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20話 寝顔にドキドキ

 










 市場を回りながら食料を買って、イザベルたちは宿屋に戻った。

 借りた部屋に入ると、すでにクラレンスが中にいた。

 床に座って、何個も並べたフラスコに、液体や粉を混ぜ合わせている。

「ただいま、クラレンス」

「パパ~!」

 アステフィリアが嬉しそうにクラレンスに突進して、背中に抱きついた。

「うっ……離れろ」

「ねーねー、なにしてるのー?」

「調合だ」

「ちょーごー?」

「薬を作ってるのよ。アステフィリア、クラレンスの邪魔しちゃだめよ」

「え~」

「人に飲ませるお薬だから、失敗したら大変なの」

 イザベルがなだめると、ようやくアステフィリアがクラレンスから離れた。

 けど、横にちょこんとしゃがみこんで、クラレンスの手元を見ている。

「危ないからあっちにいってろ」

 クラレンスは不機嫌な声で言うが、アステフィリアは動かない。

「パパ、まほーじょうずだもん!」

 どうやら、危ないことは無いと言いたいらしい。

 いうことを聞かないアステフィリアに、クラレンスはイザベルを仰ぎ見る。

 だが、イザベルはにっこり笑って答えた。

「いいじゃない。見たいっていうんだから」

「人がいると気が散る」

「一部屋なんだから、しかたないでしょ」

「パパ~、はやく~」

「絶対に触るなよ」

「はーい!」

 クラレンスが諦めて、フラスコの中身を見せる。

「ここにある魔法薬に、材料を足していくんだ」

 すでに青色の液体が入っていたが、クラレンスが薬草をすりつぶした粉を入れると、緑色に変色する。

「わあ~! すごーい!」

「きれいね。何の薬?」

「まだ実験中だから、どうなるか分からない」

 クラレンスの視線はフラスコに向いている。

「採集したやつを試してるところだ」

「ああ、途中で降りたときの?」

「リア、おてつだいしたー!」

「そうだったわね」

 象主のルラキに乗って移動しているのだが、途中で気になる場所があると、そのたびに降りて採集している。

 すべてクラレンスが持っている鞄に収納しているが、けっこうな量だったはずだ。

「リアも! リアもやりたい~!」

 アステフィリアがさっき言われたことも忘れて、手を挙げる。

 その姿は微笑ましかったが、クラレンスは若干の苛立ちを見せて睨みつけた。

「ダメだ。触るなと言っただろ」

「え~! リア、やりたい!」

 アステフィリアが頬をふくらませて床を叩いた。

「あら、だめよ。アステフィリア」

 クラレンスのうんざりした顔を見て、イザベルは慌てて止めた。

 これ以上しつこくすると、クラレンスは部屋を出ていくだろう。

「さっき約束したでしょ? 見るだけよ」」

「む~!」

 不満げに唇を尖らすアステフィリアに、先ほど買ったパイの箱を取りだして見せた。

「クラレンス。これお土産ね」

「あっ、さっきの~!」

 アステフィリアがパァッと顔を明るくする。

「なんだ?」

「買い物してる途中に、市場の屋台で買ったの」

「食べ物か」

「ミートパイと、ポテトパイだって。私たちは甘いのを食べたけど、美味しかったわよ」

 クラレンスに手渡すと、箱を開けて中身をたしかめる。

 四角い形のパイが二つ並んでいるが、どっちがミートかは分からない。

 クラレンスは一つ手にとると、その場でかじりついた。

「どう?」

「……悪くない」

 クラレンスはぼそっと答えるが、『悪くない』は美味しいということだ。

 買ってきてよかったと、イザベルは笑顔になる。

「パパ、おいしー?」

「ああ」

「リアもたべたいっ」

 アステフィリアはクラレンスの持っているパイをじーっと見つめる。

「アステフィリア。それはクラレンスのよ」

「ママ~」

 アステフィリアが恨めしそうにパイを睨んだ。

 クラレンスは一個だけパイの入った箱を、アステフィリアに渡す。

「食え」

「わ~い、やったー!」

 アステフィリアは大喜びで箱を受けとる。

「クラレンス、いいの?」

「いい」

「ママぁ、これたべていー?」

「さっきも食べたんだから、半分だけね」

「はーい」

 アステフィリアはニコニコしながら、パイを両手で持つ。

