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冬と血飛沫のガールミーツガール  作者: ササキアンヨ
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4、選んだ道 上

 四人目の犠牲者が出たことを朝のニュースで知る。お母さんは「警察は何をやってるのよ!」と怒っていた。あたしとしてはラビさんを擁護したい気持ちもあったが、とても言い返せない。


 異能というものが思ったより万能ではないことは理解している。だけど、既に四人もの少女が猟奇的な手口で殺されているのだ。もっと本腰を入れて捜査するべきではないだろうか……。


 そもそも別班(べっぱん)は何人体制で捜査をしているのかもあたしは知らない。そう多くはない人数を警察との連携でカバーしているのだろうが、果たして彼らはどんな捜査をしているのか。


 ふと、何かが引っかかった気がした。あたしは何に違和感を覚えたのだろう?考え続けたが分からない。


 ラビさんが刈園(かりその)高校にやって来てから2週間が経った。

 あたしは彼女に言われたやり始めた稽古も毎日している。授業を終えて放課後になったら千代田区までバスで行き、警視庁庁舎の地下で戦闘訓練をしている。

 ギザ歯のおねーさんにナイフを買ってもらったり、赤髪のおねーさんに読んだあとの漫画雑誌をあげたり、色々あった。

 桜牙(さくらが)教官の指導により、体重も減った。あたしはあたしなりに出来ることをやっている。


 でも、足りない。ここ3日ほどはラビさんと学校以外で会話すら出来ていない。あたしにもっとやれることは無いだろうか。


夢与(むよ)ちゃーん!!」


 振り向くと朱里がばいんばいんと胸を弾ませて走ってきた。


「おはよ」


 軽く手を上げて挨拶するが、朱里はそれに応えずにあたしの顔に巨乳をぶつけてそのまま圧殺しにかかる。「その辺にしときな」と真衣の声が聞こえ、朱里を引き剥がしてくれた。


「いったいどうしたの?」


 あたしを見下ろす形となった朱里と真衣は一瞬互いに顔を見合わせて心配そうな表情をする。


「こういうとき夢与ちゃんは絶対あーしのおっぱいを揉むのに……。やっぱり疲れてるんだね」


「え」


「今日も例のバイトでしょ?だったら、授業はサボっちゃお。うちと朱里で夢与ちゃんを癒してしんぜよう〜」


 友達ふたりにセクハラ女だと思われていた事実に凹みつつ、確かにそうだと納得した。

 何せ朱里の豊満な胸はこの世のあらゆる物より柔らかい。そしてその胸を持つ彼女自身が「揉んでくれ」と言わんばかりに差し出してくるのだ。誰だって揉む。


 でも、確かにこの2週間ほど……つまりはラビさんが来てから……朱里の胸を揉んでいない気がした。

 まだラビさんの胸を揉んだことはないが、そうした欲求はすべて妄想の中の彼女へ向けられている。単なる性欲とも言えないモヤモヤした感情をラビさんが来るまで、あたしは抱き続けていたのだろうか。


「よーし、遊びに行こっか!」


「まずは渋谷ね!」


 あたしの意志を聞かずに朱里と真衣は既に盛り上がっていた。けれど、ふたりとも普通に制服を着ているということはこの場のノリで決めたのだろう。

 こういう後先を考えないノリの中であたしも髪を金色に染めた。勝手に不良だと思われ、離れてゆく人たちもいた。だけど。


「……ね、それならさ。あたしはあの店に行きたいな。夏休み明けに真衣が連れていってくれたオシャレなカフェ」


「お! いいね! 久しぶりだ!」


「夢与ちゃんが気に入ってくれてたとは!」


 だけど。あたしは朱里と真衣がだいすきだ。このノリが好きだ。意志薄弱なまま流された部分も多い。でも、間違いなくこれはあたしが選んだ道。あたしが選んだ友達なのだ。


「ねぇ、でも、あたしたち制服だから補導されるかもしれないよ」


「あ、それならさあーしの家に寄ってかない?着替えなら貸してあげるからさ」


 というわけで3人で刈園区の東を歩く。天開先輩の噂話やら犀山の後任でやってきた声がカスカスの教師に対する不満やらで盛り上がっていた。すると「あらー夢与ちゃんじゃない」とおばさんに話しかけられた。一瞬誰かと思ったが、すぐ分かった。


