03話 パパ、ママにあーんして!
アステフィリアの皿には、お子様用の献立として、オムレツ、スープ、グラタン、マッシュポテトが少しずつ盛ってある。
その中からマッシュポテトをスプーンですくって、イザベルに差し出した。
「ママにもあげる!」
「え?」
「ママ、あーん」
アステフィリアがキラキラした目で見つめてくる。
さっきのお返しなのか、イザベルの真似をしたかったのか。
どちらにしても、断るわけにはいかない。
イザベルは少し恥ずかしかったが、口を開けて、スプーンに乗ったポテトを、パクっと一口で食べる。
子ども用なので、甘い味付けだ。
「ママ、おいしー?」
「ええ。とても美味しいわよ」
「えへへ」
ニコニコと嬉しそうにアステフィリアが笑う。
イザベルはさりげなくソーレイ茶を飲んで口直しをする。
しかしアステフィリアが、クラレンスに向かって無邪気に言い放った。
「パパも! ママにあーんするの!」
ブフッと吐き出しそうになるのを何とか堪えた。
「あ、アステフィリア!?」
ゴホッとむせながら、イザベルはアステフィリアを見る。
テーブルの向かい側に座ったクラレンスは、我関せずと言ったふうに食事をしていたが、
「パパ、はやくー!」
アステフィリアが呼びかけると、迷惑そうに眉をひそめた。
「なんだ」
「ママにあーんして!」
「意味が分からないぞ」
「パパとママはなかよしなの。いつもあーんするの!」
「あ、あのねっ、アステフィリア!」
おそらく両親がいつもそうしていたのだろうが、イザベルとクラレンスは夫婦ではない。
そんなことを強要されても困るのだが、アステフィリアは頬をふくらませて、クラレンスをにらむ。
「パパ、ママのこときらいなのー?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、なんであーんしないの?」
「……」
「リアのパパとママ、なかよし! あーんするのー!」
駄々をこねるアステフィリアが、どんどん顔を歪めて泣きそうになる。
えぇ! なんでこんなことで!?
イザベルは訳が分からず焦るが、食堂にいた客と店員の視線が集まってるのを感じて、あわてて笑顔でとりつくろう。
「アステフィリア。パパとママは仲良しよ。心配しないでっ」
「でも、あーんしない」
「するわよ! ねえ?」
バッとクラレンスを見て、イザベルは目で訴える。
睨みつけるイザベルに、クラレンスが黙ってうなずいた。
「ほら、クラレンスもするって」
「パパ、ママにあーんする?」
「……ああ」
ものすごく渋々とうなずくクラレンスに、アステフィリアはパッと笑顔になった。
イザベルがホッとしたのもつかの間、
「パパ、はやくー!」
いますぐ目の前でやらなくてはいけない状況に陥る。
イザベルは判断と早まった気がしたが、今さら後には引けない。
クラレンスは無言で、白蜜キノコのソテーを切り分けると、フォークに差してイザベルに差し出した。
なんでこういう時は潔いのよ!
イザベルは心の中でクラレンスをののしりながら、心臓が高鳴るのをごまかそうとした。
真正面に座るクラレンスは、きれいな翆色のひとみでイザベルをまっすぐに見つめている。
照れや動揺する様子もないのが、少し悔しい。
イザベルは顔が赤くなっているのを自覚しながらも、ほんの少し身を乗り出す。
「ママ、あーん!」
隣でアステフィリアが促すのも恥ずかしい。
ドキドキと鼓動が速くなって、動作がぎこちなくなる。
今だけ……一瞬で終わるわ!
そう自分に言い聞かせると、思いきってパクっと食べた。
「ん」
「ママ、おいしー?」
「……ええ、美味しいわ」
本当は味も良く分からなかったが、アステフィリアに笑顔で答える。
これで終わったと安心していたら、次がきた。
「ママも、パパにあーんするの!」
「えぇ!?」
「パパとママ、なかよし!」
キラキラと期待に満ちたひとみで見上げてくる。
わ、私がクラレンスに食べさせるの!?
さっきのも十分に恥ずかしかったのに、今度はイザベルからだなんて、恥ずかしすぎる。
「イザベル、早く」
クラレンスがぼそっとつぶやくように催促する。
「クラレンス」
「やらないと、静かにならないだろ」
クラレンスの視線はアステフィリアに向いていて、諦めの表情だ。
恥ずかしさよりも、騒がしいのが嫌なのだろう。
「わ、分かったわ」
イザベルは白蜜キノコをフォークで差して、今度はクラレンスに向かって差し出した。
「はい、クラレンス」
手が震えたが、クラレンスがごく自然にパクっと食べる。
うっ、かわいい!!
思いがけずときめいて、心臓が大きく跳ねる。
イザベルは顔の熱さを落ち着かせるために、ソーレイ茶をひと口で飲み干す。
すると、すかさず店員が、空になったグラスにソーレイ茶を注ぎ足しに来た。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。仲がよろしいのですね」
店員の微笑ましい表情に、イザベルはボッと顔から火を噴いた。
当たり前のことだが、一部始終を全部見られていたわけで、恥ずかしさで悶えそうになる。
「パパとママ、なかよしなのー」
アステフィリアだけがニコニコと嬉しそうだ。
イザベルはしどろもどろに返事をして、それからは食事に集中することにした。
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