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07話 天使の微笑み

 









 クラレンスは鞄の中から、小さい鉢植えをいくつか取りだして床におきはじめる。

 それを見て、イザベルは呆れてしまった。

「こんなところにまで持ってきたの?」

 いくらクラレンスが植物好きでも、旅先にまで持ってくるとは思わなかったのだ。

 クラレンスは当然という顔で答える。

「品種改良の途中なんだ」

「だからって、その中に入れてて大丈夫なの?」

 クラレンスが背負っていた鞄は、魔法アイテムのマジックバッグだ。

 見た目とちがって、物がたくさん入れられる。

 イザベルが用意した、着替えの服に洗面具、保存食、飲み物、カップ、ランタン、ナイフ、金庫と言った必需品はもちろん、野宿したときのために、テント一式、寝袋、ひざ掛けなど、それから調理器具、パン、ハム、ソーセージ、チーズ、果物、野菜などの食品に、アステフィリアのためにお菓子と本、アクセサリーが入っている。

 それだけ入れても、余裕でまだ入るのだ。

 クラレンスが自分の私物も一緒に入れるのは当然だが、まさか鉢植えを持ってくると想像もしていなかった。

「生き物は、入れられないのよね?」

「動物は無理だが、植物なら大丈夫だ」

「そうなの?」

「これは空間魔法で中を広げているだけだからな。ただし、時間魔法は掛かってない」

 ということは、時々は日光に当てたり、水をやる必要があるらしい。

「パパ、おはな~?」

 アステフィリアが興味津々にのぞき込む。

「薬草だ」

「やくそー?」

「お薬の元になるのよ」

 イザベルが答えると、とたんに顔をしかめた。

「おくすり、きら~いっ」

「ふふ。すぐに薬にはならないから大丈夫」

「ほんと~?」

「ええ」

 イザベルがうなずくと、アステフィリアはすぐ笑顔になった。

 ニコニコしながらクラレンスに話しかける。

 クラレンスは頷くだけでろくに返事も返さないが、それでも無視することなく相手をしている。

 その様子を、イザベルは微笑ましい気持ちで眺めた。

 あまり父親らしくないけど、クラレンスにしては上出来だわ。

 もう少し愛想よくしてほしいところだが、それは高望みといえる。

 まだ、旅は始まったばかりだ。

 これから一緒に行動していけば、クラレンスもアステフィリアへの態度は変わってくるだろう。

「じゃあクラレンス。毛布を頼んでくるから、アステフィリアをお願いね」

「……」

「落ちたり転んだりしないように、ちゃんと見ててね?」

「……ああ」

「ママ、いってらっしゃ~い」

「すぐ戻るわ、アステフィリア」

 イザベルはアステフィリアの頭をなでて部屋を出た。






 + + +






 その夜は、宿屋の食堂で早めに夕食を済ませた。

 昼間の食堂と同じように、お子様用の献立に、アステフィリアはとても喜んでいた。

 食事もおいしかったし、早めに食事をすませたので、騒がしくなる前に部屋に戻ることができた。

「ママ、ねんねする~」

「まって、着替えてからよ」

「ねむい~」

 部屋に戻るなり、アステフィリアがベッドに寝転がる。

 今にも眠りそうになるのを、あわてて起こした。

 クラレンスはしばらく食堂に残ると言っていたので、この間に着替えることにした。

 アステフィリアの赤いワンピースを脱がせて、持ってきた寝巻を着せる。

「きのーのとちがう」

「かわいいでしょ? 私が子どものころに着ていたのよ」

「ママのふく?」

「そうよ」

「えへへ。ママのだ~!」

 アステフィリアがパッと嬉しそうに笑う。

 ピンク色の寝巻はワンピースになっていて、裾に花柄の刺繍が刺してある。

 愛らしいアステフィリアにぴったりだ。

「アステフィリアにも、よく似合っているわ」

「ほんと~?」

「ええ。それに、リトスとお揃いみたい」

 ウサギのリトスも同じピンク色で、模様もなんとなく似ている。

「リトスとおそろい~!」

 アステフィリアはリトスに頬ずりして、くふふと笑った。

 ベッドにもぐりこんでリトスとおしゃべりしている間に、イザベルも寝巻に着替えた。

 淡いブルーの絹のワンピースで、肌触りはなめらか、長さはくるぶしまで覆うほどで、ゆったりとした着心地になっている。

 結んでいた髪もほどいて、下ろした。

「ママ、きれ~」

 アステフィリアが目をキラキラさせてイザベルを見る。

「かみ、ながい」

「いつもは結んでるからね」

「リア、ながいのもすき~」

「ふふ。ありがと」

 ベッドに腰かけて、寝ているアステフィリアの髪を梳くようになでた。

「ふくも、ふわ~ってしてる」

「軽い素材で作ってあるのよ」

 寝巻とはいえ、かなり上等な生地を使っているので着心地はいい。

 部屋の中はそれほど寒いわけではないが、イザベルはガウンを羽織った。

 いくら幼なじみとはいえ、クラレンスに寝巻姿を見せるのは恥ずかしかった。

 こんな姿で会うのは、大人になってからは初めてなので、ちょっとだけそわそわしてしまう。

 クラレンスは、どんな反応をするだろうか。


 ……着替えたことにも、気づかないかもね。


 その可能性は否定できない。

「ママ、ママ~」

 アステフィリアが手を伸ばして、イザベルのワンピースの裾をつかむ。

「どうしたの? アステフィリア」

 つい考えこんでいたイザベルは、呼ばれて顔をあげる。

 アステフィリアはイザベルの右手を両手でにぎると、甘えるような声を出す。

「あのね、ママ」

「なあに?」

 その仕草だけでかわいくて、イザベルはにっこり微笑む。

 するとアステフィリアが、天使のような笑顔を見せた。


「リアは、ママが好き~」


「っ、か、かわいい……!」

 イザベルは思わず口元に手をあてる。

 なんて可愛いの!

 イザベルは思わず身をかがめて、アステフィリアの頬にキスをした。

「嬉しいわ、アステフィリア」

「へへ~」

「私も大好きよ」

「リアもする~」

 小さな天使は、嬉しそうに手を伸ばしてイザベルの頬にキスをする。

「ママ、だ~いすき」

 満面の笑顔に、花が咲いたようだ。


 か、可愛すぎるっ!


 胸の中が、幸せで満たされる。

 今まで感じたことのない癒しが、そこにあった。

「ありがとう、アステフィリア」

 アステフィリアの頭をなでると、緑のひとみがいっそう輝く。

 天使の微笑みを堪能しながら、イザベルは幸せに浸っていた。





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