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19話 ハニーパイ

 















 象主に乗って移動する空の旅は、思ったより快適だった。

 数時間おきに地上の平原に降りて、ルラキと一緒に食事をする。

 それ以外にも、クラレンスの採集に付き合ったり、遭遇した魔物を狩ったりすることもあった。

 倒した魔物は素材として、街に下りたときにクラレンスが冒険者ギルドで換金しに行く。

 意外と高値がつくらしく、クラレンスは満足そうだった。

 街でその日の宿屋を決めると、決まってクラレンスは外へ出て行った。

 クラレンスは、新しい薬草や珍しい魔道具がないか気になるようで、薬屋や魔道具屋、それに市場などをのぞいているらしい。

 イザベルも、時間のある時はアステフィリアを連れて街へ買い出しに出た。









 アステフィリアは、その年頃の子どもらしく、いろんなものに興味を示す。

 エルフの住むリゼルト王国とは食べ物や文化が違うので、余計に、何から何まで気になるようだ。

 きょろきょろしながら歩くので、イザベルはしっかり手をにぎって、離れないように言い聞かせておく。

「アステフィリア。絶対に、私から離れたらだめよ?」

「はーい」

 ニコニコしながら返事をするが、その視線は屋台の食べ物に向いている。

「ママ、あれたべたい!」

「さっき昼ご飯を食べたばかりでしょ?」

「やー! たべる~!」

 アステフィリアがイザベルの手を引っぱって屋台の方へ行こうとする。

「あのね、アステフィリア」

「たべるの~!」

「あんまりワガママ言わないで」

 イザベルはアステフィリアを諭すが、その声は弱い。

 なぜなら、その屋台からは、ものすごく甘くておいしそうな匂いが漂ってくるのだ。

 この匂いを前に、アステフィリアが諦めるとは思えない。

「お嬢ちゃん、うちのハニーパイは最高にうまいぜ!」

 屋台のおじさんが、アステフィリアに向かって笑顔で声をかける。

 アステフィリアは目をキラキラさせながらハニーパイを見て、よだれを垂らしそうな勢いだ。

「ママ、ママ! あれたべよ~?」

「うっ!」

 か、可愛いっ!!

