始まりは、いつも嵐
「マジかよ・・・嵐じゃん。翔!お前と何処か行くといっつも嵐かよ!」
雷鳴が轟く暗黒の空を見て聡史が叫ぶ。
翔は、ヤシやアメリカデイゴの木が暴れ回るバスロータリーの先、厚い雲で覆われ暗くなった空の下、絶え間なく閃光を受け、南欧風洋瓦の赤い屋根と白亜の壁が鮮やかに反射する駅舎と国道の更に先、先程までは何処までも青かった筈の空が暗黒に沈み、強風と共に打ち付ける白い波とその奥に広がる沖に、まるで怒り狂った様に打ち続ける雷の行方を呆然と眺めていた。
8月17日 木曜日
JR根岸線『青嵐学院大学』から『大船』で東海道本線に乗り換え『熱海』から伊東線へ、『伊東』からは伊豆急行に乗り、目的の『伊那美濱』に着いたのは正午を少し回ったところだった。
仲村聡史は白地に紺のボーダーTシャツ、七分袖の黒いカジュアルシャツを着て踝が出る丈の黒いイージーパンツに黒のデッキシューズを履き、神崎翔は白いTシャツに長袖を捲った麻のカジュアルシャツを着て、紺のスキニーパンツと白いローカットのバスケットシューズを履いている。
聡史は190センチメートル、翔は187センチメートルの長身なので観光客の多い駅前でも目立っていた。
肩には種類の違うナイキの黒いボストンバッグを掛けているが、翔のバッグは聡史の倍ほどの量が入っていて、聡史のバッグにはニューヨークニックスのブラックキャップ、翔のバッグにはアークテリクスのウールボールキャップがそれぞれショルダーストラップに引っ掛けてある。
冷房の効いた列車を下りると肌を焦がすような風が舞い込むが数歩も歩くと慣れて来た。改札を抜け、赤い屋根に白い壁の駅舎を出ると広いバスロータリーがあり、街路樹には快晴の空に小高いヤシの木が並び潮の香を柔らかく運ぶ微風に揺られている。
歩道に等間隔に並ぶ花壇には様々な色のハイビスカスが咲いていた。
ロータリーの中央は緩い築山になっていて、アメリカデイゴの真っ赤な花が青い空に美しいコントラストを描き、花壇には白い石垣に気根を絡めたノウゼンカズラのオレンジ色の花が陽光を浴びて輝き、下段には鮮やかなショッキングピンクのブーゲンビリアの花が咲き乱れていた。
その築山の向こう、駅の正面には地元商店街のアーケードが見える。
既にお盆の期間は過ぎているが昼時の商店街は賑わい、観光客が行き交っていた。
最終目的地のある『須佐之原海岸』へのバス停は左、海へ向かう国道出口近くの一番奥にある。
海沿いを走る国道は平日の午後とはいえ運送用のトラックや観光客の自動車で混雑している。遠くからサイレンの音が近付き、車が中央線付近を開けると救急車と静岡県警のパトカーが慌ただしく駆け抜けて行った。
気温は34℃あり、翔達は互いに『熱中症とかで倒れる人が出るよな』と語り合う。
バス停の運行表を見るとバスは出たばかりだが、その後も20分程の間隔で運行されている事が分かり、昼食を摂ろうとロータリーを戻り商店街へ向かった。
駅を出て右側には駅舎に並んで観光案内所と路線バスの営業案内所がある。
そこを通り抜けバスロータリーの線路側には最近のSNSでジェラートが話題のスイーツ店がありテイクアウトコーナーには女子中高生が列を作っている。
店内も賑わっているようだが多くの観光客は庭に併設したテラス席に陣取り、次々に映えポイントを探りながら海と青空に映えるヤシの木とハイビスカス、ノウゼンカズラとブーゲンビリアの花壇を背景に色鮮やかなジェラートやフローズンアイスパフェを手に撮影を終えると明るい笑顔でそれぞれの写真を見比べながらSNSに投稿して喜んでいる。
煌びやかな女性達を横目に二人は『地魚料理』を求めて商店街に入って行く。
