのタンクっトップに白地のホットパンツから伸びた白く美しい素足にビーチサンダルを履いた美少女が左手にワッフルコーンのソフトクリームを持ちながら微笑んでいる。

「楓さん?どうしてここに・・・あっ。」

徳武が瞬時に、あまりにも順調に行った問題解決の理由を悟る。

「だから雅人はここから出られなかった・・・穴の何処にも潜めずに・・・楓さん、何時からここにいたんですか?と言うか、何故・・・」

「ん?・・・う~ん。美恵子ちゃんが哲也君に絡み付いていたのは見てたけど。気付かなかった?いやね、東洋医心研究所(うち)の慰安旅行で白濱ニューグランドホテルに帰郷しない子達と来たんだけど、朝から雨だわ、道路は検問で前に進まないし、挙句ホテル着いたら殺人鬼が潜伏しているかもしれないから外出は控えて下さいとか言われて~私はゆっくり休めて良いなって思ったんだけど、折角海に来たのに台無しだからさっさと問題解決して来てくれって、うちの所長が言うからね、こっちの方が怪しいな~って歩いて来たのよ。」

一同は改めて周囲を見渡す。波の音が聞こえ、確かに海に近い場所という事は理解出来た。ただ森が深い。松等の針葉樹に囲まれ、高い雑草に覆われている。大きな岩もゴツゴツと剥き出している。この美少女の出で立ちで簡単に歩いて来れる場所ではない事は分かる。

しかも、手に持っているソフトクリームはこの温度でもまだ溶けてはいない。

「秋月先生。先月ご挨拶したばかりですが、お会い出来て光栄です。差し出がましいお願いですが、この状況を治めて頂けますか。人の生死に係わりますので・・・」

刈谷が姿勢を正し、目の前の美少女に深々と頭を下げる。

楓は微笑んで右手を軽く振り、乗っていた岩から飛び降りる。着地の音もなく滑る様に歩いて来ると手に持っていたソフトクリームを八田に渡す。

八田は両手で丁寧に受け取り姿勢を正して礼を尽くした。

そのまま村上の前に来ると徳武に微笑む。

「美恵子ちゃん、そろそろ出来るんじゃないかな~こうさ、グルグルポンって引き抜く感じでね。」

楓の発言に一同は凍り付き、徳武に視線が集まる。

「えっと・・・はい。ぐるぐる・・・ポン・・・ですね・・・やってみます。」

今までどこか余裕でふざけていた徳武の表情は影を潜め、試験官の目の前で実技試験を受ける学生の様に真摯な態度になっていた。

徳武は村上の前にしゃがむと、抱かれている杉村沙紀の額に自身の右手人差し指を近付け、目を瞑り沙紀の思考にリンクする。白い半透明の触手の様な糸くずが映し出されて来た。

その糸くずを指先で纏めるように絡み取りそのまま引き抜いた。

引き抜かれた糸は空中で広がると、今度は徳武に静電気に引き付けられる様に纏わりつこうとする。

不意に乾いた空気の音と共に糸は分断され、煙になって消えた。

徳武が右を向くと山人刀を薙ぐ哲也の姿があった。

「合格よ。哲也君もナイスフォローね。二人共良いコンビになりそう。」

楓は言うと沙紀の両耳の後ろに中指と薬指を這わせ顎に向って優しく撫でる。

倒れていた沙紀は瞬きをすると大きく息を吸う。記憶が津波の様に押し寄せてパニックを起こす瞬間、楓が眉間に掌を翳すと、沙紀の呼吸が落ち着き、正常な意識を取り戻した。

「もう大丈夫よ。怖かったね。この人達のお陰でもう隠れて住まなくても良くなったよ。」

楓は優しく微笑むと立ち上がり八田の前に歩いて行く。

八田は(ひざまず)き預かっていたソフトクリームを楓に差し出した。

「ありがとう。清隆君もご苦労様。」

楓に労われた八田は跪いたまま頭を下げる。

そのまま刈谷に近付くと謙太を見下ろしてから呟く。

「この子は中身が無くなっているわ。伽藍の器。もはや精神は無くなっている。この国で法の裁きを受ける事は出来ないと思うけど、逮捕して取り調べるんでしょ。受け答えは出来ないけど。」

「はい。先生のお陰で誘拐事件は勿論、全ての事件が解決しました。亡くなられた方の遺族から訴訟されると思いますが、この事件は最初から理不尽な内容ですから・・・自分も特事監理官になって以来の大事件になります。いろいろ勉強になりました。後は自分が処理します。秋月先生、ありがとうございました。」