 天使のように愛らしいアステフィリアにせがまれると、「だめ」とは言えない。

 思わずぎゅっと抱きしめたくなるほど、可愛らしいのだ。

「……い、一個だけよ?」

 アステフィリアに甘すぎると思いながらも、イザベルは、つい頷いてしまう。

 すると、アステフィリアがぱぁっと嬉しそうに笑った。

「うんっ!」

「すみません、それ一つください」

 屋台のおじさんに注文すると、アステフィリアがイザベルのスカートを引っぱる。

「だめ~! ママのぶんも!」

「え?」

「はいよー! 二個ね!」

 おじさんはイザベルの返事も聞かず、並んでいた三角のパイをトングで掴むと、手早く紙袋に包む。

 イザベルが口を挟む隙もなく行動に移すあたり、さすが商売人だ。

 ここで断るのも面倒なので、イザベルは二個買うことにした。

 財布を出そうとして、何気なく台を見ると、四角い形のパイと、三角のパイが二種類あるのが見えた。

「あれ? こっちは形が違うんですね」

 紙袋に包んだパイは三角だが、四角いパイは少し大きめだ。

「中身が違うからな。こっちは総菜用だ」

「総菜ですか?」

「おう、こっちはミートパイで、こっちはポテトパイだ。一つ食べりゃあ腹にたまるぜ」

 陽気に答えるおじさんは、自信満々に勧めてくる。

「こっちも人気でな。早い時には昼前に売り切れるんだぜ」

「じゃあ、それも一つずつください」

「まいどあり~」

 おじさんが愛想よく答えて、ミートパイとポテトパイを紙袋に包む。

「ママ~それなーに?」

「クラレンスにお土産よ」

「パパ!」

 アステフィリアが嬉しそうな顔をする。

 イザベルも微笑んで、アステフィリアに説明する。

「クラレンスは甘いものは食べないからね。こっちの方が喜ぶわ」

「リアも食べたい~!」

「アステフィリアにはこっちの甘いのがあるでしょ。熱いうちに食べなきゃ」

「はい、おまちどー」

 おじさんが、取っ手のある小さい箱にパイを四つ入れて渡してくる。

 紙袋のままだと手がふさがるので、箱に入ってるのはありがたかった。

「ありがとう」

 イザベルは小銅貨を四枚渡して、パイを受け取る。

「熱いから、火傷しないようにな!」

「気をつけます」

「おじちゃん、ありがとー」

 アステフィリアはニコっと笑っておじさんに手を振る。

 するとおじさんも、アステフィリアに向かって手を振ってくれた。

 それが嬉しかったのか、アステフィリアはニコニコと上機嫌だ。

「あそこのテントで食べましょう」

「てんと~」

 イザベルは片手にパイの箱、片手にアステフィリアと手をつないで、近くのテントに入った。

 市場には、飲食ができるテントがいくつかあり、屋台で買ったものを食べられるようになっている。

 イザベルたちと同じように、屋台などの店先で買ったものをテーブルに広げて食べている人がたくさんいた。

 空いているテーブルを選んで、アステフィリアを座らせる。

「ママ、たべる~!」

「ちょっと待って」

 アステフィリアの服が汚れないように、ナプキンを襟元にかけた。

 リトスが入ったポシェットは、二人の間において、汚れないように気をつける。

「まだ熱いから、ゆっくり食べるのよ」

「うん!」

 パイを包みごと渡すと、アステフィリアが大きく口を開けてパクっとかぶりつく。

「ん~!」

「熱くない?」

「んーん」

 アステフィリアは首をふって、もぐもぐと口を動かす。

「おいしい?」

「ん! あま~い!」

 にこ~っと笑って、アステフィリアが幸せな顔でパイをほおばる。

「ほら、カスタードがこぼれちゃうわ」

「んー」

 パイ生地から垂れるクリームをナプキンで拭きとった。

「ママ、おいしー!」

「よかったわね」

 目をキラキラさせて、幸福そのものの顔でモグモグと食べてる姿は、見ているだけで癒される。


 子どもって、本当にかわいいわ。


 それにアステフィリアは美少女で、感情も豊かで、甘え上手で、とても愛らしい。

 アステフィリアの両親は、心から大切にして育てたはずだ。

 だから、アステフィリアを親元に返すどころか、自分の事情に巻きこんで、こうして旅に出てしまったことは、少し後悔していた。


 あの場の勢いとはいえ……もっと他に方法あったわよね。


 クラレンスの言う通りにしておけば良かったと思う反面、アステフィリアの強い想いをないがしろにはできなかっただろうとも思う。

 すでにここまで来てしまったのだから、今さら引き返すわけにはいかない。

 それに、アステフィリアといると、イザベルは幸せな気持ちになれる。

 クラレンスと二人きりでいるよりも、クラレンスに近づける。

 自分勝手なのは分かっているし、実の両親にも申し訳ないと思うが、まだアステフィリアと一緒にいたいのだ。

「ママ、たべないの?」

「いま食べるわ」

「おいしーよ!」

 嬉しそうに言うアステフィリアは、口の周りにまたクリームをつけて、ニッコリ笑った。

 イザベルは微笑んで、ようやくパイを食べる。

 濃厚なカスタードクリームと、柔らかく煮込んだ甘いリンゴと酸っぱいベリー系の実がほどよく合わさっていて、美味しい。

「あら。けっこう美味しいわ」

「ねー!」

「パイでこういうのは初めてね」

「リアも~!」

 一時間ほど前に食事を終えたばかりなのに、美味しすぎてあっという間に食べ終えてしまった。

「美味しかったわねぇ」

「あまかったー!」

 満足げにうなずくアステフィリアは、口も手もべたべただ。

 イザベルはナプキンできれいに拭き取ってから、リトスを渡す。

「じゃあ、次のところに行きましょう」

「はーい!」

 テーブルを片づけて、イザベルたちはテントを出た。






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