01話 プルス魔法学校
プルス魔法学校の敷地は広い。
学舎と寮があり、学校内で働く人たちのための住居も近くにある。
正門から入ると、広場、校舎、運動場があり、その先が生徒たちの生活空間だ。
寮は男女に別れ、第一寮、第二寮、教師寮、使用人寮、警備寮がある。
第一寮に入れるのは貴族の子弟のみ、第二寮には主に平民の子どもが入寮している。
そのため、一般的に、貴族寮、平民寮と呼んでいた。
貴族寮はすべて個室で、実家から侍女やメイド、従者などの使用人を連れてくることができる。
建物は一つの大きな屋敷になっており、使用人や料理人、洗濯人などがいて、貴族の子弟に相応しい暮らしが約束されているが、学年は関係なく、親の属する階級順に序列が決まっている。
一方、平民寮は、貴族寮に比べれば大きさは半分、入居数は倍以上だ。
二階に生徒の部屋があるが、相部屋が基本。
序列は学年で決まっており、最終学年の生徒が下の学年の生徒を監督・指導する。
イザベルは、第二寮――平民寮に住んでいた。
男爵令嬢なので、貴族寮に入ることもできたのだが、成金の男爵家なんて貴族の中では下っ端だ。
伝統を重んじる貴族からは受けが悪いのは当然だし、実家の屋敷も王都の郊外にある。
だから、貴族ではないクラレンスと、家が隣同士という状況だった。
ただ、正確に言うとクラレンスは平民ではない。
クラレンスの母親は貴族の出身だったが、誰とも結婚しなかったし、後ろ盾もなかった。
自らの実力だけで、花形の職業である宮廷魔導士として働き、幼いクラレンスを連れて郊外に移り住んだ。
二人がイザベルの家の隣に越してきたのは偶然だが、そのおかげで、イザベルはクラレンスと仲良くなったのだ。
クラレンスの母親は、気さくで明るくて、とても楽しい人だった。
未婚で子供を産むなんて外聞の悪いことなのに、おそらくそのせいで実家を追い出されたのに、まったく気にしていなかった。
身分にこだわりもなく、七年前に亡くなるまで、イザベルもよく遊んでもらっていた。
親に内緒で、下町に連れて行ってもらったこともある。
平民に親しみを持てたのは、このときの体験のおかげだ。
プルス魔法学校に入学するとき、イザベルが平民寮を選んだのも、その方が気楽で楽しいと思ったからだ。
もし貴族寮に入寮すれば、つねに自分より上位の貴族令嬢に気を遣わなくてはいけない。
権力をたてに威張るような相手と仲良くしたいとも思わないし、淑女教育も最低限しか受けてこなかったイザベルは、貴族特有の決まりごとや、人づきあいが苦手だった。
男爵家の三番目の子として生まれ、女性なので跡継ぎとしても期待されていない。
成金貴族の令嬢を好んで欲しがる上位貴族はいないし、父も母も、イザベルを含めて子どもたちのことを大切に育ててくれた。
だからイザベルは、魔法学校を卒業したら魔導士になって、宮廷魔導士を目指しながら好きに生きていくつもりだったのだ。
まさか父が政略結婚を強いてくるなんて、思ってもいなかった。
+ + +
「あれ? イザベル、実家に帰ったんじゃなかったの?」
寮の自室に戻ると、同室のソフィアがびっくりした顔で出迎えた。
愛嬌のある丸顔に、肩で切りそろえた栗毛の髪が揺れる。
机に向かっていたのを、すぐに立ち上がってイザベルに駆けよった。
「何かあったの?」
「ええ。いろいろと……」
「紅茶を淹れるあげるから、座ってなさい」
ソフィアはそう言って、部屋を出ていく。
一階のキッチンは共同なので、誰でも使えるようになっている。
貴族と違って、平民の子どもは、身の回りのことは自分でやるのが当たり前だ。
入学したばかりの頃は、使用人のいない生活にいちいち驚いたものだが、今ではイザベルも一通りのことはできるようになった。
それもすべて、面倒見のいいソフィアのおかげである。
イザベルは壁側におかれた、共有のソファーに腰かけて、ため息をついた。
今日は朝からいろんなことがあった。
実家に帰り、政略結婚の話に怒り、家を飛び出してクラレンスの所へ行くと、なぜかエルフの女の子がいた。
そして話を聞くうちに、三人でウンディーネを探す旅に出ることになったのだ。
何でこうなったのかしら?
