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呪詛の匣(はこ)

「やれやれ、遂に寛美ちゃんに見つかっちゃったか。あ、楓さんお久しぶりです。水橋先生とお話しされましたか。前回の件、お陰様でその後は異変ありません。」

1階エレベーターホールの先、学生用自習室の奥にある館長室には楓以下、データーセンターにいた人間達が移動して来た。

豊太郎(ほうたろう)君また太ったね。名が体を表し過ぎよ。でも健康状態は良いね。浮腫(むく)みもないし適度には運動しているわね。急な話だけどよろしくね~」

青嵐学院大学考古学部名誉教授兼考古学総合資料館館長の桜井豊太郎は曾孫にさえ見える秋月楓に深々と頭を下げると右手をロマンスグレイの後頭部にあてて苦笑いをしている。

「え、楓さんは桜井先生もご存じなんですか?それでは、地下に5階以下がある事もご存じだったという事ですか?」

寛美の問いに楓が応える。

「うん。この建物建てる時から相談受けていたからね。この前、一志(かずし)君のお父さんで九鬼(くき)の統領の直志(なおし)君いたでしょ。彼のお父さんの直保(なおやす)君が現役の時に結界法を考案して貰って私が最終チェックして出来たのがこの総合資料館よ。」


青嵐学院大学は1918年、大正7年に公布された大学令を受け1920年に私立大学として設立されたローマカトリック系の大学である。設立当初から考古学部が設置され初代の学部長は寛美の曾祖父である水橋創玄博士であった。創玄博士は留学先のアメリカで1900年にアメリカ考古学会に招待され会員になり、大学開校時には世界中に知人友人を数多く持つ国内でも特異な学者の一人であった。

現在の考古学総合資料館が建てられたのは1978年。旧資料館の別館としてベトナム戦争が終結した頃から計画が進められ、三年の歳月をかけて現在の場所に建てられたのである。その後も何度かの内外装の修復を行い、根本的耐震補強と情報技術の進化に伴い2020年に完全リニューアル工事が終了して現在に至る。


楓の返答に雫が声を掛ける。

「楓さんが相談受けていたのって本体建設の計画段階からっていう事ですよね。その時から地下8階地上8階の構造で計画されていたんですか?他の校舎は建て直して新校舎が順に出来ていますけどこの資料館だけは元の建物にもう一つの建物を被せているって聞いた事があります。事実、廊下や部屋の窓から外壁までの厚さが普通の建物の倍はあるんですよね。耐震補強って、もしかして地下の物を封じ込める為だったりします?今までの話を聞くと外に出してはいけない何か・・・『呪詛(じゅそ)』みたいな物を閉じ込める為の『(はこ)』の様なイメージが出来てしまいますね。」

桜井は目を泳がし楓を見る。

「雫ちゃんってたまに鋭い指摘するのよね~その通りよ。この建物はある事情で建て直す事が難しいのよ。壊して建て直した方が費用が掛からないらしいけど何か難しい工法で何年もかけて地下から補強したの。まだ元気・・・あ、今も元気か、直保君と直志君の親子で結界を結び直してね。一志君や藤次君も見学してたな。まあ、その件はまた今度ね。豊太郎君が残業になっちゃうから先に資料を取りに行きましょう。早く帰って風香(ふうか)ちゃんと遊びたいんでしょ。ひいお爺ちゃんになったんだもんね~」

満面の笑みで楓に返事をした桜井はあらかじめ用意していたIDと鍵束を持って立ち上がり上着を羽織った。


エレベーターに乗ると桜井のIDでロックを解除して地下4階に降りる。通常は許可を得た者以外は地下のフロアは進入禁止でありエレベーターでは降りる事が出来ない仕組みになっている。階段も同様のロックがあり厳重に管理されていた。教職員の中でも地下へのID所得には厳正な審査が必要だが、寛美は既に個別IDを入手済みであったので地下については詳しかった。間取りは上階と同じでエレベーターホールを中心に左右に通路がありそれぞれの保管室がカードキーでシステム管理されている。

違うのは地下の為に窓が無くその代わりの照明と監視カメラが地上階よりも多く配置されている事だった。

桜井はホール左側の通路に進む。通路に入り最初の部屋は施錠が無く、ドアを開け照明を点けると中央に広い作業テーブルが二つと壁際に個別のデスクが四つ現れ、パイプ椅子がデスクと反対側の壁に八脚立て掛けてあった。

