06話 ぜったい、かえらない!
三歳の女の子が家出するなんて、イザベルには信じられなかった。
しかも、西の大陸から東の大陸へ、転移魔法を使ったと言う。
「どうしたらいいのかしら」
親元に返すにしても、西の大陸の住人を、どうやって?
現実的に考えれば、大人に相談して、何とかしてもらうのがいちばんだ。
身近で頼りになりそうなのは、プルス魔法学校の学長先生だろう。
かなり高齢ではあるが、クラレンスの今までの無茶にも目をつぶってくれてるので、エルフの子どもが現れたと話しても力になってくれるはずだ。
けれど、肝心のアステフィリアはそれを嫌がった。
「リア、ぜったい、かえらないっ!」
アステフィリアは、クラレンスの腰に抱きついたまま、泣きべそをかいている。
「でもね、アステフィリアちゃん」
イザベルは説得を試みようとするが、アステフィリアは顔をあげて必死に訴えた。
「かーさま、たすけるの! うんでぃーね、みつけるの!」
涙をぽろぽろとこぼす姿を見ていると、親元に連れ戻すのは可哀想に思えてくる。
幼いなりに、決死の覚悟でやってきたのだ。
母親を慕う気持ちを、無下にするのは心苦しい。
「でも、家出はねぇ」
親に黙って出てきたというのがまずい。
今ごろは大騒ぎになってるはずだ。
「お父様は、アステフィリアちゃんがいなくなって心配してるわ」
「とーさま、うそつきだから、いいの!」
「それはお父様も、わざと嘘をついたわけじゃないと思うし」
母親が死ぬかもしれないなんて、子どもに言えるわけがない。
「でも!」
リアは泣きながら、怒ったように目をつりあげた。
「とーさま、リアのこと、しんじなかったもん!」
「え?」
「うんでぃーね、さがしてってゆったのに! とーさま、しんじなかった!」
顔をまっかにして、地団太を踏む。
「とーさま、きらい!!」
大声で叫んで、泣きわめく。
「あ、アステフィリアちゃん、泣かないで」
「きらい、キライ! とーさま、だいっきらい!!」
抱きしめようとするが、右手に持ったぬいぐるみをふり回して暴れるので、近づけない。
「うわああぁぁぁんっ!!」
大声で泣き出したアステフィリアに、イザベルはおろおろする。
ど、どうしたらいいのかしら?
イザベルは末っ子なので、こんなに小さな子どもをあやした経験がない。
キーンと響くような甲高い泣き声に、耳をふさぎたくなる。
「勘弁してくれ……」
ぼそりとつぶやく声がした。
アステフィリアにシャツをつかまれたままのクラレンスが、げんなりした顔で指を鳴らす。
「消音」
パチッと音がした瞬間、泣き声が消えた。
え? 泣き止んだ?
アステフィリアを見るが、まだ泣きながらぬいぐるみを振りまわしている。
けれど、何の音も聞こえない。
クラレンスが魔法を使ったのだ。
「イザベル。どうする?」
「え?」
問いかけられて、クラレンスの声が聞こえることに驚いた。
音が消えているのは、アステフィリアだけのようだ。
対象の音だけを完璧に消すなんて、さすがだわ。
イザベルは感心しながら、クラレンスに答えた。
「どうするって、親を探さなくちゃいけないわよね」
イザベルはクラレンスの隣の椅子に腰かけた。
幼い子どもが家出したのだ。
保護したのだから、放っておくわけにはいかない。
「違う。精霊探しの方だ。このままじゃ引き下がらないぞ」
クラレンスはため息をついて、アステフィリアが掴んでいるシャツを指した。
「思ってた以上に力が強い。まったく離れないんだ」
「え? そうなの?」
どうみても、子どもの小さな手だ。
それほど力が強いようには見えない。
「魔法でがっちり掴まれてる。精霊がこいつの味方してるみたいだ」
「精霊が?」
「たぶん、エルフの中でも相当な魔力があるんだろ。精霊の声も聞こえるみたいだしな」
クラレンスの言葉に耳を疑った。
召喚でもしないかぎり、精霊と会話するのは不可能だ。
『せーれいにきいた』と言っていたが、何かと間違えたのだろうと思っていたのだ。
「本当に、精霊の声がきこえるの?」
「ああ。だから、わざわざ西大陸からきたんだろ」
「ええ? でもこの子はまだ小さいのよ?」
「母親を助けたい気持ちに年齢は関係ない」
「そうね……」
母親のために、遠くの大陸まで、たった一人でウンディーネを探しにきたのだ。
「父親が止めても、きっと探しにきたはずよね」
イザベルはつぶやいた後に、ハッと気づく。
あれ……そういえば、私も同じようなことを言った気がするわ。
さかのぼること数時間前。
父に政略結婚の話をされ『大嫌い!』と捨て台詞をはいて、家を飛び出してきたばかりだった。
親の理不尽さに怒る気持ちは、痛いほどよく分かる。
「はぁ……人のこと言えないわ」
「どうした?」
「えっ!」
クラレンスに顔を覗きこまれて、おもわずのけぞった。
ふだんから見慣れているはずなのに、整った顔が近くにくると心臓に悪い。
「い、いえ、なんでも……うん、何でもないのよ!」
意識したとたんに、頬が熱くなる。
部屋を出る前、侍女のレナが笑顔で放った言葉が、脳裏に浮かんだ。
『クラレンス様に、告白してきてくださいね!』
レナなりに、背中を押してくれたのだと分かっている。
今まで勇気がなくて伝えられなかったけど、卒業まであと半年しかない。
それまでに想いを伝えなければ、一生後悔するだろう。
イザベルは、ごくりと息をのんだ。
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