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邪神の呼び声

「楓さんから依頼を受けて、ここにいる水橋寛美(みずはしひろみ)が過去の類似事件を取り纏めた結果、1925年大正十四年に世界規模に渡る異常性の高い事件が三月の一ヶ月間にあった事を突き止めました。本日の事例に類似してはいますが当時の方が圧倒的に広域といいますか、全世界規模で特に南半球から波及し、欧米を含めこの日本でも芸術家や宗教家のように感受性の高い人間に今回のような精神錯乱や昏睡状態になる症例が多発していました。現在はまだ自殺者を含めて亡くなられた方の報告は無いようですが、当時は日本だけでもこの一ヶ月間に自殺者数が六千人に上っています。通常の四倍以上の人数で、その他にも同様な精神錯乱に起因する殺人、傷害事件も多く発生していたようです。この事例について当時、世界規模の調査を纏めたのが、寛美の曾祖父である水橋(みずはし)創玄(そうげん)教授、当時の青嵐学院大学考古学部長でした。創玄教授への調査依頼はアメリカのB大学名誉教授でロードアイランド州プロビデンスのG・A氏からと明記されています。プロビデンスのB大学についてはおそらくブラウン大学と判断出来ますが名誉教授に関してはイニシャル以外の表記はされていません。創玄教授の報告書には冒頭部にこのA氏からの調査開始に纏わる事件が記載されています。世界規模で起こった事件事故の内容は先に申し上げた通りですのでここからはこのA氏が創玄教授へ送った書簡について経緯を追ってご説明致します。また、このA名誉教授は翌年、1926年に同州のニューポートで船を降りた後、突然の心臓発作で亡くなっています。それを創玄教授に知らせたのは甥を名乗る者からの手紙だったのですが、その甥も後に惨殺された姿で発見されています。犯人は捕まらず米国連邦法によって現在公訴時効は終了しています。この事件と調査報告書の隠蔽については後程説明するとしまして、まずはA名誉教授の件から始めます。事の始まりは十七年前とありますから1908年、米国内でのある学会の席でニューオリンズの刑事が醜い怪物の様な小さい石像を持ち込み、その石像を崇める邪教集団の起こした少女誘拐事件について相談をして来たところからが記載されています。この刑事の持ち込んだ石像は当時、捜索依頼を受けた少女の捜査の過程で、悪魔崇拝とされる所謂カルト宗教団に誘拐されている事を突き止め、少女を生贄にして儀式を始めたところを検挙して少女を救出し、その教団を壊滅させた時に押収した物で、信者の供述に『我等の神は海底に幽閉されていてその解除には星が元に戻る事が必要であり、その為に儀式を行う。神は人々に思念を持って支配する。いつの日か神の呼び声を聞くだろう。我々は多くの名を持ち世界中に仲間を持つ。』と言っていたと記録されています。以後A氏はこの教団を追い類似のカルトについての情報を収集していたようですが教団についての詳細は報告書には明かされていません。それから十七年後になる1925年の三月、ある青年H・Wと記載されていますが、A教授はそのW氏の悪夢についての相談を受ける事になります。W氏は三月に入ってから何度も同じ内容の悪夢を見て、その後数日間は高熱を出して動けなくなると訴え、夢の内容をスケッチした水彩画を持参しました。A氏はその絵を見てW氏のカウンセリングをする事を決めます。その絵には物理的には成り立たない形状の建物が並ぶ都市の風景と醜悪な化け物が描かれていて、その化け物と十七年前に刑事が見せた小さな石像は特徴が似ていた事がカウンセリングを引き受ける理由であるとされています。W氏のカウンセリングを行うと青年の言う通り、悪夢を見ては高熱を出す事の繰り返しである事が分かります。そして三月二十一日に絶叫を上げ40度を超す高熱を出して意識不明になり、二十三日を過ぎると目を覚ましその後回復し始めたとあります。A教授は同様の症状を訴える患者がいた事を知人の医師から聞き、W氏の事後この時期の類似事例を調べた結果、北米、欧州の各地で同様の夢や幻覚、幻聴を感じ精神錯乱や自殺、大きな不安を理由とする殺人事件が多発していた事が分かり、日本の創玄教授にアジア圏の調査協力を依頼したとあります。依頼を受けてアジアから南半球の事例を纏めて行ったところ同様の事例や症例がこの一ヶ月間に起こっていた事が分かりました。創玄教授は何度かA氏と書簡を交わし他国の知人にも調査協力を要請しています。その後、資料を取り纏めA氏に書簡を送るも数カ月間返信は無く、A氏の甥を名乗る男性からA氏の訃報と、この資料を隠蔽するよう勧めると書かれた手紙が来たとありました。そしてその甥からの手紙には真偽不明として、ある水夫からの証言も含まれています。その内容は南太平洋上、ニュージーランドからペルーへの航海中に海底地震が起こり、その後突然の嵐に見舞われて、同乗の船員に精神異常を訴える者が現れるようになり、航行不能になりかけたので避難先を探ったところ洋上に海図には無い島を発見したそうです。その島は異常な形態の石造りの建物が立ち並ぶ腐臭に満ちた都市であったと記録されいてます。船長の判断で上陸すると暗緑色の山の様な大きさの化け物が建物から出て来て、化け物を見た船員には発狂して命を落とす者が現れ、逃げ出した別の船員達が次々と殺されてしまい脱出中追いつかれたため船を反転させて激突させその化け物を島から出ないよう撃退し、船から投げ出され漂流中を他の船に救出されたという内容を残しています。ただ、その水夫が怪物を撃退したのが三月二十三日であったともありW青年の回復し始めた日と重なります。先にも述べましたが後日、この甥も惨殺されたとFBI経由で知らされたとの記述もありました。結果として、創玄教授は情報共有していた各国の他大学教授達と相談の上で、この資料の公開を取りやめ、極秘資料として隠したとあります。」

