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18話 安全対策

 













 象主に乗って空を飛ぶのは、初めての経験だ。

 初めてなのに、クラレンスが御者をするというので、多少の不安はある。

 イザベルはコーチの窓から、御者席に座るクラレンスに話しかけた。

「ねえクラレンス。これって、落ちたりしないのよね?」

 クラレンスはイザベルの方をふり返る。

「大丈夫だ。コーチは外れないように魔法で強化してあるし、象主自体にも防御魔法が掛かってる」

「でも、もしもってことがあるでしょ?」

「僕がいるのに、もしもなんてことはない」

 当然のように答えるクラレンスだが、イザベルは保険で浮遊魔法を掛けておくように頼んだ。

「あのコーチだけでいいの。万が一、落ちたりしても、浮いていれば衝撃に抑えられるし」

「……分かった」

 クラレンスは言いかえすのも面倒だと思ったのか、イザベルの希望通りに浮遊魔法を掛けてくれた。

 一定の衝撃を受けた時に発動する、条件型の魔法だ。

 それを見届けて、イザベルはやっと安心した。

「これで大丈夫ね!」

「イザベルは心配性だな」

 クラレンスが呆れたように言うが、イザベルは軽く睨みつけた。

「私とアステフィリアはコーチに乗るのよ?」

「僕が手綱を引くんだから、心配する必要はないだろ」

「初めてやるのに、なんでそんなに自信満々なのよ」

 しかも、さっき手綱の操り方を教えてもらったばかりだ。

「馬と同じだろ。むしろ、馬より楽だぞ」

「馬は地面を走るけど、象主は空を飛ぶじゃない」

 イザベルが引っかかるのはそこだ。

 親方が大丈夫だと判断したなら、クラレンスの手綱の腕は悪くないのだろう。

 だが、安全対策は必要だ。

「私が飛行魔法を使えないの、知ってるでしょ?」

 思い出すのは、魔法学校で飛行魔法を習った時のことだ。

 箒などを使った飛行魔法は、それほど難しくはない。

 ただ、使えるかどうかは、生徒自身の向き不向きによる。

 イザベルは、例にもれず不向きだった。

 箒にまたがっても、わずか十センチ浮いただけで、それ以上は飛べなかった。

 魔法が発動せず飛べない生徒もいたので、まだ救われた気分だったが、最下位でないからといって、イザベルが落ちこぼれであることに変わりはない。

 水魔法以外がほとんど使えないのだから、旅の道中は、安全を確保する必要があった。


 飛べないということは、すなわち、空中に放り出されても、自力で対処ができないということだ。


 だから、クラレンスに念押しして浮遊魔法もかけてもらった。

 魔物に襲われようが、アクシデントが起ころうが、クラレンスの魔法がイザベルとアステフィリアを守ってくれる。

「ママぁ、はやくいこ~?」

 退屈になったのか、アステフィリアがイザベルのスカートを引っぱる。

「そうね」

「じゃ、行くぞ」

 サッと窓が閉められる。

「あっ、クラレンス!」

 イザベルが文句を言おうとすると、ルラキが鳴いた。


「ブオォォ~ン」


 高らかに鳴いて、翼を広げる。

「うわぁぁ! ママみてみて!」

「お、大きいわね」

 下から見ていた時も大きいと思ったが、実際にコーチに乗ってから見ると、迫力がすごい。

「ルラキ、おっき~!」

 窓に張りついて、アステフィリアがはしゃぐ。

 そして、

 ふわっと体の浮くような感覚。

「きゃっ」

 とっさに手すりにつかまる。

「あ、アステフィリア! ちゃんと捕まって」

 反対側のソファーに座っていたアステフィリアは、窓側にある手すりをつかむが、顔は窓の外に向けたままだ。

「うわぁ~! とんだー!」

「と、飛んでるわ……!」

 イザベルは緊張で胸がドキドキする。

 窓の外の景色が、地上を離れていくのが見える。

 魔法のおかげで揺れや衝撃はほとんどないが、ルラキが走っているのは分かった。

 地上からは見えなかった遠くの地平線まで、視界に入る。

「ママ! おそらがちか~い!」

「ほ、本当ね」

 イザベルは手すりをしっかり握りしめたまま、ゆっくりと景色を見渡す。

 あっという間に地上は遠ざかり、イザベルの心臓はドクドクとうるさく鼓動を打つ。

 アステフィリアは楽しそうに声をあげていたが、イザベルは未知の乗り物に慣れるまで時間がかかった。

 馬や馬車とは違う、初めての乗り心地だ。

 窓の外には空が広がって、雲が近くに見える。

 渡り鳥が窓のすぐ横を通り過ぎていき、本当に空を飛んでいるのだと実感した。

 御者席の方を見ると、クラレンスの後姿が見える。

 前を向いているので顔は見えないが、辺りを見渡したり、地上へ視線を向けたりしているので、まちがいなく観察を楽しんでいるだろう。

「ママ、あれなに~」

「え? あれは渡り鳥かしら」

「いっぱいいる~」

「群れで移動するのよ」

「リアたちとおなじところ?」

「さあ、どうかしら。あっちの方に家があるのかもね」

 並行して飛んでいる渡り鳥の群れを楽しそうに眺めている。

 高度も安定したところで、イザベルはようやく落ち着いて、肩の力を抜く。

 手すりから手を離すことができた。

「はぁぁ、無事に飛んだわね」

「ママ、どーしたの?」

「何でもないわ」

 イザベルは笑顔で答える。

 緊張していたのは、イザベルだけのようだ。

 象主に乗ろうと言い出したのはイザベルだが、空を飛んでもまったく動じない二人が羨ましい。


 アステフィリアもクラレンスも、高いところは平気なのね。


 二人の似ているところを見つけて、思わず笑みがこぼれた。

 出発までにいろいろあったが、無事に目的地へ向かって進んでいる。

 はしゃぐアステフィリアを眺めながら、空の旅を楽しむことにした。





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