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下田高峰山廃ホテル事件

「刈谷監理官。少しいいですか。」

静岡県警下田署四階特設捜査本部内で情報収集をしていた刈谷の下に所轄のベテラン刑事が訊ねて来た。

「ああ、鈴木さん。お疲れ様です。何か進展はありましたか。」

刈谷は立ち上がり近くの席から椅子を引っ張り鈴木に座るように促す。

「自分の為にありがとうございます。」

鈴木は促されるままに座り、周囲に人がいない事を確認してから話し続ける。

「事態は一旦収まりました。まだ情報が纏まっていませんが共通点が見えて来たように感じています。これは自分の勘ですが変死者は皆、東伊豆の代縺(よもつ)海岸に観光または仕事で訪れています。伊那美から須佐之原は安定した砂浜ですが、代縺は小さな湾状の崖海岸になっています。急深の湾内には浮桟橋で観光にも公開されている海中観測所があり最大深度は30メートル程度ですが潮流に乗って多種の魚が入って来るので釣り場としても人気のエリアなんです。観光地ですから伊豆に来る人間であれば立ち寄る事に不思議な事は無いんですが、対象者達は恐らく今月の13日から15日にかけてこの代縺海岸に現れています。遺族の証言にも共通点があって、風もないのに海から西瓜の種の様な物が多数飛んで来たと言っています。代縺海岸は遊泳禁止なのでほとんどの人は着衣の上から接触し、服や帽子に当たって下に落ちると海に戻って行く姿を見て甲虫の様だったと話す者もいました。仏さんは地肌に当たって痛がっていたと証言する家族もいます。それから今日の事件です。神奈川では直接原因の死者はカウント出来ていないようですが、うちの管轄内では午後から既に十二名が異常死として検死に回されています。署内はパンクして本部に援助依頼出していますが伊東、熱海も数は少ないまでも同様の状況の様です。死因は別で、場所も異なりますが異常な死因とすると一括(ひとくく)りで考えても良いのではないかと・・・監理官の方で収集している情報の方が精度高いと考えて相談に来たのですが、異常性が高い以上通常の『人』による事件ではないんじゃないですか?それで刈谷さんが出て来たんでしょ。」

鈴木は言うと手にしていた鞄の中から缶コーヒーを二人分出して刈谷に勧める。

右手で受け取った刈谷はそのまま缶を開け、一口飲んでから応える。

「ええ、私の後任で神奈川の監理官を引き継いでいる者から先程連絡が入りました。相模原市と平塚市で同様の変死体が発見されたそうです。丁度今、因果関係が見えて来たところです。鈴木さんの(おっしゃ)る通りだと思います。神奈川の監理官。佐々木君の方が私より優秀なのでこちらの資料を送って解析をお願いしていたんです。やはり代縺海岸への滞在履歴を確認しました。代縺湾に何かがあるのかも知れません。鈴木さんとは私が静岡県警に移って直ぐにこの下田の事件で御一緒しましたね。今回はあの時より規模も大きく異常性も高そうです。鈴木さんが聴取した甲虫による被害であると確定出来れば環境省が担当するかもしれませんが死因に共通性が見えてきましたから何らかの犯罪となり得ます。原因が不明であるので場合によっては捜査員に危険が及ぶかもしれません。被害者の無念を晴らし、検挙して法の裁きを受けさせる為にも出来れば人間による犯行であって欲しいと言うと語弊がありますが、本格的に特殊事例である事を考慮して神崎総本家には相談しています。今回も長男の哲也君が出てきますよ。あと、神奈川の佐々木君から推薦されている超大物が既に須佐之原に滞在中です。これは鈴木さんにだけお話ししますけど我々特事の中で神奈川との連携は既定路線です。そろそろ県庁の村上さんも血相を変えて来る頃ですしね。」



三年前。


七月二十八日。

下田市高峰山(たかみねやま)の東にある廃ホテルで深夜に肝試しをしていた少年達が変死する事件が発生した。

被害少年は廃ホテルへの不法侵入をした四人。うち死者三名の大きな事件であった。

通報を受け、早朝に急行した鈴木は先行していた警官達から聴取内容を聞き、生存少年に会おうとするが、精神が錯乱し支離滅裂な証言を続けていた為病院へ搬送する直前だった。

鈴木は通報者に聴取する為に駐車しているパトカーに向う。

通報者は二人の大学生で、動画の撮影目的に肝試しに来た東京の大学生だった。


二人がバリケード前の駐車スペースに近付くとホテルの窓が青白く光っているのを見て何かの撮影が行われていると思い、車を降りて暫く様子を見ていたが周囲に撮影用の車両もスタッフも見えず、周囲にあるのは盗難車らしきナンバープレートが捥ぎ取られたバイクが二台横倒しにされているだけだった。

光っている窓はエントランスの真上、2階の大きな窓だった。

車を降りた時から聞こえていた風の音が、人の叫び声と気付いた二人は慌てて車に逃げ込みその場から立ち去ろうとするも自分達と同じように何かの撮影の場合を考え、相談の結果、明るくなるのを待って建物内部に侵入する。