「お久しぶりです。灯花(とーか)ちゃんは最近元気にしていますか?」


 野咲灯花。中学時代、バスケ部でそれなりに活躍していた頃によく世話した後輩だ。あたしと違い、頭が良くていまは清篤原高校にいるはずだった。彼女の方が忙しくなり、自然に切れてしまった縁なのだが、未だに親同士の交流はたるみたいだ。


「それがねぇ。いま灯花は学校に通えていないのよー。変な事件があって、それで塞ぎ込んじゃってねぇ。授業が終わったらでいいから、また話しかけてあげてくれない?」


「はい。また電話してみます」


 そう言っただけで通じるだろうか。あれだけ一緒に過ごしていた灯花ちゃんと今は気まずいこと。家に行って会う勇気は無いこと。もし彼女が電話に出なければそれ以上の連絡はしないこと。

 完全な社交辞令というわけではないが、あまり積極的に関わりたくはない。あたしは自然に出てきた自身の言葉に少し傷付いた。


 おばさんと別れてしばらく経ったとき、真衣が周囲の目を気にしながら小声で「噂なんだけどさ」と囁いてくる。


「清篤原高校のある女の子がトイレから出ようとしたとき、一緒にトイレに来てた友達に襲われたらしいよ。目が血走ったその子は狂ったように噛み付いたり、引っ掻いたりしたんだって。そして、それを止めに入った先生まで気が狂っちゃって……。もしかしたら、夢与ちゃんの後輩ってその女の子のことかも」


 あたしは真衣の話に慄然とさせられた。朱里は「こわーい」と言っただけで済ませたが、あまり本気にしていない。けれど、あたしはそうじゃない。この世界に異能(フィリア)が、偏執者(パラノイア)という存在がいると知ってしまったあたしだからこそ、気付けることがある。


 ラビさんに連絡しなければと思ったが、真衣からの話だけで別班を騒がせてはいけないと考え直した。まず、その噂話は真実なのか否か、偏執者(パラノイア)の仕業か否か、こちらで吟味しないと。


「あーまた夢与ちゃんったら考え込んでる。ダメだよ!そういうの今日は禁止!」


 朱里に頬をつねられる。真衣は「うちのせいでまた悩ませちゃったね」と謝られてしまった。気を張り過ぎてしまったか。もし殺人にまで発展していればニュースになっているはず。そうでないということはそこまでの緊急性は無いのかもしれない。


 とりあえず今日の夕方、灯花ちゃんの家に行ってみよう。彼女の家は刈園高校から近いのでクラスメイトや教師に見咎められる可能性もあるが、あまり気にしなくてもいいだろう。授業をサボる人間がわりといるのが刈園高校の民度なのである。






 そのあとは朱里と真衣と渋谷を楽しみ、リラックス出来たように思う。けれど、美味しい料理を食べるたび、映える構図でポーズを取るたび、綺麗なデザインの服を見るたび、ラビさんと共有したいという気持ちが芽生えてくる。

 これは恋なのだろうか。性欲なのだろうか。それとも別の何かなのだろうか。


 そんなことを悩みつつ灯花ちゃんの家に着いた。インターホンを押すと、おばさんが出てきた。彼女はあたしが来たことを本気で驚いており、どうやらあたしの言葉に込められた他人行儀感は伝わっていたらしい。


