01話 落ちこぼれ令嬢は政略結婚を知らされる
イザベルは、うっかり父の執務室に足を踏みいれたことを、後悔していた。
帰省してすぐ、制服から私服へ着替える前に呼ばれるなんて、めったにないことだったのに。
なんで、おかしいと思わなかったのかしら……。
ピリピリと張りつめた空気に、胃が痛くなる。
いますぐ逃げ出したい。
けれど、そんなことはできないと分かっている。
顔色を窺うように、目の前に座る父をながめた。
男爵家の当主である父は、威厳のある顔立ちで、金髪と青いひとみをしている。
この国では一般的な色合いだが、兄弟の中では、イザベルだけが父の色を受け継いでいた。
イザベルは艶のある金髪を一つにして高く結っているが、父の髪はくすみを帯びているような気がする。
よく見れば、年相応に白いものも混じりだしていた。
すこし、老けてきたかしら?
たまにしか会わないので、歳を取ったように感じるが、軽口をたたける雰囲気ではない。
応接机をはさんだ向かいに座る父は、いつもより気難しい顔をしていた。
手元の書類をしばらく眺めていたが、ようやく口を開く。
「さて、イザベル」
「はい……」
父が見ていたのは、魔法学校の通知表だ。
十三歳で入学してから五年間、毎年保護者へ送られる通知表は、イザベルにとって破り捨ててしまいたいものだった。
「あと半年で卒業だ」
「そう、ね……」
「卒業試験はいつだったか?」
「三か月後よ」
「そうか。まあ、進路を決めるには、これで十分だと思うが」
淡々と告げる声に、冷や汗が出てくる。
イザベルも担当教師から成績表を渡されたが、結果はD評価だった。
AからEまでの五段階評価なので、ぎりぎり合格である。
宮廷魔導士を目指すイザベルにとっては、かなり厳しい結果になった。
「お、お父様。私は卒業したら、宮廷魔導士を目指すつもり……」
「イザベル」
弁解しようとする声を、父がさえぎった。
イザベルをまっすぐに見つめて、厳しく告げる。
「この成績では、宮廷魔導士になれない」
「そんなの分からないわ!」
イザベルはとっさに言い返した。
子どものころからの夢をけなされたようで、怒りもわいてくる。
「すぐには無理でも、魔導士になって実績をあげれば、なれるわ!」
「落ちこぼれのお前が、どうやって?」
「ッ!?」
「一年生の時からずっとD評価で、宮廷魔導士は無謀だろう?」
「それはッ……!」
痛いところを突かれて、口ごもる。
毎年、通知表を見ながら難しい顔をする父に「次は頑張るから!」と説得し続けてきた。
けれど、今のイザベルに魔法の才能がないことは、イザベル自身が誰よりもよく分かっている。
それでも、諦めるなんて、ぜったいに嫌だった。
ずっと憧れているあの人のように、立派な宮廷魔導士になる。
イザベルの、子どもの頃からの大切な夢だ。
だから、しぶる父に何度も頼んで、寄宿制の魔法学校へ入学したのだ。
「イザベル。魔導士になるのは諦めろ」
「どうして?!」
「お前は男爵家の娘として、貴族の義務を果たす必要がある」
ここで初めて、父は笑みを浮かべた。
「お前の結婚が決まった」
「……え?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
「えっ? ちょっと待って、お父様……もう一回、言って?」
今のは聞き間違いであってほしい。
そう祈りながら父を見たが、笑顔のまま返される。
「卒業したら、お前は伯爵家に嫁ぐんだ」
「そんなッ!!」
とつぜんのことに、言葉を失う。
「イヤ……結婚なんて、嫌よ!」
「イザベル。由緒ある伯爵家が、男爵家の娘をもらってくれるんだ。悪い話じゃない」
父の言い分は、新興貴族の当主としての意見だ。
祖父の代で貴族の地位を得た、いわば成金の男爵家にとって、願ってもない縁談なのだろう。
しかし、イザベルにとっては違う。
「わざわざ男爵家の娘を欲しがるなんて、向こうはお父様の援助が目的なんでしょう?」
どんな由緒ある家柄か知らないが、領地の経営がうまくいかずに没落する貴族もいるものだ。
地位が欲しい男爵家と、金が欲しい伯爵家の縁談なんて、陳腐すぎて笑えない。
「そうじゃない。お前をちゃんと大事にしてくれる男を選んだつもりだ」
父はそう言うが、イザベルには詭弁にしか聞こえなかった。
「相手が誰だって嫌よ! 結婚なんてしないわ!」
はっきりと断ったのに、父には通じなかった。
頑是ない子どもに言い聞かせるように、イザベルを見る。
「イザベル。これは決定事項だ」
父は表情を変えず、淡々と答える。
本気で言っているのは明らかだった。
イザベルの脳裏に、彼の姿が浮かぶ。
たったひとり、イザベルが側にいたいと願った相手。
想いすら伝えられていないのに、恋を諦めるなんて。
父が選んだ男と結婚しなくちゃならないなんて……。
奈落の底に突き落とされたように、目の前が真っ暗になる。
「ッ……絶対にイヤ!! 結婚なんて嫌よ!!」
はげしく首を振って、イザベルは叫んだ。
あまりのことに、涙があふれそうになる。
「これは義務だ。イザベル」
諭すように言われるが、うなずけるわけがない。
「どうして急に……今まで何も言わなかったじゃない!」
「そこは私の失態だ」
父は無念そうにため息をついた。
「いつまでも平民が側にいるのは良くない。立場をわきまえる必要がある」
「ッ!?」
思わず息をのんだ。
彼のことを言っているのだと、すぐに分かった。
魔法学校は素質があればだれでも入学できる。
イザベルには、平民の友達もたくさんいる。
でも、彼は幼なじみで、イザベルにとっては特別な存在だ。
彼に想いをよせることさえ、貴族である父は許してくれない。
「それに、魔導士になる実力もないんだ。家庭を持った方が幸せだろう?」
「そんなの、お父様が勝手に決めないで!」
悔しくて、キッと睨みつける。
けれど、父は冷酷に言い返した。
「そんなに感情的になるな。それとも、今すぐ退学して家に戻るか?」
「ッ……信じられない!」
どれだけ非難しても、泣き落とそうとしても、きっと無駄だ。
貴族の娘に生まれた以上、政略結婚は避けられない。
魔法学校へ入学させてもらえたから、自由に学ぶことを許してもらえていたから。
だから、貴族であることの自覚も覚悟も、できていなかったのだ。
「話は終わりだ」
そう言って、父は軽く手を振った。
イザベルは勢いよくソファーから立ち上がる。
「……お父様なんて、大嫌い!」
子どもじみた捨て台詞をはいて、執務室を飛び出した。
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