『千里眼』の能力者
「雅人です。宮島雅人が沙紀さんを狙って・・・謙太は・・・あいつはもう中身が無いんです。心を捨ててしまった・・・私のせいなんです。」
力なく床に蹲ったまま呟く宮島に刈谷が近付きしゃがみ込んで聞く。
「宮島さん。雅人と言うのは誰ですか。杉村沙紀さんと謙太君には繋がりがあるんですか?」
放心した顔を上げ宮島は刈谷に呟く。
「宮島雅人は私の実兄の息子です。三年前に兄嫁と交通事故で死んでいる筈なんです。兄は雅人が幼少の頃から恐れていました。雅人には何か・・・人の意思に干渉する力の様な物を持っていました・・・私は結婚してから子供が出来ず、兄から相談を受けて謙太を養子にしたんです。雅人から謙太を守りたかったのかもしれません。雅人と謙太は実の兄弟です・・・接触させてはいけなかった。兄が亡くなり、父から会社を継いで欲しいと相談を受け・・・都内でもある程度以上のキャリアを身に付けていたので了承したんですが、雅人に会った途端後悔しました。あいつは人の皮を被った化け物です。自分の邪魔をする人間をいとも簡単に殺してしまう。自己の欲望に忠実というか、高校の先輩だった沙紀さんに会い、目を付けたのです。執拗にアプローチを続け、杉村氏からもストーカーとして訴える準備をしていたとも聞いています。三年前、当時沙紀さんは短大を出てこのホテルの料理見習いをしていた青年と恋仲でした。雅人は高校三年生。最初は年上の女性に対する憧れの様な感覚だろうと放置していたのですが、次第にエスカレートして行き見兼ねた親族が注意すると一人・・・また一人と死んで・・・あいつに殺されて行ったんです。兄嫁は心中すると言って車を崖から転落して亡くなられたんですが、あいつの死骸だけは発見出来なかった。それからです・・・謙太がおかしくなってしまった。新しい環境で、田山や堀に目を付けられて殻に閉じ籠ってしまったとも考えて、学校も変え、高校にも進学で来たのに、昨年の事件で何もかも狂って行った・・・今年の正月に・・・最後まで事の真相を探っていた従兄夫婦が雅人らしき姿を見たと連絡があった直後に見通しの良い交差点で軽トラックに跳ね飛ばされて無くなっている。最終的に資産が私の所に流れて来ています。私が生かされているのはその資産を謙太に継がせ、裏で思うがままに操ろうとしているからかもしれません・・・刑事さん。養子とは言え、私も妻も謙太を我が子として愛しているんです。あの子を・・・助け・・・起こした責任を私にも負わせてください。」
サイレンの音が近付きバタバタとドアを開け閉めする音がした。
「下田署です。刈谷監理官いらっしゃいますね。」
制服の警官が階下で声を上げる。ラウンジの手摺に移った鈴木が階段を回って上がって来る様合図した。
刈谷は立ち上がると哲也に向かう。
「哲也君、別の事件になった。いや、繋がりはあると思うんだが、今は誘拐された杉村沙紀と言う女性の救出が急がれる。協力してくれるね。」
濡れたTシャツをはためかしながら聞いていた哲也は難しい顔をする。
「捜索とかはさあ、あんまり得意じゃないんだよな。美幸が適任なんだけど・・・」
言ってスマホを取り出すと頭を掻きながら連絡する。
『哲也。早かったな。もう終わったか?早く帰って来て店の手伝いしてくれよ。』
父親の史隆が言うのを遮りながら哲也が話始める。
「父さん、事態が変わったんだ。誘拐事件が加わった。美幸をよこして・・・」
『はあ?馬鹿か。美幸は未成年で受験生だぞ。どうしてもって言うなら直接母さんに聞いてみろ。俺は係わらないからな。』
言うだけ言って史隆は電話を切ってしまった。
「う・・・ん。無理だ。そうじゃなくてもお盆の書き入れ時に抜けて来たんだから、そうなると小田原の九鬼に頼むか・・・刈谷さん、直接母さんとやり取りする勇気ある?」
刈谷と哲也は苦い顔を見合わせて考える。