「皆さんはこの整理室でお待ち下さい。ここからは今更ですが極秘ですので楓さんと寛美ちゃんだけ来て下さい。」

桜井が言うと浅井がパイプ椅子を広げ作業テーブルの周りに置いて行った。

桜井達は部屋を出るとホール反対側、右側の通路に入り個室を四つ越える。

目的の部屋には『北米ネイティブ文化保管室』とあった。

その五つ目の個室のドアにIDを触れると開錠音がして桜井がドアを開け、照明を点ける。

三人が入室するとドアが閉まり自動で施錠する音がした。

部屋に入ると桜井はドアのカードキーを解除して入室が出来ないようにする。

室内は周囲の壁に本棚が並び中央には上下を天井と床にボルト固定された奥行きのある展示棚が背中合わせで設置してあった。

桜井は胸ポケットから別のIDを出すと展示棚の最下段の天板に触れる。反対側にも回って同じ作業をして寛美に下がるよう合図する。中段の内側にある側板のプレートをずらすと鍵穴が現れて館長室から持参した鍵束から一番小さい鍵を差し込んだ。

開錠する小さな音がすると展示棚が動き出す。

寛美はその作動の仕組みを目で追うが天井も床にもレールの様な物は無い。咄嗟にある装置が頭に浮かんだ。「超電導」呟いて楓と桜井を見る。

桜井は笑顔で振り返ると、展示棚は壁の本棚の手前まで移動して動きを止めた。

幅2メートルの床が中央に露出すると今度は別の鍵を取り出し床のカーペットの隙間を探して差し込み捻る。

鍵を抜きドア側の本棚の中央の書物を退かすとプレートが現れる。そのプレートをずらすとまた鍵穴が現れた。桜井はまた別の鍵を差し込む。

床がせり上がり直角に開くと下りの階段が現れた。

「それでは地下5階に行きましょう。その前にこれを着てください。今回は楓さんも着ませんか?」

桜井は展示品からネイティブアメリカンの羽織の様な革製の着物を寛美に渡すが、楓は笑顔で断ったので桜井と寛美だけが羽織った。

「これ、ネイティブアメリカンの伝統衣装の一つで、魔術的儀式にシャーマンが身に付けたと言われている物ですよね。以前からここに置く価値があるのか疑問だったんですけど、最下層に行くための装備だったという事なんですね。ご丁寧にサイズ別で何着もある訳だわ。」

寛美は思った事を口にした。桜井に代わって楓が応える。

「そうよ~ここから下にある物は普通の人にとっては悪い影響を与えてしまう事があるの。あなた達に影響が及ばない様に私が守るけど一応の備えにね。それに何か雰囲気出るでしょ。コスプレっていうやつよ。物事は形から入らないとね~」

桜井は苦笑いをしながら最後に刺した鍵を引き抜くと階段の下に明かりが灯った。


階段を下り切ると広いホールが現れる。至る処に護符や仏像が置かれていた。奥には広い貨物用エレベーターがあり、侵入出来ないようにガラスで囲まれている。エレベーターやガラス扉にはやはり入口に護符が貼られている。

「父はあのエレベーターに乗るなって言っていたんです。問題があるんですか?」

寛美の問いに桜井が応えた。

「あれは構造上当たり前だけど、竪穴状に最下層まで繋がっているんだよ。階段はさっきみたいに複雑な仕組みで順番通りに行わないと現れないからこの下にはあのエレベーターを使うのが手取り早くなる。でもね、最下層には本当に危険な呪物が個別保管してあるんだ。寛美ちゃんには隠しておくと潜入されかねないから言うけど、世界に数冊しかない本物の魔導書や呪具、御伽(おとぎ)(ばなし)に出てくる『猿の手』もあるよ。それを、楓さんや陰陽師の九鬼さん達、それにローマカトリックの司祭、他の宗教指導者の皆さんで検討を重ねてそれぞれの物が相反する作用を起こして制御するように配置されているんだよ。それの漏れ出た瘴気と言うのかな、悪い気配の様な物がダイレクトに上がって来るから、貯蔵品を移動する時以外は使わないんだ。瘴気は隙間があれば沁み出してくるみたいだけど、構造上隙間を完全には閉じられないからね。あれをメンテナンスする業者の人も命懸けだから特定の人にしか頼めない。だから、勝手に一人では侵入しないでね。とはいえ、換気装置を関して一定数の空気は漏れ出しているんだ。だから排気塔には護符を張り巡らして屋上まで上げる。その為の通気構造を造り直したんだよ。夜は完全に空調を止めて日の出と共に排出が始まるんだ。電気制御しているから停電に備えて自家発電が作動するようになっているのは病院や他の保管施設と同じ造りだよ。メカニズムは分からないけど太陽の光が浄化作用をしてくれるらしいんで今は大丈夫だけど、冬場はこのエリアへの滞在時間は少なくなる。大学がミッション系で教会があるのに何故神社が移設されなかったかって言うのもこの資料館があるからなんだよ。見る人が見ればこの大学を中心に大結界が張られているっていう事は分かるらしいよ。都市伝説としては有名なんだけど、実は冗談では無いんだな。」