麗香はここで話を止め周りを見回した。楓が微笑み返すのを見て続ける。

「甥死亡の報告者が何故FBIになるかというと、A名誉教授との連絡が途絶えてから創玄教授自ら渡米してB大学に滞在中、ロードアイランドのプロビデンス市警察に相談をしていたところ、先にも言いましたように、甥からの手紙がニューポートの港で船を降りてから心臓発作で亡くなったと大学の事務局へあり、その真偽を確認する為、甥に会いに行き手紙にある住所地へ向かうも不在の為、マサチューセッツ州のボストン市警察に届けた事から州を跨ぐために最終報告者がFBIの担当者からだったという事になります。そこでA氏の甥はA氏が自然死ではないと疑い、やはりボストンとプロビデンスの両方の警察に相談していた事が判明しています。余談ですが前述した水夫もノルウェーのオスロで亡くなられているそうです。ここまでが報告書に記載されていた内容です。ここからは私の推測・・・妄想に近い憶測になりますが、この幾つかの事件で、A氏に相談した青年Wの意識が戻った日と、水夫が怪物を撃退した日が三月二十三日で、その日を境に世界中の症例が落ち着きを見せ、四月には完全に収束したと記録にある事から、『何か』が浮上して人々に影響を与える幻覚や幻聴を発信する。それを抑えるにはその『何か』を海中に留めさせる必要がある。といったところでしょうか。蛇足になりますが、この1925年という年にはイタリアでムッソリーニの独裁宣言、ドイツではナチス親衛隊が発足といったその後の世界秩序に暗い影を起こす出来事があって、電波事業としては、この日本でも東京放送局がラジオ放送を開始していたり、国際アマチュア無線連合が結成されています。ジュネーブ条約議定書により化学兵器使用禁止が締結され、軍事兵器は新しい展開を余儀なくされたとも考えられます。アメリカではクー・クラックス・クランの全国大会が開催されていますし、ハワード・カーターのツタンカーメン王墓発見とかもありました。東京では日暮里の大火。確かこの年に、二年前に起きた関東大震災の影響なのか東京帝国大学に地震研究所が設置されてもいます。ちょっとだけほっこりした話題を入れると、東京六大学野球がリーグ戦の開始をしたり、大日本相撲協会が設立、山手線の環状運転もこの年に開始されています。振り返るといろいろな事が始まった年の、ひとつの奇異な出来事となり、その後忘れ去られた事件となります。」