アーケードの入り口にはハイビスカスの花に囲まれた『大黒様』と『恵比寿様』の石像が左右に一体ずつ、まるで狛犬のように入口を守りながら通り過ぎる人達を見下ろしていた。
翔は二体の石像に笑顔で会釈して進んで行く。
中に入ると白い漆喰の壁に取り付けられた鉢からアイビーが垂れ下がりキャンドルの形をしたブラケット照明が点灯している。
壁の前には肩の高さまで積まれた石積みの塀があり葉の割れた大きなモンテスラが両側に置かれ、休憩用のベンチが両側に二つずつ置いてある。
お茶屋と薬局を通り過ぎて歩いて行くとイタリアンレストランの隣、和風の佇まいで瓦屋根の庇に紺色の暖簾が架かった『地魚海鮮料理 伊那美ノ濱』の看板を見つけて店内に入る。
昼時でもあり順番待ちの客が既に二組いたが、意外と早く案内された。
聡史は一番人気の『旬の海鮮丼』を翔は『金目鯛の煮つけ』の定食をそれぞれ注文した。
食事を待つ間、スマホの天気予報をチェックする。
翌日の18日金曜日から21日月曜日までの四日間、姉の雫達と海水浴の合宿をする為、翔の叔父から別荘を借りていた。
二人は先行して掃除と部屋割り、設備の使用確認をするよう雫から申し付かっている。
天気予報は駅に付いた時と変わらず滞在予定期間は全て晴れのマークが続いていた。
「今回は海だしな。山みたいに急に天候変わる事はないだろ。」
聡史も天気をチェックしていた。
翔が聡史に頷くと、二人が席に着いた時に置いてくれたグラスを手にする。
「あれ、これ旨いな。砂糖入ってるのかな。でもさっぱりとして飲み心地良いな。」
氷の入った緑色の液体は甘みのあるお茶だった。
聡史が呟き、翔も一口含む。抹茶ベースの冷茶にほんのりと上品な甘みが舌の上を転がる。
「うん。甘いけど飲みやすい。そう言えば湯江山の叔母さんの店でも飲んだ気がするな。」
「お待たせしました。」
女性の店員が料理の入ったワゴンを押して来てテーブルに並べてくれる。
グラスのお茶とは別に小さなポットと新しい湯飲みを並べてくれた。
聡史がこのお茶と違うのか聞くと、食事に会うように新しい方は熱いお茶で魚料理に合うようにしてあり、お通しのお茶は『ウス茶糖』ですと言われた。
そうしてテーブルに置かれた海鮮丼を目にして困惑した聡史が店員に聞く。
「あの・・・これどうやって食べたらいいんですか?」
聡史の目の前には『てんこ盛り』の刺身が乗った丼ぶり飯があった。
メニューの写真以上のクオリティーで何処から手を付ければ良いのか迷っていた。
聞かれた店の人は微笑んで聡史を見ると、テーブルにある取り皿に分けると食べやすいと応え二人に笑顔で「どうぞごゆっくり」と言って厨房に戻って行った。
言われた通りに取り皿を左手に持ち、そのうず高く盛られた刺身の上にイクラが乗った丼ぶりを何処から手を付けようかキョロキョロ見ている聡史の様子が面白くて、翔はすかさず写真と動画を撮った。
実際に取り皿に移すと丼ぶりの縁まで白いご飯があり、同量の刺身が取り皿にあった。
料理を運んでくれた店員が「本日のサービス品です。」と言って自家製の『らっきょう』と『スルメイカの刺身』を置いてくれた。
「やべえ。この店好きになった。帰りもまた来ようぜ。」
もう一つの取り皿に丼ぶりの刺身を分けて翔に渡し、翔も『金目鯛』を綺麗に取り分けてお互いにシェアする。膳に置かれた天然山葵を鮫の皮のおろし金で擦り、地醤油で溶くと取り分けた刺身にかけて行く。
刺身は赤身のマグロと真鰺に金目鯛、カンパチにスズキと、メジナとアオリイカが入っていると教えられたがどれがどれか分からず口に入れるとほんのりと甘みのある舌触りが良い魚肉は、細かく刻んだ大葉が苦みと食感を切り替えまた新しい感動を運んで来た。
