入部宣言
リゾートヴィラ須佐之原海岸 水無月 19時30分
「いや~食ったな。翔が言ってたみたいに横浜にもスペイン料理の店ってあるけど何となく敷居が高いって言うかさ、何食っていいか分からなかったんだけどお前等に付いて来て良かったぜ。海見ながらのディナーってなんかいいよな。店の雰囲気も良かったしさ、シェフも良い人だったし、店長も美人で言う事無しだ。本当に幸先良い合宿になりそうだぜ。また一歩大人の階段上った感じ。彼女出来たら連れて来よう。」
上機嫌の慎也が夕陽を浴びて朱色に光る雲の下、暗くなって来た海を眺めて言っている。
勝手に加わって来た慎也も交えて室内の清掃をする事になったのだが、いざ始めてみると完璧に整えられ、塵一つ見えない保養所『水無月』に掃除は必要がない事に気付いた翔達は隣の『葉月』にも入り中を見る。同様に綺麗な部屋を眺め改めて大人の仕事の細かさを思い知った。
「大人の人の本気の仕事って凄いな。翔の事良く知っていたみたいだけど、あの管理人さんご夫婦に本当の真心っていうものを教わった気がする。俺も誰かの為になる仕事を心を込めて出来る大人になるよう心掛けないとな。」
普段からムードメーカーであり、超が付くほどポジティブな聡史の本質にある誠実さを知る翔は微笑んで頷き、壁の時計を見る。時刻は18時。窓の外はまだ明るい。
「そろそろ混み始める頃だけどメシ行くか。掃除は必要ないから、帰りに感謝を込めてしっかりやろう。今日はいろいろあったし、明日は本隊や哲さんと刈谷さんも来るから飯食ってからゆっくりしようぜ。もう嵐は起きないだろうし・・・起きないよな。昼の嵐で閉まっていなければお洒落な店在るぜ。」
鍵を掛け、外に出ると昼の暑さは和らぎ涼しい海風が心地よく吹いている。石畳の通路を歩くと管理棟の前にある広場で矢崎夫妻が花壇のナスタチュームの黄色やオレンジ色の花がらを摘み、整えている姿を見て近付き室内の清掃について感謝を告げた。
優しく微笑み返してくれる夫妻に食事に行くと伝えると「最近出来たスペイン料理のお店が若い人達に人気みたいですよ。」と教えられ海沿いのバス通りに向う。
国道から海岸側に入り車返しのあるバス停『須佐之原海岸』には観光客相手のタクシー乗り場があり、常時2台程度、客待ちの車が並んでいた。
バス通りは熱海から下田に向かう国道はこの須佐之原海岸までで伊那美濱へ帰るバスと『河津』まで進むものがあるが、いずれも22時頃までは運行しているようで、昼の嵐による冠水処理が終わった道路には夕刻の18時でも行き交う車の量は多かった。その国道を挟み山側に翔達が泊まる『リゾートヴィラ須佐之原海岸』がある。
山側の広い歩道沿いには様々な店が並んでいて、バス停側の歩道には落下防止用の白い柵が並び白い砂浜が広がる。その先にはまだ青い海と夏の空が輝いていた。
バス停のある小さなロータリーからコンクリートの階段が二か所あり砂浜へ下りていけるようになっているのが見えた。
目的としているスペイン料理の店は別荘地からの坂道を下りてサーフショップの角を右に曲がる。下田方向の四軒目にあった。
『スペイン風料理 El Mar Hermoso』
崖を背に白い石垣が積まれ車二台分の駐車場には赤いマセラティと白いポルシェがある。
焦げ茶色の鉄製のポールにオレンジ色に白抜きの看板が品よく建っていて、アスファルトの歩道から敷地に入るとオレンジ色のレンガタイル敷に変わり、翔達は高級外車を横目にステップを二段上り看板や照明と同じ材質の手摺のある階段を上る。
まだ暗くは無いが階段の壁にはレトロなブラケット照明があり温かみのある朱い光を放っていた。その十二段上った先に鉄製の黒い枠にガラスがはめ込まれたドアがある。ドアの横には壁があり、その先にテラス席が見え、パラソルが四つ開いていた。
くすんだオレンジやベージュのスペイン瓦で葺かれた屋根が特徴の店は、白い漆喰で塗られた壁に広く大きな窓が並んでいて店内が見える。客達は窓の外、穏やかな天気の中でさざ波を岸に寄せている海を眺めながら食事をしている。既に混雑していてテラス席はファミリー客で埋められてるのが分かった。
