2、恋は盲目の狗
「はい、あーん」
「あ……あ、あーん……」
刈園高校の2年生の教室にて。あたしはいまラビさんに彼女が手作りしてくれたお弁当を食べさせてもらっている。彼女が転校してきて僅か1日で早くも“彼女持ち”になったことは既に学校中に知れ渡っているらしい。
確かに自己紹介のときには彼氏も彼女も募集していると言っていたが、ここまでの急展開は誰にも予想出来なかっただろう。
とは言え、この恋人騒動をラビさんを慕う者たちは静観を決めているようだ。何せ相手が女の子なので、彼女が男も女もイケる口なのか、目立たないやつ(金髪だけど)を適当に弾除けにしているか判断がつかないからである。
「どう? 美味しいかしら。昨日狩ったばかりのツキノワグマのメンチカツよ」
「美味しいです!」
「これも食べてみて。ヒグマから生きたまま抉り出した心臓と脳味噌のハンバーグよ。安心して、寄生虫はいないから」
「……お、美味しいです!」
「これも自信作なの。ホッキョクグマのお味噌汁。魔法瓶って便利ね〜。アツアツのまま紋藤さんに食べてもらえるんだもの。料理のしがいがあるわ。これは調達にも苦労したから、喜んでもらえて嬉しい」
「……お、おわ、美味しいです!」
ラビさんの手作りのお弁当は熊肉オンリーだった。その漢らしい(?)料理の腕前には周りで聞き耳を立てていたクラスメイトたちがコソコソと「狩った?」「なんか昨日の夜、近くの動物園からホッキョクグマが消えたっていうニュースあったけど」「ウケる」などと言っているのが聞こえてくる。
「あの、ラビさんも食べましょう……。自分の分は無いんですか?」
「私はいまダイエット中で……こっちは野菜しか無いのよ。紋藤さんもお口直しに食べる?」
と昔のアニメのシールが貼られた大きめの弁当箱を開ける。
「…………野菜?」
その中にこれでもかと詰められていたのは大量のマッシュポテトであった。他の具は一切入っておらず、ポテト“サラダ”だから、野菜だよねとはとても言えない。しかも、ラビさんは冗談だと笑うわけでもなく「ダイエットって味気ないわ」と本気で言っていることが伝わってきた。
けれど、マッシュポテトをガツガツと豪快に食べ進めるラビさんが美しいのは言うまでもない。彼女には彼女なりの信念があるのかもしれないし、ここで水を差すのは良くないなと思うことにした。
さて、こんな風にキャッキャウフフすることになったのにはもちろん理由がある。昨日の夜まで時を遡って。
「じゃあ、私の彼女になってくれるかしら?」
時が止まった気がした。まさか恋に落ちて半日足らずであたしの夢が叶うことになるとは。て、いやいや、さすがにこれはあたしに都合が良すぎるのではないか? ラビさんはいったい何が目的でこんな衝撃的な告白をしたのか。
『おまえは早急過ぎる。悪いがオレが説明する。ラビは犀山の死体を片付けてこい』
「えぇ〜? 羽常とかえでちゃんが処理する約束だったじゃない。こんなボロボロになった校舎を直すのは私の異能では不可能よ?」
『もちろん、犀山とラビが破壊した校舎は宇入警部が直す。その間の時間稼ぎや人払いは羽常がやる。で、おまえはその死体を担いで賊敷に渡せ。さっき呼んでおいたから、もう賊敷は到着しているはずだ』
「ちょっと、賊敷には紋藤さんを家に送り届ける仕事があるじゃない。死体と一緒に帰れって言うの!?」
『文句があるならさっさと行け。おまえの足の速さ次第では賊敷はチヨダまで行って帰って来られる。消毒もさせておく。その間に着替えて来い。チヨダのデスクにそんな格好では入れないぞ』
「は〜い。残業いやだなぁ」
ラビさんは犀山の死体を軽々と担ぎ、階段に向かう。その姿はサラリーマンのようであった。