刈谷に微笑むと楓は波の音がする森の先へ歩き出そうとした。

「あ、あの。静岡県の県民生活安心保全課で担当をしています。村上素子と申します。この度はありがとうございました。」

村上が近寄って楓に挨拶する。

「はい。秋月楓です。これから報告書作るんでしょ?大変だけど頑張ってね。」

楓が振り返って村上に応える。

「この方が哲也君の師匠、世界最高峰の術者の方ですよね。」

村上が刈谷に聞き、刈谷は頷く。改めて村上は楓に深く頭を下げると、口を開く。

「あの、この鍾乳洞の中に起源不明の祭壇の様な場所があるんです。壁に書かれている文字は解読出来なかったんですけど『泥魂(どろたましい)』とだけ漢字が書かれていました。何か知っていらっしゃる事ありませんか?」

言われた楓は陽の傾いた空に向い、目を細めて眺めると応える。

「泥魂?・・・『でいごん』って読むんだと思ったな。元は海の神族群の一つ・・・伊豆諸島に崇拝する宗教団みたいのがあったんだけど、江戸時代に全滅させられたんだったかな。日本では無くなった古代宗教の一つ。そういうの興味あるの?」

優しい微笑みに見惚れながら村上が返事をする。

「はい。大学では民俗学を専攻していました。古代宗教なんですね。もしかして宮島雅人の容姿と関係が有ったりするのかもしれないですね。報告書に厚みが出来そうです。ありがとうございます。」

村上の答えに楓は微笑むと何か思い出して話す。

「ああ、宗教で思い出したわ。ここに来るまでにうろうろしていた精霊がいたから、この山の守護しなさいって言っといたからさ。じきに来ると思うよ。」

言い終わると楓は右手を振りソフトクリームを舐めながら帰って行った。


遠くでサイレンの音が響いて来た。

刈谷のスマホが震える。

『監理官。正確な場所が分かりますか?近くまでは来ていると思います。』

鈴木の声に、GPSの座標を言い、鍾乳洞の入り口にいると伝える。

『鍾乳洞?そんな所があるんですか?座標は分かりました。これから進入します。』

刈谷がスマホを仕舞い、哲也に言う。

「さて、警官隊がここまで来るのに何分かかると思う?楓さんの移動方法って本当に足なのかな?」

哲也が笑いながら応える。

「一時間ってところかな。楓さんがどんな存在なのかくらい神奈川時代にも体験しているでしょ。全てが規格外だよ。それより、新しい『神』が来るってどういう事?」

哲也に聞かれ徳武が応える。

「そんなの分からないわよ。楓さんがやる事なんて人間には理解不能よ。現にこの場所に来ていた事でさえ私にも分からなかったんだから。あの言い方だと小さな精霊に命令したみたいね。まあ、小さな神様から少しずつ恩恵を賜ればこの山もいずれ豊かになるんじゃない。」


突然明るかった空から光が消える。鳶の鳴き声がした途端突風が巻き起こり、楓が立っていた岩の上に大きな鳶の形をした鳥が舞い降りて来た。

羽根を閉じ岩に立つ姿は3メートルを優に超える。哲也達を見据えると羽根を広げる。

両翼の幅は6メートル以上ある。


『楓殿より指名されこの地に降りる。我住処を整えよ。』


脳裏に強く木霊する。

「承知致しました。人の(ことわり)でこの土地の所有者に銘じて必ず(ほこら)を直す事をお約束致します。暫しお待ちください。」

徳武が鳶に宣言すると鳶は一声上げて天高く飛び立った。

「・・・小さい神様・・・の筈だよな・・・普通、あんな精霊がうろうろするのかよ・・・守護しなさいって言っといたとかさ・・・楓さんってさあ・・・」

哲也がぼそぼそと呟く声に徳武が笑い出す。

「流石は世界最高峰の師匠よね。何がうろついてる精霊よ、本物の神様じゃない。テンション上がったわ。刈谷君、ここの所有者に絶対祠直さないと信じられないくらいの天罰喰らうって言っといてよ。私が約束したんだから、やらなかったら私も呪いかけるわよってね。その代わり、きちんとお祀りすれば途方もない御神徳を賜れるわよ。」

言われた刈谷は苦い顔をする。

「それが、ここの現所有者は、この宮島謙太の父親の会社なんですよ。はたして『神』を信じる事が出来る精神状態かは、推して知るところがありますね。」

哲也と徳武は顔を見合わせて刈谷に応える。

「そんな事は関係ない!来る時に見えた祠の修繕は絶対!今すぐ下田の腕利き宮大工を揃える事が重要!」

二人で揃って言い放つ。

「あ、はい。至急手配します。」

「あの・・・今のは何ですか。秋月先生が仰っていた精霊ですよね。あんなに大きな鳥がいるんですか。千夜一夜物語のロック鳥かと思いました。不思議と怖くなかったんですけど、この事件そのものより大きな衝撃でした・・・報告書に何て書けば・・・」

村上が呟くのを刈谷が微笑んで応える。

「見たまま、聞こえたままを書けばいいんですよ。最終的なすり合わせは自分の所に質疑書が来ますから。今回は裁判所案件でしたよね。自分からそれ用の報告書は県庁に提出しますから大丈夫ですよ。」


