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03話 頼みたいこと

 









 クラレンスに問われて、イザベルはあわてて首を横に振った。

 さっきの、聞かれてないわよね!?

 イザベルは焦りながらも、平静を装って答えた。

「たいしたことじゃないの」

「そうか」

 イザベルの返事にうなずくと、それ以上の問いかけはない。

 関心のない様子を見ると、先ほどの独り言は聞かれずに済んだようだ。

「そうだ、イザベル」

「なに?」

「頼みたいことがあったんだ」

 クラレンスはテーブルの椅子に腰かけながら、イザベルに話しかける。

 頼みごとといえば、一つしか思いつかない。

「庭の水やり?」

 クラレンスは魔の森に、庭まで造っている。

 そこで育てている植物や木は魔法を使って水やりをするが、イザベルに手伝いを頼むことが多かった。

「いや、それは後で。あそこの本、返しに行ってくれないか」

 クラレンスがテーブルの上に積み上げられた本を見ながら言った。

 背表紙を見ると、すべて専門書のようだ。

「図書館の本よね?」

「ああ」

「それくらい自分で返しなさいよ」

「うるさい奴に会うから嫌だ」

 面倒くさそうな顔で答える。

 クラレンスが言うのは、司書として働いている老人のことだろう。

 やたらと規則に厳しく、必ず小言をいってくるので、学生たちから煙たがられている。

「いつも返却期限を守らないからでしょ」

「期限が短すぎるんだ。直接返さないと、余計にうるさい」

 返却箱ではなく直接受付にということなら、よほど貴重な本なのだろう。

「図書館だって紛失しないように対処してるのよ」

 イザベルがそう言っても、クラレンスは否定した。

「あのじいさんは文句を言いたいだけだ」

「行きたくないのは分かるけど、なんで私に押しつけるのよ」

 イザベルだって、口うるさい老人になど会いたくない。

 だがクラレンスは、平然と答える。

「イザベルは運がいいから、じいさんには遭遇しないだろ」

「また適当なこと言って!」

 子供だましにもならないような言い訳に、イザベルは呆れた。

 クラレンスは不満げな顔で、イザベルを見ている。

「そんなに行きたくないの?」

「行きたくない」

 はっきりと、顔をしかめて答えた。

 子供じみた態度が、ちょっとだけ可愛い。

 だからつい、いつもクラレンスを甘やかしてしまう。

「……しょうがないわね」

 しかたない、という態度で、うなずいてみせる。

 自分の甘さにこそ呆れるが、


「助かる」


 ひと言、短く答えるクラレンスが、嬉しそうに笑った。

 ふだんの冷めた表情がうそみたいな、まぶしすぎる笑顔に、イザベルの鼓動が跳ねる。


 うぅ……この顔に弱いのよね!


 クラレンスを甘やかしてしまうのも、きっとこのせいだ。

「あとで行くわ」

 イザベルは答えて、クラレンスの隣の椅子に座った。

 腰を落ちつけると、自然とため息がもれた。

「何かあったのか?」

「え?」

「疲れてるみたいだ」

 クラレンスに指摘されて、思わず頬に両手をあてる。

 そんなに分かりやすかっただろうか。

 クラレンスが側にいるから、気が緩んでいるのかもしれない。

「今日、実家に帰るんじゃなかったのか?」

「そうなんだけど」

 実家と言われて、先ほど父と話したことがよみがえる。

「お父様にいろいろ言われて、頭にきちゃって」

 答えながら、ふつふつと怒りがわいてきた。

 突然の縁談話は衝撃だったが、思い出すと心底腹立たしい。

「まったく、信じられないわ!」

 思わず、ダンッとテーブルをたたいた。

 こういうところが貴族令嬢らしくないのだが、クラレンスの前でとりつくろう必要はない。

 クラレンスも慣れているのか、冷静に尋ねてくる。

「それで、なんて言われたんだ?」

「お父様に、魔導士は諦めろって言われたの」

「昔から言われてるだろ?」

「言われてないわよ! 魔法は向いてないって言われただけで!」

「同じことじゃないか」

「似てるけど違うの!」

 魔法の才能がないとか、魔導士には向いてないとか、そういうことは、子どもの頃から何度も言われてきた。

 それは、呆れと心配が混じった軽口みたいなもので、本気じゃないのは分かっていた。

 だから今まではずっと聞き流して、宮廷魔導士になるのだと言い張ってきた。

 けど、今日の父は、いつもと違った。

 まちがいなく、本気で諦めろと言ってきたのだ。

「今日、はっきり言われたの!」

「なんて?」

「卒業しても、魔導士になるのは認めないって!」

 イザベルはもう一度、テーブルをダンッとたたいた。

 それでも怒りはおさまらない。

 父も、なんだかんだ言いながら許してくれてると思っていたのに、裏切られたような気分だった。

 きわめつけが、政略結婚だ。

「それに、結婚しろって言われたのよ!?」

「……結婚?」

 クラレンスが驚いたように目を見開く。

「イザベルが?」

「そうよ! 卒業したら結婚しろって!」

「相手は……誰なんだ?」

「知らないわよ! 伯爵家って言ってたけど!」

 相手が伯爵だろうと、結婚なんて嫌に決まってる。

 イザベルの意思を無視したことは、どうしても許せなかった。

「それは、もう決まった話なのか?」

 問いかけるクラレンスの声が、一段と低い。

 表情はかたく、怒っているようだった。

 イザベルは先ほどよりも勢いを弱めて、クラレンスに答える。

「お父様はそのつもりだけど、私は納得してないわ」

 てっきり聞き流されるとかと思ったのに、イザベルのために怒っているのだ。

 どうしよう。ちょっと嬉しいわ。

 予想外の態度に、少し浮かれてしまいそうになる。

 イザベルにとって、一緒にいたい相手は、一人だけだ。

 いま隣に座っている、クラレンスだけ。

 だがこのままだと、イザベルは父の言うとおりに結婚させられてしまう。

 政略結婚を阻止するには、クラレンスに知恵を借りるのがいちばんだ。

「あのね、クラレンス」

 相談しようと思って声をかけるが、なぜかクラレンスは難しい顔で黙っている。

 考えごとをしているのかと思ったけど、悩んでいるようにも見えた。

「クラレンス?」

「……なんだ」

「どうしたの? 何か悩みごとがあるの?」

「……」

 心配になって尋ねるが、クラレンスは首を振った。

「本当に、何もないの?」

「ああ……もう一つ、イザベルに頼みたいことがあったんだ」

 クラレンスは何事もなかったような顔で、イザベルを見た。







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