『改めて名乗っておく。オレたちは警視庁公安部特務捜査課別班だ。オレたちの仕事は偏執者を狩ること。彼らは日常の何でもない行動をキッカケにしていつ大量殺人を起こすか分からない危険な存在。だが、中には事件の犯人に投降を呼びかけて、仲間にすることもある。けして今回のように即・殺害というパターンが一般的だと思われるのは心外だ』
「ラビさん、犀山先生にも投降を呼びかけてましたもんね。偏執者にもたくさん種類がありそうだっていうのは何となく想像がつきます」
『偏執者は異能だけでなく、トリガーも千差万別。息を吸えば発動可能になるようなものもあれば、めんどくさい手順を踏まねばならないものもある。潜在偏執者はこの世界に山ほどいて、そいつらを見つけることは難しい。全員を狩り尽くすというムーブメントが起こった時期もあったそうだが、困難過ぎて下火になったほどだ』
もしかしたら判明していないだけで刈園高校にだって偏執者はいるかもしれない。そうだ。ラビさんは普通に戦っていたけれど、現実離れした力だ。何か代償はあるのだろうか。
「異能を使うことにデメリットとかあるんですか?」
『異能を使用中、執着者は極度の興奮状態になることが多い。性的興奮とはまた違う。万能感・優越感に溺れてゆくような感じだな』
「え。じゃあラビさんも戦闘中に興奮状態になっちゃっていたんですか?」
『別班の人間はある程度テンションを保つための訓練を受けているが、それでも抑えきれないものはある。普通は異能を使うととんでもなく気が大きくなるんだ。全財産を競馬に突っ込むやつ、自身が神様になったと思い込んで人を殺しまくるやつ、自分は飛べると思って高層ビルから飛び降りるやつとかな。とかく管理に苦労しているよ』
というインカムからの声に対して相槌を打つことも忘れていた。
あのラビさんにも抑えきれない欲求があるってこと!? 清楚で真面目そうな“美”が溢れ出ているメガネの姿からはとても想像がつかない。なんだか興奮してきた。
『というわけで、紋藤には頼みたいことがある』
「はい!」
『ラビの彼女になってやってくれ。ここに転校する前は芋臭い見た目をしていたのだが、女はトータルコーディネートよ!と気合いを入れすぎてああなった。彼女に告白しようと企む男共が多すぎて鬱陶しい。任務にも支障が出るかもしれない。たまたま巻き込まれたことを恨め。その代わり、給金も出す。悪い話じゃないだろう?』
「なんだ。ラビさんがあたしのこと好きだってわけじゃないんだ……」
『ふっ、これから惚れさせればいいだけの話だろ。ラビの内情を知る者は本人と紋藤、そしてオペレーターのオレだけだ。この仕事の最大目標はこの辺りで起きている連続少女殺人事件の犯人を確保すること。それまでは協力者として頑張ってもらう』
「だいたい分かりました。あのそれで、あなたのことは何とお呼びすればいいでしょうか?」
『オレのことは02と呼べ。よろしくな』
連続少女殺人事件は毎日のようにニュースで騒がれている。一人目の犠牲者は刈園中学の女の子であった。全身を刃物のようなもので切り刻まれたあげく、顔には酸がかけられていた。
二人目の犠牲者は星城学園中等部の女の子。いわゆるお嬢様だ。同じく刃物で全身を刻まれ、そのあちこちからは酸が検出された。
三人目の犠牲者は都内でも有数の偏差値を誇る清篤原高校の女の子。将来を嘱望された才色兼備な少女であったらしい。傷口から見つかった酸は非常に強力なもので肉体を溶かすほどだったとか。
警察の捜査は上手くいっておらず、このままでは四人目の犠牲者が出るのではないかと学校でもいい噂の種だ。だが、もしこの事件の犯人が執着者であるのならば、それは別班の仕事になるだろう。
当然ラビさんも駆り出されるはずだ。……自分には何の力も無いことが悔しくなる。あたしはラビさんに頼りにしてもらいたいのに!
