11話 いくらなんでも、大きすぎない!?
飛行動物の乗合所には、厩舎が隣接している。
厩舎も馬に比べたらかなり大きい。
乗合所も、受付の建物以外は、広場になっていて、利用する客だけでなく、見物もできるようになっていた。
イザベルたちが到着すると、出発を待っている他の客や、見物人も集まっている。
見物人は街の子どもが多く、一番手前にある受付の建物辺りから、広場の方をのぞいている。
そこからでも、飛行動物が広場に出てきたのがはっきり見えるので、子どもたちは楽しそうだ。
アステフィリアも、顔を輝かせて広場を眺めた。
「わあぁぁ! すご~い!」
「本当だわ。あんなにたくさんいるのね」
翼の生えた馬のようなペガサス、上半身が鳥で下半身が馬のヒポグリフ、鷹に似たスカイバードなど、どれも人を乗せて飛ぶことのできる魔動物だ。
騎乗できるように飼いならしてあるが、それに乗る人間にも、魔動物を操る技術がいる。
そのため、乗合所を訪れる客は、冒険者や騎士、商人が多い。
だが、イザベルたちと同じように、装備を身に着けていない人も何人かいるようだ。
裕福そうな身なりなので、象主に乗る客たちだろう。
「ママ、ママ! あっち、いっぱいいるー!」
「どれ?」
「わああ~うまさん!」
「ペガサスね」
「とりさん!」
次々に厩舎から姿を現す飛行動物をみて、アステフィリアの興奮が高まっていく。
「ママ! あっちいくー!」
「え、だめよ。危ないわ」
「や~! みるのー!」
アステフィリアは目を輝かせたまま、イザベルの手をふり払って駆けだした。
「アステフィリアっ!」
あわてて後を追いかける。
すぐに捕まえられると思ったのに、小さい体はまたたくまに視界から消えてしまった。
「アステフィリア!」
厩舎の中に入っていったアステフィリアを、イザベルは必死になって探す。
中で作業している人たちに見つかれば、叱られるだけでは済まないかもしれない。
飛行動物は人に慣れているが、それは世話をする厩番や、扱いに長けた者だけで、まったく知らない人間やうかつに近づけば、警戒され攻撃されてもおかしくない。
あの小さな体が踏まれたり蹴られたりでもしたら、ひとたまりもないだろう。
「アステフィリアッ! どこなの!?」
厩舎はいくつも仕切られていて、奥まで行かないと様子が分からない。
大声を出すと見つかる可能性もある。
イザベルは腰のベルトに差した短い杖を取りだた。
使うこともないと思っていたが、念のために持ってきた魔法の杖だ。
「捜索」
呪文を唱えると、杖の先がわずかに光る。
だが、すぐに消えてしまった。
「やっぱりだめだわ……」
イザベルは悔し気につぶやく。
魔法学校で習う呪文はすべて覚えているのに、イザベルでは魔法が発動しない。
こんな時に、クラレンスがいればッ!
魔法を駆使して、簡単に見つけられるはずなのに。
初級レベルの魔法さえ、イザベルはまともに使えないのだ。
自分の無力さに、泣きたくなった。
+ + +
魔法が使えないとなれば、自力で捜すしかない。
イザベルは厩舎の中を見て回りながら、アステフィリアの名前を呼び続けた。
「アステフィリアっ、返事をして!」
まだ厩舎の中にいる魔動物が、イザベルを見て反応する。
首を伸ばして近づこうとしたり、柵の中で歩き回ったり、明らかに不審者に対する警戒をしている。
気性の荒い魔動物なら、怒って飛び掛かってくるかもしれない。
イザベルは怯える気持ちを押し殺して、なるべく音を立てないように歩く。
手前の二つの仕切りを覗いたが、アステフィリアの姿はない。
「どこに行ったのかしら……」
アステフィリアは、いま一人きりだ。
どこかで、怖がって泣いてるかもしれない。
そう思うと、胸が締めつけられそうだった。
「アステフィリア……」
イザベルが焦りながら歩いていると、
「ブォォォンッ」
遠くで、低い地響きのような音がした。
しかし、これは生き物の鳴き声である。
「アステフィリア!?」
イザベルは音のした方向へ駆けだした。
「ブォォォン」
また、鳴き声がする。
声をたどって向かった先に厩舎があり、イザベルは足を止めた。
今までの厩舎より一段と高さがある。
入口から見渡すと、中に魔動物がいるのが見える。
それは、本でしか見たことのない『象主』だった。
イザベルは、初めて本物を目にして、立ち竦んでしまう。
いくらなんでも、大きすぎない!?