恐怖心と共に何かの霊現象でも撮れると期待しつつ持参したハンディーカムを用意してガラスの割れたエントランスドアを開け中に入る。

東に向いたエントランスに朝朗(あさぼらけ)の薄光を浴びて輪郭が浮き上がったホテルのロビーは広く、カウンターを横切ると高い吹き抜けの空間が現れた。

尚も絶叫を上げる声は吹き抜けに鳴り響き共鳴して建物内部に行渡っている。

「聞こえますでしょうか。下田の有名廃ホテルに侵入しました。この大絶叫。心霊現象と思われます。声の発生源にこれから向かいます。」

録画ボタンの赤い点灯を確認してカメラを持った男がテレビのレポーターの様にしゃべりながら歩く。

もう一人の男も静かに笑いながら歩調を合わせて侵入して行く。ふざけ半分で進まなければ膝が震え一歩も前に行けない事を二人はお互いに分かりながらラウンジの階段までやって来た。

階段まで来て初めて気付く。たった今通り過ぎて来たエントランスホールの真上。吹き抜けの展望ラウンジが問題の現場だった。

顔を見合わせ黙って頷くと階段を駆け上がる。回廊を歩き大きな窓へ進むと朝明(あさあけ)の光に照らされて青白い光の柱が二本立っていた。

更に歩みを進めると光の柱の正体が青白い炎を上げ、直立した姿勢で苦しみながら叫び続けている人間である事が分かり完全に力が抜け、同じ様に絶叫を上げた二人は尻もちをついて動けなくなる。

もがきながら互いに立ち上がろうとするが一人が落としたカメラの先を見ると、床にへたり込みながらへらへらとよだれを垂らし、失禁しながら笑い続けている少年を発見した。

完全に常軌を逸した状況に二人はやはり映画かテレビドラマの撮影であると思い、落ち着いて立ち上がり周囲を見渡すと吹き抜け側の手摺際にあり得ない角度に折れ曲がった人間らしき物を見付け『手が込んだ現場だな』と心に余裕を持って近付くが不意に声が途切れると炎を上げていた二人が床から上がり宙に浮いたまま両手を前に出しもがき出すとそのまま両手を上に掲げ天井に跳ね上がった。

そのまま天井にダイブする様に衝突すると天井を突き抜けコンクリートのスラブへぶつかり、跳ね返って床に崩れ落ちて来た。

通報者の二人はその光景を見て画角に入ったら叱られると思って後ずさりをすると、さっきまでへたり込んでいた少年が涙を流しながら「助けて・・・助けて・・・」と訴えながら這って来る姿に状況が混乱し、館内に聞こえるよう大声でスタッフを呼ぶが答えが無く暗がりから何かの呻き声だけが木霊するのを聞き、慌ててもと来た回廊へ走り階段を下りて建物から出て来た。

無事に駐車していた車まで戻った二人は警察へ通報した。


通報を受けた下田署から警邏中のパトカーに指示が下り現場に着くと、車の外でうろうろと歩いている二人に声を掛け、ホテルに入ると証言通りに少年を発見し遺体を確認した為、事件として刑事課の鈴木達が現場に呼ばれたのだった。

事件現場には証言通り焼死体が二体、恐らく転落死の遺体が一体確認され、精神錯乱状態の少年が一名保護された。

被害少年達は所轄内でも名の知られた問題児であり、通報者の証言も信憑性に欠ける内容の為、下田署としては捜査当初から悪戯目的で不法侵入した少年達による悪ふざけの末の事故として簡易に結論付けようとした。

特に大きな事件の担当をしていなかった鈴木は上司の許可を得て再度現場を探索しているところで静岡に移動して来たばかりの刈谷に出会ったのだった。

下田署の署長へ監理官の刈谷から協力要請を出し、鈴木は捜査員として指名され刈谷に同行する事になる。


生存少年の証言は一応の調書として警察で保管されたが、本人の言動が支離滅裂の為に薬物検査に回されるも反応は無く、最終的に心療内科へ回す事になりその後は相手にされなくなった。

日頃から問題行為を行っていたとはいえ被害少年の遺族達から、事件の真相を調査して欲しいとの訴えで裁判所を通じて県庁へ連絡が入り、警察の聴取内容から県民生活安心保全課へ相談が回ると、当時新人であった村上が刈谷に捜査依頼をした事から県内の特殊事例として捜査が始まっていたのだった。

村上の調査によると被害少年はいずれも下田市内に在住の十七歳の少年で全員無職。同じ中学を卒業後二人は県内の私立高校に、他の二人は地元の左官業社と塗装業社へ入社していたが、昨年の夏に四人で窃盗傷害事件を起こし二人が高校を退学するとリーダー的な存在であった元左官見習の田山浩司のアパートに集まり、夜になると街を徘徊しながら窃盗や恐喝を繰り返し補導回数も多く下田署の少年課では名が知られていた。

