表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

天使の覚醒

青嵐学院大学 考古学総合資料館データーセンター 16時50分


陽光が窓に刺さり、閉じたブラインドを明るく照らす。

気温制御された館内は常温で22℃を維持していた。

ブラウンのカーペットが敷かれた考古学資料館の3階エレベーターホール。

ライトグリーンのソファーの上には白い衣を掛けられた天使が静かに羽根を休めていた。


雫は微笑ましく眺めながら天使の覚醒を待っていた。

ドアが開き静かに麗香と忍が歩いて来る。

「どう、そろそろ起きそうな気がするんだけど・・・綺麗なままね。何か添い寝したくなるような寝顔しているわ。本当に寝ても覚めても完璧な人間っているのね。」

寛美の寝姿を見て麗香が囁く。

「うんうん。つい撫でたくなる衝動に駆られちゃうのよね~でもさあ、寛美(ロミ)の寝顔も珍しいんだけど、この子の起きる姿の方が見た事ないのよね。一緒に出掛けたりしても私が起きる時には寛美って身支度整え終えていたりするでしょ。これは見ものだわ。」

忍は笑顔で頷くが麗香は冷めた表情で呟いた。

(シズ)は誰よりも遅く起きるからよ。私の寝起きも見た事ないでしょ。」

「・・・はァ・・・・・・ですね。」

雫は今日何度目かの敗北感を味わっている。

『この話題は不利だ・・・』リベンジの機会を窺う事にした。

雫の表情を見て麗香と忍は顔を合わせて笑い出す。

不意にソファーで動く気配がした。雫達は寛美の動きを注視する。

横に流れる前髪を左の指先でかき上げ閉じた瞼が薄く開く。そのまま腰を捻り綺麗な白い脚を整えて爪先を伸ばし床に下ろすと上体を起こしてから首を一振りして左手で髪を整える。掛かっていた白い布を綺麗に折り畳むと、ライトグリーンのソファーの上に淡い青色の衣を纏った天使は姿勢よく座り直した。

リネン生地の服には一筋の皺も見られない。

一連の動作に(とどこお)るものは無く、流れるような身のこなしで天使はこの世に覚醒した。

放心状態で『天使の覚醒』を目の当たりにした三人は暫く動けなかったが天使が微笑むと我に返った麗香が口火を切った。

「あんたさあ、本当に人間なの?四日間寝ずに秀才レベルの人間の三十倍の速さで難解な作業を繰り返して僅か一時間寝て起きた状態がそれ?今すぐ医学部に連行して精密検査するわ。寛美(ロミ)とは長い付き合いだけど、先ず地球人かどうかをチェックする。」

呆れて話す麗香に雫が大笑いをした。

「それそれ~昔からどうも怪しかったのよ。エリア51出身だったりしてね。根本検査しようよ。寛美(ロミ)~大丈夫よ。金星人であっても私達の友情には変わりないから。」

静かに聞いていた寛美がゆっくりと静かに応える。

麗香(レイ)が寝なさいって言ってたんじゃない・・・どうやって眠ったのか覚えてないけど。寝て起きたら二人共なんで責めるのよ。寝てたのって一時間?寝る前に麗香が言っていたよりも長く寝てるでしょ。褒められる内容だと思うけどな。それに寝る前は化け物で起きたら異星人って、どういう事?」

「あ、寛美さん。寝ている間は皆『天使』って呼んでいましたから・・・」

三人のやり取りを見ていた忍が慌ててフォローする。

忍に優しい笑みを見せると寛美はサンダルを履いて立ち上がった。

「忍ちゃんありがとう。いつものじゃれ合いだから大丈夫よ。まあいいわ、うがいして来る。資料は見た?一時間も経ってるんなら二人共読み終わっているわね。もう解答は出たでしょ。すぐ戻るから待ってて。」

寛美は言い、軽やかな足取りで階段を降りて行った。

「やっぱり検査しよう。生物かどうかも怪しい。ショートスリーパーにも程っていうものがあるよね。」

麗香が言うのを雫は苦笑いをして応える。

「・・・もうさ・・・なんかゴメン。私は寝ないの無理ですから。これからもロングスリーパーとして生きて行きます。」

「え?あ、ごめんね。気にしてた?私は良く寝る(シズ)が大好きよ。責めたりしている訳では無いのよ。たださ、二人共天才型なのに寛美(ロミ)(シズ)ってタイプとして対極にあるのよね。努力して二人に追いつこうとしている私は雫達みたいな才人に憧れているのよ。」

麗香が言うのを雫は両手を出して抱き着いた。

忍は二人のやり取りを羨ましく思いながらも心から憧れて見ていた。



『・・・う・・・ん。寛美(ひろみ)・・・おはよう・・・ん。朝からなんだよ。今起こされたところだよ・・・ああ、あの資料はありがとう。これからじっくり読ませて貰うから・・・で、何?』

「何じゃなの。朝からって時差14時間くらいでしょ。普通起きてる時間じゃないの。考古学者のくせに朝遅いっておかしいでしょ。まさか飲んでないよね。人に解読させておいて。資料集めるだけなら助手の人達に任せて自分が監理してよね。まあいいわ。今ね、楓さんと一緒にいるのよ。それで1925年にひいお爺ちゃんが纏めた筈の集団ヒステリーについての関連性報告書がある場所を知っているかどうかを聞きたいの。故意にデーター化していないみたいなんだけど。分かる?」


