06話 ベッドが一つしかない!
食堂の店員に教えてもらった宿屋に着くと、思っていたより小さかった。
宿泊できる部屋は十もないだろう。
中に入ると、家族向けの宿らしく、ぬいぐるみや絵が飾ってあり、長ソファーが二つある。
どちらも脚も低いので、小さな子どもでも、かんたんに座れるようになっていた。
側には子どもが喜びそうな玩具も籠に入っている。
受付をする帳場に立っていた年配の男性が、朗らかに声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
体格もよく、はきはきとしゃべるが、威圧感はない。
優しそうな眼差しで、イザベルたちに会釈する。
おそらくこの人が、宿屋の主人だろう。
イザベルは一人で帳場に進み、受付をお願いした。
「三人ですが、空いてますか?」
「はい。一部屋ですね」
「えっ? 二部屋は空いてませんか?」
「二部屋ですか?」
主人が怪訝な顔でイザベルを見る。
「失礼ですが、あちらはご家族様ですよね?」
主人の視線の先に、クラレンスがアステフィリアを腕に抱いてるのが見えた。
床に下ろそうとすると、アステフィリアが嫌がるのだ。
「降りろ!」
「やー! だっこ!」
このくり返しで、結局クラレンスが折れて、今はぐったりした顔で椅子に沈んでいる。
アステフィリアがイザベルに気づいて、
「ママー!」
と手を振ってきた。
イザベルも笑顔で手をふり返す。
「お客様。部屋の空きはございますが、少し離れた部屋になってしまいます」
「そ、そうなのね」
返事をしながら、イザベルは悟った。
家族連れの宿泊なら、一部屋で泊まるのが普通らしい。
イザベルが子供の頃に祖父の領地へ旅行した時は、まだ十歳になっていなかったが、途中で泊まった館でも、祖父の屋敷でもずっと一人部屋だった。
貴族では当たり前のことだが、街の宿屋は違うのだ。
もちろんアステフィリアと一緒に寝るつもりだったが、ここで二部屋に別れてしまうと、主人に変な客だと思われるかもしれない。
なるべく怪しまれないように旅をするのも、イザベルにとっては重要なことだった。
「あ、一部屋でいいです!」
イザベルは勢いよく答えた。
「ちょっと勘違いしてたみたいで! 一部屋でお願いしますっ」
愛想笑いでごまかしながら、もう一度言う。
主人は勢いにおされたようにうなずいた。
「あ、分かりました。ちなみに、お子様はおくつでしょうか」
「えっと、三歳です」
たぶん、と胸の内でつけ加える。
「何泊されますか?」
「一泊で」
「お部屋は二階になりますが、よろしいですか?」
「はい」
「食堂は一階になります。お食事は、お嬢様の分を別に用意することもできますが」
「べつに用意ですか?」
「はい。追加料金で、お子様用の献立に変更ができます。三歳でしたら、まだ大人と同じものは難しいお子様もいらっしゃいますので」
先ほどの食堂でも子供用の献立があったので、ここでも似たようなものを提供してるのだろう。
「それなら、一つは子供用でお願いします」
「かしこまりました。一泊で三銅貨になります」
イザベルは鞄から財布を取りだして、銅貨を三枚渡す。
安い宿なら一銅貨くらいなので、相場より高めだ。
しかし小さい子供連れでも安心して泊まれる宿だと聞いていたので、イザベルはためらわなかった。
「では、お部屋は、階段を上がって三番目の部屋になります」
「ありがとうございますっ」
イザベルは礼を言って、クラレンスのところへ戻る。
さっきの、ごまかせたわよね!?
そうであってほしいと思いながら、イザベルは二人をうながす。
「部屋は二階よ」
「はーい!」
「二階か……」
元気よく返事するアステフィリアとは裏腹に、クラレンスは疲れた顔で椅子から立ちあがった。
+ + +
部屋に入ると、思っていたより狭い。
しかし、きちんと掃除もされていて、きれいな部屋だった。
高い位置に窓があって、長椅子もある。
小さい棚が一つあり、荷物を入れられるようになっていた。
そして、少し大きめのベッドが一つ。
「えっ!?」
思わず声をあげた。
まって! ベッドって一つしかないの!?
