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宿坊会議

村上と鈴木を下田署で降ろし、事件現場となった廃ホテルへ向かう。

下田港を右に見ながら柿崎の信号を越え白浜に入り国道を北上する。白濱神社を過ぎると防砂林状の生垣の隙間にある細道を左折し、急な坂を登って行く。幾度かの大きな曲がり路を越えると原生林の隙間から崖を背にした四階建ての建物が見えて来た。

浜辺を走る国道から建物は見えなかったが現場に着くと一階のエントランスからでも海が見え、高気圧に覆われた快晴の空に大島が浮かんで見えた。

「アクセスは兎も角、ロケーションは良い場所だな。廃業の経緯に何かしらのヒントがあるといいけど・・・」

所轄は捜査を引き上げていた為、規制する黄色いテープは張られていたが見張りは無く、バリケード前に自転車が三台あった。

刈谷が敷地に入ると入口の前で建物を覗いていた少年達が慌てて自転車に向かう。中学生らしき男女だった。

「不法侵入で逮捕しちゃうよー危険だから中には入っちゃダメだよ。」

刈谷の声にバリケード前で頭を下げる子供達に笑って手を振り刈谷はエントランスの前まで歩くと現場になった二階のラウンジを見上げる。

煤で曇った窓から見下ろしている『女性』らしき人影を見掛け、静かにドアを開けると周囲を見ながら二階に上がる。

エントランスホールには割れた窓から入り込む風の音が反響し何かの呻き声にも聞こえる。

陽の光は西の空にあり崖を越えている為、建物の中に光は入り込まず吹き抜けの先は暗黒に覆われ全景は見えない。

カウンターを越えラウンジの階段に着くと二階の展望ラウンジを見上げる。

煤けた窓の外は青空が見えるだけだった。

周囲に注意を向けながら階段を上り回廊に入るとわざと遠回りをしてラウンジに向う。

ラウンジの向かいは客室への廊下があり一階同様に奥が見えない。

そのまま回廊を歩き、事件現場のラウンジに入る。

三階は抜けていて天井は高く、四階の床に当たるコンクリートスラブが見える。天井の板は大きく破損していてアンカーを止める為のボルトが何か所かあり、落ち損ねていたボードが宙に浮いていた。

刈谷が外から見た人影はそのぶら下がったボードの下辺りの筈だった。

「やれやれ、一人で来たのは間違いだったかな・・・」

言って踵を返した瞬間。轟音と共に先程まで刈谷が立っていた場所に宙に浮いていたボードが他の天井板と共に落ち、跳ね返って刈谷の背面を襲った。

そのまま前のめりに倒れながら受け身を取り惰性に任せて回廊まで走る。

階段を一気に降りてエントランスのドアを乱暴に開けて外に出た。

「おいおい、攻撃相手間違っていないか?何か言いたい事があるんなら協力しろよな。」

ラウンジを見上げ呟くと振り返って車に向かう。

先程の中学生達が大きな音に驚いて刈谷を見ていた。

「な、こういう建物は何時崩壊するか分からないんだから絶対に中に入っちゃダメだよ。」

笑顔の刈谷に「はい。」と言って自転車に乗り少年達は坂道を下って行った。

「参ったな。ただの気のせいかもしれないけど、もう一度入るには誰かに頼まないと危ないかもな。」

遠く、大島を臨む相模灘を眺めながらジャケットのスマホを取り出し連絡を入れる。



八月十四日 18時 下田宗像神社


下田署で村上と鈴木を乗せ、国道に入り下田港に注ぐ稲生沢川(いのうざわがわ)を越えて左折、寝姿山の南麓にある下田宗像神社の駐車場で降りた刈谷達は神職から宿坊に案内される。

境内の離れにある各室三帖程の板張り個室と食堂を兼ねた八帖の和室を備えた宿坊には世話係の巫女が一人付いてくれた。

「申し訳ないんですが、お二人共暫くこの宿坊で寝泊まりして貰います。一応の安全策としてですけどね。」

荷物を個室に置いてから和室に集まり、刈谷が二人に説明する。

「安全策っていう事は、やはり危険なんですね・・・何に対してですか?」

村上が聞く。

「鈴木さんは現場一筋で、馬鹿らしいと思うかもしれませんが、今は人間以外の何かに対してと言う他説明出来ません。これは体験しないと納得出来ないでしょう。所轄の通常捜査とは別路線で捜査しますから仮設本部と理解して頂けると助かります。署長を通じて室長さんにも説明していますから暫くの間御付き合い下さい。村上さんは理解出来るとは思いますが今後の経験に役立つと思って下さい。」

