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05話 青の魔法石

 







 日が暮れてだいぶ経ってから、クラレンスが家に戻ってきた。

 もう外は真っ暗だ。

 庭にいたのかと思えば、隣の小屋で作業をしていたという。

「あいつは寝たのか?」

「アステフィリアでしょ。ちゃんとリアって呼んで」

 イザベルが言うと、クラレンスは顔をしかめた。

 名前を覚えるのが面倒くさいと思っているのだろう。

 植物の名前なら、どんなに長くても一回で覚えられるのに、人の名前はすべて記憶からもれてしまうらしい。

 魔法学校でも、おそらくイザベルとミック以外は誰の名前も憶えていないはずだ。

 ここでくどくどと話しても聞き流されるだけなので、イザベルはいったん置いておくことにする。

「クラレンス、ご飯食べるでしょ?」

「いらない」

「だめよ。ちゃんと食べて」

「……」

 返事をしないクラレンスに、了解と受け取って、イザベルは暖炉にかけておいた鍋からシチューを器に入れる。

 パンとスプーンを一緒にテーブルにおくと、クラレンスはおとなしく椅子に座った。

 無視したところで、イザベルはクラレンスが食事を始めるまで口うるさく言うつもりだし、それはクラレンスも分かっている。

 子どものころから何度も同じことを繰り返しているので、クラレンスは諦めたのだろう。

「そういえば、ミックに会ったわ」

 イザベルは預かったステラ銀貨を五枚、テーブルの上におく。

「報酬って言ってたけど」

「ああ。あれか」

「何の魔法薬作ったの?」

「……イザベルは、知らなくていい」

「どうして?」

「売った先がばれるとまずいらしい」

「まさか、変な薬売ってるんじゃないわよね?」

「危険なものは作ってない」

 クラレンスの言葉を信じたいが、ミックが絡むと素直には頷けない。

 ミックは伯爵令息とは思えないほど気さくで、人当たりもいいのだが、なにせ、お金儲けの話が大好きだ。

 伯爵家の五男で、跡継ぎにはなれない立場だから、成人したら家を出るしかない。

 魔法学校に入学したのも、魔法を学ぶより、貴族の子女や才能ある生徒、未来の有能な魔導士たちに顔を売るためだと公言している。

 もちろん、その筆頭は第二王子だ。

 そしてイザベルも、不本意ながら、第二王子がいるおかげで、落ちこぼれでも「学校を辞めろ」とは言われなかった。


 その点だけは感謝してるけど、殿下とはぜったい仲良くなりたくないわ。


 仲良くなればなるだけ、嫉妬と憎悪の矛先が向く。

 だからイザベルは、王子に関わるのを避けてきたのに、肝心の王子がクラレンスを好敵手だと思っているらしい。

 クラレンスの幼なじみというだけで、何かとイザベルに声をかけてくるので、心の底から止めてほしいと願っている。

「……殿下にも会ったわよ」

 イザベルは恨みがましい気分で、クラレンスを見る。

「クラレンスの進路のことを、気にしてたけど」

「進路?」

「卒業したら魔導士にならないのかって」

「ああ」

「どうするの?」

「さあな」

 クラレンスは興味なさそうに答える。

 望めば、かんたんに魔導士になれるのに、クラレンスにとってはたいした価値がないのだろう。

 植物魔法にしか興味がないのは知ってるけど、イザベルはやっぱりずるいと思う。

「せっかく才能あるのに……」

「なりたいやつがなればいい」

 あっさりと答えるが、その才能を周りが放っておくはずがない。

 親がいなくても、後ろ盾がなくても、優秀なのは間違いないのだ。

「それより、イザベル」

 クラレンスが話題を変えるように口を開いた。

「あのお守りは、身に着けてるか?」

「ええ。持ってるわよ」

 イザベルは胸に手をあてて答える。

 昔、クラレンスからもらった魔法石のお守りだ。

「ちょっと貸してくれ」

「え、今?」

「効力が落ちてないか確かめたい」

 魔法石は、時間と共に効力が落ちるらしい。