アステフィリアの必死な思いと、父への怒りで、感情的になってしまったからか。
どちらにしても、今さら止めるわけにはいかない。
「おまたせ! 今日はアールグレイにしたわ」
「ありがとう、ソフィー」
花柄の紅茶カップに蜂蜜をたっぷり入れて飲む。
疲れた時は甘いものが欲しくなるのだ。
ソフィアはイザベルの隣に座って、同じように紅茶を飲みながら尋ねてきた。
「イザベル、実家で何かあった? 顔色がよくないわよ」
ソフィアの茶色のひとみが、心配そうにのぞきこんでくる。
家の事情をぺらぺらと話すのは、あまり良くないことだけど、ソフィアは五年も一緒に暮らしている相手だ。
イザベルも素直に心の内をもらした。
「ちょっとね。父ともめたのよ」
「もしかして、成績のこと言われた?」
「あたり」
ソフィアはもちろん、イザベルの成績が万年D評価なのは知っている。
けれど、それでイザベルをからかったり、見下すようなことはなかった。
「宮廷魔導士は無理だから、諦めろって」
「えー! ひどいこと言うのね!」
「でしょ?」
「私だったら、ふざけるなって言いかえすわよ」
ソフィアが怒った顔で言う。
イザベルが、ずっと宮廷魔導士に憧れていることを知っているからだ。
「でも、イザベルは魔導士を目指すんでしょ?」
「そのつもりなんだけど……」
イザベルは言葉を切って、ソフィアを窺った。
政略結婚のことまで話したら、ソフィアは激怒するかもしれない。
心優しい友人は、イザベルのことを本当に大切にしてくれている。
だからこそ、すべての事情を話すのは止めておこうと思った。
「卒業試験でいい結果を残せば、父も考え直してくれるかもしれないし」
「うんうん」
ソフィアは笑顔でうなずく。
イザベルが何を言い出すか分かっているみたいに、優しい表情だ。
「だから……ちょっと、内緒で、特訓してこようと思って」
「いいじゃない! 賛成!」
ソフィアが手をたたいて喜ぶ。
「イザベルは学科の単位取れてるから、もう授業でなくていいもんね」
羨ましい、というソフィアにイザベルは首をかしげる。
「ソフィーは、まだ魔法薬学の単位が取れてないの?」
「言わないでよ~調合するの苦手なんだもん」
ソフィアはため息交じりに答える。
「がんばって。私はしばらく留守にするから、よろしくね」
「うん。それはいいけど。クラレンスも一緒なんでしょ?」
「えっ!?」
「だって特訓するなら、学校一の秀才、いや、天才を使わない手はないし」
「いや、その……クラレンスは、ね」
「いつも試験の前に、手伝ってもらってたじゃない」
「まあ、そうなんだけど……」
水魔法しか使えないイザベルは、実技試験を合格するために、いつもクラレンスに相談していた。
ときには課外訓練の申請を出して、学校の敷地を出て特訓したこともある。
クラレンスは、水魔法のみでどうやって課題を攻略するかを考えてくれて、イザベルがその技を覚えるまで根気よく付き合ってくれた。
イザベルが毎年ぎりぎり合格で進学できたのも、クラレンスのおかげである。
それを知っているソフィアが、クラレンスの名前を出すのは当然だった。
しかし、今回は事情が違う。
イザベルはクラレンスと一緒に旅に出るのだ。
未婚の男女で旅なんて、あまりにもはしたないし、周りに知られたら大問題だ。
でもソフィアはイザベルの片想いを知っているので、咎めるどころか、目を輝かせて喜びそうな気がする。
「今回も、クラレンスに特訓を付き合ってもらうんでしょ?」
「……それ、ぜったい内緒にしてて」
ソフィアには嘘をつけないが、クラレンスと一緒だということを、なるべく知られなくない。
「内緒って言うなら誰にも言わないけど。ミックには?」
「ミック?」
ソフィアからクラスメイトの名前が出たので、イザベルは聞きかえす。
「なんでミック?」
「だってミックとクラレンスって、仲いいじゃない? クラレンスと特訓するなら、ミックにも口止めしておいた方がいいんじゃないの?」
ソフィアの指摘はもっともだ。
ミックはお調子者なので、うっかり口を滑らせることもよくある。
正直、口のかたさは信頼できない。
「いえ。今回は、ミックにも黙ってるわ。父に気づかれたら取り返しがつかないし」
クラレンスと一緒にいると知られるのが、一番まずいのだ。
「父にも学校にも内緒にして、こっそりやるつもりなの」
「え? じゃあ、学校には課外訓練の申請も出さないってこと?」
「そう。学校には、長期の帰省届を出すわ」
「なるほどね。この部屋にもしばらく戻ってこないんでしょ?」
「ええ」
「それなら、学校には気づかれないと思うよ」
イザベルの作戦を聞いて、楽しそうにうなずく。
「もしイザベルの実家から何か言ってきたら、適当にごまかしておくし」
「ありがとう、ソフィー!」
「任せといて」
ソフィアが自信満々に答える。
そして、わくわくした顔でイザベルを見た。
「で、どこで特訓するの? クラレンスの家?」
「ち、違うわよ! プルス領を出るつもりだけど、まだはっきり決めてないの」
「まあ、ここだとなんだかんだで、ばれちゃいそうだもんね」
「でしょ?」
「じゃあ、クラレンスと二人きりで旅に出るみたいな?」
「あっ」
「やっぱり! 進展あるといいわね!」
「っ!?」
「うまくいくように応援してるから!」
結局、話の流れでクラレンスと一緒に旅することがばれてしまった。
ついでに、予想通りソフィアは目を輝かせている。
うまくごまかしたつもりだったのに、イザベルは動揺して声が裏返った。
「あっ、いえ、あのねっ、ソフィー!」
「卒業まであと半年だし、告白しちゃいなさいよ!」
くしくも侍女と同じことを言われ、イザベルは顔を真っ赤にしたまま、しばらく返事もできなかった。
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