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10話 ベッドの中でどぎまぎ

 








 しばらくは緊張と胸の高鳴りで悶々としていたが、それも次第に落ち着いてくる。

 だけど、いつもは一人で眠るベッドにアステフィリアがいる。

 そのせいでなかなか寝付けずに、何度か寝返りを打った。

 アステフィリアも眠りが浅いのか、もぞもぞと動くので、そのたびに目が覚めてしまう。

 そうして、どれくらい時間が経ったのか。

 少しうとうとしていると、ベッドが揺れて、ギシッと鈍い音がする。

 よく知った、緑の匂いがした。


 クラレンスだわ……!


 意識した途端に、心臓が激しく動き出す。

 体が熱くなって、目を開けそうになるのをこらえた。


 だ、だめよ! 寝てるふりしなきゃ!


 目を開けてクラレンスがそこにいるのを見てしまったら、きっともう眠れない。

 ドキン、ドキンと心臓の音がうるさく響く。

「ん~ままぁ」

 アステフィリアが寝言を言いながら、イザベルに抱きついてきた。

 イザベルは必死で寝ている振りをする。

 と、

「せまい」

 ボソッとつぶやく声がして、肩が跳ねる。

 うっ……やっぱりそこにいるのね!?

 分かっていたことだが、イザベルは目を閉じたまま緊張で身をかたくした。

 声の近さを考えると、本当にすぐ側にいるのだろう。

 もし手が触れてしまったら……そう考えると、うかつに身じろぎもできない。

 アステフィリアもいるこの状況で、クラレンスが何かするとは思っていない。

 でも、クラレンスを想う恋心が、何かを期待してしまう。


 あぁっ、私ったら、本当に何考えてるの!?


 はしたない想像に、イザベルは内心であたふたした。

 恥ずかしいけど、クラレンスに触れてみたい。

 クラレンスが眠ってしまった後なら、もしかしたら……。

 ちょっとだけ期待して、そんなはしたないことは駄目だと自分を戒める。


 と、とにかく、寝るのよ!


 イザベルは自分を叱咤する。

 明日も早いのだ。旅をするのに寝不足ではいけない。

 いろいろと考えるから眠れないのだ。

 さっきから早鐘を打っている心臓も、深呼吸して落ち着かせようとする。

 ドキドキする胸から意識をそらすようにして、イザベルは眠ることに集中した。





 + + +






 翌朝、イザベルは寝不足だった。

 クラレンスと同じベッドで眠るという刺激的な体験をしたせいで、ちっとも眠れなかったのだ。

 胸のドキドキはおさまらないし、そのせいで体は熱くなるし。

 夜だったから、顔を見られていないのが幸いだった。

 アステフィリアはぐっすり眠れたようで、朝から元気いっぱいだ。

「ママ、だいじょーぶ?」

「え?」

「かお、ちがう~」

「平気よ」

 アステフィリアに言われて鏡を見ると、目の下に隈ができていた。

 クラレンスに気づかれてないだろうか。

 追及されたら困るので、イザベルはクリームで目元の隈を隠してから、着替えて準備を済ませた。








 アステフィリアと一緒に朝食を摂ると、宿を出る。

 飛行動物(フライングアニマル)の乗合所は厩舎に隣接しているため、街の外れにある。

 イザベルたちが泊まった宿屋からはそれほど離れていないが、向かう前に朝の市場へ寄ったので、早く出てきて正解だった。

 アステフィリアは目を輝かせて、きょろきょろと周りを見ながら歩く。

 肩から斜めに提げているポシェットから、リトスが顔だけのぞかせている。

 可愛い女の子がぬいぐるみを連れている姿は微笑ましく見えるようで、周りの大人たちから笑顔を向けられていた。

 イザベルは、そんなアステフィリアを自慢に思いながらも、はぐれないようにしっかり手をつなぐ。

 市場では、果物や日持ちのする食料を買った。

「ねーママ! あれ、たべたい~!」

「あの赤いの?」

「お、嬢ちゃん。これはうまいぞ。食べてみな」

 屋台のおじさんが、串にさした赤い実を渡そうとしてくる。

 何かの果実を、とろりとした液体に漬け込んだものだ。

「ママ、たべる!」

「ちょっとまって」

 イザベルは串を受けとると、アステフィリアに渡す前に、一口食べてみる。

 たまに粗悪な材料を使うところもあるので、安易に子どもに食べさせられないからだ。

 口の中に、甘酸っぱい蜜の味がひろがる。

「ベリーリンゴの実ね」

「お、よく分かったな!」

 おじさんは感心したように言う。

「ママ~」

「はいはい。どうぞ」

 イザベルは持ち手を渡して、

「ゆっくり食べるのよ。気をつけないと怪我するからね」

 そこだけは厳しく注意する。

「はーい」

 アステフィリアは元気よく返事をして、さっそくかぶりつく。

「あまーい!」

「すみません。あと二つください」

「まいどありー」

 おじさんは二本、実の部分を小さい箱に入れて渡してくれる。

 小銅貨で支払い、アステフィリアが食べ終わるのを待った。

 食べ歩きをしている人もいるが、子どもに串を持たせたままでは危ないからだ。

「ぜんぶ食べた?」

「たべたー!」

 にっこり笑うアステフィリアは満足げだ。

「じゃあ、行きましょうか。クラレンスが待ってるわ」

「うん!」

 再び手をつないで、歩き出す。

「パパ、なにしてるのかなぁ?」

「どうせ薬草でも集めてるんでしょ」

 イザベルは呆れた口調で答える。

 クラレンスは植物に詳しいが、少しでも変わった形のものや、見たことのない植物を見かけると、すぐに採集を始める。

 クレバンには以前にも来たことがあるはずなのに、今朝がた、朝日が昇る前に「ちょっと見てくる」と言って部屋を出て行ったきりだ。

 乗合所で待ち合わせてるので、時間になれば来るだろう。

「おはなもあるかなー?」

「うーん、どうかしら」

 そんな話をしながら、乗合所に向かった。




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