時間的にも待つ事を前提に入店したが、ドアを開けると案内の女性店員がやって来て、大きな窓際に新しく席を作ってくれたので翔達は待たずに座ることが出来た。
「すげえラッキーだな。あの人ここの店長だ。ネームプレートに書いてあったぜ。綺麗な人だったな。今日は大人の人に学ぶ事が多い・・・ってか、今更だけどさあ、野郎だけで来る店ではないな。」
周りをキョロキョロ見ながら慎也が呟く。
「おう。そこに気が付いたか。分母下げる為にも慎也、もう帰っていいぞ。そうやってキョドるな。田舎者の小市民がばれる。」
聡史がニヤニヤしながらたしなめた。
「・・・東伊豆町って横浜より都会っていう定義なのかよ。まあ、学生だし小市民には属しているけど。それに分母下げても野郎確率は100%に変わりないだろうがよ。俺さあ、スペイン料理ってファミレスにもあるパエリアしか知らないんだ。どんなメニューあるのよ。」
『相変わらずこの二人は似てるな。』翔は二人の掛け合いを楽しく見ながら応える。
「アヒージョやガスパチョにチュロスなんかもスペイン料理だろ。ねーちゃんが一時期はまって本牧の『Estoy Feliz』って店に何度か連れて行かれたけどタルタ・デ・サンティアゴって言ったかな物凄く甘いアーモンドケーキがあった。基本的には割と魚介系の料理で食べやすかった記憶があるな。」
「お客さんスペイン料理に詳しいんですね。大学生?」
席を作ってくれた小柄な店長がグリーンのゴブレットグラスに氷の入った水とメニューを持ち、笑顔で翔に渡す。店長は座ったままの翔達とは目線が近かった。
青いボタンの付いた白いコックコートにダークブルーのラップキュロットを履きモスグリーンのミドルエプロンを掛け、エプロンと同じ色のバンダナキャップを被り、長く艶やかな茶色い髪を束ねている。
「あ、ありがとうございます。自分達は横浜の高校生です。リゾートヴィラの管理人さんにここが人気と伺って来ました。」
聡史が最高の笑顔で応える。
「あら、矢崎さんのご紹介なのね。何かサービスするわ。合宿ですか?皆背が高いのね。バスケットボールの選手とかみたい。」
「はい。バスケ部です。」
反射的に聡史が答えるのを隣で聞いた慎也が立ち上がって右手を出した。
「入部宣言頂きました。店長さん。ご協力ありがとうございます。」
翔が笑い出し、店長に事の顛末を話すと慎也の手を取り、店長は一緒になって笑ってくれた。
この三人で並ぶと一番背の低い慎也も182センチメートルあり、小柄な店長が更に小さく見える。
「ところで、こいつは兎も角。自分達はスペイン料理って良く分からないんです。苦手な食材は全くありませんが、量は異常に入ります。今日に限ってはニンニク等刺激臭のものもOKです。どうせならこれぞスペイン料理ってものをご紹介して頂けませんか。」
聡史が言うと店長はメニューを開きながら説明する。
「君達は未成年だからソフトドリンクは飲み放題のコースをお勧めします。うちは矢崎さんの所の『湯江山農園』から旬のオレンジや葡萄を仕入れて直搾りしたオレンジジュースやモストと言う葡萄ジュースも置いているからいろいろ試してみてね。」
聞いた聡史が翔を指差して言う。
「こいつが湯江山農園の社長の甥っ子なんです。」
驚いて翔を見てから店長は話を続ける。
「あら、言われてみれば哲也君とどことなく似ているような感じがするわ。イケメンの家系なのね。彼より背が高いのかな。」
翔ははにかんで頷き応える。
「哲也さんも明日から合流予定なんです。妹の美幸さんも一緒に来ます。身長は最近越しました。明日からはもっと大人数で自分の姉達も加わります。」
「そうですか~是非皆さんも連れて来て下さいね。湯江山農園の社長さんご夫婦にはこのお店出す時にいろいろご協力して頂いたのよ。それじゃあなたも神崎さん?」
「はい。神崎翔と申します。あ、それでこいつらが仲村聡史と真崎慎也です。」
紹介された二人は物凄い笑顔で挨拶する。
