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08話 いっしょにねるの!

 








 しばらくすると、クラレンスが部屋に戻ってきた。

 アステフィリアはうとうとしていたが、クラレンスの気配を感じたのか、パチッと目を開ける。

「パパ!」

「……寝たんじゃなかったのか」

 クラレンスは眉をしかめてつぶやく。

 寝床にすると言った長椅子に座ると、鞄から紙と鉛筆を取り出した。

 紙挟みの分厚い板に薄い紙をはさむと、鉛筆でなにやら書きはじめる。

「パパ、なにしてるの~?」

「……」

「ねー」

「記録してるのよ」

 イザベルは代わりに答える。

「クラレンスは、植物のことを研究するのが好きなの。書き物をしている時は、そっとしておいてね」

「え~つまんなーい」

「アステフィリアはもう寝ないと。今日は忙しかったもの」

「ねむくない~」

「すぐ眠れるわ」

 イザベルはアステフィリアの髪をなでる。

「ママもねる~?」

「そうね」

「パパも、いっしょ~?」

「え? クラレンスはべつよ」

「えー! やだやだ!」

「ちょ、アステフィリアったら」

「パパもいっしょにねるのー!」

 アステフィリアがベッドの上でバタバタと暴れ出した。

「さっきも言ったでしょ。狭いから三人で寝るのは無理なのよ」

「やだー! パパもー!」

「クラレンスはすぐそこのソファーで寝るから」

 駄々をこねるアステフィリアを、イザベルは必死になだめる。

 だがアステフィリアは怒ったような顔で言いかえした。

「とーさまとかーさまはいっしょにねるもん! パパとママも、いっしょにねるの!」

 アステフィリアの両親がそうかもしれないが、イザベルとクラレンスは違う。

 夫婦でもないし、恋人でもないのだ。

 未婚のイザベルが、男性と同じベッドで寝るなんて、とんでもないことである。

「リア、まんなか! パパとママ、となりにねるの!」

「川の字で寝るってこと?」

「うん!」

 きっと今まではそうやって眠っていたのだろう。

「パパとママ、いっしょにねるのー!」

 ベッドの上で手足をばたつかせるアステフィリアに、イザベルは困惑した。

 これは、なだめるのが難しそうだ。

「パパ、いっしょにねるー!」

「無理だろ」

「やー! ねるったらねるの!」

 クラレンスがにべもなく断ると、ますますアステフィリアが暴れる。

 すると、ベッドの置いてある壁から、ドンっという鈍い音がした。

「……まずいわ」

 今のは間違いなく、隣の部屋からの、抗議の音だ。

 アステフィリアの大声は隣に筒抜けのようで、イザベルは慌てた。

「しー! アステフィリア、声を落として」

 イザベルが唇に指を当てるが、アステフィリアは止めない。

「やだやだー! ねるのー!」

 アステフィリアは、さっきよりもさらに大声を出す。

 イザベルはあせるあまり、

「分かったから!」

 つい、返事をしてしまった。

 アステフィリアが、じーっと見上げながら、問いかける。

「パパもいっしょ?」

「ええ。一緒よ。三人で寝ればいいのよね?」

「うん!」

 イザベルがうなずくと、アステフィリアがぱぁっと笑顔になる。

「パパとママ、いっしょ!」

「ええ。だから、静かにしましょうね。隣の人に迷惑になるわ」

「はーい」

 アステフィリアはニコニコしながら返事をする。

 イザベルはホッとして肩の力を抜いた。

 自分がとんでもないことを言ったのは分かっているが、ここは腹をくくるしかない。

 未婚の娘が、家族や婚約者でもない男と一緒に寝るなんて、父に知られたらただじゃすまないだろう。


 アステフィリアもいるんだから、きっと大丈夫よ!


 イザベルは自分にそう言い聞かせた。

 後ろの長椅子に座っているクラレンスは一言もしゃべらないが、聞こえていないはずはない。

 何も言わないということは、言っても無駄だと諦めてるのか。

「さあ。そろそろ寝ましょうね」

 クラレンスが気になりつつも、イザベルはアステフィリアを寝かしつけることにする。

 イザベルがベッドの中に入ると、アステフィリアが手を伸ばして抱きついてきた。

「ママ~」

「寒くない?」

「うん」

 アステフィリアの肩まで毛布をかけて、背中をトントンとやさしくたたく。

「明日は早起きよ」

「ん~、パパは?」

「まだやることがあるから、後で来るわ」

「パパ、いっしょにねる~」

「ええ。そうね」

 アステフィリアの言葉に、何度もうなずく。

 そうするうちに、アステフィリアのまぶたがゆっくり下りる。

 しばらくすると、寝息がきこえてきた。

「アステフィリア?」

 小さく呼びかけるが、目覚める気配はない。

 さっきまであんなに暴れていたのに、眠るのはあっという間だ。

 様子をうかがってから、イザベルはゆっくりと身を起こした。

 アステフィリアを起こさないように、慎重にベッドから降りる。

 その間もクラレンスはイザベルたちに声をかけることもなく、自分の作業に集中していた。

 ローブを脱いで、シャツとズボンといういつもの恰好で、長椅子に座っている。

 イザベルは自分だけ寝巻姿なのでちょっと恥ずかしかったが、意識しても仕方がない。

 さりげなく立ちあがり、ガウンの前を合わせてから、長椅子に座るクラレンスの隣にそっと腰かけた。





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