しかも定食なので膳には別に甘えびとヒラメの刺身が小皿に乗っている。
金目鯛の煮つけも醤油ベースだが甘みがあり、魚も肉厚で柔らかく、箸でほぐすと骨がほろほろと離れて食べやすい。
「観光地の地魚料理だから結構いい値段するなとは思ったけどさ、これ高校生ごときが食べていい内容じゃないよな。とはいえ、喰ったから言わせて貰うが、すげえお得感がある。金目鯛は刺身と煮つけ両方堪能出来たし、幸先良いバケーションになりそうだぜ。」
聡史が上機嫌で話すのを笑いながら同意して二人は完食する。
「ごちそうさまでした。」
支払いを済ませて店に感謝すると再びアーケードに出た。
二人で暖簾を潜り、腕時計を見ると13時23分を指していた。
お互いに頷いてアーケードの駅側出口を目指して歩き出す。
突如、爆発音かと思うような大きな音と振動が伝わって来た。
二人は一瞬腰を屈み互いに顔を見合わせる。
「ちょい待て。今のって、つい最近経験したのに似てるけど・・・まさか・・・ないよな。」
先に口を開いたのは聡史だった。
もう一度、今度は明確に『雷鳴』が轟いた。
アーケードの出口付近では観光客や店の制服を着た人達でごった返している。
二人も出口に向かった。
外から冷たい風が吹き込むとバタバタと音を立て大粒の雨が吹き込む。
慌てて出口付近にいた人達は一斉に中に入って来た。
一頻り雨が降ると、一度だけ冷えた空気は湿気を帯びた温かい風となって商店街を通り抜け、間も無く豪雨となっていった。
二人は外が見える所まで歩いて来ると、食事前には青く輝いていた空と海が黒々とした厚い雲に覆われて沖には稲妻が何度も見え同時に轟音が轟く。
その度に皮膚に衝撃となって伝わり、その規模の大きさと距離の近さを知らせる。
さざ波だった浜には大きな白い波が次々に押し寄せ、岸に当たるとガードレールを越え海岸沿いの道路に海水を巻き上げていた。
心地好かった風も威力を増し暴風が吹き荒れ、下手な集団ダンスの様にバスロータリーのヤシの木が暴れていた。
「雨男は分かる・・・うん、それは仕方がない・・・んが、翔!何故にお前は嵐を呼ぶ!石原裕次郎か?ジャニーズなのかよ!折角これから雫さん達が来るのにぃー」
『お前は何時代に生きている?』聡史が喚き散らすのを心で突っ込む。
「あのな、俺と何処か行く時は大体お前もいるよな。嵐呼んでるのはどっちだよ。」
翔が正論を言う。
「あ・・・何、俺を疑うの?んじゃさあ、どっちが嵐屋か勝負しようぜ!」
『あらしや・・・ってなんだよ。』
独特なネーミングに感心しつつもう一度聡史を見る。
「それ、どうやって勝負するんだ?」
言いながらバス停に目を向けると『須佐之原海岸』行のバスが停車しているのが見えた。
バッグから傘を出そうとするが暴風雨を見て意味がないと引っ込める。
アーケードからバスまでは70メートル。
「走るか。」
聡史に言い二人で雨が入り込む出口まで来た途端、バスの行き先表示が暗転して『運休』に変わる。
「なにぃ~どういう事だよ!」
聡史がパニック状態になって叫んだ。
翔はバスロータリーで屋根のあるところを目指してバスの営業案内所へ走って行く。
出来る限り庇を狙うが、温かく大粒の雨は容赦なく身体に突き刺さってきた。
海岸沿いの道路をパトカーと黄色い道路公団の車両がサイレンを鳴らしながら何台も走っているのを見ながら営業所に到着した。
バスの営業案内所には既に大挙して人が押し寄せ、現在の状況とその後の目安をカウンターの係員に詰め寄っていた。
一人一人には対処しきれないと判断した係員がマイクを握って店内放送に切り替える。
