05話 パパ、だっこ!
食堂の店員からの情報で、イザベルは宿よりも先に飛行動物の乗合所に向かった。
受付と待合所を兼ねた建物は、小さいながらに立派な作りである。
イザベルが一人で中に入ると、受付の台にはカーキ色の作業服を着た中年の男性がいた。
「こんにちは」
「あ”?」
「ひっ!」
凄まれて思わず後ずさりそうになった。
作業服を着ていなければ、ガラの悪いゴロツキのようだ。
だが、作業服に草や土汚れがついているのを見ると、厩舎で働く人なのだろう。
イザベルをじろっと睨んだが、客と認識したのか、鋭い目つきを和らげる。
「なんだ、客か?」
「は、はいっ!」
「今日は受付の姉ちゃんが休みなんだ。わりぃな」
「あ、そうなんですね」
思いのほか、普通に話しかけられてホッとした。
イザベルはさっそく、象主に乗れるかどうかを確認する。
「あー、象主な」
受付のおじさんの顔がくもる。
さっき食堂で聞いたとおり、数が少ないようだ。
クレバンでは十頭しかいないらしく、明日は五頭だけ出られると言う。
「あんた、どこまで行くんだ?」
「とりあえず、グラスネスです。明日の朝に出発したいんですけど、予約できますか?」
「ちょっとまちな」
おじさんは後ろの棚から受付帳を取りだした。
何枚か紙をめくっていたが、明るい声で返事をする。
「お、運がいいな。グラスネス行きなら、一頭空いてるぜ」
「じゃあ、予約します! いくらですか?」
「ステラ銀貨で十枚だ」
馬一頭なら、銅貨二枚で済むところを、五十倍の値段だ。
思ってたより高くて、イザベルは驚いた。
クレバンからグラスネスは、象主なら一日で移動できる距離だが、目的地のケトナ火山までは、少なくとも四日はかかる。
それで銀貨十枚とは、さすが、貴族専用と言われるだけはある。
象主の希少性もあるだろうし、これくらいが妥当なところだろう。
イザベルは、ためらわずに財布から銀貨を支払った。
代わりに、おじさんから『五番』と書かれた縦長の札を渡される。
「この札をもって、朝の九時前にここに集合だ。遅れるなよ」
「はい」
イザベルは受付札を鞄にしまって、受付所を出た。
外で待っていたクラレンスたちに「予約できたわ」と報告して、次は宿に向かう。
イザベルはアステフィリアと手をつないで、迷子にならないように注意しながら歩いた。
「ママ、あれなに~?」
「あれは道具屋よ」
「じゃあ、あれは~?」
「仕立屋ね」
「したて?」
「服を作ってくれるところよ。結婚式とか、パーティの時に着る特別な服を作ってくれるわ」
あとは、貴族の普段着やドレス、礼服も扱ったりもするが、そこまで説明してもアステフィリアには分からないだろう。
「きれー!」
「そうね。生地も店によっていろいろあるから、見るだけでも楽しいわよ」
「リアもみたい~!」
通りに面した窓から、きらびやかな生地やドレスがいくつも見える。
王都の一流仕立屋には及ばないが、この店に飾られているのは、流行を取り入れたデザインも多く、可愛らしい。
イザベルも覗いてみたかったが、クラレンスもいるし、宿屋に行くのが先だ。
「今はより道できないから、こんどね」
「えー! みるー!」
「お店は逃げたりしないわ。今は泊まるところを探さないと」
「やー、みたい!」
仕立屋の方に行こうとするアステフィリアは、意外にも力が強くて、引き止めるのに苦労する。
「ちょ……だめよ、アステフィリア」
イザベルが困って隣のクラレンスを見ると、まったく違う方向を見ている。
「クラレンス!」
「なんだ」
「アステフィリアが飛び出さないようにつかまえて」
苛立ったままそう言うと、クラレンスがアステフィリアの右手をつかもうとする。
「や~!」
アステフィリアはクラレンスの手をふり払って、イザベルの手を両手でつかんだ。
「みるの~!」
クラレンスは黙って様子を見ていたが、次にイザベルに視線を向けた。
どうやってつかまえるんだ?と目で聞かれて、イザベルはまたもや苛立ってしまう。
ちょっとくらい考えなさいよ!
そう言いたかったが、子どもと関わったことのないクラレンスにそれを求めるのは間違っている。
「抱っこしてあげて」
「はあ?」
「アステフィリア。クラレンスが抱っこしてくれるって」
イザベルが声をかけると、今にも仕立屋に突進しそうだったアステフィリアが、パッとふり返った。
「パパ、だっこ!」
嬉しそうな笑顔でクラレンスを見あげる。
「だっこして!」
動かないクラレンスを、キラキラした目で見つめている。
「ほら、クラレンス」
「イザベルがすればいいだろ」
「アステフィリアは、パパの方がいいわよねぇ?」
「うん、パパがいいー!」
「イザベル!」
「ほら。はやく」
イザベルが急かすと、クラレンスは苦虫を嚙みつぶしたような顔になる。
「パパ!」
「なんで僕が……」
「文句言わないの」
イザベルもアステフィリアも引かないと悟ったのか、クラレンスはその場にしゃがむ。
するとアステフィリアがクラレンスの首にぎゅっと抱きついた。
「イザベル……どうやってするんだ?」
「えっ? そのまま背中を抱いて、あ、足のところも支えて、持ち上げるのよ」
イザベルが説明すると、クラレンスは多少ぎくしゃくしながら、言われたとおりにアステフィリアを抱き上げる。
「わああ~!」
抱きあげられたアステフィリアが、歓声をあげた。
「パパぁ~!」
「やればできるじゃない」
「これでいいのか?」
「ええ。下ろすときは、ちゃんと地面に足がついたか確認してから、そっとね」
「面倒だ」
「すぐ慣れるわ」
どうせこれから何度も抱っこすることになるのだから、自然と慣れるだろう。
「それにしても、重いな」
「え? 重くないでしょ」
「いや、重いぞ。いったい何キロあるんだ?」
真顔で問いかけるクラレンスを、イザベルは軽くにらみつけた。
「レディーに体重を聞くのはマナー違反よ」
「子どもだろ」
「女の子だって、立派なレディーよ」
イザベルの声に剣呑さを感じ取ったのか、クラレンスはそれ以上何も言わなかった。
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