07話 可愛いお着替え
翌朝、イザベルが起きたときには、クラレンスは家にいなかった。
おそらく庭か森に行ったのだろう。
魔の森は危険区域だが、その分薬草も豊富で、クラレンスは定期的に採集している。
一階の広間のテーブルには、昨日は無かった大きなトランクが一つ置いてある。
見なれた茶色のトランクは、イザベルが使っていたものの一つだ。
「もう届いたのね!」
送られてきた荷物をクラレンスが受け取って、ここに置いてくれたのだろう。
レナには昨日手紙で頼んだばかりなのに、手際の良さは本当に感心する。
さっそく中を開けてみると、頼んでいた子供服や、外出用の私服、お金、旅の出需品など、いろいろ詰まっていた。
「どの服も懐かしいわ」
祖父のいる領地に行くときに着ていた、子供用の服。
クラレンスと庭で遊ぶときの服。
街へ買い物に行くときに着たお出かけ用の服や、パーティーに参加した時の服まである。
トランク自体に圧縮魔法がかかっている魔道具で、中には予想以上にたくさんの物が入っていた。
準備にはもう少しかかると思っていたが、これなら早く出発できそうだ。
イザベルはアステフィリアを起こして朝食を済ませると、着替えに移った。
トランクを開けて服を吟味する。
「どれがいいかしら」
いくつか服を取りだしながら、アステフィリアに似合う服を探す。
「いっぱいある~!」
アステフィリアが次々に出される服を見て目を輝かせた。
興味津々といった顔で服を眺めている。
「あ、これがいいわ!」
手にとったのは、子どもの頃によく着ていた、赤いワンピースだ。
柔らかな素材で作られており、軽くて動きやすいので、お気に入りの服だった。
アステフィリアに着せてみると、予想以上に似合っていて驚く。
「まあ、なんて可愛いの!」
最初にアステフィリアが着ていたドレスは、いかにも貴族らしい服装だった。
しかし、今のアステフィリアは、裕福な家のお嬢様に見える。
襟元に縫いつけられたビジューがきらりと光り、シンプルなデザインながら、上品さがある。
そして、子ども用の服なので、走り回っても平気なように丈夫な生地で仕立てられている。
そういえば、よくこの服で木登りもしたわね。
いつもクラレンスの家の庭で遊んでいたので、何度も木の枝などにひっかけて穴をあけた。
そのたびに、裁縫の得意なメイドがきれいに修復してくれて、感心したものだ。
今見ても、ほつれている箇所もなく、状態も良い。
「アステフィリア、とっても可愛いわよ」
姿見の前に立たせると、アステフィリアも目を丸くする。
「リアのふく~?」
「そうよ。あなたによく似合うわ」
アステフィリアは鏡を見て、スカートの具合をたしかめるように、くるくる回る。
きらっと光る金色の髪に、深い緑のひとみ。
天使のような美少女が、嬉しそうにイザベルを見あげた。
「リア、かわいー?」
「可愛いわ! とっても、すてきよ」
イザベルが答えると、パァッと輝くように笑った。
その笑顔に、ずきゅんと胸がときめく。
「あぁ! もう、ほんと可愛いっ!」
思わずしゃがんで、アステフィリアをぎゅうっと抱きしめる。
「ママ~!」
アステフィリアも、イザベルを抱きしめてくる。
「ママ、すき~」
「私も大好きよ、アステフィリア」
昨日出会ったばかりだとは思えないほど、アステフィリアが可愛くて愛おしい。
この子のためなら、何でもしてあげたいとさえ思う。
もしかして、これが母性なのかしら?
イザベルは頬をゆるめて、アステフィリアの髪をなでた。
「ママ~」
アステフィリアが顔をあげて、イザベルに笑いかける。
「なあに?」
「ママも、かわいー!」
「まあ!」
イザベルも、すでに着替えをすませていた。
アイボリーのワンピースに、腰には小さい鞄を提げられるベルトを締めて、紺色のケープを羽織っている。
王都や街で見かける、女性の商人や旅人を参考にした服装だ。
髪はいつものように高い位置で一つに結んでいる。
「地味な恰好なのに。嬉しいわ、アステフィリア」
「えへへ」
ぎゅっと抱きしめると、アステフィリアが嬉しそうに笑った。
しばらく可愛いアステフィリアを堪能してから、旅支度を整える。
クラレンスは戻ってこなかったが、時計を見て、庭にいるだろうと推測した。
「もしかしたら、クラレンスが待ってるかもしれないわ」
「パパ?」
昨日頼まれたことを、まだやっていない。
イザベルはアステフィリアを促した。
「ええ。庭に行ってみましょう」
「にわ~?」
「クラレンスが作った庭よ。いろんな花が咲いてるの」
「おはな! いっぱい?」
アステフィリアが目をきらきらさせる。
「花が好きなの?」
「うん!」
「花もたくさん植えてあるわ」
「おはな、みたい!」
「じゃあ、庭に行きましょうか」
「いくー!」
イザベルは笑顔で答えて、アステフィリアと一緒に外に出る。
小さな手を引いて、クラレンスの庭へと向かった。
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