06話 精霊の加護
再び部屋に戻ると、イザベルはクラレンスの隣に腰かけた。
キティの話題が出たので、先ほどの話を続けてみる。
「クラレンスは、魔導士になるか分からないって言ったけど」
そう切り出すと、クラレンスが「またその話か?」と顔をしかめる。
どうしてそんなに嫌な顔をするのか、イザベルには不思議だ。
クラレンスの母は宮廷魔導士だったのに。
「キティさんに、憧れたりしないの?」
魔法を扱う者なら、誰だって一度は宮廷魔導士に憧れるものだ。
それにキティは、素晴らしい魔導士だった。
繰り出される魔法は美しく繊細で、そして誰にも負けないほど強くて、幼いイザベルの心をとらえて放さなかった。
イザベルの憧れは、昔も今もずっとキティだけだ。
「キティさんにも、宮廷魔導士になれって言われたじゃない」
「イザベルなら向いてる。僕は研究の方が好きだ」
クラレンスは簡潔に答える。
たしかに、クラレンスは人を助けたり、実力をあげるために魔物退治をしたりするような柄ではない。
「イザベルこそ、どうしてそんなに宮廷魔導士にこだわるんだ」
クラレンスが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「どうしてって……」
もちろん、キティに憧れているからだ。
そのキティに、魔法の素質があると言われたことも嬉しかったし、いつかクラレンスと一緒に宮廷魔導士になって、ずっと側にいたいと思っていた。
それを正直に答えるには恥ずかしくて、イザベルはとっさに当たりさわりのないことを言う。
「きゅ、宮廷魔導士は、花形の職業だもの。身内に一人いるだけで、自慢にもなるでしょ?」
簡単にはなれないから、宮廷魔導士という職そのものが、一種の地位にもなる。
イザベルが宮廷魔導士になれば、父も積極的に結婚しろとは言わないはずだ。
「それに、稼ぎもいいって言ってたじゃない?」
「まあ、生活には困らなかったな」
クラレンスは今もキティの残したお金で暮らしている。
詳しくは知らないが、国から宮廷魔導士に支給される給金は破格らしい。
「でしょ? 稼ぎがあれば、実家を出ても安心できるわ」
金銭面は、イザベルにとって大事な問題だ。
卒業した後も父の庇護下で暮らしていたら、いつ『結婚』を迫られるか分からない。
「憧れの職業だし、私だって、いつかキティさんみたいな魔導士になりたいのよ」
キティはすごい魔導士というだけでなく、そこに居るだけで周りを明るくしてくれる、素敵な女性だったのだ。
「宮廷魔導士は、それなりの実力が必要だろ」
「分かってるわよ」
イザベルの今の成績では、とうてい無理だ。
そもそも、使える魔法のレベルは、生まれつきもっている魔力の強さに左右される。
魔法学校に通う間は、成長期にともなってレベルを上げることもできるが、イザベルはほとんど変わらなかった。
魔導士になって経験を積めば、また変わってくるが、イザベルには時間がない。
もしも、可能性があるとしたら。
滅多にないことだが、精霊の加護を得ることだ。
「でもクラレンス。精霊の加護を得たら、上級魔法も簡単に使えるようになるって言ってたわ」
「精霊の加護を得るなんて、宮廷魔導士になるより難しいだろ」
クラレンスが冷静に指摘する。
なぜなら、精霊に出会うことすら稀なのだ。
過去に精霊の加護を得たとされているのは、ほとんどが伝説か絵物語の中の出来事だ。
ルークステラ王国を創った星の大魔導師、英雄の炎雷の剣士、大災害を救った白い湖の賢者。
そういった伝説では、最上級精霊の加護を得たとされているが、現代にも、上級精霊の加護を得た人は何人かいる。
もちろん、当代随一の実力を誇る勇者や魔導士で、名を知らぬ者はいない。
「キティさんだって、風の精霊と仲良くなって加護をもらったって言ってたじゃない」
「イザベル。キティは普通じゃないから、参考にするのは間違っているぞ」
「なによ。私の実力じゃ、キティさんの足元にも及ばないのは分かってるわ」
「そうじゃない。実力以前に、キティは強運なだけだ」
クラレンスは諭すように言うが、逆にイザベルのやる気に火をつける。
「だったら、私にだって運があるかもしれないでしょ?」
「イザベル……」
クラレンスが呆れた顔になるが、イザベルは無視した。
「これからウンディーネを探しに行くんだもの。私にだって機会はあるわ!」
「可能性は低いし、仮にウンディーネを見つけたところで、加護を得られるわけじゃない」
「そんなの分からないじゃない! ウンディーネが無理でも、上級精霊とか!」
子どもが必死に言い訳するような、あまりにも可能性の低い話だ。
イザベル自身も、無茶なことを言ってる自覚はあった。
「本当に、ウンディーネが見つかると思ってるのか?」
クラレンスがため息をつきながら、身もふたもないことを聞いてくる。
イザベルは黙って、しばらく考えてから口を開く。
「分からないわ」
この場にアステフィリアはいないので、素直な気持ちで答えた。
「もし会えたら、アステフィリアのお母さんを助けてほしいし、私も、加護をもらえたら嬉しいと思ってる」
それがどんなに無謀なことかも、イザベルは理解していた。
「でも、本当にウンディーネがいるかどうかは、私には分からない」
アステフィリアの言うことが嘘とは思わない。
でも、イザベルには精霊の存在を感じる力はないのだ。
「いなかったらどうするんだ?」
「そのときは、アステフィリアをご両親の所に送り届けるわ」
アステフィリアも、ウンディーネが見つからなければ諦めるだろう。
西の大陸までどうやって送っていくかは、その時に考えればいい。
「イザベルは?」
「え?」
「加護を得られなかったら、どうするんだ?」
クラレンスの問いかけに、イザベルは微笑んだ。
「その時は、宮廷魔導士になって、縁談を破棄する方法を、一緒に考えてもらうわ」
当然のように答えるイザベルに、クラレンスがため息をついた。
「……ウンディーネを探すより、先にそっちから取りかかった方が早いと思うが」
「だめよ。アステフィリアと約束したもの」
母親を助けたいという気持ちを、ちゃんと受けとめてあげたかった。
その結果、三人で旅に出ることになったが、イザベルはけっこう楽しみにしていた。
「それに、ドラゴンって、危険だとは思うけど、ワクワクしない?」
「しない」
「でも上級魔法薬にあるじゃない? ドラゴンの髭を使った霊薬が」
「……」
今まで呆れた様子で話していたクラレンスが、急に黙った。
植物魔法以外に興味のないクラレンスだが、魔法薬作りはわりと好きなことを知っている。
珍しい素材を手に入れる機会もほとんどないので、心が揺れているはずだ。
どちらにしても、イザベルのワガママに付き合ってくれるのだから、なるべく前向きに行動してほしい。
「クラレンス。あなたのこと、頼りにしてるからね」
イザベルはクラレンスの手を両手で握りしめて、にっこり笑った。
「はぁ……仕方ないな」
面倒そうな口調とは裏腹に、クラレンスの声はわずかに弾んでいた。
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