表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/39

地下迷宮

錆びついて硬くなった鍵を開け、ホテルの裏庭に当たる崖下に出る。

尚も強い雨が落ち、遠くで雷鳴が轟いた。

傘を持ったまま崖を見上げると雨で霞んだ先に朱色の鳥居が見える。崖側からのアクセスは荒削りの階段を延々と上る事になりそうだった。

「うん。今でも『神』は帰って来ていない。かと言って追い出された訳でも無さそうだけどね・・・まあ、今の課題はそこじゃないから『入口』を探しましょ。」

徳武が言い、刈谷を先頭に建物の周りを歩き始める。

裏には変電施設やボイラー室、プロパンガスの大きなタンクがあり、雑草が覆い茂っていた。

刈谷は先頭に立ち出来るだけ道を作ろうとするが腰まで伸びる草達に前へ進む事が出来ない。

キャミソールにピンヒールの出で立ちにも拘わらず徳武は特に気にするでもなく進む。

「刈谷君。気にしなくても大丈夫よ。ありがとう。でもさ、ちょっと気付いた?『神』がいない山は虫だけが増えるのよ。それと雑草ね。女の子には嫌われがちな爬虫類ですらいないでしょ?これだけ草だらけで虫がいたら食物連鎖ってものが起こる筈じゃない。ここには鳥すら降りてこない、蛙の声もしないでしょ。神奈川は庇護の厚い山が多いからあまり経験ないんじゃない?静岡でもここまで何もない山は大小関係なく聞かないわね。特に穢れ地と言う訳でもないし、御爺ちゃんの言ってた『悪霊』も遠からず当たってるのかもね。」

勝手について来た曽野川を怪し気に見て徳武が言った。

らちが明かないと哲也が刈谷の前に出て山人刀を薙ぐ。雨の中、乾いた音がして次の瞬間切り裂かれた葉がはじけ飛んだ。

「道は造ったよ。美恵子さん、どっち?」

「流石~哲也君。ナイス能力の無駄使いね。崖近くまで行けば何かあると思うんだな~防空壕跡みたいな~レンガで組んである炭焼き小屋風な~」

完全に場違いな発言の徳武に脱力を感じながら哲也がもう一度山人刀を薙ぐ。崖下まで道が出来上がると右側、火成岩が剝き出しの壁があり、徳武が言った炭焼き小屋を連想させる様な小さな入口が見える。赤錆びた鉄板の入口は土で目張りされ取手も無い。

「ここから中に入って地下に潜って行くと言えばいいのかしらね。もしかしたら別の入り口が何か所もあって謙太はそこから侵入してくるのかもしれないけど、まだこの山の領域には入って来ていない。腐れ雅人と謙太本人が接触する前に沙紀ちゃんを奪還しておきたいわね。」

刈谷が入口脇の壁にオイルランプが二つ架かっているのを見つけ、火を燈す。最初黒い煙が出ただけだったが、再び火を点けるとオイルの焼ける強い臭いの後、ランプの中で炎が上がる。二つとも揺すってみるとオイルは満タンに近いようだった。

「良かった。ライトは在りますがどれ程の深さか分かりませんからこのランプで行ける所まで行きましょう。」

一つは刈谷自身が持ち、もう一つを八田に預ける。

刈谷は哲也に合図すると頷いた哲也は入口を切り裂いた。

八田が扉を取り外すと中は意外と広く大人一人が十分に歩ける幅の階段が現れた。

「うわ。地獄に続く階段ってこういうのを言うんでしょうね。ゲームとかの地下迷宮(ダンジョン)みたいな感じですね。何の為に作ったんでしょうか?他で見る防空壕とは違いますよね。」

村上が徳武に囁く。

「素子ちゃん、怖くなった?ここでやめとく?入口に封印をしたのは戦後だと思うけど多分宗教的な何かの為に作っているわね。帝国陸軍が何か探していたって聞いたんでしょ。彼等もその何かを探していたのかもしれないわね。」

刈谷が先頭に立ち暗黒の階段を降りて行く。

岩盤を削った造りの階段は十五段降りると踊り場になっていて、また十五段下っている。下り始めたところから四回目の踊り場を回ると最後の十五段が待っていた。崖下の地面から六十段、約15メートルは地下に潜った事になる。