『本日は伊那美濱営業所にお越しいただき誠にありがとうございます。皆様におかれましては突然の雨に驚かれたと思います。先程、国道管理について県の土木管理事務所を通して海岸線道路の自動観測計に通行危険な冠水箇所が多数確認されたと報告を頂きました。弊社バス運行規約に則り沿岸部を通行する路線の運行を停止しております。海岸沿いの国道と接続する県道につきまして行政の指導により道路封鎖が開始されたとの事ですので一般車両を含めまして通行規制が始まります。皆様には大変ご不便をお掛け致しますが何卒ご理解をお願い致します。尚、安全面が確認され運行可能となり次第順次ご報告、運行致します。』
外の状況から分かり切った内容ではあったが丁寧な説明を受け、詰め寄った客達は豪雨のバスロータリーを走り、アーケードを目指して駆けて行った。
翔も上空を見上げ、溜息を付くと外に出る。既にずぶ濡れになっているのでキャップを深く被り慌てずに戻る。
駅に着いた時にSNSに投稿していた人達は店の厚意でテーブル席の人達と一緒に店内に入れて貰いながら窓に集まり空を眺めていた。
ずぶ濡れになった翔がアーケードに戻ると、雨のかからないベンチに座りながら聡史が串団子を頬張っていた。
翔が事情を説明すると聡史は団子を差し出す。
「ま、そんな事だとは思ったぜ。お前も座ってそれ食って落ち着け。」
団子とバッグを受け取り、聡史の隣に座る。
『落ち着いていなかったのはお前だ・・・』
釈然としないまま、団子を口に運ぶ。
「・・・あ、これ旨いな。」
受け取ったパックには『済世寺の厄除け団子』とあり、こしあんが乗ったほんのりと甘みのある品の良い香りのする団子だった。
「落ち着いたか?まったく。俺がしっかりしていないと浮足立っていかん。」
どこから出したのか紙コップのお茶を啜っている。
反論する気も失せた翔が最後の団子を口に運ぶと声を掛けられた。
「お客さんもいかがですか。」
顔を上げると向かいのお茶屋さんの奥さんが紙コップのお茶とタオルを差し出してくれた。
立ち上がりお礼を言って受け取る。
アーケードの中を見ると、この嵐で濡れた客達に商店街のあちこちからタオルを差し出している人達が多くいた。
貰ったお茶を口に運ぶと、舌の上で柔らかくほのかに甘い液体が喉越しも爽やかに胸を通る。温度も程よく飲みやすい。何よりも鼻に残る香りが心を落ち着かせてくれる。
『流石はお茶の名産地静岡県。今日の食べ物にはハズレがないな。』
心から感動した。
「しかし参ったな・・・まあ、雫さん達が来るのは明日だから今日中に着けばいいんだけど。道路が冠水して封鎖されたんじゃタクシーも無理だよな。厳密には健常者の通行は制限を受けないって言っても、こんな天候の中で仕事とはいえ安全管理されてる人達に失礼だし何か起こしたら迷惑以外の何者でもない。他人に迷惑かける若気の至りはただの馬鹿ちんで笑って済まされないから・・・それにしてもこの暴風雨、何か引っかかるんだよ。」
いつの間にか商店街の団扇を持って扇いでいる。冗談半分に話してはいるが聡史の目は全く笑っていない。
翔も同じ事を考えてはいたが、敢えて話題に乗らない様に応える。
「・・・バスが動けば20分位で着く筈だから、もう少し待っていれば大丈夫だろ。」
聡史を見ずに呟き、スマホの雨雲レーダーを見る。
「アレ?」と声を出し、もう一度画面を戻す・・・レーダーには雨雲一つ表示されていない。
「翔のもか?気象庁なめてるよな。仕事しろよ・・・電波悪いのかな・・・」
アンテナ表示は問題ない。『5G』の文字もしっかりと出ている。
スマホのデジタル表示には13時46分となっている。
「レーダーが追い付けない程急激に雲が沸いたって事かな・・・それにしては雲の範囲広いよな。晴れ間が全く見えない。山側も嵐だったな。気圧の壁が何処にも見えない・・・どういう現象なんだ?」
