07話 イザベルの決心
イザベルは緊張しながら、口を開く。
「く、クラレンス……」
「ん?」
わずかに首をかしげて、イザベルを窺う。
翆色のひとみが、心配そうに見つめてきて、鼓動が速くなった。
「あ、あのね……」
思いきって、ひとこと言えばいい。
『好き』だと伝えられたら……。
「うんでぃーね、さがすの!!」
とつぜん割りこんだ声に、息が止まりそうになる。
二人の間に挟まれていたアステフィリアは、頬に涙のあとを残しながら、怒りに燃える緑のひとみでクラレンスを見つめている。
イザベルは一瞬で我にかえった。
わ、私ったら、子どもの前で何を言おうとしてたの!?
話し合いの途中で、告白しようとした自分に恥じ入る。
しかしアステフィリアは、クラレンスに対しておかんむりのようだった。
「リアと、さがすの!」
「くそっ……こんな短時間で破られたのは初めてだ」
クラレンスが悔しげにつぶやいて、アステフィリアを見ている。
「えっ? 解いたんじゃないの?」
「無理やり弾かれた」
「うそ!」
クラレンスの魔法を無効化するなんて、教師でも簡単にはできないはずだ。
怒ったアステフィリアは、クラレンスのシャツを強く引っぱる。
「さがすの!」
「やめろ!」
「ね、アステフィリアちゃん。おちついて?」
イザベルはあわてて椅子から降りると、しゃがんでアステフィリアの肩をつかむ。
「こっち見て?」
優しく声をかけると、アステフィリアはおとなしくふり向いた。
せっかく可愛い顔をしているのに、涙でぐしゃぐしゃになっている。
ひどく怒っているのに、悲しくて泣いている。
小さな子がここまで必死になるのをみて、イザベルの胸に熱いものがこみあげてきた。
アステフィリアは、大切なもののために、小さい体で戦っているのだ。
「あのね、アステフィリアちゃん」
イザベルは、自分の中にある想いを確かめてみた。
クラレンスへの想いも、宮廷魔導士への憧れも。
イザベルにとっては、大切なものだ。
ずっと、子どもの頃から、イザベルの心を明るくするものだった。
簡単に諦められるものではない。
でも、お父様の決定を覆すなんて、無理だわ。
今のイザベルは無力だ。
それなら、他の道を探すしかない。
どんなに無茶でも、無謀でも。
自分の望みを叶えるために、ためらう必要はなかった。
「私は、あなたの気持ちが、よく分かるの」
「……うんでぃーね、さがすの?」
すがるような声に、イザベルはうなずいた。
「探すわ」
「ほんと!?」
「本当よ」
「は? イザベル、本気か!?」
クラレンスの焦った声が聞こえる。
イザベルは、アステフィリアをまっすぐに見つめて微笑んだ。
「私は、私の事情で、あなたと一緒にウンディーネを探すわ」
「リアと、いっしょにさがす!」
アステフィリアが、パァッと笑顔を見せた。
それから、期待に目を輝かせて、クラレンスを見つめた。
イザベルも、クラレンスを見上げる。
いつもお願いするときのように、クラレンスの右手を両手で握りしめて、ニッコリと笑う。
「ねえクラレンス? 一緒に、ついてきてくれない?」
「ッ……どうして、こいつに付き合うんだ」
クラレンスは信じられないものを見るような顔で、眉をしかめた。
けど、イザベルの手を振り払うことはしない。
「私も、ウンディーネに会ったら、お願いしてみたいの」
「お願い?」
「うん。もっと、魔法が上手になりますようにって」
「何だって?」
クラレンスが怪訝な顔になる。
「私が宮廷魔導士を目指してるの、知ってるでしょ?」
「ああ、知ってるけど。そんな願い、聞いてくれるわけないだろ」
「分からないでしょ? 誰も会ったこともないんだから」
屁理屈のような言い訳に、クラレンスが呆れた顔をする。
「うんでぃーね、やさしいって!」
「あら、そうなの?」
「子供のたわごとだ」
そう言いながらも、クラレンスはイザベルの説得を諦めたようだ。
「……イザベルのワガママは、いつも無茶苦茶だ」
「クラレンスには言われたくないわ」
言い返すと、クラレンスが深いため息をつく。
「これで……最後だからな」
「え?」
「仕方ない。イザベルに付き合ってやる」
諦め口調だが、クラレンスの口元には笑みが浮かんでいた。
イザベルがどんなワガママを言っても、本気で嫌がったことは一度もない。
「ありがとう、クラレンス」
イザベルは心から礼を言った。
クラレンスが一緒にいてくれるなら、なんだってできる気がする。
「うんでぃーね、リアとさがす?」
シャツをつかんだままのアステフィリアが、クラレンスを見あげた。
クラレンスは不本意そうに「ああ」と短く答える。
アステフィリアは喜びに満ちた顔で、クラレンスとイザベルを交互に見つめた。
もう片方の腕にぬいぐるみを抱いたまま、イザベルの服をぎゅっとにぎる。
そして、はじけるような笑顔で言った。
「リアの、あたらしいパパとママ!」
ピシッと空気が凍るような音がした。
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