13話 いま、それどころじゃないでしょ!?
広場に現れた象主のうち、いちばん大きいのもルラキだった。
「ママ、ママ! ルラキ~!」
「ええ、そうね」
はしゃぐアステフィリアに、イザベルはうなずく。
「ルラキ?」
隣にいたクラレンスが怪訝な顔で振り返る。
イザベルは先ほどの出来事を話した。
「あの象主の名前だそうよ。さっき、アステフィリアが遊んでもらったの」
「象主と遊ぶ?」
「ええ。アステフィリアは、会話ができるみたいなの」
イザベルの言葉に、クラレンスの目が光る。
「魔動物とも会話ができるのか……」
「ちょっと、アステフィリアを変なことに巻きこまないでね」
「僕は何もしてないぞ」
「まだ、でしょ。やる前に釘さしてるの」
イザベルがそう言うと、押し黙る。
やっぱり、何か試そうとしてたわね。
例えば象主から話を聞きだすとか、それくらいならまだいいが、魔法を使った実験を始めると、とんでもないことになる。
なまじ魔力のある天才だけに、小さな失敗ではすまないのだ。
「子どものとき、庭で爆発騒ぎ起こして怒られたでしょ?」
「あんな無茶はしない」
そう言うものの、クラレンスはイザベルから視線をそらした。
「パパ、どーしたの?」
「拗ねてるのよ」
「え~なんで~?」
アステフィリアは首をかしげるが、クラレンスは答えない。
イザベルは苦笑してその様子を眺めた。
「お客様。こちらの札をお持ちの方はお集まりください」
緑の制服を着た係員が、長方形の札を掲げる。
イザベルが持っている札と同じ形だ。
「呼ばれたわ。行きましょう」
係員のところに向かうと、イザベルたちのほかに四組の客が集まった。
皆、イザベルと同じように装備は身に着けておらず、いかにも貴族という感じの男性もいる。
係員は若い男性で、見るかぎりでは新人のようだ。
「ではお客様。順番に案内しますので、しばらくお待ちください」
「なんだと! まだ待たせるのか!」
近くにいた小太りの中年男性が、係員に向かって怒鳴った。
「お、お客様。こちらも準備がありますので……」
係員がおどおどしながら答えると、さらに大声で怒鳴る。
「こっちが大人しくしてれば、いつまでも待たせやがって! 儂が誰だか分かってるのか!」
「は、いや、その、えぇと」
係員は片手に持っていた受付帳を確認する。
だが、その前に中年男性が威圧的な態度で叱りつけた。
「儂は伯爵だぞ! この痴れ者が!」
「も、申し訳ありませんっ!」
ぺこぺこと頭を下げる係員に、早くしろと横柄に命令する。
その様子を見て、イザベルは眉をひそめた。
「伯爵のくせに、よくあんな恥ずかしい真似ができるわね」
貴族には特権があるが、それは下の者に対して威張るためではない。
上に立つ者には、それにふさわしい振る舞いが求められる。
国と民を守るために与えられた特権を、私的に乱用するのはただの愚か者だ。
貴族の端くれであるイザベルですら分かっている道理を、目の前の伯爵はまったく理解していないようだった。
「あの、ではお客様を、最初にご案内しますので……」
係員が伯爵の顔色を窺うように言う。
伯爵はふんぞり返って、偉そうな態度で答えた。
「ふんっ、すぐに出発だ。象はコイツでいい」
伯爵が、持っていたステッキで近くにいた象主を指した。
先ほどアステフィリアが世話になった、ルラキだった。
「見たところ、こいつがいちばん大きいからな」
その発言にも、呆れてしまう。
権力誇示のつもりだろうが、この場にいるすべての人が、伯爵に対して不快感を表してる。
しかし、伯爵という身分が本当なら、口出しするとろくなことにならない。
イザベルも早く伯爵がいなくなればいいのにと思っていたが、
「だめー!」
急に、アステフィリアが声をあげた。
クラレンスに抱っこされたまま、伯爵に向かって怒ったように言う。
「ルラキは、リアがのるのー!」
「あ、アステフィリア!?」
「なんだ、このガキは?」
イザベルたちをふり返った伯爵が、不快そうに眉をしかめる。
「リアのなのっ!」
「おい、ガキをだまらせろ」
伯爵はクラレンスに向かって命令する。
しかし、クラレンスはそれを無視した。
というより、ぜったいに聞いてない。
クラレンスの視線の先には象主がいる。
その顔を見れば、象主を観察しているのがまるわかりだ。
いま、それどころじゃないでしょ!?
イザベルが声をかけるより先に、伯爵が怒りの表情でクラレンスに怒鳴りつける。
「聞いてるのか小僧!」
「おじちゃん、うるさいのー!」
「なんだと!?」
「ぞーさん、おこってる!」
「ちょ、ちょっと、アステフィリア?」
「おじちゃん、のせないってゆってる!」
「アステフィリアっ!」
イザベルはあわてて止めようとするが、遅かった。
「このくそガキ!」
伯爵は怒りに顔を赤くして、勢いよくステッキを振り上げた。
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