暫くすると藪を掻き分ける音がして救急隊と警官隊が松林の間から出て来た。

「監理官。凄い所にいたんですね。地図で見た時は大したことないと思ったんですが、誰もここを知る者が無く、歩ける所がほとんどない。ホテルから山を降りて来たんですか?」

鈴木が刈谷に告げ、救急隊が杉村沙紀を介抱しながら担架を用意する。

沙紀は「歩けます」と言い、刈谷からの連絡で用意された靴を履き立ち上がった。

刈谷が近付き沙紀に話しかける。

「ご両親はご無事です。大怪我ですが命に別状は無いそうです。婚約者の方と同じ病院に入院されています。沙紀さんも同じ病院に入れるよう手配しました。この度は災難でしたけどこれから新しい人生を歩めるようお祈り致します。」

言われた沙紀は声を上げ泣き出すと、言葉にならない感情のまま深く頭を下げる。

沙紀が落ち着くと、救護班が介助しながら救急車両を目指して歩き出す。

用意した担架には宮島謙太が乗せられ、警官隊によって運ばれて行った。

「刈谷監理官、これは、何がどう起こって、解決出来たんですか?もう直ぐ室長も到着すると思います。」

鈴木の問いに刈谷は肩を叩きながら応える。

「今回の事件、自分が経緯報告書を作成しますが、あくまでも本件、誘拐事件についての物になります。真実については村上さんに聞いてみてください。誰も信じてはくれませんけどね。あと、宮島社長には連絡しましたか。この土地の利用法について最優先で協議しなければならない事案があります。」

「はい。生存者、関係者及び監視カメラの映像から宮島謙太が容疑者として確定出来ましたから、未成年者の謙太に対しての法定代理人として両親に連絡済みです。別の担当が同伴しています。」

鈴木の話を聞くと刈谷は頷いて哲也達の下に歩く。

「皆さん、お陰様で事件は終結致しました。ご協力感謝致します。曽野川さん、救護班と一緒にお帰り下さい。無事で良かったです。」

黙って付いて来た曽野川は哲也の下に来て頭を下げる。

「大きな態度で申し訳なかった。よろしければこの老体に修行を付けて頂けないだろうか。」

言われた哲也は曽野川の肩を軽く叩き応える。

「こちらも生意気な態度でした。ですが、自分はまだまだ修行中の身ですから教えられる事は何も無いし、自分の技術は血筋から来るものがあります。元の生活に戻られるのが最良と思いますよ。」

言うと哲也は藪に向って歩き出す。

天空では鳶が数羽、円を描いていた。山の上から涼しい風が吹き降りると、雀の群れが松林に入って来る。雀は一度枝に集まると雑草の中に降り、沸いていた虫をついばむ。

様子を見ていた徳武は村上に言う。

「ね、これが神徳の一つよ。これからこの山は正常な食物連鎖と植生が整って行くのよ。しかも異常な速度でね。私達も急いであの祠を整えないと天罰を受けちゃうからね。」

言われた村上は雀を見ながら応える。

「今回は私の頭の中、完全にキャパオーバーです。これって、公務員がやる事じゃないですよね・・・でも、楽しくなって来ました。人間の醜さを見ましたけど、この国にはちゃんと神様がいらっしゃる事が分かりました。嫌な事件でしたけど、なんか幸せな気分で終われそうです。」

村上の応えに満足そうな笑みを見せて、徳武は村上の肩に手を回し哲也が歩いて行った後を追う。

「ところで、そのヒールでよく歩けますよね。足痛くないんですか?」

「素子ちゃん、お洒落と自己主張は大切なのよ。今度うちの店に来てよ。綺麗なネールに仕上げてあげるからさ。」

「私、公務員ですよ。あんまり派手なのは・・・」

二人は高く茂る藪に入りながら女子話に花を咲かせていく。

曽野川は目で追いながら八田を見上げ、頭を下げると二人の後を追う。

「八田さんも行ってください。ここからの方が険しそうですから足元に気を付けて下さい。」

刈谷に言われ、頷くと八田も徳武の後を追った。

鈴木が刈谷に近付く。

「監理官、一応の現場検証は終わります。報告書の件、宜しくお願いしますよ。署長は兎も角、室長は若干やっかみがありそうですから。」

「まあ、理解出来ますよ。神奈川でも通常勤務の方々と私の部署は中々相容れないですから。解決しましたから今日からはご自宅に戻られて大丈夫ですよ。自分はもう暫く神社にお世話になります。」

刈谷の話しに鈴木は「自分もあの神社、居心地良いんですよ。あんなに良く寝られる部屋は記憶がありませんから。」と言い、笑って捜査員に撤収を告げる。

刈谷は改めて鍾乳洞に振り返ると両手を腰に当て、天を仰ぐ。

陽は傾き、青かった空は薄紫色に変わっていた。

建物の影が見え、その奥に赤い鳥居の祠が見える事に気付き、柏手を打って頭を下げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