02話 クラレンスの級友たち
動揺から立ち直ったイザベルは、ようやく準備に取りかかることにした。
寮監に帰省届を出し、実家にいる侍女のレナへ手紙をしたためた。
旅をするにはお金がいるが、父に知られないように手配してもらう必要がある。
ついでに、アステフィリアのために、イザベルの子ども時代の服も用意するように頼んだ。
用途は書かずとも、優秀なレナはしっかり仕事をしてくれる。
「じゃあ、あとはよろしくね。ソフィー」
「任せといて!」
ソフィアに礼を言って、部屋を出た。
まずは、忘れないうちに図書館へ本を返しに行く。
運よく口うるさい老人には遭遇せず、本だけ返すと急いで図書館を出た。
「あとは、町で買い物ね」
旅の必需品を購入するため、町へ降りることにした。
+ + +
学校の門を出ようとしたところで、見知った顔に呼び止められる。
「よっ、イザベル」
片手をあげて挨拶してきたのは、ミックだった。
イザベルのクラスメイトで、伯爵令息でもある。
学校内において生徒同士は、身分関係なく対等に接するよう決められている。
貴族寮では別だが、校舎内で制服を着ているかぎり、相手が上位貴族だろうとひざを折る必要はない。
それにミックは、イザベルとクラレンスの、もう一人の幼なじみだ。
子どもの頃に下町で知り合ってから、三人でよく遊んでいたが、後で伯爵令息と知ってかなり驚いたのを覚えている。
「町へ行くのか?」
「そうよ」
ミックが人懐っこい笑みでたずねてくる。
明るい茶色の髪とひとみも平凡だが、学校内ではわりと人気があった。
誰にでも愛想が良いのと、偉そうな態度を取らないからだろう。
ただし、貴族にしては言動が軽すぎる。
「なぁ、クラレンスんとこ行く?」
「そのつもりだけど」
「じゃ、これ渡しといてくんねぇ?」
ミックがポケットから取り出したのは、ステラ銀貨だった。
一枚あれば、安い宿なら半月は泊まれる。
それを五枚、手渡してきた。
「この前の報酬だって言えば、分かるからさ」
「あなたたち、まだ魔法薬作りやってたの?」
イザベルは呆れながら銀貨を受け取る。
クラレンスに話を持ちかけて、魔法薬を作って売っているのは知っている。
魔法薬というのは、本来は国から認められた魔法薬師のみ売ることができる。
ただし、学生が腕試しに作ったものを安価で売ることも認められている。
もちろん、一定の基準を満たしていることが条件だが、クラレンスの実力なら何の問題もない。
ミックは売る方に専念しているが、商才があるようで、評判は良いらしい。
「卒業試験もあるのに余裕ね」
「オレは卒業さえできればいいからさ。クラレンスなんて、もっと余裕だろ?」
「それはそうだけど」
クラレンスは授業も出ずに魔の森で研究ばかりしているが、卒業試験はかんたんに合格できるだろう。
それだけの実力があるし、ミックに頼まれた魔法薬作りも、片手間にやってるに違いない。
「なあなあ、イザベル」
「なに?」
「アイツ、卒業したあとどうするとか、聞いてねぇ?」
「さあ……」
それはイザベルも気になっているところだ。
クラレンスはまちがいなく宮廷魔導士になれる実力はあるが、何の後ろ盾もない状況では難しいだろう。
宮廷魔導士というのは、王宮内を警護する要でもあるので、貴族しかなれない決まりだからだ。
「それはぜひ、私も聞きたいな」
急に、声が割り込んできた。
振り向くと、制服に紫紺のマントを羽織った男子生徒が立っていた。
やわらかな黒髪に青いひとみの彼は、貴公子のように堂々とした出で立ちで、取り巻きの生徒を二人連れている。
イザベルは慌ててスカートの裾をつまむと、軽くひざを折って会釈した。
嘘でしょ! なんでこんなところで会うのよ!?