「あ、店長してます。速水沙紀です。それじゃあたくさん食べて行ってね。体育会系の高校生なら食べ盛りよね。まあ、食べやすいのは何と言ってもパエリアで、普通のサフラン米のものとパスタのものがあるから食感が変わって沢山食べられると思うよ。後は三等分に切って来るからトルティージャ。まあオムレツみたいなジャガイモや玉ねぎをまぜた卵焼き。それに冷製スープのトマトのガスパチョが合うかな。どうせならアヒージョも行っとく?小分けにして持ってくるね。あとは・・・イカは好き?フリットをサービスするけど。」
三人は顔を合わせ頷いてから聡史が言う。
「はい。全部お願いします。あと、カルパッチョも頂きたいんですけど。ここに書いてあるイカとタコのカルパッチョもお願いします。」
「あら、それじゃイカが被っちゃうわね。パエリアやアヒージョにも入っているし・・・」
「大丈夫です。イカ大好きです。昼もスルメイカとアオリイカ頂きました。マッコウクジラの次にイカの消費量多いの日本人ですから。」
聡史が真顔で言い放つのを見て店長は大笑いした。
「はい。ありがとうございます。あなた達楽しくて大好きよ。矢崎さんの所に滞在中はごひいきにお願いしますね。それではお待ちください。」
「・・・俺、何か面白い事言ったか?まあ、いいや。ウケた。明日もこの調子でいくぜ。」
水を一口飲むと聡史は立ち上がりドリンクコーナーに向う。
翔と慎也も笑いながら後に続いて行った。
「お待たせしました。」
店長がパエリアを二種類持って来てくれた。
黄色いサフラン米のパエリアには大きなムール貝と頭の付いた海老に赤いパプリカやピーマンに鶏肉や豚のバラ肉、イカは一杯丸々入っていると説明される。
パスタのパエリアは『フェデウア』と言い具材は基本的に同じだが肉の代わりに白身魚、今日は『スズキ』が入っていると言われた。
それぞれの取り皿と貝殻や海老の頭を入れる皿を置き、冷製トマトのガスパチョを並べてくれた。テーブルに乗らなくなったので運搬用のワゴンを横に置き、六等分に切れ目の入ったトルティージャとイカのフリット、イカとタコのカルパッチョが置かれている。更にシェフからのサービスと言って『ホタテ貝のミルククロケッタ』というスペイン風コロッケに『ハモンセラーノ』という生ハムを敷いたものを三つ置き、薄く切ったフランスパンを六枚とオリーブオイルの小皿もサービスしてくれた。
「クロケッタとアヒージョは出来立てで熱いから気を付けてね。どうぞごゆっくり。」
店長に笑顔で言われ、翔達はお礼を言い、帰って行く店長の後ろ姿を目で追うと、厨房のオープンカウンターから男性、恐らく店長の御主人であるシェフが覗いているのに気付き三人は立ち上がって頭を下げた。
シェフは笑顔で手を振って応え厨房の奥に入って行った。
「何かさあ、学生ごとき俺が言うのも生意気なんだけど、この町の人達って皆気持の良い人ばかりだな。店長さん達や昼の商店街の人達も。俺、この土地を凄く好きになった。」
聡史がしみじみと言いながら目の前のパエリアを信じられない分量で自分の取り皿に盛って行く。
「おい!普通三等分をわきまえるよな。なんでいきなり半分持って行くんだよ。いい事言いながらお前が非常識な事するなよ。」
慎也が言い残りの半分に手を付けようとするのを翔がブロックする。
「お前もだ。俺に食わせないつもりでいるのかよ。」
翔と慎也が取り分け用の食器で鍔迫り合いをしている横で涼し気に「いただきます」と言い自分の分を口に運んだ聡史が目を見開いて言う。
「旨い!これ本当に旨いぞ・・・あ、お前ら何やってんの。食わないのか。行儀悪いな。早く取り分けて食ってみろよ。マジ旨だからよ。そんでテーブルの上整理して、置いて行ってくれたワゴンの料理乗せようぜ。これ、いくらでも行けるぞ。」
二人は目線を一旦聡史に移し、改めて残っているパエリアを半分に分けワゴンの料理と入れ替える。
「なあ翔。先にフェデウアの方も取り分けようぜ。全部聡史に食われちまう。あとカルパッチョもな。」