麗香は言い終えると寛美を見る。横目で微笑みながら労う顔を見て大きく息をついた。


森澤麗香が憶測と言った事は、この場で説明を聞いていた全ての人間が頭に浮かんだ内容であり、蛇足と言った歴史事項はより多角的な関連性を疑わせた。

医院長が笑顔で話し出す。

「森澤さんありがとうございました。噂通りの能力ですね。資料を持たずに全て空で分かりやすくお話し頂けるとは感服です。お二人からも訂正はなさそうですし、今までのご説明を含めて集約すると、今回も原因には精神に影響する発信源があり、どうやらその発信源は海中にあって海水が地上に影響させることを防いでいる。今回はそれが限定的であるという事になりますかな。そうなって来ますと普通に考えられるのが潜水艦などからの何かしらの電波なり音波による実験でしょうかね。結果を見ると悪質なので国防省が絡んでいるとも考えられませんが・・・」

医院長の発言に楓が寛美を見て言う。

「今度は寛美ちゃんかな。チェックしているんでしょ?」

「はい。今回の件、国防省は早い時間から国交省の海難事故の情報を受けて相模灘周辺を探査し始めていました。艦船と潜水艦によるソナー探知を大規模に展開しています。事故原因に繋がる海流の変化や物質は発見出来ず、衛星からの探査も含めて航空部隊も導入しましたが、結果は同じでした。午後からは確認していませんが、翔君からの連絡に伊豆半島東海岸でレーダーに映らない嵐が発生しているという現象があったみたいです。気象情報としては晴れの表記なのですが、現地では実際13時から16時にかけて毎時80ミリメートルを超える災害級の降水量が観測されたとあります。この事から考えられる直近の類似事例は東丹沢での嵐という事になってしまいます。」

寛美の発言を受け深山が浅井のノートパソコンとタブレットを覗き込む。

「午後から国防省が国交省との共同で公開している情報には13時に相模灘海域に大型海洋生物、おそらくクジラの群れを大島と伊豆半島の間に発見しているようです。そのほぼ同時期に伊豆半島東沿岸を中心に衛星やレーダーに反応されない嵐が発生。現場の自衛官は暴風を受けた為、海上での探索は待機となり潜水艦による探索では海洋生物の反応も消えてしまったとあります。14時以降には新しい情報はありません。嵐自体は事実のようですがレーダーには反応しない雲・・・寛美さんのご指摘の様に、その規模は違いますが、巳葺山で翔君達が遭遇した嵐に似ています。この嵐について何らかの発生装置も発見に至らない以上、物理的要因ではなさそうです。そうなるとやはり特殊事例に該当します。政府の公式会見では今月に入って二度目なので気象庁に事態の是正命令を出したとありますが、翔君が絡んでいるとしたらとんだとばっちりに成りますね・・・荒唐無稽な話ですが過去の調査報告にある『何か』が南太平洋のあるポイントから相模灘に入り湾内に移動して来たというのは考えられますか?」

深山は正面の楓に聞く。

楓は天井を見上げ笑顔で「う~ん。それは分からないな~」と言って寛美を見る。

寛美は微笑んで話し始めた。

「麗香は資料を読む時間が少なく最後に要点だけ眺めた程度だったのと、全体として報告には不必要な詳細内容でしたので敢えて言わなかったのかもしれませんが、水夫が体験した、あるポイントとは先述した彼の証言で当時は南緯47度9分西経126度43分とされています。これを後に曾祖父で考古学部教授の創玄と情報共有していた世界各国、各分野の学者達が計算し直して割り出した座標は南緯48度52分西経123度23分だったのではないかと修正しています。分かりますか?」