桜井は言いながら下りた階段の左側のエリアに向い最初の部屋のドアにIDをかざした後でカギを差し込む。

「電子キーだけでは無いんですね。これもセキュリティーの問題ですか?」

寛美が周りを見ながら桜井に言う。

「最下層エリアでは一瞬の停電でも開錠したままになっていると困る物も多くあるんだ。通常電子ロックは通電が切れると施錠したまま停止して開けられない事の方が多いけど、稀に開錠中に停電してしまうとそこで停止する場合も考えられるからね。出来る限り安全策を取っているんだよ。まあこのフロアでは危険性が低いんだけど、全ての部屋が同じ仕組みで管理されているんだ。」

ドアを開くともう一枚の扉がある。桜井は振り返って寛美にわざとらしく扉を指差して笑いながらIDをかざし、別の鍵をさす。扉上のセキュリティー表示が青に変わり扉が右側の壁に吸い込まれて行った。

扉を通り抜けると照明が自動点灯して部屋を明るくする。

三人が入り切ると扉が閉まり、外側のドアが閉まる音がした。

室内には年代別に引き出し型の収納があり、桜井が1925年と表示されている引き出しに鍵束から一本の鍵を選び差し込むと開錠音が鳴り鍵を引き抜くと左手で取手を引いた。



「皆お待たせ。」

寛美が資料を片手に持って地下4階の資料整理室に戻って来た。

資料はB4サイズの藁半紙に黒い組紐二本で纏められてあり、五百枚ほどの厚さがある。

「思っていたよりも分厚い資料ね。時間的な制約もあるから寛美(ロミ)(シズ)で分業した方が早そう。写本作るより早いでしょ。」

麗香が提案するのを寛美と雫が白けた顔をしてから寛美が言う。

麗香(レイ)もやるのよ。三分の一で済むんだから。」

麗香が苦笑いをして忍を見る。

「あの、やるって何をするんですか?写本を作るのなら私も手伝います。」

忍が言い、深山や浅井も身を乗り出した。

雫が手を振りながら笑顔で話し出す。

「あ~えっとですね。写本は作っている時間がないので読み込んでから後で写しを書きます。分担して頭の中に入れる作業をこれからやりますから・・・この位なら三人で分担すると10分位で完了します。桜井館長と楓さんが下の階で待っている筈ですから急いでかかります。デスクに移りますから少し待っていてください。」