翔も同意して取り分け、残りを大皿のまま聡史の前に置く。
「いただきます。」と改めて二人は言って口に運ぶと、顔を合わし「旨い」と同時に言う。
その後は皆無言で目の前の皿を空にしていった。
「ごちそうさまでした。」
食事を終え、会計に向うと店長とシェフが対応してくれた。
「とても美味しかったです。スペイン料理って初体験だったんですけど今日でファンになりました。凄く良い体験させて頂きました。ありがとうございます。」
聡史が思いのままシェフ達に感謝を述べ、翔と慎也もお辞儀した。
「こちらこそありがとうございます。若い人達に喜んで貰えてこちらも本当に嬉しいです。良かったらまたご利用下さい。」
シェフは笑顔で応え、店長と顔を合わせてから頭を下げてくれた。
「もしご利用頂けるようでしたら予約して貰えば広い席ご用意しますから、これ、お店の連絡先です。『神崎』って言って頂ければ最優先にしますから宜しくお願いします。女性達もいらっしゃるならサンティアゴも用意出来ますよ。他にもクレマカタラーナっていうクリームブリュレみたいなデザートもありますからね。それに、新学期からのバスケットボール頑張ってね。」
翔に店のカードを渡すと、店長がウインクしながら言い、慎也が「はい。」と良い返事をしたので皆で大笑いした。
更には「これ出来立てだけど後で食べてね。」と言って、別の店員が用意して来た油紙の袋に入ったシナモンチュロスを渡してくれた。
底なしの筈だった腹も満たされ、心も軽やかに店を出る。
入店時には明るかった空も薄暗くなりブラケット照明の朱い光に照らされた白い壁が仄かにオレンジ色の光点を結び翔達はまだ行ったことも無い地中海の雰囲気を味わいながら階段を下りる。階段の下にはこれから入ろうとしている観光客の姿が見える。
腕時計は19時30分を指している。
店を出て少し歩くと汗が噴き出してきた。
昼の暑さが路面に残っていたが少し経つと慣れ、東の空から吹く海風は心地よい潮の香りを運びながら体の火照りを沈めてくれる。
慎也が一人、海に向って何か語っているのを尻目に翔達は国道を渡ってバスロータリーへ歩いて行く。客待ちのタクシーは1台だけ停まっていたが浜辺の海の家から出て来た女性客が二人、階段を上って駆け寄ると後部座席のドアが開いた。
二人は無事に乗れた女性達を見送りながら彼女達が駆け上がって来た階段を下りる。
「おい。雄大な景色を見ながら人が感想を述べているのを無視して行くなよ。」
慎也が後ろから走り込み、声を掛けるのを聡史が振り返って応える。
「あ?何かの階段上るんだろ。俺達は階段降りて浜に行くんだけど。」
「いや・・・だからさあ、俺って存在感ないのかよ。ちゃんとワリカンして支払いの時責任果たしただろ・・・お前等もウケてたじゃんか。あれさあ、あれだけいい物食って一人三千円ジャストって絶対特別待遇で割引してくれたよな。メニューちゃんと見なかったけど、大皿の大きさ他のテーブルより大きかったしさ。その挙句お土産まで頂いちゃってさあ。明日、本隊御一行様来たら誘ってまた行かないと罰当たるぞ。お姉様方来れば資金力倍増だし・・・って、おい。無視すんな。」
慎也の演説を無視して二人は階段を降り、閉まり始めている海の家を見て回る。
「着替えやシャワーは別荘で出来るから基本はパラソルとかのレンタルと軽食のメニューくらいだよな。見張りは勝手に来た慎也に仕事としてやらせればロッカーとかは借りる必要ないし・・・この浜辺、道路まで結構高さあるのな。階段十八段あったから三メートル以上の高低差か、だから二階の店の窓から海の家の屋根が気にならずに浜辺が見えていたんだな。津波とかの対策もあるけど国道自体が崖にあるって事なんだろう。海の家も国道寄りに並んでいるから砂浜が広いな。着いた時にも見たけど割と家族連れが多いのな。ライフガードも人数多かったような感じしたし・・・あとは、お盆明けの海って海月出たりするけどここはどうなんだ?」
聡史が一通り海の家の配置や店の雰囲気を見てから翔に聞く。
