04話 森で拾った女の子
クラレンスが悩んでいるなら、話を聞いてあげたかった。
けれどこの様子では、イザベルが尋ねても答えてはくれないだろう。
イザベルは諦めて『頼みごと』のほうを尋ねた。
「本を返す以外に、まだ何かあるの?」
また面倒なことを押しつけるつもりだろうか。
疑いのまなざしでクラレンスを見る。
クラレンスはいつものように淡々と、そして、とんでもないことを言いだした。
「あれを、どうにかしてくれないか」
「え? あれってなに?」
「子ども」
「え?」
「拾ったんだ、森で」
「えっ!?」
「珍しい薬草でもあるのかと思ったのに、何も収穫なしだ」
クラレンスはつまらなそうに答える。
だがイザベルは、驚きのあまり一瞬かたまった。
「こ、子ども!?」
「ああ」
「どこにいるの?」
「そこ」
指さした先は、部屋の隅にある長ソファーだ。
分厚い本や衣類の物置になっていて、クラレンスが座っているところは見たことがない。
そのソファーに丸められたシーツがあり、そこでようやく、何かに被せてあるのだと気づいた。
クラレンスはそれだけ言うと、テーブルの上に散らかった紙と羽根ペンを取って、なにかを書き始めた。
庭で様子を見てきた植物の記録だろう。
あとはイザベルに任せたとでも言わんばかりの態度だ。
拾ってきた子どもを心配する素振りもない。
クラレンスの性格を考えれば、おきざりにしなかっただけで良かったと言うべきか。
「なんでもっと早く言わないのよ!」
後から思い出すような頼みごとではないはずだ。
イザベルは呆れてしまうが、それがクラレンスと言う男だ。
子どもの素性を調べたり、手厚く保護するなんて、面倒くさいと思っているのだろう。
イザベルは椅子から立ち上がると、長ソファーに近づいて、そっとシーツをめくる。
そこには、三歳くらいの女の子が身を丸めて眠っていた。
「まあ! とても可愛らしいわ」
ウェーブのかかった長い金髪はふわふわしてて、顔が半分ほど隠れてしまっている。
イザベルの金髪よりも色素はうすく、肌も抜けるように白い。
着ているのは、オリーブ色のドレスだ。
よく見れば絹を使った上等の生地なので、貴族の可能性もある。
しかし、ドレスは汚れており、あちこち穴も開いていて、ぼろぼろになっていた。
女の子は、二十センチほどのウサギのぬいぐるみを抱きしめて眠っている。
淡いピンク色の体に青い目のウサギは、たれ耳の裏側と手足の部分に、変わった模様が描かれていた。
ふわふわした手触りと精巧な作りは、ひと目で高級品と分かる。
「ねえ、この子どこで拾ったの?」
「森」
端的に答えるのはクラレンスの悪い癖だ。
イザベルは慣れてるので、質問を変える。
「ここから、どれくらい離れてるの?」
「北東の方角に十キロ先だ」
顔も上げずに返事をする。
魔法学校は南の方角にあるから、人の住む場所とは逆方向で、ますます不可解だ。
「親はどうしたのかしら」
「迷子だろ」
「でも、魔の森に入るなんて変じゃない?」
上級魔道士である教師や、上級ランクの冒険者でさえ、単独で入るのはためらうという魔の森だ。
学校の敷地からこの家までは、徒歩五分くらいだが、このわずかな距離ですら、確実に魔獣に襲われる。
魔法をろくに使えないイザベルが無事なのは、クラレンスが特別に作った魔物除けのお守りのおかげだった。
それに、学校からこの家まで、魔法の小道を敷いてくれたので、そこを歩いてかんたんに来ることができる。
クラレンスがいるからこそ、イザベルは安全だが、ふつうの人間は魔の森に入ることもできない。
だから子どもが迷子になるにしては、不自然な場所なのだ。
「じゃあ、捨て子じゃないのか」
「ちょっと! なんてこと言うのよ!」
思わずクラレンスを振り返る。
貧しい農村では口減らしのために、山や森に子どもをおきざりにするという話を聞いたことがある。
だけど、女の子の身なりからして、貧しい家の子どもには見えない。
「きっと裕福な家の子どもよ。ご両親だって探してるわ」
「それはどうかな」
「どういう意味?」
イザベルが聞き返すと、クラレンスが手を止める。
女の子を一瞥して、淡々と告げた。
「それは、僕たちとは違う種族だ」
「えっ?」
あわてて女の子に視線を戻す。
どこからどう見ても、小さな女の子だ。
「どこが?」
「顔をよく見てみろ」
クラレンスの言葉に、イザベルはおそるおそる手を伸ばした。
女の子の顔をおおっていた金髪を、そっと払いのける。
「……うそ!」
女の子の耳は長く、先がとがっていた。
人間とは違う耳の形。
この国で見かけることの少ない、森の民とも呼ばれる種族。
「エルフ!?」
イザベルは本でしか見たことはなかったが、その特徴的な耳は、間違いようがない。
え、うそでしょ?