刈谷は最後の一段を下りる前にランプで足元全体を照らし、地盤の安定具合と酸素の確認をする。ランプの炎は一定のまま、地面は乾いていた。

「大丈夫そうです。降り切ったら少し開けた空間が見えます。」

真後ろの哲也に言う。

「うん。そこには何もないよ。一旦そこで様子を見よう。」

階段を下り切ると岩盤を()り貫いた六畳間程の広さがある部屋になっている。天井は低く2メートル程度、長身の八田は少し腰を屈むような感じだった。

刈谷は壁にトーチが掛かっているのを見付け、肩に掛けてあったザックから綿の布とライター用のオイルを取り出して火を点ける。

狭い部屋に火の光が広がり通路が二つある事を示した。

「さて、ここからが迷路の始まりでしょうか。徳武さん、分かりますか?」

階段を下りた所から部屋の中心に歩み出た徳武は腕を組んで微笑むと左の通路を指し示す。

「結構降りて来たのに空気は動いているのね。これを造ったのが、どうやら人間ぽくって安心したわ。酸素を必要としない様なのが相手だと厄介だからね。」

「ぽいってどういう事ですか?『人間』とは断定出来ないというのですか?」

村上が質問をする。

「素子ちゃん。私達が相手をするのって普通の人間じゃないでしょ。私もここ数年で特に実感したわ。この世には人ならざる者が存在するのよ。だから、特殊事例として別の捜査がある訳でしょ。まあ、今回は哲也君がいるから余程の相手でも無ければ大丈夫よ。」

話を聞いていた刈谷が哲也に合図して徳武の示した左の通路に向う。

ランプを足元に照らすと高低差がある事に気付き注意を促す。通路は更に天井が低く哲也も身を屈めながら進んで行く。通路は一本道で階段前の部屋の様に平らではなく上り下りがあり、大きく曲がる場所が何度も続いた。暫く路のままに進むとまた六畳間位の開けた空間が出て来た。ここにもトーチがあり灯を点ける。

「大分進んで来ましたね・・・もう一時間近く彷徨っている。村上さん、大丈夫ですか?」

刈谷は腕時計を見てから村上を見ると肩で息をしている姿に声を掛けた。

「大丈夫です。ちょっと閉所恐怖症の人の気持ち分かって来ました。ここに来れて良かったです。やっと呼吸している実感が戻りました。」

村上の返事を聞いて、改めて部屋を見る。侵入路の反対に今度は三か所暗い通路の入り口が見える。徳武の表情が曇っていたので、意見を聞く。

「う~ん。正解は右側の通路なんだけど・・・謙太がこの山の領域に入って来たわ。急ぎたいところだけど、この先に多分古代・・・なのかな~年代は分からないけどかなり古い・・・なんていうのかな、祭壇の様な儀式を行う為の礼拝堂がある。そこに雅人が幽閉されている・・・逆なのかな、今分るのは『人』ではない何かが待っている。」

「相手も我々の動向には気付いているという事ですか?」

徳武の発言に刈谷が静かに聞く。

「うん。最初から分かっている筈よ。何度か攻撃を受けていたの気付かなかった?哲也君が歩きながら結界張っていなかったら途中で三回は生き埋めになっていた所ね。本当は私や素子ちゃんはここで離脱したいところだけど、ここまで来ちゃうと戻るより進む方が、道が短いから、その礼拝場に入ったら私達は直ぐに外に出る通路に入るから哲也君は瞬殺しちゃってね。」

言いながら徳武は村上と八田に目で合図を送る。二人共頷いた。

「美恵子さん。相手は『人間』なんですか?それとも思念体の様な感じなの?」

哲也が訊ねる。

「分かんな~い。見て見ないとね。ただ~嫌な奴度は増してるからとっととやっつけちゃってよ。感じな~い?死臭みたいな~魚の腐った臭いするでしょ。」

徳武の発言に哲也は刈谷を見る。

「もし、宮島雅人が存命ならば重要参考人として身柄を確保しますが、生きている状態によりますよね。徳武さんの言い方ですと・・・ただの肉塊の様な連想が出来ますし、物怪化していてくれると判断しやすいんですけどね。」

「刈谷さん。『生きている』事の定義は?俺達は物怪や死霊の類は消せるけど、殺人はやらないよ。一線だけは越えられないんだ。」

哲也は思った通りの事を言う。

「哲学上の事は置いておいて、人間として呼吸をし、臓器がある程度正常に作動、勿論心臓の鼓動が確認出来る状態を言うよ。問題は『脳死』状態で思念のみが正常な場合だね。普通に聞いたら矛盾した状態だけれど、哲也君には理解出来るね。その思念が人に害を与える事が明確な時、その場合は『物怪』としてその思念を抹消する必要がある。ただ、基本的に医学上、救護活動を必要とする者は例え犯罪者でも生きて捕まえ、法廷の場に立たせるのがこの国の法律になると考えているよ。」