『そろそろ撤収の時間だ。一階に降りろ。賊敷に車を用意させている。ラビも一緒だ』
その言葉にハッとする。ラビさんの色白の肌が興奮によって赤く染まるところを想像していたら、意識が沈んでいたみたいだ。
02の指示に従って一階へ降りる。職員室には灯りがついているものの、特に騒がしくもなく。別班の工作のレベルの高さを実感した。
校門の前に一台の車が停まっている。右側のドアが開いており、ラビさんがそこで手招きしている。あたしがその車の後部座席に座ると、目に覇気の無い坊主刈の運転手が会釈した。
……さっきの2人の会話を考えるとこの車は千代田区まで行ってそして帰ってきたことになる。いくらなんでも早すぎやしないだろうか。ラビさんが降りてからまだ30分も経っていない。
刈園区は東京24区のひとつで街としてはかなり発達している方だろう。人も車も多く、道は混雑していたはずなのに。
「さて。私たちの立場は分かってくれたかしら。それで、紋藤さんはどうする? 私と付き合っちゃう? 恋人ライフ送っちゃう?」
「喜んで!」
「気持ちの良い断言ね。そうだ、私は恋人と手作りのお弁当を食べさせ合いっこするのが夢だったの。明日の昼食期待していてね!」
と嬉しいことを言ってくれる。すると、ぼんやりとした運転手がこちらを窺うように視線を向けてきた。腕はだらんと下げられている。
「半村警部補。出発してよろしいでしょうか」
「ええ。紋藤さんの家は頭に入っているのよね?じゃあ、紋藤さんシートベルトを」
後部座席のシートベルトは何故か二重になっている。拙いながらも時間を掛けて嵌めた。すると運転手がハンドルを握る。途端に斜め後ろから見える彼の横顔は獰猛な表情になった。
「うおおお!!! ヒャッハァァァッ!!」
「な、何?」
いきなりアクセル全開で何の躊躇もなく車は前へ進んだ。とんでもない加速が生み出した重力に体が悲鳴を上げる。スピードが速すぎて前の車にぶつかる!と思わず目を閉じたが、衝撃が走ることはなかった。
追い越した? いや、車は微塵も揺れていない。そして、赤信号の交差点を一瞬で抜ける。仮にも警察の人間が普通に信号無視したことはとりあえず置いておこう。
それはあまりにも奇妙な光景だった。光が屈折するかのように対向車たちがぐにょんと折れ曲がり、この車を回避してゆく。
そして、あたしの家に向かうためには右折しなければならないところを車は直進、直進、直進してついには歩道に乗り上げてマンションに突っ込む。何を考慮するでもなく、直進して……動くことのない建築物が躍動し、車を回避。
「ヒャッハァ! 平伏せ愚民どもがぁ!!」
物騒なことを言いながら彼はマンションを突き抜け、絶賛営業中の居酒屋を貫通する。中で陽気に酒を飲む人々はこの車の存在に気付いた様子も無かった。
疑うまでもなく、運転手の彼は偏執者だ。
「賊敷吸人の異能は【in主運転】。彼が運転する車は不可視となり、あらゆる事象から優先されるようになる。もし、銃撃されても爆撃されてもこの車の中にいる限り安全よ」
「凄いですね……犀山先生やラビさんの異能は自分が変わるって感じだったのに、賊敷さんのは世界に変えさせている」
「良い表現ね。確かにこの異能の強度はとてもつもなく高いわ。強度が高すぎてアンコントローラブルだけどね。例えば、この車で敵を轢きたいと思ってもそんなことは出来ない。戦闘員としては困るところだけれど、凄い異能ではあることに間違いはないわね。はぁ……これで轢き殺せるのなら、別班の苦労の半分は解消されたはずなのに」
ラビさんは美しい顔を歪ませ、殺伐とした愚痴を口にした。柔らかそうな肢体に食い込んでいるシートベルトがセクシーに見える。
「この車を異能が攻撃したらどうなるんですか?あ、いや、でも、偏執者にも運転中は見えないのか」
「正確に言うなら賊敷がハンドルに手を置いている間ね。仮に異能で攻撃されても、この車は無事よ。まぁ、地面が大きく抉れたりしたら走行は難しくなるでしょうけど」
「あくまで車ですもんね」
「そう。理解が早くて助かるわ。乗り心地が最悪で長時間乗ってたら酔って気分が悪くなることを除けば、ここは世界一安全な移動要塞だと言えるでしょう」
そんなことを言っているうちに、もう家に着いてしまった。もうちょっとラビさんと話していたかったのに。ラビさんは「ふひゅう……! 運転してえ! 運転してえよオオ!」と興奮している賊敷さんの肩に手を置き、宥めている。
……まぁ、ふたりきりってわけじゃないし、別にいいか。それにしても別班の人間はテンションを抑える訓練をしているという02の話は何だったのか。
「じゃあ、おやすみなさいラビさん!」
「ええ。紋藤さん、また明日」
ドアを開けると11月の冷たい空気が頬を撫ぜた。閉めた途端、車は消えた。なるほど、最初にラビさんが車に入らずに待っててくれたときはドアが開いていたから、あたしの目にも見えていたわけだ。
お母さんが帰ってきていたからか、玄関の鍵は空いていた。刈園区を震撼させている連続殺人事件が起きているのに呑気なことである。でも、犯人が偏執者なら鍵なんて無意味なのかもしれないけど。
ポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。真衣と朱里からの通知がどっさり溜まっている。ラビさんの彼女になったことをどうやって説明しようとニヤニヤしたままリビングに入り、お母さんから気味悪がられてしまった。
そして……。
そして現在に至る。昼休みが終わって五時限目の授業が始まる。ラビさんは授業中でもたまにあたしの方を向いて手を振ってくれる。
恋人っぽいなぁと感慨に耽りたいところだったが、真衣は普通に横の人と喋っているし、朱里はスイカみたいに大きな胸を机に乗せて眠っており、風情が無い。
刈園高校には風情が無いのだ!