考古学総合資料館データーセンター内に寛美が戻ると、麗香から解析の現状を聞かされて寛美自身も最終結論は1925年のデーター化されていない資料に答えがあると思っていると告げ、エクアドルに滞在中の寛美の父親、青嵐学院大学考古学部教授である水橋義久に電話する事になったのである。


『楓さん?え、これスピーカーになってるよな。楓さんご無沙汰です。お元気ですか。それでは寛美と直接会って頂けたんですね。帰国しましたらご挨拶に伺います。』

「うん。義久君も元気そうね。たださ、寛美ちゃんにあんまり苦労掛けさせないでよね。今後は私が頼りにするんだからさあ。」

『もう見抜かれましたか。分かりました。これからも宜しくお願い致します。』

「ちょっと待ってよ。今、気持ちよく切ろうとしたでしょ。私の問いに答えてからよ。」

『・・・あのな、その資料をデーター化していないのはセキュリティー上のリスクヘッジなんだよ。今の時代、究極のセキュリティーは紙の媒体や実物での完全保存なんだ。皮肉な事にアナログこそ最強になっている。現にお前でさえ資料の場所を探り出せなかっただろ。お前に頼んでいる資料のデーター化は流出してもさほど問題のないものという事は理解しながらやっていると思うけど、中には絶対に流出させてはいけない資料が沢山あって、厳重に現物保管している。爺さんの資料は、そのうちの一つになっているから本来は身分上学生のお前には教えられないんだけど、楓さんが係わっているなら話は別だ。まあお前の事だから隠しても見つけ出しちゃうと思うけどな、どうせ見つかるし、正規ルート以外で侵入すると危険だから白状するよ。保管場所は資料館の地下5階だ。』

「5階?酔っぱらっているでしょ。総合資料館の地下は4階までよ。」

『あるんだよ。そっちはまだ17時頃だろ。館長の桜井先生に付き添って貰って地下4階まで降りたら施錠を解いて貰え。最下層エリアに降りられる階段がある。分かっていると思うけど桜井先生以外には相談するなよ。それと、楓さんが一緒なら大丈夫だけど、かなり危険な呪物も保管しているから余計なものには手を触れるな。本物だから。特に女性で感受性の強い人は同行不可だ。本来お前も危険だから楓さんから離れるなよ。それだけを守って入れ。何処に保管しているかは・・・忘れた。最下層エリアは更に三層になっていて下に行くほど危険だから地下5階以下に降りるときは・・・いやお前は5階までにしろ。桜井先生にも止められると思うけどエレベーターは絶対に使用不可だからな。これは絶対に守れよ。保護している壁にも近付くな。探している資料はどんな内容の資料だったか覚えていないが、多分爺さんのコレクションが集まっている辺りだと思う。桜井先生が知ってるかも。聞いてみてくれ。それとくれぐれもコピーとか電子機器への入力はNGだぞ。写真もダメだ。写本も本来ダメだけど、楓さんが必要と考えているならお前の監理下で作成保管しろよ。絶対に流出不可だ。いろいろな意味で危険だからな。それじゃ楓さん、娘の事宜しくお願い致します。』

「義久君。ありがとう。寛美ちゃんは責任もって私が護衛するから安心してね。それじゃ帰って来たらまたお話し聞かせてね~」

通話を聞いていた麗香が雫と寛美を交互に見て言う。

「伯父さんって相変わらずよね。スピーカー通話だって自分で確認しといて大学内の超極秘事項言っちゃってるよ。あれで考古学会の若手随一の研究者として世界を渡り歩いている教授様なんだからさ。気を許す相手には普通の人って意味で安心出来るけどね。だけどさ、何が危険なのか寛美は分かる?」

麗香の問いに全員が寛美を見る。

「ここに在る物って何かしらの危険物が含まれているのよ。私は見た事無いけど魔導書やキリスト教では禁忌とされている書物の原本とか他の宗教絡みでの呪物があると噂はされていたの。地下に5階以下が有るのは今知ったわ。ここに貯蔵されている物は全部把握していたから噂は噂って思っていたけど、まさか最下層までまだ三層あるとは思わなかった。多分、そういう意味で危険って言ったんじゃない。何年か前にもあったでしょ。翻訳しただけなのに崇めている神を冒涜したって言いがかり付けられて殺された大学教授とか。一部の熱狂的宗教信者は自身の崇拝する神に対して自分達だけの解釈以外の考えを許さない。人間の信じる力の恐ろしい所でもあるのね。心の根底に八百万(やおよろず)の神々を持つ日本人には理解し辛かったのだけど、最近の新興宗教にはまる人間にはそういう思考の人達も現れて来たわね。先ずは当該資料を入手してみないとどう危険かは判断付かないな。桜井先生が知っているのかもね。お父さんの注意は割と絶対だから私と楓さんで取りに行く。だから皆は地下4階の資料整理室で待っていて。楓さんお願いします。」

寛美は言うと備え付けの電話に向かい、館長室への直通ダイヤルを入れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