09話 スケッチの思い出
クラレンスは書き物に集中していたので、隣に座っても気づかないだろうと思った。
しかし、
「どうした?」
顔をあげないまま、クラレンスが口を開く。
そっけない口調だが、声は優しい。
イザベルは頬を緩めて、クラレンスに話しかける。
「さっきの、聞こえてた?」
「三人で寝るって騒いでたやつだろ」
「そう。勝手に答えちゃって、ごめんね」
「構わない。ああでも言わないとリアは納得しないだろ」
アステフィリアが駄々をこねるのは、これが初めてではないのだ。
さすがにクラレンスも諦めているのだろう。
だが、本当にクラレンスは、イザベル達と同じベッドに寝るつもりなのだろうか。
アステフィリアに嘘はつきたくない。
でもクラレンスと同じベッドでなんて、ドキドキしすぎて、きっと眠れない。
だ、だってクラレンスとよ!?
想像するだけで顔が熱い。
「その……」
クラレンスに、どう尋ねようか悩む。
イザベルは緊張のあまり、手にじわりと汗がにじんでくる。
「……」
しばらく沈黙が続いたが、クラレンスが口を開いた。
「これが終わったら、そっちで寝る」
「えっ?」
「狭いからって文句を言うなよ」
「ッ! わ、分かってるわ!」
声が裏返って、イザベルは頭から湯気が出そうだった。
クラレンスはアステフィリアのワガママに付き合って、同じベッドで寝ると言ったのだ。
まさかこんなにあっさり承諾するとは思わなかった。
驚きと羞恥が一気に襲ってくる。
く、クラレンスと一緒に寝るとか!!
アステフィリアが駄々をこねたからとはいえ、とんでもない事態になった。
心臓の音がドッドッと大きく響いて、体中が熱くなる。
イザベルは気を落ち着かせようと、深呼吸した。
しかしクラレンスはイザベルの動揺など気づかないのか、紙から視線をそらさず鉛筆を動かしている。
街で観察してきたものを、描いているのだろう。
イザベルは気を落ち着かせてから、さりげなくクラレンスの書き物をのぞき込んだ。
紙には、草花や植物のスケッチと、植物の名前、効果や魔法薬の名前などが記されている。
画家でもないのに、まるで本物を写し取ったかのように正確な絵だ。
「クラレンスは、やっぱり絵がじょうずね」
「ただの慣れだ」
クラレンスは短く答える。
イザベルにとっては羨ましくなるくらいの腕前なのに、絵の出来に対して関心がない。
「慣れでそこまで上達できるんだから、すごいわ」
「毎日描いてれば、嫌でも描けるようになる」
その言葉に、イザベルは昔のことを思い出して笑った。
「たしかに、クラレンスは毎日描いてたわね」
そして、昔はそれほど上手ではなかった。
「子どものころは、何を描いてるか分からなかったりしたわよね」
「僕が分かってればいいことだ」
「まあ、そうだけど」
イザベルは今もそれほど絵心がある方ではないので、クラレンスのことを笑ったりはできない。
思いっきり笑い飛ばしたのは、クラレンスの母であるキティだけだ。
「それに、」
クラレンスが急に手を止めて、イザベルを振り向く。
翆色のひとみが、穏やかな色で見つめてくる。
とたんに、イザベルの鼓動が跳ねた。
落ち着いたはずの心臓が、またドキドキと大きく鳴り出す。
「な、なに?」
声がかすれないように気をつけて、イザベルは聞きかえした。
意外と顔が近くにあって、鼓動が速くなってくる。
そんなイザベルの様子に気づいているのかどうか。
クラレンスは口元に笑みを浮かべると、
「イザベルには、いつも分かるじゃないか」
嬉しそうな声で、そう言った。
「え?」
「キティには笑われたけど、イザベルは僕が何を描いたのか、分かってただろ?」
「ッ……そ、そうだった?」
ドキンッドキンっと大きく鼓動が跳ねる。
心臓の音が聴こえてしまうのではないかと焦るくらいに、激しく動き出す。
クラレンスの微笑みがあまりにも心臓に刺さりすぎて、平静を保つのにいっぱいいっぱいだ。
「ま、まあ、私はクラレンスとよく一緒にいたし!」
「イザベルが花がいいっていうから、それだけは練習したな」
「わ、私、そんなこと言った!?」
まったく覚えてないことを言われるが、それよりも言われた台詞に胸が高鳴る。
一気に顔が熱くなって、とっさに顔を背けた。
「おかげで資料作りに役立ってる」
「そ、そうなの?」
「僕はこれが終わるまでやるから、イザベルは先に休んだ方がいい」
気遣う声に、イザベルはうなずいた。
「そうするわっ」
クラレンスの顔を見られないまま、長椅子から立ち上がる。
「クラレンスも、早く休みなさいよ」
「ああ」
イザベルはドキドキする胸を押さえながら、アステフィリアの眠るベッドに戻る。
クラレンスに背を向けたままベッドに入ろうとしたが、
「イザベル」
呼ばれてふり返ると、クラレンスがイザベルを見て微笑んだ。
「おやすみ」
そう告げる声が、とても優しくて、あたたかい。
イザベルはドキドキする胸を手で押さえて、クラレンスにうなずいた。
「おやすみなさい。クラレンス」
小声で返事をすると、イザベルはベッドに入った。
隣で眠るアステフィリアを眺めながら、おさまらない鼓動に息をひそめる。
すぐ側には、クラレンスがいる。
だからちっともドキドキが落ちついてくれない。
逃げるようにベッドに来たのはいいが、クラレンスも書き終えたらここで一緒に眠るのだ。
「……ッ!」
無理、とイザベルは目をつむる。
こ、こんな狭いベッドで三人でって、やっぱりムリでしょ!?
深呼吸しても、早鐘を打つ心臓はちっともおさまらない。
クラレンスの笑顔が、脳裏から離れなかった。
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