「・・・答えにならないよ。まあいいや。GOサインは刈谷さんが責任持って決めてくれよ。相手がその『思念』を使えないように意識そのものを消せばいいんだろ?」

「うん。全ての責任は自分にあるよ。さらっと難しい事言うけどそんな事が出来るの?」

刈谷の質問に全員が哲也を見る。

「その為に小さい時から修行して来たんだよ。父さんや伯父さんからもだけどさ、俺の師匠は世界最高峰の術者だからね。」

哲也の言葉に徳武が笑い出す。

「哲也君はその『師匠』の話しする時が一番輝いてるわね。妬けるわ~まあ哲也君だけの師匠じゃないけどね~それじゃ、予定通り最終決戦場へ向かいましょ。聞こえる?遠くに波の音がするでしょ。いつの間にか海に近い所まで降りて来たのね。」

徳武の発言に村上が質問する。

「徳武さん、降りて来たのねって、この場所が最初から分かっていたんですよね?外から来た方が早かったんじゃないですか?」

「村上さん、違うんだよ。上から追い込んでここまで来たんだ。最初から外回ったら穴の何処かに逃げられた場合もある。美恵子さんのお陰で真っ直ぐここに来れたけど、地下空間は本当に迷路になっていて迷ったら出て来れない可能性もあったんだ。隠れられたら厄介だった・・・俺も今になって理解したんだけどね。それに今、外には警察の包囲網があるから奴らは迂闊に表に出られない。やっと最後の出口まで追い込んで来たんだよ。何故かそこから先には出て行かないみたいだけどね。」

徳武に代わって哲也が応えた。徳武は両手を腰に当て、満足そうに微笑む。

「それでは、行きましょう。攻撃を(かわ)して来たという事は、直接対決には問題ないと考えて大丈夫ですね。」

刈谷が哲也に聞く。

「ああ、雅人自体は大したことない。問題は、何って言うのかな・・・生命維持装置みたいに粘っこく付き纏っている奴がどれ程の者なのかが分からない。今となってはどっちが本体なのかもね。刈谷さん、ランプはここまでだ、火は消そう。あいつの得意分野は分かっているんだ。」

言われて刈谷も八田もランプの灯を消す。火が消えると徳武が指示した通路だけが薄明るい事に気付く。刈谷がライトを点け最後の通路に向った。


通路を抜けると水の流れる音がする。刈谷がライトを振ると鍾乳洞の様に石灰岩が水の浸食を受け、まるで墓標の様に並ぶ石柱の群像が見え、穴の奥から泉が沸き小さな流れがあった。薄い光が出口らしき方向から差し込んでいる。次第に目が慣れると鍾乳洞全体が浮かび上がって来た。

徳武が言う『礼拝堂』の様に開けた空間がある。教卓の様な石造りの台があり壁には解読できない言語で文字が刻まれている。その中で漢字らしき文字がある。

「こんな場所、伊豆に在ったなんて・・・あの漢字の様な文字、『(どろ)(たましい)』って書いてありますね。他は見たことも無い字・・・記号ですかね。下田市歴史資料館でも聞いた事ありません。」