 色が変わってきたらその合図で、イザベルはその都度クラレンスに伝えて、魔法を掛け直してもらっていた。

「まだ大丈夫だと思うけど」

 いつも着替える時に確認するが、今朝も特に変わった様子はなかった。

 だがクラレンスは譲らない。

「出かける前に、一度見ておきたいんだ」

 そこまで言われては、イザベルも強く拒否できない。

 少し面倒だとは思ったが、クラレンスも頑固なので、従った方がよさそうだ。

「ちょっと待ってて」

 イザベルはいったん席を立つと、隣の部屋に移動する。

 そこには姿見が置いてあり、イザベルは制服の襟元のボタンを外して、ペンダントを取りだした。

 いつも肌身離さず身に着けていているこのペンダントは、一センチにも満たないほど小さくて丸い水晶玉だ。

 深い青色で、純度の高い魔法石らしく、透き通るような美しさがある。

 革紐で外れないようにしっかり包まれており、小さいので身に着けても邪魔にならない。

 クラレンスが防御魔法を込めてくれた、世界でただ一つのお守りだ。

 これがあるから、イザベルは魔の森で魔物たちに襲われることなくここまでたどり着ける。

 このお守りさえあれば、何があっても大丈夫だと安心していられるのだ。

「クラレンス、お待たせ」

 イザベルはクラレンスの所に戻ると、ペンダントを手渡した。

「何も変わってないと思うけど」

 イザベルの呟きも聞こえていないようで、クラレンスは手のひらに乗せた魔法石をじっと見ている。

 そして、いつものように、呪文を唱え出した。

 ポゥッと、魔法石が青色に光る。

 灯りをともすような、ふわりとした光だ。


 いつみても、綺麗だわ。


 イザベルは魔法石を見つめて、微笑んだ。

 クラレンスが魔法をかける様子を眺めるのは、密かな楽しみだった。

 魔法石を見つめる眼差しが優しくて、温かくて。

 ただただ、嬉しい気持ちになる。

 青色の、特別な魔法石。

 前の持ち主は、それを指輪にして、左手に嵌めていた。

 持ち主がいなくなってから、それはクラレンスの手に渡って、そして今はイザベルを守ってくれている。

 クラレンスがイザベルにこの魔法石を贈ったのは、昔、イザベルが池で溺れて死にかけた時のことを、後悔しているからだろう。

 クラレンスはただ一緒にいただけで、池に落ちたのはイザベルの不注意だ。

 決してクラレンスのせいではないのに、大事な形見の指輪を、正確にはその魔法石を『お守り』としてイザベルに贈った。

「ねえ、クラレンス」

「なんだ」

「これ、本当に私が持ってていいの?」

 イザベルが問いかけると、クラレンスは首をかしげる。

「キティさんの、形見の魔法石でしょ」

「イザベルを守ってくれる石だ。キティだって、そう望んでる」

 クラレンスの母キティは、イザベルを可愛がってくれた。

 生前も何かとイザベルに贈りものをしてくれたので、クラレンスの言うことも分かる。

「でも、大切なものなのに」

 この石を肌身離さずつけていたのは、キティも同じだ。

 大切な母の形見を、イザベルに贈ってくれたという事実が、嬉しくもあり、申し訳なくもある。

「気にするな。何があっても、これだけは身に付けていてくれ」

 そう言って、クラレンスは微笑んだ。

 ドキンッと心臓が跳ねる。

「ッ……ええ」

「よし。これでいい」

 魔法を掛け終わったのか、クラレンスが手に持った魔法石をイザベルに返した。

 さっきまで青く光っていた魔法石は、今はただの水晶玉にしか見えない。

 イザベルはぎこちない仕草で受け取り、また隣の部屋に行くと、ペンダントをつけ直した。

 クラレンスに言われた通り、肌身離さず身に着けているので、これがないと違和感を覚えるほどだ。

 胸に手をあてると、ほんのり温かい気がする。

 姿見を見ると、顔がにやけているのが分かって、あわてて引き締めた。





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