寛美の問題定義を深山達も医院長も質問の意図が分からず寛美を見返した。

寛美は首を傾げ隣の麗香に微笑む。

「凄い所でパス寄こしたね。この座標は・・・海洋上の到達不能極。現在はポイント・ネモと呼ばれている地点です。1957年にスプートニク1号が人類最初の人工衛星打ち上げになりますから、報告書が作成された年代にはまだ当然設定されていません・・・確か1971年から2018年までの段階でもアメリカとロシアを中心に老朽化した制御可能な250機以上の人工衛星を落としているスペースクラフト・セメタリーと呼ばれている場所になります・・・あってるよね?」

麗香は言い終わると同意を得ようと寛美を覗き込む。寛美は優しく微笑み返した。

「今の解答で意味が分かりましたか?水夫が怪物に襲われ海上に浮上した都市の座標が海洋上の到達不能極に計算し直されて、その報告書の作成時期には設定されていなかったポイント・ネモと一致する偶然があったという事です。水夫の救助をした後、証言の海域を捜索しても怪物は勿論、都市も島も発見出来なかったとの記述もありました。座標が異なっていた証拠にもなるかも知れませんね。隠された筈の報告書を認知しての事かは定かではありませんが、先進国が揃って宇宙機の墓場としてこのポイント・ネモを、人工衛星を廃棄する為の目標点にしています。普通に考えれば陸地から最も離れている到達不能極に衛星を落とせば落下物による人的被害が最小限になるからだと考えられますし、この海域は南太平洋還流の内側にあり、海洋の栄養分がその内部に流入出来ない構造になっていて大陸からも離れているために風による有機物も運ばれて来ないので生物が非常に少ない海域となっていますから、生態系にも影響が少ないという事も理由の一つに挙げられるのでしょう。落下させた宇宙機で有名なものとしては当時ソビエトの宇宙ステーションミールもこの海域に沈んでいます。予定では現役の国際宇宙ステーションも2031年にその役目を終えてここに落とす計画があります。日本の衛星も既に6機落としています。先に言った通り物理的安全性と生物への影響を考慮しての事であると考えられますが、曾祖父の資料を読んでしまうと別の意図があってこの海域に何百トンもの宇宙機を落とし続けていると勘繰りたくなりますね。」

大人達は手元に何の資料も、スマホすら手に持っていない二人の会話に付いて行けなくなっている。忍は二人の膨大な知識に圧倒されて心酔していた。

ここまで静かに聞いていた雫がゆっくりと話し出す。

「それに、麗香(レイ)の話の中では信憑性が乏しいのと非科学的なので深く話さなかったと思うんですけど、邪教徒の供述や水夫の逸話を是として、『何か』を邪教徒の崇拝する神、所謂『邪神』に置き換えれば、邪神は海洋の、今二人が説明したポイント・ネモの海域に幽閉されていて、何かの影響によって浮上すると世界中に影響を及ぼす力を持っている。また、信徒の発言によるとその邪神を崇拝する宗教団体は形や名前を変えて世界中にいる可能性はあるという事になります。この『邪神』を何らかの装置や放射線のように生物の細胞や、精神に影響を及ぼす物質であると置き換える事も可能であると思います。ですけど、宗教的な御伽噺として考えるなら・・・この場では医院長先生以外は受け入れ易い考え方になると思いますけど・・・その邪神が一柱なのかどうか、邪教集団が一神教である記述がないので、神道にある八百万の神々の様に幾柱かの神がいて神族群を形成しているとすると、例えばギリシャ神話や北欧神話でも最高神の下に十二神の様な神々がいるように・・・大正十四年の事件はその神族の主神若しくは上位種が猛威を振るっていて、今回はその眷属か下位の神が動いていると考えれば受け入れやすいでしょうか。まあ、都市伝説的陰謀論になりますけど。ただ過去の事件では水夫の乗った船を激突させたくらいで撃退出来たとされていますから、つい最近見た『(むくろ)』と楓さんが呼んでいた『鬼』の方が遥かに強い存在の様な気がします・・・すみません。話が逸れました。」

雫の話した出来事を実際に見ていない遠山医院長と寛美、麗香以外は納得した表情で聞いている。


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