 そして、嬉しそうにかぶりついた。

「おいしー!」

「よかったわね」

 顔をほころばせるアステフィリアが可愛らしく、イザベルは微笑んで頭をなでる。

 同じパイを食べている二人を眺めていると、本物の親子のように見えて、イザベルはそれがとても嬉しかった。






 + + +







 宿に宿泊すると、夜は必ず同じベッドに三人で寝るようになった。

 例のごとく、アステフィリアが駄々をこねるからだ。

 始めはドキドキしすぎてまともに眠れず、目の下に隈ができるくらい寝不足だったが、日を追うごとに慣れてきた。

 いつもクラレンスが最後に寝るので、その前にイザベルはアステフィリアをあやして一緒に眠る。

 真っ暗だとアステフィリアが怖がるので、いつもクラレンスが夜光石で灯りをともしてくれた。

 そのおかげで、眠っている時でも、ぼんやりと周りが見えてしまう。

 すぐ隣で眠るアステフィリアも、その向こう側にいるクラレンスも。

 だからイザベルは、最初の夜と同様に、ベッドに入ったあとは寝たふりをして、絶対に目を開けなかった。

 ベッドの大きさを考えれば、クラレンスとの距離が近すぎると分かっていたからだ。


 目の前にあの顔があったら、飛び起きるわ。


 そんなことをすればアステフィリアやクラレンスも起きてしまうし、いらぬ醜態をさらすことになる。

 片想いの相手を間近で見てしまったら、心臓だって飛び跳ねそうだ。

 意識するほどドキドキが大きくるなるので、イザベルはなるべく心を落ち着かせるよう努めていた。

 けれど、イザベルの決心を揺らがせるのが、アステフィリアだ。

 真ん中に寝ているアステフィリアは、イザベルにくっついたり、クラレンスにくっついたり、寝ている間の動きが激しい。

 この夜も、アステフィリアの寝相の悪さでイザベルはふっと目が覚めた。

 アステフィリアの位置を確かめようと何気なく目を開けて、

「ッ!?」

 眼前にあったクラレンスの寝顔に、悲鳴を上げそうになった。

 すんでのところで堪えたのは、奇跡に近い。

 あとわずかでも動いたら、クラレンスとキスしそうな距離だった。

「っ……!!」

 カァっと体が熱くなる。

 ドキン、ドキンと激しく鳴る心臓のせいで、じっとりと汗が出てくる。

 イザベルは息を止めて、そっと頭を後ろに動かした。


 な、なななんで!? クラレンスがこっちに寄ってきてるのよ!?


 盛大に文句を言いたいが、そんなことはできない。

 あまりにも近すぎて、吐息ですら起こしてしまいそうだった。

 夜光石の明かりでも、クラレンスの顔がよく見える。

 翆色の瞳は閉じられて、その端正な顔立ちがくっきりと浮かび上がった。


 う……やっぱり、カッコいいわ。


 普段はじっくりと見られないが、クラレンスは本当に顔が良い。

 植物魔法にだけ没頭するような変人でなければ、王子と同じくらいモテていたかもしれない。

 何と言っても、魔法の天才なのだ。

 でも、眠っているクラレンスは年相応の顔をしていて、可愛くみえる。

 魔の森の家では、寝落ちしたクラレンスの寝顔を見ることもあったけど。

 いつも大人びているクラレンスが気を許してくれているようで、嬉しかった。

 クラレンスの寝顔を眺めていると、真ん中のアステフィリアがもぞもぞと寝返りを打つ。

 イザベルはアステフィリアの背中をなでながら、ふと思った。


 親子って……こんな感じなのかな。


 今のイザベルは、親代わりでしかないが、いつか家族ができたら、これが日常になるのかもしれない。

 もし、クラレンスと家族になって。

 そして、子供ができたのなら。

 まだ告白も出来ていないのに、夢みたいことばかり考えてしまう。


 この先もずっと、クラレンスと一緒に居られたらいいのに。


 クラレンスの寝顔にドキドキしながら、イザベルはしばらく目が離せなかった。






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お話を書くモチベーションが爆上がりしますヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


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