寛美がテーブルに資料を置き、組紐を解く。一度、寛美が全てに目を通す。内容を確認すると雫と麗香にそれぞれの担当分を手渡した。

寛美と雫がそれぞれ二百枚程度、麗香は残りの百枚ほどの資料を持ってデスクに向かう。

「今ので、寛美(ロミ)の頭に入ったんじゃないの?私もやる必要ある?」

「いいから付き合いなさいよ。わざと少なくしたでしょ。早く終わってサボらないでよね。」

麗香が不平を言うのを寛美がたしなめてデスクのライトを点ける。

三人が並び資料を捲るだけの単調な音だけが響き、暫しの沈黙が訪れた。


「よし、終了。」

麗香が言い、前を見ると、寛美と雫も終わりかけていた。

様子を見て深山達が待つテーブルに自分の資料を持って移動する。

「麗香さん。終わったって全部読み終わって頭に入っているんですか?」

忍が聞き、深山達も麗香を凝視する。

「うん、まあね。私は彼女達程の才能無いから早い内に書き込み作業始めたいな。私の所は冒頭部だけだから検討内容や結論は二人が頭に入れているところよ。」

平然と言いながら資料の穴に組紐を通し始める。

忍が見上げ麗香を見る。気付いた麗香が微笑んで自分の分を渡す。

受け取った忍は最初のページを見て驚いた。縦書きと思っていた資料は見開きの横書きであり、英語で書かれていたのだった。当然、忍も英語は読めるが驚いたのはその情報量だった。小さな文字でびっしりと筆記体で書かれている。最初の方は日付順に起こった事象が克明に書かれていて見開きの左の欄には海外の出来事があり、右には同日時の日本の出来事が書かれている。海外からの報告者や調査依頼をしてきた学者の名前があり、多くの時効についての提案や相談者、報告者としてG・A名誉教授とされていた。その中には寛美が入手出来ていた国内外の事象らしき内容が見られる。この膨大な量の資料を麗香は二人よりも少ないとはいえ、短時間に読破したという。そして内容を全て把握している事を考えればそれだけでも十分に、途轍もない能力の持ち主である事は言うまでも無かった。

「これ、今の時間内に全て暗記しているんですか?謙遜していたのは分かっていましたけど天才以外に言葉がありません。」

「暗記とは少し違うかな。頭の中にコピーしている感じ。でも内容はちゃんと読んで理解しているのよ。今、少し読んだから分かったでしょ。寛美(ロミ)が調べていた内容と同じものが幾つも有って、予習済みだから読みやすかったのよ。これは忍ちゃんも出来る筈。うちの学校で三年の一学期中に進学資格持てる人間は潜在的にこの作業してるから。現にもう読んだ内容はインプット出来てるでしょ。これやれないと来年大学に来てから苦労するよ。皆自然に鍛えられているのよね。ただ私の知る限りでもあの二人は別格よ。寛美(ロミ)が起きた時に(シズ)に言った事覚えてる?あの二人はタイプが違うの。雫は瞬発力が優れたスプリンターっていう感じでメリハリがある。普段は何となくふわふわした可愛い感じでしょ。でも集中した時はもしかしたら寛美を超えるかも知れない。寛美は・・・もう分かっているよね。」

「化け物。ですか?」

二人は小声で笑いあった。

「聞こえてるのよ。余裕ありそうだから(シズ)のも合わせてあなたがやる?」

いつの間にか寛美と雫も読み終わり互いの資料も交換して読み終え、麗香の資料をチェックしに来た。

「流石ね。寛美(ロミ)は一度読んでるから(シズ)が読むんでしょ。」

麗香は雫に自分の資料を渡す。雫は立ったまま資料を読み始めた。

不思議そうに見守っている忍に麗香が言う。

「ね。私が読む必要ないでしょ。二人はこの時間に資料を交換して読んでいたのよ。私はおまけよ。これでダブルチェック出来るでしょ。冒頭部だけは私も混ぜて貰えるしね。」

話している内に雫の手が止まった。

「これは・・・私達も誰かに狙われちゃうのかしらね~でもさあ、こんな事ってあるの?」

雫が寛美に資料を渡しながら言いい、寛美は受け取った資料をそのまま麗香に渡した。

「うん。隠しておかないと良識を疑われる内容ではあるけど、私の調べた資料にも同様の事例があったでしょ。少なくとも起こった事象は事実ね。麗香(レイ)も冒頭部の大系読んだから薄々分かってるでしょ。推理力はあなたの方が優れているからね。」

寛美が微笑みながら麗香を見る。麗香は順序をチェックしていた。

「ここで論議するのは楽しいけど、楓さんや館長が待っているんでしょ。早く返しに行ってあげなさいよ。館長の楽しみ奪うのは可哀想じゃない。」

麗香が言いながら並べ直した資料を再度整えると組紐を通して寛美に返した。

「そうね。」と優しく笑って寛美は廊下に出て行った。



「それじゃ~豊太郎君お疲れ様。ありがとうね。真佐枝(まさえ)さんによろしく。早く帰って楓香ちゃんと遊んであげて。」

1階館長室を出ながら楓が言い、エレベーターホールで待つ皆の下へ歩いて行く。

ホールのデジタル表示は17時56分とある。

閉館時間の18時寸前の為、外に出て別の場所で議論する事となった。

秘匿性を要する話しの為、水橋教授室が候補に挙がったが、隣接する研究室には学会の準備をしている学生が寝泊まりしているので附属病院の会議室を借りる事を楓が提案した。

楓がスマホを取り出し、電話を掛ける。

「あ、遠山君。ちょっとお願いがあるんだけどさ・・・」


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