なんで、エルフがここに!?
混乱するイザベルの向こうで、クラレンスは残念そうにつぶやいた。
「エルフが魔の森ごときで行き倒れるなんて……期待外れだったな」
+ + +
長ソファーに座って様子を窺っていると、エルフの子どもが目を覚ました。
「あら、目が覚めた?」
「?」
ぱっちりとした大きな目で、イザベルを見つめる。
緑色のひとみも、エルフの特徴だ。
クラレンスの目の色と似ているけど、もっと濃くて深い色。
いずれ美少女になるだろうと思わせるほど、整った顔立ち。
まだ三つか四つに見える女の子は、ふしぎそうな顔で口を開いた。
「……かーさま?」
「あなたのお母様はいないのよ」
イザベルが答えても、きょとんとしている。
エルフに会うのは初めてだが、人間の子どもと変わらないようだ。
イザベルは安心させるように笑顔を見せる。
「私は、イザベルよ。ルークステラ王国の、プルス魔法学校の学生」
名乗ってみるが、反応はない。
女の子はゆっくりと身を起こすと、ウサギのぬいぐるみを抱き直した。
きちんとソファーに座って、きょろきょろと辺りを見渡したあとで、隣に座るイザベルを見あげる。
何もしゃべらないので、イザベルから女の子に質問した。
「あなたのお名前は?」
「リアはね、……あすてふぃりあ」
「ええと、アステフィリアちゃん?」
「うん」
この国では珍しい響きの名前だ。
「このこは、リトス」
ウサギのぬいぐるみをイザベルに見せてくれる。
「リトスは、アステフィリアちゃんのお友達?」
「うん!」
嬉しそうにうなずく。
女の子――アステフィリアは、とても可愛らしい女の子だった。
座り方や話し方を見れば、まちがいなく貴族の子どもだろう。
大きなひとみとバラ色の頬、ふっくらした小さな唇は、絵画に描かれる花の妖精のように愛らしい。
こんなに可愛い子を、親が放っておくなんて考えられなかった。
「ねえ、アステフィリアちゃん」
「なぁに?」
「アステフィリアちゃんは、どこから来たの?」
「……」
イザベルの問いかけに、アステフィリアは警戒するような顔つきになる。
黙って答えないので、さらに問いかけた。
「じゃあ、アステフィリアちゃんのお父さんとお母さんは、どこにいるのかな?」
「……おうち」
ぬいぐるみをぎゅっと抱きながら、不安げにイザベルを見ている。
迷子なら親を恋しがるはずだが、そういう素振りもない。
様子がおかしいと思っていると、
「捨てられたのか?」
急にクラレンスが声をかけた。
女の子が、ハッとしたように顔をあげる。
テーブルの向こうに座っているクラレンスに、今はじめて気づいたようだった。
「ちょっとクラレンス! なんてこと聞くのよ!」
「その歳でも、それくらい分かるだろ。さっさと聞いた方が話は早い」
「もう少し言い方を考えなさいよ! 可哀想でしょ!」
子どもは繊細で傷つきやすいのだ。
もしそれが本当だったら、泣き出してもおかしくない。
「あのね、アステフィリアちゃん。言いたくなかったら、言わなくてもいいのよ?」
イザベルはあわててそう言ったが、アステフィリアはクラレンスをじっと見ながら、口を開いた。
「リア、さがしてるのっ」
「何を?」
クラレンスは書き物をしながら、興味なさそうな顔で返事をする。
「リア、うんでぃーね、さがしてる」
返ってきた言葉に、イザベルは驚いた。
ウンディーネは、水の精霊王の名前だ。
おとぎ話にも語られる、世界を統べる四大精霊の一柱であり、伝説の存在と言われている。
クラレンスも手を止めて、アステフィリアを見た。
「……精霊王のことか?」
「うん! せーれーおう!」
アステフィリアが嬉しそうな顔でうなずく。
聞きまちがいではなく、どうやら本当に『水の精霊王・ウンディーネ』のことらしい。
絵物語に憧れて、精霊探しをしているのだろうか。
イザベルはそう思ったが、クラレンスは真顔でたずねた。
「探してどうするんだ?」
「かーさまのびょうき、なおしてもらうの!」
ソファーから降りたアステフィリアは、まっすぐにクラレンスの元へかけよる。
右腕にぬいぐるみを抱いたまま、左手でクラレンスのシャツをつかんだ。
「いっしょに、さがして?」
真剣な様子で、クラレンスにお願いする。
とつぜんの行動に、イザベルはあっけにとられていた。
「あ、アステフィリアちゃん?」
話の内容より、クラレンスを頼ろうとしていることが、意外すぎたのだ。
「リアと、うんでぃーね、さがして?」
アステフィリアが、懸命な様子でクラレンスに言う。
しかしクラレンスは、眉をひそめて迷惑そうに答えた。
「なんで僕が」
「かーさま、このままじゃ、しんじゃうのっ」
アステフィリアが、泣きそうな顔で叫んだ。
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