村上が言いながら高い天井を見上げた瞬間だった。両手を広げ、氷柱(つらら)の様に垂れ下がった鍾乳石を掴み移動しながら回り込んで来る陰が見えた。

村上が叫ぼうとする口を徳武が抑え、目で合図をする。村上は頷き徳武と八田に付いて足早に光の差す出口に向かう。

「爺さんも急げよ。あんたじゃ何も出来ないよ。」

哲也は勝手について来た曽野川を見もせずに言い、腰の山人刀を抜く。

「刈谷さん。あれは人間かい?物怪かい?」

天井を移動する陰を目で追いながら哲也は聞く。

「どうだろうね。人間だとしたら凄い運動能力の持ち主だな。可視化しているから所謂霊ではないよね。一応持っている銃が効けばいいけど。」

「刈谷さんって大物だよな。この状況で発言が緩いって言うか、間が抜けてる。警察の常套句『無駄な抵抗は止めて出て来なさい』とでも言いそうだしさ。」

哲也が笑いながら応える。

「まあ、現時点では直接被害者と呼べる人がいないから現行犯逮捕は難しいかな。天井を移動しながら体鍛えてたって言われたら元も子もないし。」

刈谷の発言に哲也は棒立ちになって応える。

「あの爺さんが襲われるの待つ?」

「ああ~そういうのは無しね。取り敢えずさ、足止めしようか。この場合手止めなのかな。」

「OK」といって哲也は山人刀を振るう。陰が次に掴もうとした鍾乳石が消え宙を掴んだ。

陰は最後に掴んでいた鍾乳石に片腕で垂れ下がり哲也を睨む。

手足が異常に長くぼさぼさの黒髪から両生類を思わせる滑りのある顔、両目が外に開き異様な広さの口。

「河童か?胡瓜食うか?」

哲也が揶揄(からか)いながら声を出す。

「あ~静岡県警の者です。危険なので一旦降りて来て頂けますか。安全に降りられますか?」

刈谷が言うのを脱力しながら哲也が聞く。

「刈谷さん。あのさあ、やる気無くすんだよな。何それ?」

「いや、一応ね。無抵抗な人を強制的に束縛するのはこの国では認められていないからね。容姿については何か特別な事情が有るかも知れないだろ。まあ、これで、注意はこっちに向いたから村上さん達が外に出る時間稼ぎにもなったんじゃないの?」

「ああ」と言って哲也は最後に掴んでいた鍾乳石も切り刻んだ。

掴むものが消失した陰は垂直に落下する。地面から突き出た石柱の上に音もなく降りると四つん這いの姿勢になり哲也に向って飛び込んで来た。

哲也は右足を引き身体を捻ると飛び越える相手に山人刀の柄で後頭部を正確に打ち抜いた。

「お名前言えますか?宮島雅人さんで宜しいですかね。」

勢い余って壁に突っ込んだままの陰に刈谷が質問する。

陰は頭を振りながら立ち上がって二人を睨む。身長は2メートルを超えていた。

不意に刈谷の頭の中へ飛び込んで来るビジョンがあった。

海中に落ちた車内から抜け出し、波に打ち付けられ海中の岩に身を削られながら『生』に執着した時、海の中から触手の様な不透明な腕が何本も絡み付き深海へ引き摺り込まれる雅人の姿だった。当然刈谷は生前の雅人は知らないがこのビジョンを見せているのが紛れもなく宮島雅人であると確信した。そしてその触手の様な無数の腕が刈谷の目から脳髄へ侵入する。慌てて目を瞑り両手で触手を払った。

「そこまでだ。残念だけどお前の念波は俺には効かないぜ。精神支配は不可だ。刈谷さん、大丈夫かい。」

哲也の声がした途端、刈谷の幻想は消えてなくなる。

「これが宮島雅人の能力ですか?確かに酷い画像を見せられましたよ。ただ、こうなった理由も言いたかったみたいですけどね。」

話を割って雅人が右手を振るう。

何かが二人目掛けて飛んでくるのを哲也が山人刀で薙ぐ。飛び散った小さな塊は(ひる)の様な物体だった。床に四散したそれは煙を上げて消滅した。

「それで、刈谷さん。こいつは人か、物怪か?」

哲也が刈谷に問う。消滅した蛭を見た刈谷は顔を上げて雅人に言う。

「次に抵抗した場合、君を物怪として討伐しなければなりません。治療を望むのであれば抵抗のない証として壁に両手をついて静止して下さい。」

雅人は笑い出し、もう一度右手を振るう。今度は大量の蛭が跳び出して来た。

哲也は事も無げに山人刀を振り全てを消し去る。その瞬間、雅人は間合いを詰め刈谷の顔面を左手で覆う・・・筈だった。いつの間にか目の前に哲也が現れ、覆う筈の左手が消えてなくなっている事に気付く。

腕を無くした雅人はバランスを崩し前のめりに倒れる。哲也は右足を引き左前の姿勢のまま雅人に正対する角度で上から睨みつけた。

絶叫を上げのたうつ雅人は次第に痛みが消えると、傷口から水掻きのある小さな手が生えて来るのを感じ立ち上がった。

「物怪化を確認しました。哲也君、改めて討伐の依頼をします。」

刈谷の宣言に雅人は出口に向かって跳び出して行った。

哲也は山人刀を振るうが石柱が邪魔をして中々命中しない。

「くそ。刈谷さん追うよ。」

哲也が走り出し刈谷が後を追う。見る見る哲也が雅人を追いつめて行くのを後ろから眺める事しか出来ず、走っても走っても追いつかない自分がそこにいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