「どうしたんだ?」
「パパ、おりる~!」
ここにきてようやく、アステフィリアがクラレンスの腕から抜け出した。
そのままベッドに、ぽーんと飛びこむ。
「わ~! ふかふかする~!」
笑顔でイザベルをみた。
「ママ! きてきて~!」
「待って、アステフィリア。靴を脱がないとだめよ」
そのままベッドの上に立とうとしたので、慌ててブーツを脱がせる。
裸足になったアステフィリアは、ベッドの上で飛び跳ねてはしゃいだ。
「きゃははっ!」
「もう、跳んだらだめよ。ベッドが壊れたらどうするの」
おそらく、板の上に柔らかい素材をふんだんに詰めているのだろう。
飛び跳ねたら板の部分が割れてしまうかもしれない。
「え~! ふかふかするよ?」
「こういうところで、遊ぶのはだめなのよ」
アステフィリアの頭をなでながら、諭すように言う。
不満そうな顔だったが、イザベルがもう一度言うと、「はーい」とうなずいた。
「ねーママ」
「なに?」
「パパも、いっしょにねる?」
「え!?」
「ママとパパ、リアといっしょ?」
「えっと、ベッドに三人で寝るかどうかって……そういうこと?」
「うん!」
ニコっと笑うアステフィリアを前に、イザベルは動揺した。
いや! それはないでしょ!?
このベッドで、クラレンスと一緒に寝るなんて!
「きのーは、ママだけだったもん」
昨夜はたしかに、イザベルはアステフィリアと同じベッドで眠った。
「あ、あのね。アステフィリア」
未婚の男女が、同じベッドで眠るなんてとんでもないことだ。
本来は同じ部屋に泊まるのもよくないが、親子という設定なので仕方ない。
「三人で寝るのは無理よ。ベッドは狭いし」
「えー! パパとママといっしょがいー!」
「とても狭くて眠れないわよ。だから、もう一つベッドを入れてもらいましょう」
良い案だと思ったイザベルはアステフィリアにそう言ったが、クラレンスが口をはさんできた。
「この広さじゃ無理だろ」
部屋の半分はすでにベッドで埋まっている。
もう一台入れるのは不可能だ。
「じゃあ、子供用のベッドならどうかしら。この宿ならありそうだし」
「リア、ママとパパとねるの!」
アステフィリアが怒ったように言う。
こうなると子供用のベッドを入れるのも無理そうだ。
だからと言って、クラレンスと一緒に寝るなんてイザベルにはもっと無理な相談である。
ドキドキしすぎて、朝まで眠れない気がする。
クラレンスの寝顔は、ちょっと見てみたいけど……。
「イザベル」
「ひゃっ……な、なに!?」
もしかして声に出てたかと、イザベルは焦った。
しかしクラレンスは、面倒くさそうな顔で妥当な案を告げる。
「僕はここで寝る」
「え、その長椅子で?」
今まさにクラレンスが座っている長椅子は、大人が二人座れるくらいの長さしかない。
横になれば、かならず足がはみ出てしまう。
「そこだと、狭くて寝られないでしょ?」
「大丈夫だ。毛布だけもらってきてくれ」
「えー! パパ、そっちでねるのぉ?」
「ああ」
「リア、パパとママといっしょがい~!」
「そんな狭いベッドで寝たら、どうせ落ちる」
「や~!」
クラレンスの言うことは正しいが、アステフィリアは納得しない。
ウサギのリトスをぎゅっと抱きしめて、上目遣いにクラレンスを見る。
「パパもいっしょにねるの~!」
「無理だ」
きっぱりと断って、クラレンスは背負っていた鞄を床に下ろした。
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