ぼんやりと廊下の方を見る。昨日、犀山は異能を使って教室を破壊していた。窓ガラスは粉砕され、壁に大穴が空いた。崩れてしまった廊下もあった。それなのに、誰ひとりとしてそれに気付けないほどに校舎は完璧に修繕されていた。
そういうことに特化した偏執者がいるのだと思う。あたしが知らないだけで、こういった戦闘はこれまで幾度となく繰り返されていたのだろう。ラビさんは公安の人間として、命をかけて日々戦っている。
ウィキペディアを読んだが、公安警察とは日本の安全を守るためにさまざまな組織に対して諜報活動をしている機関のようだ。別名をチヨダ、あるいはゼロと呼ぶらしく、それは02とラビさんの会話とも合致している。
異能が秘密にされているのだから仕方ないが、特務捜査課なる部署の記述は無かった。そう言えば。ラビさんは殺人事件の捜査のために刈園高校に潜入した。
ならば、犀山先生はどうだったのだ?彼はあたしが入学する前からここで働いていていたはず。何かを調べるために潜入していたのか?あれだけ生徒に嫌われていては仕入れる情報の量もたかが知れていると思うのだが。
彼は突然の病で退職したということになっており、死亡した事実を知る者はあたしと別班以外にいない。とは言え、ラビさんに聞いたとしてもさすがに教えてくれないと思われる。それは別班の職務の機密に関わることだろうし。
「あぁ、それはね」
恋人を家に呼ぶという一大ミッションをやすやすとクリアしてしまい、内心拍子抜けをしていたあたしが軽く聞いてしまったその質問に軽く答えてくれた。
「私たちのような工作員は同じ警察にも素性を話せない。職務質問やら他の事件の捜査やらで疑われないために、表向きの顔を作らなければならないの。犀山はそれが教師だったってことね」
漆黒のセーラー服と純白の素肌のコントラストに目を奪われる。あたしのベッドに腰掛けたラビさんはそう説明しつつエクレアのぬいぐるみをふよふよと触っていた。
「教師としての犀山瞋恚地郎はどうやら生徒にとって頼るべき存在ではなかったみたいだけど、別班の彼はそうじゃない。僅かな情報を頼りに多くの偏執者を見つけた。初見の異能を相手に渡り合った。部下を庇い、市民を助け、同胞である偏執者を導いた。それなのに……彼は別班の任務を放棄して行方をくらました。02が見つけたのは偶然みたいなものね」
「え……ぜんぜん想像つきません。あの人はいつも何かに苛ついてて訳も無く生徒を威圧してました。まぁ、あのカツラの姿のせいかもしれませんけど、誰にも信用されてませんでしたよ」
「…………“何か”があったことは確実だと思う。最後に彼は……あぁ。いや。何でもないわ」
と気になる切り方をされた。どんな情報でもあたしに話してくれるのではないかと思っていたが、ラビさんなりに線引きはあるようだ。
あたしは漫画が積み上がって本来の用途を為すことが出来ない勉強机に備え付けられた椅子に座り、何とかラビさんのパンツが見える位置が無いか探っていた。
その視線に気付いたのか、ラビさんは愉快そうに笑う。
「ふふ、そんなに見たいのかしら。それなら、もっと近くに来たらいいのに。紋藤さんと距離があってちょっと寂しいわ」
「でで! ですよね!?」
お許しがあったのであたしは遠慮なくラビさんの隣に座った。肩と肩が触れ合い、あたしの鼓動が伝わっていないか心配になるほどまでに心臓の音がうるさい。ラビさんの黒髪が肩にかかる。
「あの……ラビさん。どうしてあたしにいろいろ話してくれるんですか?」