「あの、当然通常捜査は動いているんですよね。特殊事例としての人探しなら、最近お世話になっている浜松の術者の方に連絡してもいいですか?」
村上が割って入りスマホを出す。
「あ、ちょっと待って。その術者って・・・」
哲也が話すのを聞きながらも村上の手は止まらない。
相手はワンコールで出て来た。村上はスピーカー設定にする。
『はいは~い。素子ちゃん了解よ~恐い思いしたね~大丈夫?』
「え?私まだ何も言っていませんよ。徳武さん何がどう分かったんですか?」
徳武の名前が上がると哲也は肩を落とし、項垂れてしまう。
『哲也く~ん。お姉さまがお手伝いしてあげるよ~今度の監理官に至急車回す様に言って。丁度、今は修善寺だからそんなに時間かからないよ。駅前のロータリーに移動するわ。それから、多分あなた達がいる所が重要だから動かないでね。八田くん、この後の予約は全キャンセルよ・・・』
話をしている内に刈谷は伊豆中央署に車両を回すよう手配をする。
「噂通りの方ですね。まだお会いした事は無かったんですけど、お若いのに物凄い力を持っているとは畠山さんから伺っていました。哲也君は面識があるようですね。」
「うん・・・能力は本物・・・そこのインチキ霊能力者とは比べる余地もない。美幸とタメ張れる・・・うん、本物・・・ただ・・・性格に難ありと言うか、俺は苦手・・・凄く苦手・・・」
やり取りを見ながら現場の捜査指示をしていた鈴木が刈谷に言う。
「監理官、自分は室長の指示に従う必要があるんですが・・・」
「あ、はい。鈴木さん御付き合いさせてしまい申し訳ありません。宮島さんの証言を是とするのが私の捜査領域ですが、鈴木さん達は通常の捜査を行ってください。一刻も早い解決をお願いします。ただ、宮島雅人の話が事実だった場合は非常に危険です。迂闊に近付かない様細心の注意を図ってください。」
刈谷に一礼すると鈴木は階段を降り待機していた車両に乗り犯行現場に向かう。
「さっきからインチキインチキと!貴様、失礼にも程があるぞ。私が誰か知らんのか!」
曽野川が怒鳴るのを可哀想な生き物でも見る様な目で哲也が言う。
「オッサンが何処の誰かは知らないけどさ、ここから先は命に係わるから事情聴取終わったら得意の念仏でも唱えて布団被って寝ていた方が良いぜ。ペテンがばれたんだ。いろんなところから訴訟も受けるだろうしな。」
「まあまあ哲也君その辺でね。曽野川さんもお弟子さんが亡くなられてご愁傷様です。所轄の指示に従ってご遺体の引き受けをお願いします。ご遺族の方にはご連絡して頂いて構いませんよ。」
刈谷に言われた曽野川はもう一人の弟子、石井に今後の指示をすると言い返す。
「こんな小僧に舐められたまんまおめおめと引っ込めるか!私が事件を治めてやる。」
「あのさ、あんた本当に死ぬぞ。小説や漫画みたいに真言唱えれば退魔術が完成するって思っているのか?そういうタイプの術者もいるけどあんたの比じゃないんだ。素人は素人らしく守られていればいいんだよ。」
ともすれば孫とさえ思われる年齢の哲也に言われますます曽野川はいきり立つ。
「曽野川さん、警察が心霊やオカルトを基に捜査しないのはご存じですよね。これは立件後に裁判となった場合、立証資料が不合理化しない様にする為もあるんです。通常捜査の範囲で捜査出来る事件に哲也君の様な所謂術者と呼ばれる人達の協力は願いません。ただし、今回の様に不可解な事象には特殊事例として私の様な特別の監理官が別の角度から捜査を行います。その場合、捜査に係わる危険度は通常時の何十倍にも高まるんです。テレビ等のメディアでご活躍されている事は存じていますが、これはトリックや解決する方法が決まっている捜査ではありません。哲也君の言う様に元のご活躍に戻られてください。今後のご健闘をお祈りいたします。」
刈谷は言うと未だ蹲っている宮島の下に歩く。所轄の警官に椅子を用意するよう指示をすると村上と哲也を呼ぶ。
「宮島さん、もう一度詳しくお話しして頂けませんか?」