話しをしているところで世話係の巫女が同僚を伴って夕食の膳を三つ用意してくれた。

食事を終えてからそれぞれ風呂を済ませ再び和室に集まると一日の調査報告を始める。

「まず、伺いたいのはあの廃ホテルの現在までに至る経緯です。村上さん、ある程度掴めましたか?」

刈谷の問いに村上が手帳を持って話始める。

「はい。先ず現在の所有者は株式会社宮島開発代表取締役の宮島弘保名義です。今日会った宮島謙太の父親で、昨年の七月十六日に登記完了しています。その前は株式会社高峰山ビューホテルの代表取締役、杉村結城。ホテルの廃業が三年前。破産管財人により不動産は競売されましたが入札不調が二回あり、最終的に任意売却が採用されて所有権移転登記が成されたわけです。鈴木さんから伺いましたが、宮島氏が所有権を持っていたので少年達の不法侵入は問わないようです。ビューホテルの前は折田耕吉という方で先代からの相続の様です。登記法が施行される以前、明治二十年より前は定かでは無いんですけど最初の登記から折田家の所有だった事は確認出来ました。下田市歴史資料館で聞いたんですが、高台で相模灘を見渡せる位置にあったので、戦国時代は小田原北条氏の所領として下田城に玉縄衆の武将が配置されると、砦として高峰山が使われていたようです。豊臣秀吉の小田原攻めの際には、下田城主だった清水康英率いる伊豆水軍として戦いますが圧倒的な豊臣の水軍に圧され籠城の後に降伏してからは徳川家康の家臣が一時下田城主になるんですけどその後は江戸幕府の直轄領として奉行所が置かれて高峰山砦は廃止されたようです。その高峰山砦跡に関してはその後の記録はありません。ただ、北条攻めの際に・・・戦国時代ですから当たり前の事かも知れませんが、かなり残酷な山狩りを受けて女子供問わず惨殺されたという隠された歴史があると資料館の学芸員から言われました。また、太平洋戦争中には何故か陸軍があの山に入って何かを探していた記録があるそうです。何を探していたのかは分かりません。その後、戦後の高度経済成長期にあたる昭和四十四年、殺人に係わる事件があるんです。この時は既に所有権者が折田氏になっていて、養鶏場を営んでいました。そこで、今建っているホテルの場所に砦で使われていたとされる空井戸があって、その中に女性とその子供の遺体が発見されたんですが、被害者の身元も犯人も特定されないまま時効になっています。その後・・・と言っても四十年近く経ってからになりますけど杉村氏が土地を買い取り、ホテルを建てたという流れになります。ホテルの運営中に死亡事故や霊現象と言われる事は全くなく、廃業してから何処からともなく昭和に起きた未解決事件を引っ張り出して噂に尾鰭背鰭(おひれせひれ)が付いて行きます。この噂がある為、宮島開発に所有権が移転されてからも今日まで放置していたようです。これは元社員さんからのリークですけど、宗教法人の施設や映画なんかのロケ地に利用出来ないか探っていたとも言われています。ただおかしいのは現在、杉村氏が家族を含めて行方不明なんです。法的には破産管財人の弁護士が全権代理として法的な手続きを行っています。その弁護士は宗教法人の『光輪の華』で顧問弁護士をしている小沢恭二と言う人ですが、所有権移転時に杉村氏達は全員この宗教に入信して保護されていると証言しています。丁度、下田市役所にホテルの従業員だった人の親族がいましたから伺ったのですが、あのホテルは割と評判も良く業績も良かったのが四年半ほど前から、滞在者の男女が不倫の(もつ)れで殺し合ったとか、ラウンジから転落死があったと言う噂がSNSで広まり、利用客が一時減少したところに今回の流行病による打撃を受け、何故かあのホテルだけ各種の融資を断られていました。先程も言いました通り、噂になる様な事件や事故は全くありません。関係は分かりませんが宮島謙太が下田に転校して来てからと時期が重なります。融資拒否との関係性は調べられていません。何か故意に破産に追い込まれて行った印象が残りました。」