思いっきり心の中で叫ぶ。
イザベルにとって、あまり近づきたくない相手なのだ。
一緒にいるところを、女子生徒に見られたらまずい。
どうにかして、この場から逃げ出さなくては。
イザベルが焦っていると、
「めずらしいっすねぇ。殿下がこんなところにいるなんて」
のんきな声でミックが彼に話しかけた。
なれなれしい口調に、取り巻きが眉を吊り上げるのが見える。
それも当然で、彼はこの国の第二王子――エリオット殿下なのだ。
「うむ。鍛錬場に行くところだった」
しかし王子は、ミックの言葉に気分を害した様子はない。
まあ、ミックって王子とも仲いいもんね。
取り巻きにしてみれば、嫡子でもない伯爵令息の分際で生意気だと思っているのだろう。
「この前の試験結果、まだ気にしてんすか?」
ミックの台詞に、王子の眉が少し動く。
たしか王子の順位は、二位だったはずだ。
イザベルはぎりぎり及第点の、下から数えた方が早い成績である。
「卒業試験くらいは、レイナーに勝ちたいからな」
そう答えた王子が、イザベルの方を見る。
レイナーというのは、クラレンスの姓だ。
実技試験でつねに一位のクラレンスは、負け知らずの天才だ。
王子のみならず、腕に覚えのあった生徒はみな、クラレンスに対抗心を燃やしている。
もっとも、クラレンス自身はそんな周囲にまったく気づいていない。
関心事は、研究と庭で育てている植物たちのことだけだ。
「それで、シェリー嬢」
王子があらたまった口調で見下ろしてきた。
シェリーはイザベルの姓だ。
王子に名前を呼ばれると、王家の圧力を感じるようで、胃のあたりが重くなる。
ま、まずいわ……早く逃げなきゃ!
うっかり立ち話になってしまっている。
下っ端貴族の令嬢であるイザベルは、本来なら王子と直接話せるような身分ではない。
クラスメイトというだけで、それ以外の女子生徒から羨望と嫉妬の入り混じった視線をぶつけられ、たまに嫌がらせをされたりもする。
「何でしょうか。殿下」
なるべく平静に、イザベルは聞き返した。
王子は腕を組んで、悩ましいという表情で尋ねる。
「レイナーのやつは、魔導士にならんのか?」
先ほど話していた、卒業後の進路についてだろう。
プルス魔法学校を卒業すれば、初級魔導士の資格を得ることができる。
魔導士ギルドに入って、そこから下級、中級、上級とあがっていく仕組みだ。
貴族出身であれば、卒業時の成績次第で、すぐに宮廷魔導士候補生として王宮に勤められることもある。
クラレンスは平民同然なので宮廷魔導士は無理としても、かなり優秀な魔導士になれる。
しかし、あの性格が問題だ。
授業もでず研究に没頭し、魔の森に引きこもっている男が、卒業後に好んで魔導士になるのかといえば、首をひねるしかない。
「さあ……申し訳ありませんが、私には分かりかねますわ」
にっこりと笑みをはりつけて、イザベルは答えた。
本当に知らないし、知っていたところで、クラレンスのことを王子に話す義理もない。
できるだけ穏便に、この場を逃げようと、後ずさりする。
するとミックが、横から呆れ口調で言い放った。
「そんなに気になるなら、直接クラレンスに聞いたらいいじゃないっすか」
「簡単に言ってくれるな。魔の森に……レイナーの住処に入れるのは、学長とお前たちだけだろうが」
「学校内で捕まえればいいんすよ」
「捕まらんのだ」
忌々しそうに答える王子に、イザベルはすかさず口をはさんだ。
「殿下、先を急ぎますので失礼いたしますっ」
一気に早口で言いたてる。
王子の反応を待たずに、イザベルは会釈をしてすぐに身をひるがえした。
呼び止められる前に、走って逃げる。
「あっ、おい!」
王子の声が聞こえたが、聞こえなかった振りをした。
「嫌われてますねー」
「私は何もしておらんぞ!」
ミックと王子の声を背に、イザベルはその場を逃げることに成功した。
何もしてないというが、一緒にいるのを目撃されたら、それだけで十分に被害をこうむる。
貴族の子女が多く通うこの学校で、王子に気に入られようとする学生は大勢いる。
特に女子生徒は、虎視眈々と妃の座……いや、愛人だろうと何だろうと、王子からの寵愛を狙っているし、恋敵はどんな手を使っても蹴落とすというおそろしい執念である。
「はぁ……危なかったわ」
王子に会っただけでものすごく疲れた。
ゆっくり休みたいところだが、まだ買い物が残っている。
イザベルは先を急ぐことにした。
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