ふつうの象は、せいぜい高さが二メートルしかないが、象主はその倍はある。
そして、背中から生えている翼も、折りたたんだ状態で二メートルくらいある。
「うそでしょ……」
こんなに大きいなんて。
あの前足に踏まれたら、一発で死ぬ。
想像すると恐ろしいが、しかし、象主の体は、美しい水色だ。
柵の中に入っているので、おそらく飛び出してはこないだろう。
出てこないことを、必死で祈る。
「ママ~」
「えっ? アステフィリア!?」
奥から声がして、慌てて中に入る。
象主の視線にドキドキしながら進むと、いちばん奥の柵の中に、アステフィリアがいた。
「アステフィリアッ!」
イザベルは悲鳴をあげそうになった。
アステフィリアは、象主の長い鼻の先にいた。
小さい体に象主の鼻がぐるっと巻きついている。
「あ、アステフィリアっ……」
捕まったのかと思い、サァッと血の気が引く。
体が震えて、動けない。
助けないと……そう思うのに、足が前に出ない。
「ママ!」
固まるイザベルに、アステフィリアが無邪気に声をかけた。
「ママ、みてみて~! ぞーさん!」
ちっとも危険を感じていない様子で、イザベルに手をふる。
「リア、のせてくれるって!」
「え……?」
「ママもパパも、いーって」
何を言っているのかさっぱり分からない。
だが、アステフィリアは捕まってるわけではなさそうだ。
象主を見上げると、大きな黒いひとみが、イザベルを見ていた。
美しい青色の象主だった。
まるで、イザベルの反応を窺うように、静かに見つめてくる。
そこには、たしかに知性があった。
「あのね、ママ。ぞーさん、ルラキだって」
「え?」
「ルラキ、リアたちのせてくれるって!」
ニコニコと嬉しそうにアステフィリアが笑う。
この象主は、危険ではない。
イザベルはそう直感した。
だから、象主の巨大さに圧倒されながらも、勇気を出して話しかける。
「あの、この子は、私の娘なんです。下ろしてもらえますか?」
象主はイザベルの言葉を聞くと、鼻を動かして、ゆっくりとイザベルの前にアステフィリアを運ぶ。
アステフィリアの足が地面に着くと、鼻はするりと離れた。
「ママ~」
「アステフィリア!」
イザベルはしゃがむとアステフィリアを抱きしめる。
良かったと安堵して、すぐに立ち上がると、象主に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。アステフィリアを、見て下さって」
「ブォ~ン」
返事をするように、象主が鳴く。
決して威嚇などではなく、『ちゃんと見てないとだめだよ』とでもいうような、優しい声だった。
「気をつけます……」
うっかり手を放してしまったのはイザベルの不注意だ。
「ルラキ、ママわるくないの」
「ブォォン」
「だって、ルラキの声がしたんだもん」
象主と会話しているアステフィリアを見ながら、イザベルはちょっと感心していた。
精霊の声が聞こえると言ってたが、人間以外の動物の言葉も分かるのだろうか。
エルフってみんなそうなのかしら?
アステフィリア以外のエルフに会ったことがないので分からないが、後でクラレンスに聞いてみようと思った。
「おい、あんたら何してんだ?」
「きゃっ! す、すみません!」
厩番らしき男性が入ってきて、イザベルは焦る。
アステフィリアの手をにぎると、男性からは隠れるように、イザベルは前に立った。
「うちの子が、迷い込んだみたいで」
「さっさと出ていきな! 象主の機嫌が悪くなったら、どうすんだ」
昨日のおじさんとは違うが、やはりつなぎの作業服を着た中年のおじさんが、四本爪のフォークを片手に追い払うような仕草をする。
「ごめんなさいっ! 失礼します」
イザベルはアステフィリアを抱き上げると、急いで厩舎から出た。
ちらほらと厩番らしき人が見えるが、声を掛けられないように走って乗合所に向かった。
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