宮島は最初から事の経緯を話し始めた。
「分かりました。辛い過去を掘り下げさせてしまい申し訳ありません。後は私達が最善を尽くします。場合により社長ご本人や奥様にも危害が及ぶ事があり得ます。護衛の警察官を付けますのでご協力お願いいたします。」
刈谷に促されると所轄警官二名と共に宮島は退館して行った。
「さて、徳武さんが動くなと言ったという事はここに何かがあるんでしょうね。」
刈谷が言うと哲也が応える。
「ああ、こういう時、あの人の言葉は正確だよ。ここに何かがある。さっき追い払ったけど完全に気配が無くなっていない。何って言うかな、複合体の様な感じもする。宮島雅人本人に何かが纏わりついているんじゃないかな。これは勘だけど、雅人自体は死んでその何かと融合している。そこに伽藍になっていた謙太の心本体が憑依されているってところかな。」
「ホ~ホホホ。流石は哲也く~ん。だ~いしぇ~いか~い。」
階下で声がするとピンヒールの音を鳴り響かせて階段を上って来る人影がある。サテン生地、ブラックのキャミソールワンピースに同じ色合いのピンヒールで瓦礫の隙間を踊る様に歩みを進めて来る。哲也は椅子に座ったまま下を向いてしまった。
「あなたが今度の監理官ね。流石に神奈川で鍛えられているわね。手配が早くて助かった。」
ヒールを差し引いても高身長、175センチメートルはある細身の身体。腰まで長いホワイトブロンドの髪、異常に白い肌の美しい女性だった。
「初めまして。刈谷と申します。突然の申し出にお応え頂きありがとうございます。」
刈谷が姿勢を正し、頭を下げる。徳武は立ち止まり、両手を腰に当てながら嬉しそうに目を細めてから改めて周りを見渡す。ヒールの分、刈谷を見下ろす感じだった。
「ふ~ん。あなたもいい男ね。今度から何時でも呼んで。力になるわよ。改めまして徳武美恵子よ。あ、こちらは八田清隆君。私のボディガード兼秘書、兼うちの店の店長。」
紹介された巨漢の男、八田は身長195センチメートル。黒いスラックスに半袖の黒いワイシャツからはみ出る腕は筋骨隆々の浅黒い肌で、左目には縦に切り傷のある引き締まった表情で威圧感がある。。その道の人達からも一目置かれる様な姿だった。
刈谷は八田にも礼儀を尽くし椅子を差し出す。
出された椅子をわざと哲也の横に持って行き項垂れた哲也の肩を抱くようにして耳元に囁く。
「照れてるの?可愛いい~このお姉さまが来た以上この誘拐事件は解決よ。さっさと解決してこの前の続きしましょう~もっとも、刈谷さんの手腕が優れ過ぎちゃったから私の方が先に着いちゃったけどね。」
「徳武さん、被害者と誘拐犯はここに来るという事ですか?」
刈谷が聞く。
「そうよ~だから動かない様に言ったの。今、捜査員は広範囲に検問をして道路封鎖しているけど、彼は女性を担いでこの雨の中、山中を走っているところよ。山岳警備班は動いていないでしょ。女の子は小柄で、例えばこの八田や哲也君だったら楽々と山の中を移動出来ると思うけど、犯人の子は刈谷君より小柄で痩せているからまさか人力で山道を凄い速さで走っているとは誰も思わないもんね~」
「千里眼!あんた、千里眼か?」
立ち聞きをしていた曽野川零元が前に出て来て話に加わる。
「あら、まだいたの。ここからは危ないから、おじいちゃん。足元に気を付けて帰りなさいね。」
徳武は小枝に纏わりつく毒虫でも見る様な目で曽野川に言う。
言われた曽野川は真っ赤になって怒鳴る。
「どいつもこいつも!この曽野川零元を何だと思っている!わしは長年修行を続けて法力を身に付けた霊能力者だぞ!弟子を亡くしたんだ!弔いを込めて悪霊はこのわしが祓ってやる。」
徳武は一度皆を見渡すとその美しい顔を歪め、下を向いて肩を震わしながら大声で笑う。
