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くがにぬす・・・

誰も話さなくなったところで再び雫が口を開く。

「あの、そろそろ話を纏めませんか?伊原先生のご報告、浅井さんと深山さんの情報に私達の資料内容と、現在持ち合わせている必要な情報の共有が出来ました。ここで、私達のスタンスについて考えなければなりませんが、楓さんがいて深山さんがいるという事は特殊事例に関しての対応を行う事を目的にしていますよね。通常の科学的対応であれば、その為にある通常勤務の警察や政府がその責務において行えば良い訳ですから。そして、ここまでは詳しく話してこなかった事になりますが、今朝発生した異変についてですけど、楓さんは勿論、幻聴と幻覚は私と忍ちゃんも体験しています。これは、今回の患者さんのものと酷似しています。さらに、医院長先生には伝えていませんが、伊豆に先行している翔達が先程話題に上った『嵐』に会っています。その嵐の中で翔が体験している・・・このメンバーなら言っても許されると思いますけど翔が『神託』によって(やじり)を授かったらしいんです。そしてここにはその鏃を射る事が出来る射手、しかも国内最高峰の射手が二人もいます。あの子はボケているので正確な内容は分かっていないようですけど、話しの中では、海に『白く大きな塊とそれを取り囲む黒い集団』が頭に浮かんだと言っていました。この事は深山さんがキャッチした相模灘に現れた大型海洋生物群と重なります。実はそのビジョン。私にも届いていました。総合的に共通点がはっきりしてきましたよね。」

雫の話しに医院長は驚いたままの顔をして楓を見る。

「遠山君どうよ~最近の若い者はとんでもなくしっかりしているでしょ。最も、ここにいる子達が途方もない才能の持ち主という事実はあるんだけどね。さあ、議長として纏めなさい。もう暗くなってきたし、この子達は明日から伊豆に行くのよ。君達大人も明日はまだ仕事あるでしょ。裕一君だってお祖母ちゃんとお留守番してるんだからさ。」

指摘された遠山医院長は正気を取り戻して議事を進行する。

「はい。本当に感心してしまいました。流石は青嵐三女神と讃えられている御三方ですね。それでは雫さんの仰っている通りに共通点を追って行きましょう。私の固い頭から一旦『常識』というものを壊して全ての情報を受け入れると、もう結論は出ていますが、今回の集団ヒステリーの要因は海中にあって、事故件数や実はまだ集計が終わっていないのですが倦怠感や錯乱していた患者数も伊豆半島しかも東海岸側が一番多く下田市から伊東市にかけての相模灘沿岸を中心に千葉県の房総半島南部にかけて相模湾と三浦半島を越えて東京湾の湾奥に至るまでの沿岸地域が、その影響範囲と考えられる事から、過去に起こった世界規模の類似事件に模してはいるものの規模はこの影響範囲に限定されている縮小版という事になりますね。そして、その要因を取り敢えず『何か』としましょうか、その『何か』が浮上するか沿岸部に近付く事によって感覚過敏の方に不安を与えたり、幻覚及び幻聴を与える。しかも閉鎖された場所に関係なく広範囲に渡り、ほぼ同一の内容に影響されてしまう。とういう事になりますね。」

医院長の話しに深山が続く。

「医院長の仰る通りだと思います。問題の根本的な解決方法はその『何か』を二度と浮上若しくは日本の沿岸に近付けないようにする必要があるという事になります。」

医院長は腕を組んで何ともなしに正面を見て呟く。

「そうなると問題はその『何か』とそれを防ぐメッセージを送っている者の正体ですね。感覚過敏者にダイレクトに影響を及ぼしているのはそのメッセンジャーによる幻聴と、『不安』を煽る『海中に蠢く何者か』のビジョンの二種類に分かれるようです。患者様の証言にあった『近海に現れる』ビジョンと『嵐が防ぐ』メッセージは、一旦終了しているという事になりますかね。『海底から何か大きなものが蠢き浮上して来る』というビジョンもセットでしょう。この『何か』を物理的な意味ではなく、雫さんが仰っていた『邪神』に該当させると物語としてはスッキリしますけど・・・楓さん。最初から分かっていたんでしょ。わざわざ過去の記録を彼女達に引っ張り出させたのも含めての事ですよね。」

