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17話 御者席に乗るのは?

 









 ようやく、イザベルたちも象主に乗って出発することになった。

 伯爵のことは、親方が責任もって対処してくれるらしい。

 ルラキの背中まで、移動式の階段を使って登った。

 いざコーチに乗りこんでみると、下から見上げたときよりも、地上がずっと遠くに感じる。

「けっこう高さあるわね」

「ルラキ、たか~い!」

 アステフィリアは無邪気にはしゃいでいたが、イザベルはそんな気分になれなかった。

 乗り物の部分は、ルラキの背中にくっつけただけで、衝撃を受けたら落ちてしまいそうだ。

 それに、御者席には、なぜかクラレンスと親方が座っている。

 二人の話し声が聞こえてきたが、どうやら手綱の操り方を教えてもらっているようだ。

「意外と簡単だな」

「象主は頭がいいからな。放っといても勝手に連れてくぜ」

「食料は? 何を食べる?」

「ホシツユ草が好きだが、果物も食べるぜ。うちじゃ、ベリーリンゴを食わせてる」

「飛行魔法を使っていたようだが、あの魔法具で補ってるのか」

「おお、よく分かったな。ありゃあ特注でな。鞍敷(くらしき)はケイモンロスの繭からとった糸で織ってる。で、さらに魔法陣を織り込んでるのさ」

「ケイモンロスは、東南でしか取れない素材だろう?」

「ああ、一流の冒険者でなきゃとれねぇ代物だが、素材狩りもオレらの仕事さ」

 親方がガハハッと大声で笑う。

 象主についてはイザベルも初めて知ることばかりだったが、素材狩りまでしているとは思わなかった。

 ケイモンロスの繭は、鋼よりも強靭で強いのに、糸自体は柔らかく光沢があるので、織物としても使いやすい。

 これを使った衣服は「着る鎧」と呼ばれ、王族の衣装に使われると聞いたことがあった。

 とても希少なもので、値段も馬鹿みたいに高かったのを覚えている。

 理由は、先ほど親方が言った通り、一流の冒険者でもない限り、簡単に採れる素材ではないからだ。

 だから親方の実力は相当なものだろう。

 飛行動物の厩舎主は、たんなるまとめ役だと思っていたが、冒険者ギルド長にも匹敵する力があるのかもしれない。

 イザベルは親方の実力の一端を知って感心したが、クラレンスは眉一つ動かさない。

「なるほど。ケイモンロスは象主の攻撃魔法とも相性がいい。あの魔法陣なら、条件を組めば発動するわけか」

 クラレンスは他人の実力など気にも留めず、自分の興味のあることだけ話す。

 淡々としている姿は、親方には好ましく映ったようだ。

「おめぇ、物知りだなぁ」

 親方が楽し気にクラレンスを見る。

 二人の会話は盛り上がっていたが、イザベルはクラレンスが気になって仕方なかった。

 思いきってコーチの窓を開けると、御者席のクラレンスに話しかける。

「ねえ、クラレンス」

「なんだ」

「まさか、クラレンスが御者席に乗るの?」

「ああ」

「どうして?」

「象主は目が良いんだ。メビスナの花は上空からの方が探しやすい」

「なんで、しれっと採集しようとしてるのよ!」

 イザベルは呆れ混じりに突っ込んだ。

 しかしクラレンスは平然と答える。

「実験に必要なんだ」

「だからって、クラレンスがそこに座る必要はないでしょ?」

「素人に見つけられるような花じゃない」

 きっぱり答えるクラレンスは、御者を降りる気が全くないようだ。

 ここでイザベルが何を言っても引き下がらないだろう。

 多少の不安はあるが、イザベルが諦めるしかない。

「もう……行先は、分かってるわよね?」

「ケトナだろ?」

「それは最終目的地。次はグラスネスよ」

 ここからケトナ火山まで、象主で向かっても四日はかかる。

「夜は町の宿に泊まるし、象主はルートが決まってるのよ」

「いちいち街に降りるなんて面倒くさいだろ」

「面倒くさくないでしょ。ルラキだってご飯がいるんだから」

 クラレンスが不満を言うと、親方が口をはさんだ。

「おい、若造。あんま嫁に迷惑かけんじゃねぇぞ」

「ひゃっ!」

 変な声がもれて、あわてて口を手で覆う。


 よ、嫁とか言わないで!!


 変に意識してしまって、顔が赤くなる。

「よめ?」

 クラレンスが不思議そうにつぶやくが、親方は構わず続ける。

「ケトナまで行くんだったら、長期貸出もやってるぜ。サラファストで返してくれりゃあ、どこで降りようが構わねえ」

 サラファストは、ケトナ火山の麓の街から、馬車で一時間のところにある街だ。

 飛行動物(フライングアニマル)を扱っている街の中で、ケトナ火山からいちばん近い。

「それでいい」

 クラレンスはうなずくが、イザベルはあわてて止める。

「ちょっと待って。料金を聞いてないでしょ!」

「あんたらなら安くしとくぜ」

「いくらだ?」

「こっからサラファストまでなら銀貨五十枚だが、三十枚でいい」

「銀貨三十枚……」

「金貨でもいいぜ。三枚で済むからな」

 金貨を持ち歩くのは裕福な平民か貴族くらいだ。

 しかし、親方の示した金額は破格値だった。

「どうしてそんなに安くしてくれるんですか?」

「ルラキが嬢ちゃんを気に入ったからな。コイツはいい象主なんだが、気に入った客しか乗せねぇんだ」

 親方がにやりと笑うが、大熊が獲物を見つけたような凶悪な顔にしか見えない。

「そ、そうなんですね……」

 イザベルはやや引きつった笑みを浮かべる。

 及び腰になるが、

「ブォォ~ン」

 ルラキが返事をするように大きく鳴いた。

 親方が凶悪な笑顔で続ける。

「ほらな。嬢ちゃんがいいってよ」

「ママ! ルラキ、連れてってくれるって~!」

 アステフィリアも嬉しそうに言う。

「そうねぇ」

 イザベルは少し迷ったが、結局サラファストまで借りることにした。





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