 2階の灯花ちゃんの部屋に案内された。中学時代の頃とあまり変わっていない。片付いた勉強机、棚の上に置かれた木彫りのティラノサウルス、桜色のマットレス、お揃いで買ったエクレアのぬいぐるみ。キングサイズのベッドの上で灯花ちゃんが体育座りをしていた。


「久しぶり」


紋藤(もんどう)先輩が来てくれるとは思わなかったっス。もうボクは嫌われてしまったのかと」


 灯花ちゃんの目には光が無かった。彼女がいつも丁寧に整えていたシャープなボブカットも最近はロクに手入れしていないようだ。あたしはひどく落ち込んでいる彼女の隣に座った。彼女は少し戸惑ったようだが、中学時代はいつもこんな風に体を寄せ合っていたものだ。


「紋藤先輩……ボクは清篤原高校じゃなくて刈園高校へ行きたかったっス。毎日のように七限まで授業があって放課後は休みなく夜までバスケット。土日にも練習があって木彫りをしているヒマなんて無かったっス」


「おじさんが世間体を気にしたんだよね。刈園高校なんて不良校みたいなものだからって強く止められた。灯花ちゃんはそれに逆らえなかった」


 窓から夕陽が差している。部屋に電気はついていないが、その光のおかげで灯花ちゃんの顔はよく見える。


「覚えててくれたんスね。でも最初の方は言うほど悪くなかった。紋藤先輩に会えないのは寂しかったけど、友達も出来た。だけど、だんだんボクは授業についていけなくなったっス。一学期の成績もすごく悪くて父さんが勝手に電話してバスケ部も辞めさせられて……」


「大変だったね……でも、部活動を辞めたんだから時間に余裕は出来なかったの?」


「塾に行かされたっス。リラックスするために続けていた木彫りも女の子の趣味じゃないって母さんに言われて……一悶着あったんス。でも、学校であんな事件があって。とりあえずふたりはボクへの干渉を止めたっス」


 灯花ちゃんに連絡しなくなった自分が恥ずかしくなった。勉強を教えることはあたしの成績では無理だけど、もっと相談に乗ってあげるべきだった。

 彼女は紛れもなくあたしの友達なのだから。でも、今からでも遅くはない。あたしは膝の上に置かれた灯花ちゃんの手を握った。


 すると、水色のパジャマの裾が下がり、手首に包帯が巻いてあるのが分かった。リストカット……。自殺を試みたのだろうか。


「学校で何があったの?」


「ボクはその日トイレにいたっス。心細かったので友達の凛子に付いてきてもらって。それで用が終わって扉を開けたら凛子が横のトイレの壁を蹴破っていたっス。木片が足首に刺さって血が出ていて。でも、凛子はまるで気にせず、血走った目でボクに噛み付いて来たんス。何が何だか分からなくて、悲鳴を上げたら貫堂先生が止めに来ました。だけど、貫堂先生までおかしくなっちゃったっス」


「それでどうやって事態は収拾したの?」


「並の人では止められなさそうだということで男の先生が来て、その先生は何にも影響が無くてふたりを取り押さえたっス。ふたりはしばらくしたら落ち着いたらしいっスけど」


「灯花ちゃんに怪我は無かったの?」


「血が出るくらいの怪我は無かったっス」


 間違いない。異能だ。誰かが異能を使って女子生徒と教師を狂わせたのだ。けれど、トリガーが分からない。また、灯花ちゃんに何の影響も無かったということが気にかかる。


「その手首の包帯は?」


「これは一昨日父さんの前でボクが包丁で切ったっス。父さんが慌てて止めて大した怪我でもないのでご心配なさらず」


「心配するよ!痛くない?」


 そう声をかけたとき初めて灯花ちゃんは笑った。青ざめた顔とは不釣り合いなくらい明るい笑顔であった。


「ありがとうございます。本気で心配してくれたのは紋藤先輩だけっス。……もし父さんや母さんが本気で心配していたのなら、娘の部屋にナイフを置きっぱなしにはしない」


 灯花ちゃんはまくらの下から鋭いナイフを取り出した。木彫り用の道具だ。あたしは素早く飛び退き、彼女を窺う。武器を持った相手を制圧する訓練もさんざんやった。でも、その技を初めて試す相手が後輩になろうとは。