楓に視線が集中する。

「え、知らないよ~人工物の疑いだってまだ消えた訳ではないでしょ。普通に考えて見なさいよ。過去に起こった事例を引き継いだり、何らかの影響を受けていた研究者とかが、最新の研究の成果を試したくって人の思考に影響を及ぼす装置作ったとかさ。友好国じゃない国が悪さしても『遺憾です』しか言わないこの国を見下して、新しい兵器の実験でやった可能性もあるでしょ。発見し辛いくらい小さなブイかも知れないし、科学的な実験とかならどこかの大学とか企業、政府だって怪しい事には変わらないでしょ。被害が出ているからマズイって思って隠蔽されるかもしれないし、もしそっちの分野なら雫ちゃんが言った通り、事件として警察とかの法的機関が動くんじゃないの?ほら、寛美ちゃん達が言ってた人工衛星を使ったとかさ、どこかの国の兵器みたいな感じでね。」

楓が微笑みながら言うのに反応して深山が返答する。

「国防省が探査に乗り出しているという事は政府からある程度方針の決まっている指示が各省庁に出されているのだと思います。それはそれでお任せして、雫さんの言う通り、私達は特殊事例の対策として動く必要があると思います。二方面の解決策を考えても、科学的な原因と考えるには・・・もうここまで来ると『嵐』が発生したという事実と、翔君が受けた『神託』に対する説得材料が見当たりません。自分は研究を目的とした科学者ではなく、市民の安全を守る公務員としての立場にあります。既に科学では割り切れない事象を何度も体験して来た身としては、物理的な事件とは別にある本件の原因究明とその対処が任務と考えています。県警の佐々木監理官にも浅井を通じて報告していますし、実際神奈川県警は特殊事例として動き始めているみたいです。それに静岡県には刈谷監理官が移動していますから連携はしやすいと思いますが・・・」

深山の指摘に苦笑いしながら楓が応える。

「まあね。私も事が起こる度に呼び出されても困るし、根本解決しないと他の病院の患者さんやスタッフも大変だからね~丁度さあ、トラブルメーカー達が伊豆にいてまた何かお願いされたみたいだし、明日から雫ちゃん達も行くんでしょ。夏休みも取っていないみたいだしさ、観光も兼ねて浅井君も行ってくればいいんじゃない?」


楓が返答するところを裕子が口を開く。

「伊原先生の報告にはその対処法の様な、患者様からの発言がありましたよね。私も忍の事や皆さんと御一緒してから考え方に抵抗が無くなったので素直に受け入れられるようになりましたけど。その『何か』に対抗する勢力からという事になるんでしょうか。医院長の仰るメッセンジャーから影響を受けた患者様が皆、うわ言の様に言い続けていました。『備えよ。』は分かりますけど『くがにぬすをよべ。』とか『くがにぬすをとめ。くがにぬすがえうずる。』と頭の中に木霊していたと、小児医科の子達の中にも同じ声を聴いたと言っている子が何人もいます。命令形の言葉のようですが何を言いたいのか分かりません。」

「あ、それなら分かります。」

雫が返事をした。

「正確ではないかもしれませんが古語表現です。『くがにぬす』は陸地の主を指していると思います。つまり陸の主を『呼べ。』そして『とめ』は恐らく探し求めよという意味で『えうずる』は必要とすると解釈する事が出来ます。纏めると、『陸の主を呼びなさい。その主を探し求めなさい。その主が必要になる。』と言っていると思います。今までの話しから、なんというか・・・もう答え出た感ありますよね。朝からの異変はその『何か』によるものであると思いますけど、午後になって翔が伊那美濱に着いた途端気象レーダーに捕捉されない嵐が発生したのは、患者さんの発言にある『嵐が防ぐ』に該当しますし、16時に事態が収束したのも翔が神託を受けて女の子を救出したら嵐が止んでいたと連絡があった頃です。明日から私達も合流するんですけど・・・やっぱり嫌な予感しかしないですよね。」

雫は苦笑いをしながら深山を見詰める。深山は頷いて楓に言う。

「楓さん。明日からの伊豆行きですが、彼女達に行かせて大丈夫でしょうか?勿論翔君達を戻す必要も考えなければならないのかもしれません。」

「う~ん。それだと問題解決にならないんじゃない。もしかしたらそれを防ぐためにまた嵐になるかも知れないよ~それにさあ、今回の心配はどっちかっていうと、海で翔君が張り過ぎちゃうところかな~十日前と比べようもないくらい言動が(たくま)しくなってたし、九鬼の藤次君が言っていたけど海には空気中よりもトリチウムって少し多いらしいじゃない。あの子の科学実験で相模湾蒸発させなければいいけど。それを監視する為にも雫ちゃん達がいた方が良くない?もう始まっちゃってるんだからさ。」

危険な事を明るく言っている楓を横目で見ながら雫は呟いた。

「楓さん。また何か企んでます?」

「またって・・・前回だって私は起こった事に対して出来る限りのサポートをしただけでしょ。まあ、大神祭は思い付いて差し向けたんだけどさ、でもいい試みでしょ。まあまあ、若いうちにいろんな経験積めると思って楽しんで来なさいよ。」