「ああ、大丈夫だと思うよ。伊豆半島の東海岸は割と水クラゲは海流の関係かほとんど出ないんだ。ただ、数年に一度くらいの割合でカツオノエボシは見つけられたりする。ねーちゃんが三浦はヤダって言ってたのは湘南から三浦はカツオノエボシが来て、浜辺に打ち上げられたりする事が多くて危ないからっていうのもあるんだよ。まあ、エイとか踏んだらたまったもんじゃないだろうけど、海水浴場は人が多いからエイの方が遠慮するんじゃないの。あとは、最近ヒョウモンダコが見つかる事があって、そっちの方が危険だな。まあ、自然系は寛美さんが来るから心配はいらないけど、ナンパ目的の男達の方が面倒なんじゃないの。それも哲さん来るから問題ないか。あの人ライフガードのバイトしていたりするからこの浜でもかなりの顔なんだぜ。ここだけの話しになるけどさ、あの人中坊の頃から地元のヤクザ屋さんも頭上がらなかったりするみたいだぜ。」
「おお、今回はヲタ話し制御出来たみたいだな。哲也さんって言うか史隆さんからの話しなんだろ。まあさ、あの人達が本気出したら軍隊でも覚悟いるからな。普通の人間じゃ相手にならないよ。お前も人間相手にこの前みたいな事するなよ。事件じゃ済まないからな。」
翔の説明に身構えた聡史は実用的な会話になって突っ込みを入れる。
「それなんだけどさ、呪いや超能力みたいなので人が死んだ場合って立件出来ないみたいだぜ。非科学的な事象に法廷は追いついてないからな。」
「・・・本当にやめろよ。味方じゃない涼子さん相手にするの嫌だからな。そうじゃなくても今日の刈谷さんが来るって言ってたじゃないか。静岡の特事監理官なんだろ?自然公園で見付けたあの娘も関係するのかな。もういいや、暗くなったし別荘に戻ろうぜ。もう乾いたけどさ、嵐の後から動き続けだ。風呂入りたいしゆっくりしようぜ。」
浜辺の雰囲気を堪能し、会話を終えて帰路に着こうと振り向いた先に、憮然として腕を組み仁王立ちする慎也がいた。
「お前等さあ、本当に俺を何だと思っているんだよ。宿に戻ったら今話題にしていた事、俺にも教えてくれよな・・・あ、今思い出したけど、美鈴がさあ、神谷も連れてくみたいな事言ってたぜ。神谷由衣。」
「はあ?何でそうなるんだよ。急に言うなよな。部屋割りとか・・・考えてなかった。今回結局何人になるんだ。慎也と神谷が加わるから十一人か。保養所の一部屋に二段ベッド二つあったから人数は何とかなるけど男女比が・・・男四人だから大丈夫だな。それにしても神谷かあ。しっかしなあ・・・」
慎也の報告に聡史が渋い顔をする。
「何だよ。いいじゃないか。神谷も美人だしお前等も嬉しいんじゃないの。美鈴も同性の友達といた方が楽しめるだろ。それに何なら俺達と哲さんは本家の別荘の方を使えば皆で広く使えるしな。ああ、それなら忍さんも友達誘って貰えば・・・三年生は進学資格の問題あるから無理か。忍さんが誘ったら嫌味になる・・・」
翔が淡々と応えるのを聡史が被せる。
「あのな、俺達が別棟で泊ったんじゃ意味ないだろ。皆で一つ屋根の生活をするのが今回の醍醐味なんだからさ。それにお前は本当に自覚が無いのな。今回忍さんが来るから、その対策というか援護に神谷を呼んだんだろうけど問題を深めるだけって事にお前も美鈴も気が付かないって・・・なあ。」
聡史が話しながら慎也に結論を譲る。
「何面倒な話しを俺に振るんだよ。それにその忍さんって誰?三年生?それもちゃんと話せよ。まあ、翔よ。お前もつくづく罪な男よのうって事だ。」
聡史と慎也は同じ顔になり翔を凝視する。
「は?お前等なんの話ししてるのか繋がりが見えん。まあ忍さんはねーちゃんと相当仲良くなったから問題ないかな。俺が言うのも何だが、あの二人本当の姉妹みたいだし、寛美さんとも弓道部の先輩後輩だ。勘だけど、忍さんみたいなタイプの人って麗香さんは凄い面倒見てくれると思うんだよ。うん。心配いらないな。よし、帰るぞ。」
明るく話し、歩き出す翔の後ろ姿に白けた視線を送り二人は照明の明かりが眩しくなったバスロータリーを目指して歩き出す。