「出たな理系オタク。この嵐の理屈なんてどうでもいいんだよ。今直面している問題は、いかにして現場に到着し、使命の清掃業務を終わらして明日の朝、雫さん達女神様御一行が心地よくお過ごし頂ける様整える事が出来るかを考えないといかん。」
聡史が呟くのを聞きながら翔は立ち上がり、もう一度出口から外を、外洋を見詰める。
雨は尚も強く降り、暴風も治まらず、稲光と雷轟も止む気配はない。
お茶を飲み終わりタオルのお礼をしに、二人でお茶屋へ向かう。
何時の間にか商店街では観光客に振る舞ったお茶や団子のゴミ袋と不要となったタオルを回収する籠が何か所か置かれていた。翔達は心の籠った対応に感謝しながらタオルを返しゴミを入れさせて貰う。
改めてお茶屋に入り、今飲んだお茶を聞くと店のオリジナルブレンド茶と言われ、母親の分を含めて80グラムの袋を二つ頼み、『伊那美ノ濱』で飲んだ粉末のお茶で氷を入れて飲む『ウス茶糖』を勧められたのでそれも頂いた。
「あの、これから須佐之原海岸に行きたいんですけどバス通り以外で行く方法ってありますか?」
同じものを買った聡史が聞く。
お茶を出してくれた店の奥さんは店主に声を掛けると「バス通りが一番近いんだけど・・・」と言って隣の薬局や向かいの酒屋に声を掛けてくれた。
いつの間にか大人数の地元民が集まり『地図』を描いて持って来てくれた。
「この商店街を駅と反対方向に進むと市街地になっているんです。アーケードを出た先に県道があって右に進んで行くと小高い丘・・・まあ山があるんです。海を背にする道になるんですけど海沿いの道は崖になっていて一段高くなってるんで、今、人が通れる道はその山のハイキングコースを歩くのが一番分かりやすいんです。ただ・・・この雨ですからバスの運行を待った方がいいと思いますよ。この商店街の中に観光客用の休憩所がありますからそこで休んだ方がいいですよ。割と広いんで皆さんそこで避難してます。無料ですから。」
お茶屋の店主は地図を見せながら丁寧に説明してくれる。周りの人達も頷いていた。
「お忙しい所、ご丁寧にありがとうございます。そのハイキングコースなんですけど、どのくらいで海岸まで出れるんですか?あと、その・・・険しさとかも。」
聡史が地図を受け取り、皆に礼を言いながら聞く。
「険しくはないです。自然公園になっている道ですから。晴れていて大人の脚なら30分位で海が見えてきますよ。そこまで行けばあとはコンクリートの階段を下りて海沿いの国道に出れます。国道に出たら海を見て右に10分も歩けば須佐之原海岸の案内板が出てきます。でも、その靴だと今のような雨には向かないですね。公園の道と言っても山の中ですから。」
今度は酒屋の店主が教えてくれる。
「そうですか、1時間程度で海岸まで行けるって事ですね。」
翔は聡史の長所であり最大の短所が発揮される瞬間を覚悟して商店街の中に目を配った。
「え、行かれるんですか?止めた方がいいと思いますよ。」
お茶屋の奥さんが進言する。
「今日初めてお目に掛かったにも拘わらず、度重なる御親切、本当にありがとうございます。自分達にはどうしても本日中にやり遂げなければならない使命が有るものですから、方法が分かった以上進ませて頂きます。」
聡史が深々と頭を下げたのでつられて翔もお辞儀する。
店主達は顔を見合わせるが「そうですか・・・それではお気をつけて。」と言ってそれぞれの店に戻って行った。
胸を張って歩き出そうとする聡史の肩を掴み翔は顎をしゃくる。
アウトドア専門店と釣具屋、その先に靴屋が見えた。
「せめて長靴くらいは買って行こうぜ。あとレインコートもな。」