楽しそうに言う楓を見て雫は深山に視線を移す。苦笑いをしながら額の汗を拭く深山を見て溜息をついた。

「何というか・・・この中で一番幼く見える楓さんに若いうちって言われても。ねえ忍ちゃん危険は無いの?」

麗香は客観的に話し、隣に顔を傾ける。静かに議論を聞いていた忍が笑顔で応える。

「麗香さん。それはもう危険しかないですよ。楓さんがやる気出しちゃったんで・・・常人には回避不能らしいです。諦めて進むしかありません。私も前回で学びました。死なない程度に楽しみましょう。」

「あ~忍ちゃんも言う様になったね~でもさ、静岡だったら今頃史君に協力要請出てる頃だよね。あそこも深山君の所みたいな課があるよね。普通のお役所と違って君達は区分関係なく動けるんでしょ。静岡県警の刈谷君ならもう翔君にアクセス済みかも知れないし、それに哲也君や美幸ちゃんも合流するみたいだし。小田原の直志君にもお願いしてるんならまた一志君が出て来るかもよ。皆に守って貰えば大丈夫よ・・・多分。」

前屈みに(うつむ)いて両足をぶらぶらさせながら雫が言う。

「そのメンバーが出て来なければならない事態が一番危険なんじゃないですか~まあ、今回は警告を発している者なのか神様なのか分からないですけど~一応味方として考えられそうな勢力がいて、事実嵐を持って事態を沈めたみたいですし・・・翔の奴、海で前回みたいな事やったら副反応で水素爆発起こしかねないですからね。そんな事に成ったら損害賠償責任どころじゃ済まないですから諦めて監視しに行きますか。二人はさ、危ないから美鈴(みー)ちゃんと、ここに残った方が良いと思うよ。忍ちゃんもね。」

雫が言うのを三人は一度、互いを見回してから麗香が言う。

「あのさ、ここまで皆で探求しておいて(シズ)だけ行かせる訳無いでしょ。私なんかアメリカ研修キャンセルして帰って来ているのよ。大体、寛美(ロミ)のこの顔見なさいよ。自分で調べた内容の確認と翔君が貰ったっていう(やじり)見たくて今から一人でも行きそうな目してるでしょ。忍ちゃんだってやる気満々だし、そうなると美鈴(みー)が大人しく一人で待っている訳無いのは分かるよね。大体、翔君が受け取った鏃を撃つ事が出来る射手が二人いるって自分で言ったんでしょ。二人の顔をごらんなさい。全国大会の決勝に残った時の様な顔してるよ。これ、あんたのせいだからね。それに、少なくとも前回の槍穂岳の事件の内容をきちんと説明受ける為にも私は行くよ。」

雫は嬉しくなり目を潤ませるが、裕子を見て発言を待った。

裕子は雫の視線を感じると、夫の深山を一瞥して話し出す。

「忍は確かに未成年だけど、楓さんの正式な弟子だからね。私はこの子の思う様に生きて欲しいから。雫ちゃん。この子をお願いします。それで、楓さん必ずこの子達を守ってくださいね。煽った責任ですよ。」

一斉に楓に視線が集まる。

「え?私は行けないよ。明日から山梨の龍崎のところで相談受けるんだけど。何か地霊がどうのこうのって、本当は今日呼ばれてたんだけど延期したんだよね・・・それに煽ってないし・・・今回はさあ海の中に相手いそうじゃない。危ないなって思ったら陸地にいて海に入らなければ大丈夫なんじゃないの。最近の鮫映画じゃないんだからさ、空飛んできたりしないでしょ。翔君が鏃貰ったんだったら忍ちゃんはこの前牟田(むた)ちゃんから貰った弓矢一応持って行きなね。神託で受け取ったんならそれを使って何かしなさいって事だろうからさ・・・ああ、あの地には・・・ま、そういう事でよろしくね~」

「その翔君が受け取ったという鏃ですが、普通の矢師に取り付け可能な物かどうかは一度見る必要がありますね。この前、忍ちゃんの矢を見ましたけど鏃の金属が何かの合金の様なんですけどその材質と形状が独特なんです。()にしても、シャフト部分の事ですが、古代の神具としての(こしら)えですし羽根も見た事のない種類の鳥の羽根でした。あれで何故威力を維持して前へ飛ぶのか分かりません。楓さんはご存じですか?」

槍穂岳の事態が終結した後、登山口前で見た忍の弓矢について寛美が楓に聞く。

「う~ん。知らないな~」

天井を見ながら微笑む楓に誰も次の言葉が出なくなってしまった。


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