メンバーはリーダーの田山浩司の他、元塗装工見習いの堀直人、高校を退学した宮島謙太と原口徹。

四人のうち生存少年の宮島謙太の父親が地元で有力な不動産会社の社長であり議員や警察上層部とも繋がりがあるので補導後も揉み消され常にギリギリのところで家裁送致前に示談となり拘留止まりであった。

鈴木も少年達の事は知っていたが、刑事課としては宮島の取引相手の闇の部分を内密に捜査していた。


現場を視察した刈谷は生存少年、宮島謙太に面会を申し込み村上と鈴木を伴って収容された南伊豆町の県営病院に向った。

「浩司が悪いんだ。あいつがいつもリーダー面して・・・直人が最初だった。俺達は何時もみたいに駅前に停めてあったバイクを盗んで・・・俺はやっていないけど徹の奴が盗って来たのに乗って・・・俺はやめようって言ったのにあいつ等聞かなくて、あのホテルは本当にヤバいんだ。俺は分かっていたんだよ。浩司の奴、俺に『ビビってんのか』って言うから・・・ビビるとかじゃなかったんだ。分かってたんだよ。あそこはヤバいんだ。俺も狙われている・・・なあ、刑事さん助けてくれよ。市民の安全守るのはお前等の義務なんだろ・・・」

宮島謙太は刈谷の質問にはほとんど答えず何かに怯え興奮するばかりだった。

「話になりませんね。立場上言ってはいけない事ですけど身勝手にも程がありますよ。今まで他人に迷惑掛けまくった挙句あれですからね。親が有力者だからって何言っても許されるって思っているただのガキって感じで嫌な気分です。自由と権利が他者の自由の尊重と自己の責任の上にあるって事がまるで解っていない。」

同席した県庁の村上素子は病院を出ると刈谷に毒づいた。

「村上さんはしっかりしているんですね。二年目でしたっけ。私の先任、畠山さんとは何度かこういった案件を経験されましたか?」

刈谷は神奈川で後を頼んだ佐々木を思い出しながら静かに聞いた。

「はい。と言っても大きな事件は一度だけ、不思議な事件で御一緒しました。私は入庁したてで何が何だか分からないうちに伊東の神崎さん・・・史隆さんのご協力の下、事件の解決と言うよりも発生源の消去を見ました。畠山さんから何をしているのかは説明受けましたけど正直何をしていたのか分かりません。ただ、その後は何も起こらなくなりましたから、多分解決したんだろうと思っています。係長からも『最初のうちはそれでいいんだよ』って言われて報告書もOK貰いましたけど。今回の事件、通報者の大学生と宮島謙太の聴取内容をそのまま報告したら遺族の方達からは頭おかしいと思われますよ。私も二年目ですからまあまあ分かっては来ましたし、うちの課では通じるんですけど、もう少し角度を変えた内容を入れ込まないと報告書は完成させられません。刈谷さんは神奈川で何度もこういった事件を担当して来たんですか?」

ライトグリーンで半袖の作業着に紺のスラックスと白いスニーカー。身長は160センチメートル程度で黒いショートカットの真面目な県庁職員といった印象だった。

「ええ。自分達はこういった事件を専門で担当するために特別な教育と訓練を受けて各県に配属されます。内容が特殊過ぎる為に権限も広く、例えば県境の有無を関係なく連携しますから近県の担当者とは自然と仲良くなります。畠山さんとは同期ですから尚の事ね。ここ静岡県は歴史的にみても奇異な現象が起きやすい県になりますよ。村上さんがお会いした神崎史隆さんも良く知っています。話の内容や地理的なところから今回も神崎家のご協力は頂こうと思っているところです。場合によっては神奈川でご協力頂いた方達、その方達の師匠に当たる方まで相談出来る体制になっていますから安心して担当して下さい。係長の矢野さんからも村上さんの身の安全は最優先にするよう申し付かっていますからね。」

刈谷の話しを聞いた村上は鈴木と刈谷に呟く。

「あの~身の安全って・・・危険な事件なんですか?」

娘ともとれる村上の表情に鈴木が肩を叩きながら笑って応える。

「刑事課が動く事件ですからね。何かしらの危険は考えながら捜査するもんですよ。知られたくない人達からの妨害とか嫌がらせとかね。今の(やっこ)さんみたいにそもそも人から恨み買っている様な(やから)は多かれ少なかれ敵がいます。そういう意味ですよ。」

二人の会話を聞いていた刈谷は車のドアを開けエンジンを掛けるとエアコンを全開にする。

「もう一度現場に行きます。村上さんはあの廃ホテルの履歴を調べてください。特に廃業に至る経過と所有権者の連絡先を、鈴木さんは被害少年達の家庭環境を詳しく調べてください。」

八月の炎天下、刈谷のスバルインプレッサは国道を東に、下田市へ戻って行く。


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