「そりゃあ、もちろんあなたを信用しているからよ。まだ会ってから時間は経っていないけど、あなたの人格面について既に報告は来ているし。今は単に別班の協力者ではあるけれど、いずれはその先の局面に到達する可能性があるわ」
「その先?」
「……私たち別班の本来の仕事は偏執者の発見よ。でも、ここ最近ではインターネットが発達して、私たちの仕事はしづらくなっている。情報が少ないんじゃない。多すぎるのよ。社会から排除された除け者を探すなんて昔はそう難しくなかったのに。毎日毎日、情報を精査してこちらのデータと照らし合わせて……そんな作業をしていると鍛錬の時間も満足に取れない。だから」
「なるほど……事情を知っているあたしがさらにスキルを身に付ければ別班で働くことが出来る。そういった一時凌ぎじゃない協力者。それにあたしはなれるかもしれないってことですか?」
「そういうこと。別班の他の人たちは協力者を“育てる”のが苦手らしくてね。今は私しかやってないわ」
黒い瞳があたしの像を映す。逆にあたしの鳶色の瞳にはラビさんの姿が映っているのだろう。
「ラビさんは得意なんですか?」
「いいえ。これが初めて。だから、けっこう緊張しているのよ? 紋藤さんを前にしたら……」
ラビさんはあたしの痛んだ金髪を透くように撫でた。そして少しずつその潤んだ唇が近付いていって……!?
ガチャリと扉を開く音がした。
「あらあら! てっきり、灯花ちゃんだと思って開けちゃったわ。お盛んなところごめんね」
「も、もう〜!! ノックしてっていつも言ってるよね、お母さん!? 信じらんない!」
もうちょっとでキス出来たのに!
「はじめまして、夢与の母です。娘がいつもお世話になっております。とんだ不良娘ですけど、よろしくお願いします〜」
お母さんはお盆にクッキーとジュースを載せて差し出してくれた。ラビさんは「紋藤さんはお母さん似なのね」と言いつつ立ち上がり、お盆を持ち、ベッドの前に置いた。
「私は紋藤さんの恋人で、半村ラビと言います。気軽にラビって呼んでくださいね」
「そうなの! ラビちゃんは今日はどうするの? 泊まっていってくれるんでしょう?」
「え。いやいや、いきなり、いきなり何を言い出すのお母さん!? ラビさんに迷惑でしょ!」
「あんたねぇ、十一月を舐めているわけ? もう外は真っ暗よ。この中をラビちゃんにひとりで帰らせるなんて酷い恋人もいたものね? ただでさえ、最近は近所に変質者が出るって噂なのに」
「変質者? 通り魔じゃなくて?」
「通り魔も怖いけど、さすがにこれだけ警察が警戒しているわけだし、すぐに捕まるでしょ? でも、変質者は女の子に全裸を見せつけたいだけでしょうから、捕まってもすぐ出所出来る。変質者の方が怖いでしょ!?」
ラビさんは強い。メガネが似合う文化系のオーラが出ているが、力持ちだし足も速い。それにいざとなったら異能が使えるのだ。変質者如き簡単に倒せるだろう。もちろん母はそんなことは知らないので当然の心配であろうが。
「着替えは持っていないんですが、お母さまの言う通り不安になってきましたわ。明日は土日だし、泊めてくださるとありがたいのですが」
「もちろんよ〜! ゆっくりしていってね!」
降って湧いたような幸運だが、さっき良いところで焦らされる結果になってしまったためか微妙に気まずい。しかし、暗くなった風景を窓から見ているラビさんはニヤリと不敵に笑ったのだった。
今回の味方
賊敷吸人(23)
異能
【in主運転】
運転している車を不可視の存在にし、その車はあらゆる事象に優先される。対物ライフルの弾丸だろうが、毒の霧だろうが、核ミサイルだろうが、そちらから回避してくれる。爆風も無効。
トリガー
ハンドルを握る。ハンドルから手を離すと強制解除。