村上は法務局で入手した登記情報と開業中のホテルのパンフレットを畳の上に出しながら説明した。

「光輪の華・・・本部が横浜にある新興宗教団体ですね。歴史は意外と古くて明治期には確立していたとか、信徒数や教団自体も大きくは無く特に問題は起きていないと思いますが、前所有者が入信しているというのは苦境に立った時の相談相手だったという事ですかね。しかし、宮島謙太の父親の会社が現所有者と言うのは偶然なのか・・・」

刈谷は呟くと鈴木を見る。

「うちでは宮島の黒い噂が絶えず、反社との繋がりや政治家や行政との癒着を探っています。なかなか尻尾を出さず、上の方とも繫がっているようですし署内でも誰と繋がっているか分からないものですから迂闊に手を出せないでいるんです。宮島開発は先代の宮島不動産を継いだ弘保が立て直した会社で、先代は店子達からも慕われていたこの辺りの大地主一族だったんです。弘保が東京の大学を卒業して都内のデベロッパーで不動産開発のノウハウを身に付けてから後を継ぐんですが、社名を変更して社長に就任すると親を含めて親戚筋の地主達が次々と亡くなって行き今年の正月に最後に残っていた叔父一家が交通事故で全員死亡すると一族で持っていた不動産の所有権全てが宮島開発の名義になっています。そしてその故人の生命保険が宮島弘保へと支払われていますので生保の調査会社から捜査資料の開示を求められていますが、いずれも自然死または事件性の無い事故死でしたので調査自体も終了しています。吊るせるとしたら脱税くらいですが、相続税を含めて各種の税金の納付に滞りは無く税務署からも問題視されてはいないんです。」

鈴木の報告を聞いて刈谷は資料に目を通す。

「宮島開発の商号変更と本社移転が四年前ですか。最初に亡くなられたのは・・・弘保氏の兄ですか・・・これは病死みたいですね。その後親戚の方々が半年以内に二名とその家族。これは事故。先代の宮島慎一郎氏が病死、母親もその二か月後に病死。会社移転後、一年で親族がその家族も含めて九人が亡くなられている。三年前には最初に亡くなられた実兄の勇氏の息子と奥さんが交通事故死。この年にビューホテルが倒産している。その後も毎年誰かが亡くなられていますね。そして、今年は最後に残っていた土地所有者が亡くなり会社保有の土地も含めて宮島弘保氏の親族が所有していた不動産を全て保有しているという訳ですか・・・成程、生産性の無い土地は相続税として物納して不足分は手に入れた生命保険を充て、土地開発の分譲販売で得た利益から補っているという事ですね。見方をニュートラルにすれば不幸が立て続きに起きているのに国民の義務は果たしていると言えるのかもしれません。鈴木さん。弘保氏の人柄は?」

資料から目を放し改めて鈴木を見る。

「はい。それが先代の社長同様人格者なんです。会社経営もこの四年間、親族の不幸にも拘らず良好で、社員からの評判も悪くは無い。ただ、地元の反社等との繋がりについて疑いを打ち消せるほどの物はない。それも本来跡を継ぐ筈だった勇氏が病に倒れたために東京から戻って来て会社を継いだと考えれば、たまたま学生時代の友人に反社の幹部になっている人間がいると言うのは責める訳にもいきません。それでも黒い噂が尽きないのはあまりにも都合よく富を手にしている事実なんです。そして今日見て来た長男の謙太ですが、あれが親族の面汚しとされていてその後始末の為にいろいろと奔走した結果の様に自分は感じていました。おかげで室長から自分はこの件から外されています。」