「ちょっと待って~何よこの人。テレビに出てるらしいけど芸人なの?あなたね~相手が何かも分からないのに霊能者気取っているの?ああ~テレビって本物出せないんだっけ。哲也君が生霊のような複合体って言ったでしょ。正確には本体は腐りかけの生霊とそれに付け行った何かの意識体とのハイブリッドに心を消されて器しか残っていない男の子が今回の相手よ。それを・・・『悪霊』って・・・ウケるわ~あなたの弟子は自分で画策した仕掛けによる『事故』で亡くなったのよ。それにハイブリッド生霊が悪戯半分で加わった。途中で風が止まったり変な物音がしたりしたでしょ?子供の遊びよ。本命が今の誘拐じゃなかったらあなたもこんがり焼けていたかもしれないけどね。言いたい事は聞いてあげたから生き残っているもう一人の弟子を大切にして帰りなさい。あなたの能無し具合はここにいる人だけの秘密にしてあげるからさ。」
まだ何かを言いたげな曽野川を置き去りにして徳武が立ち上がり村上に近付く。
「素子ちゃん。ここのパンフレット持っているよね。見せて。」
言われた村上は鞄の中からパンフレットを取り出して徳武に渡す。
立ったままフロアマップを広げると徳武の脳裏に盛況だった頃のホテルの様子が人の行き交う姿や楽しそうに走り回る子供達の姿まで鮮明に浮かび上がる。
「ああ、なるほどね。刈谷君が見た『女性』が誘拐されている杉村沙紀さんよ。彼女はこのホテルで生まれて育った。このラウンジから見える海の景色が大好きだったのね。宮島雅人から執拗にストーカー被害を受けて、従業員にも危害が及び始めていた頃から経営も悪い方向に向かって家族を含めて身の危険を感じたご両親と『光輪の華』に匿って貰っていたんだけど、閉塞した生活に疲れてつい自身の分身をここに飛ばしてしまった・・・無意識にね。でも、それで居場所が雅人に見つかってしまった。宮島不動産の人達とこのホテルのオーナーの杉村夫妻は雅人の危険性を理解していた。自分の欲望に忠実な雅人は邪魔をした人達を次々と殺して行った。責任を感じたんでしょうね、または母親として一人で死なせたくなかったのかもしれない。実の母親の運転する車で無理心中をするんだけど崖から転落した車から彼の遺体だけは上がらなかったんじゃない?雅人は先に遭った謙太を見て利用する事を考えた。まあ、ろくな男じゃないわね。うん。この建物の中には問題は無いわね。ただ・・・この山、哲也君分かるでしょ?」
項垂れたままだった哲也が頭を上げて応える。
「ああ、この山には『神』がいない。何時からいないのかは分からないけど暫くの間、特にこの地域は不在だ。」
話を聞いていた村上が昭和期に起きた未解決の死体遺棄事件があった事を伝える。
「うん。それも解決したい?日本人のどろどろした嫌な事件よ。でもね、それとこの件は別。多分崖の上にかつての神を祀った祠があると思うんだけど、今は戻って来ていない。その代わりこの敷地の何処かに・・・迷路の様な地下道が有ってそこに雅人の腐りかけ本体と、死なせない様に癒着している物怪の様なのがいる。謙太は、沙紀ちゃんを連れてそこを目指しているわね。」
刈谷が立ち上がり皆に目配せをする。
「それでは、外に出ましょう。その地下迷路を探すのが先ですね。逆に、この建物内は安全と考えていいんでしょうか?」
哲也、徳武は共に頷く。
「では、村上さんはここで所轄と一緒にいてください。場合によっては鈴木さん達もここに合流する事になりそうですし。」
「私も一緒に行きます。この事件、全てこの目で確認したいんです。」
村上の発言に刈谷と哲也は顔を見合わせるが徳武が発言する。
「いいわ。素子ちゃん、その代わり私と八田君から離れない様に付いて来てね。どっちにしろ本当に危険になったら私もフェイドアウトするからさ。本格バトルには私の能力は向かないしね。」
外は朝から降り続く雨が勢いを増していた。駐車場からバリケードが一新され所轄と応援の警察車両が数台並び、レインコート着用の警官が動き回っていた。
刈谷達は階段を降り、エントランスに立て掛けてあった傘を持つと、エントランスと反対側、客室の並ぶ奥の廊下に向う。