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15話 親方、決着をつける

 











「ぞーさん、おじちゃんキライ! のせないってゆってる!」

 アステフィリアの言葉を聞いていた伯爵の従者が、怒声をあげる。

「デタラメを言うな! 旦那様の邪魔をしたのはお前だろうが!」

「リア、さきにやくそくしたもん!」

「勝手なことばかり言いやがって!」

 子どもに向かって怒鳴りつける従者に、親方が吠えた。


「テメェは黙ってろッ!!」


「ひっ……!」

 従者がビクッと震えて身を縮める。

 あまりの迫力に、周りにいた人たちも首をすくめた。

「んで、嬢ちゃんよ。象主と、なんて約束したんだ?」

 脅すような顔でたずねられ、アステフィリアは涙目だ。

 けれど、はっきりと親方に答えた。

「のっていーよって、ゆった!」

「いつの話だ?」

「ルラキのおへや、いったとき! ママもいたもん!」

 その言葉に、イザベルはあっと気づいた。


 さっき、厩舎で迷子になったときだわ!


 アステフィリアは正当な権利を主張しているつもりだが、勝手に厩舎に入りこんだのがばれたら叱られるのは確実だ。

 下手をすれば、象主に乗せてもらえないかもしれない。

 緊張でバクバクしながら様子を窺っていると、親方はまずクラレンスを見た。

 しかし、クラレンスはこの騒ぎの中、ずっと象主の観察をしている。

「ちっ」

 親方は舌打ちした。

 話しかけても無駄だと判断したのだろう。

 そして、今度はイザベルに話しかけてきた。

「おい、あんた」

「はいぃっ!」

 親方にぎろりと睨まれて、思わず声が裏返った。

 凶悪な顔なので、心臓が縮み上がる。

 しかし、アステフィリアの前で、情けない姿を見せるわけにはいかない。

「な、なんですかっ?」

「ルラキに、いつ会った?」

「え、えっと……さっき、この広場に来る前です。この子が厩舎で迷子になってしまって」

 わざとではないことを強調する。

「初めて飛行動物を見たので、興奮したみたいで」

「こんなちっちぇガキ、ちゃんと見とかねぇと危ねーだろうが」

「はいっ! すみません!」

 まったくもってその通りなので、謝るしかない。

「私の不注意です。気をつけますっ」

「ママ、わるくないのー!」

 頭を下げるイザベルに、アステフィリアが怒った顔をする。

 だが親方はギロッとアステフィリアを睨んだ。

「お前もだ、チビ。母ちゃんに迷惑かけんじゃねぇ」

「うぅ~!」

 アステフィリアは涙目のまま、親方をにらみかえす。

 しかし親方は気にせず、クラレンスに目をやった。

「おい、若造」

 親方が呼びかけても、振り向きもしない。

 それを見た親方はイザベルに向き直り、呆れたように言った。

「あんたも大変だな。こんな旦那で」

「えぇっ!?」

「オレの声も聞こえてねぇ。よっぽどの変人だな」

「あ、あの……クラレンスは、昔からこうなので! その、慣れてるというか!」

『旦那』という言葉に動揺して、イザベルはしどろもどろで返答する。

 親子のふりをしているのだから、イザベルとクラレンスが夫婦に見られるのは当然だ。

 そんな当たり前のことに、今さら気づいて、イザベルは頬がカッと熱くなる。

「っ……なんで気づかなかったの!」

 イザベルはとっさに下を向いて、赤くなった顔を隠す。


 夫婦……クラレンスと、夫婦……!


 今度は違う意味で、胸がドキドキしてくる。

 いつかはそうなりたいと願っていたけど、仮とはいえ、こんな展開は予想していなかった。

 アステフィリアの親代わりのつもりだったのに、なんだかとんでもない選択をしたような気がする。

「おい、テメェらッ」

 親方が、伯爵の従者に視線を向けた。

 脅すような低い声に、怒りが混じっている。

 従者は三人とも怯えた様子で、つるに拘束されたままの伯爵の後ろに下がった。

「コイツは、だれだ?」

 あごで伯爵をさす。

「だ、旦那様はデニー伯爵です! ローウェル侯爵様の信任もあつく、カーメイセンでは名を知らぬ者はおりません!」

 こんな場面でなければ、自慢げに胸をそらして答えた台詞だろう。

 しかし、親方の迫力の前では、従者は答えるだけで精いっぱいのようだった。

 親方は唸るような恐ろしい声で、伯爵たちに一喝した。


「テメェらは二度と象主の前に現れるなッ!」


「ひぃぃっ!」

 従者は悲鳴を上げて後ずさる。

 動けない伯爵も、恐ろしさからか青ざめた顔で口を閉じている。

「今後、象主に乗ろうなんて考えるんじゃねぇぞ? 国中に通達しとくからな!」

「そ、そんなっ……」

「厩番ごときにできるわけ……」

 震えながらも言い返そうとする従者たちに、後ろから子どもたちがヤジを飛ばす。

「ばっかでー」

「親方は王様の象主のお世話もしてんだぜ~」

「象主のことは、親方に任されてんさ」

 その声を聞いた従者も伯爵も、ようやく事態が飲みこめたのか、顔が真っ青だ。

「新入り!」

「はいっ! 親方!」

「このクソ野郎に、返金しとけ」

「は、はいっ!」

「あと、待ってる客を先に案内しろ」

「分かりましたっ!」

 係員が最敬礼で頭を下げる。

 するとまた別の厩番がやってきた。

 年配の男性で、古参の厩番のようだ。

「おい、新入り。お客さんを順番に呼んできな!」

「はい!」

「親方、そっちは任せるぜ」

「おう。客に謝っとけよ」

「はいよ」

 古参の厩番は慣れた様子で、待っていた三組の乗客を案内する。

 乗客たちは、この場からそそくさと離れていった。

 関わり合いになりたくないのだろう。

 イザベルも、当事者でなければ、同じようにしていたはずだ。

「どうして騒ぎになるのかしら……」

 イザベルはどっと疲れてしまった。





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