鈴木の話を聞きながら続けて資料を見ていた刈谷は次の質問を鈴木にする。

「宮島謙太は小学校六年の時に転校してからあのグループに入っていたという事ですか。少年達の関係性と家庭環境はどんな感じですか。」

「宮島謙太ですが、東京にいた頃は大人しい勉強の出来る子供だったようです。こちらに転校してから田山浩司と堀直人に目を付けられて当初は相当な虐めに遭っていたみたいです。親の弘保は中学を別の私立に入学させて別れさせますが、執拗に田山が誘って連れ回す様になり、別の中学にいた原口徹を含めた四人で問題行為を始めています。田山と原口の父親は同じ建設会社の会社員で堀の両親は小学校の教師です。中流階級と言っていいと思いますが親の職業や兄弟を含めて問題のある家族はいません。ただ、田山と堀は小学校の頃からやんちゃが過ぎて補導経験があります。中学時代は上級生や高校生にも絡む手の付けられない悪ガキになって窃盗や恐喝は当たり前の状態でした。ただ、宮島に関しては、成績は悪くなく卒業して県立高校に入学しています。原口も私立の工業高校へ入学し、田山と堀は追い出される形で中学を卒業後に田山の父親のコネでそれぞれ別の施工業者に見習いで就職しました。そこで昨年7月に起こった窃盗、万引きがばれて警備員に取り押さえられる時に殴ったことによる傷害との併合罪で現行犯逮捕されると宮島達は退学処分に、田山達は退職させられ年少入りするところだったんですが、宮島弘保による弁護士介入で示談となり釈放されることになります。これがあまりにも理不尽な事から宮島開発と社長の弘保には黒い噂が出てきます。奴等は釈放されて反省するどころか自分達を『無敵』と周囲に言い触らし手も付けられない程に成って行きます。最近では地元の組事務所にも出入りするのが目撃されています。未成年なので少年課が担当していましたが、我々刑事課にも応援要請は日常茶飯事でした。何しろ人手不足ですからね。今年に入ってから親達は宮島以外完全に見捨ててしまい、田山がアパートに住めるようになるとそこに四人で住むようになっていました。そのアパートも宮島開発の所有です。あまり思いたくないですが田山と堀は生まれながらの極悪人といった印象で、原口と宮島は支配されていた側と言う処でしょうか。」

「そうなると、今回の事件は抑圧されていた宮島謙太と原口徹が田山、堀に復讐しようと画策して原口が一緒に燃焼材を浴びてしまって・・・」

鈴木の説明に村上が口を開くが言葉が続かなくなってしまったところを刈谷が話し出す。

「うん。事情は何とも言えないんですが、宮島謙太の証言を是として現場検証の内容と合わせると、先ず堀直人がふざけて展望ラウンジの窓を登って誤って落下、何故か吹き抜け側の手摺付近に落ちて絶命。ほぼ同時に原口と田山が、これは可燃物の様な物を吸引して喫煙した結果、引火して全身を延焼させていた所を発見され通報が遅れたために死亡したと言うのが事件の報告書になっていますね。ただ、そうなると通報者から押収したカメラに写っていた映像はフェイクという事になります。それが通常捜査の限界になりますね。私達は残された映像と通報者の大学生の証言を追って行く事になります。現状は分かりました。明日、私の担当する特殊事例についての専門家に来て貰う事になりましたから今日の所はこれでお開きにしましょう。お疲れ様でした。今日は良く眠れると思いますよ。」

言って立ち上がろうとする刈谷に村上が声を掛ける。

「あの~専門家と言われたので御報告なんですが、遺族や関係者から現場のお祓いと子供達の弔いを宮島弘保がお願いされて昨日お寺で供養が行われたんです。ところが、同時にお祓いの様な事も行う事になっていて・・・明日あのホテルで行うらしいんです。昔からの噂や今後の不動産展開に向けて話し合っている内に、どういう訳かお祓いではなく除霊を行う事になって・・・相談を受けていた地元の議員が呼んだのがテレビにも出ている霊能者の曽野(その)(かわ)零元(れいげん)らしいんです。」

聞いた鈴木は呆れて立ち上がり、刈谷は笑いながら自室へ歩いて行ってしまった。

資料を纏め直した村上が立ち上がると世話係の巫女が湯飲みを片付けに来たので手伝おうとするが、巫女は微笑んで手を(かざ)し退室を促したので会釈をして縁側に出る。

和室の鴨居を潜ると開け放たれた縁側に風が舞い込み気品のある百合の花の様な香を運び鈴の音が静かに響く。

不思議に思った村上は風鈴かと思い見回すがそれらしいものは見えず、暗がりの庭を覗き込むも音の出る様な物は見つけられなかった。

暫く立ち止まるが何も起こらず、時折優しく頬を撫でるような涼しい風に港から運ばれてくる潮騒が混じるのを感じ、瞳を閉じ深呼吸してから歩き出す。

自室へ戻ると整えられた布団が敷かれていて、資料を鞄に仕舞うと崩れるように倒れ、そのまま朝まで目覚める事は無かった。


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