「紋藤先輩が変わってしまって悲しいっス」


「どういうこと?」


「中学時代の紋藤先輩だったら、ボクの胸やお尻や太ももをガン見してたはず。もうボクになんか興味無いって言っているようなもんスよ。ボクは悲しいっス。……紋藤先輩が今日ここに来なかったらこんな事態にはならなかったのに!!」


 灯花ちゃんの魂の叫びに一瞬気を取られた隙に彼女は手首を切り落とす勢いで包帯の箇所を切り裂き、血液が辺りに飛び散る。重傷だ。すぐ救急車に運ばなければ。とスマートフォンに電話番号を打ち込もうとして。


 え。


 あたしはあたしじゃなくなっていた。体を駆け巡るのは激情だった。憤怒・憎悪・嫉妬……そんなものでは比べ物にならない強烈な衝動。


 灯花ちゃんのトリガーは出血することだろうか。そして異能は近距離にしか効果が無い。匂いか。最初の事件で反応したのは彼女がトイレに入ったとき……生理のためのナプキンを処理したことがキッカケかもしれない。


 後ろの扉が開かれた。

 そこには目を丸くした灯花ちゃんのおばさんが立っている。お盆にはお菓子が乗っている。あたしの手には灯花ちゃんがそっと渡したナイフがあった。


 まさか。やだ。やだ。やだ!

 そう思っているのにあたしの腕はナイフを振るった。「ぎゃあ!」とおばさんが走り、階段へ。足を止めたいのに体を巡る異常な熱があたしを動かす。1階へ降りつつ、足はおばさんを追尾した。


「灯カちゃン、なんデ……!?」


 少し距離を取りながらも灯花ちゃんはこちらの状況が見える位置にまで来ている。


「ボクの血液は人を乱す。そのことに考えが及んで父さんに復讐をしてやろうと思ったっス。でも、効かなかった。ボクの能力は女の人限定みたい。男にも効くんだったら、渋谷とかでやってみたかった」


 まともな言葉を出すのはそれが精一杯だった。燃えるんじゃないかという熱に浮かされ、背中を向けたおばさんにナイフをざくりと刺した。ぞぶりと刺した。ぐさりと刺した。ひたすら刺した。腕にも刺した。足にも刺した。首にも刺した。刺した。刺した。刺した。刺した。


「ヒャハハッ、ハァ、ハァハァ……気持ちイイっス! 死ね。死ね。死ね! クソババア! もっと刺してやってくださいよ、紋藤先輩!!」


 彼女の命などとうに消えている。

 浅慮で軽薄な自身の判断を恨む。ラビさんに連絡すれば良かった。そうしていれば。あたしは人殺しにならずに済んだのかもしれない。でも。それは。


 今のこの道を選んだのはあたしなのだ。


 絶望のまま打ちひしがれたまま、あたしは機械のようにおばさんの体にナイフを突き立てた。灯花ちゃんはあたしの滑稽な姿を嘲笑っている。こんな子じゃなかった。人を傷つけて喜ぶような子じゃなかった。でも、偏執者として目覚めてしまった彼女は悪辣だった。


 あたしのせいで人が死んだ。いや、違う。あたしがその手で人を殺したのだ。

 目から溢れる涙は灯花ちゃんへの想いか、自身の情けなさか、おばさんに謝りたい気持ちか、それともラビさんへの…………。


 ガン!と玄関の扉が突き破られた。出てきたのは肩で息をするラビさんだった。メガネの似合う美少女。右手には抜き身の日本刀を持っている。


「ラびサん……ごメンナサい……」


 右手のナイフを振りかぶる。沈痛な顔をしたラビさんはとても美しかった。

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