1-6 ベイディオロの後悔
魔王城十三階の会議室で、ベイディオロは机に突っ伏していた。
どう考えても駄目だ。選ぶ魔物を間違えた。魔界はおしまいだ。
会議室の机の上には鏡が置かれていた。この鏡は一見普通の鏡だが、魔界終末時計を通してKEMOの本部となった倉庫の状態が見えるようにしてある。監視カメラのようなものだ。
ベイディオロが側にいない状態だったら三人がどんな様子なのか、こっそり確認しようと思ったのだが……。
見なければよかった。
あいつらのどこが魔界の危機を救う救世主だ! ベイディオロは頭の羽を掻きむしった。
今回の異動は、他の上級大将たちの意見も聞いてから最終決定した。しかし今のところ後悔しかない。
ダークエルフのリザミィ、リザードマンのライジャー、オークのボンボ。
彼らが選ばれた理由は他でもない。
三人が「部隊の問題児」だったからだ。言ってしまえば、部隊のお荷物。いなくなった方が部隊が円滑に回る者たちなのだ。
ベイディオロの当初の予定では、魔王軍の魔物登録リストから、魔王の感情管理にふさわしい者を上級大将たちに選んでもらう予定だった。
が、どの上級大将も一向に誰も選出しようとしない。会議が進まずベイディオロは大いに困った。
それなら先に、軍に絶対必要な魔物を選択肢から除外していこう、という話になった。消去法というやつだ。これが大きな間違いだったのだ。
結果的に、問題児の彼女たちしか残らなかった。
ベイディオロは猛反対した。考え直そうと主張した。なにせ魔界の命運がかかっているのだ。こんな余り者たちに、重大な仕事を任せることなど出来る訳がない。
ところが、他の上級大将たちは会議がめんどくさくなったのか、ほぼ投げやりな状態で、とりあえずこれでいこう、まあやってみよう、という話でまとまってしまった。
とりあえずこれでとか、まあやってみようとか、そんな曖昧な感じで決めていいものではないのに!
リザミィはベイディオロが管轄している前衛第四部隊のメンバーで、二本のダガーを使った戦闘能力は申し分ない。……戦闘能力「は」。
部隊でも度々良い活躍を見せてくれていた。しかしかなりの遅刻魔であるし、何より魔王への熱量がおかしいのだ。ライジャーもドン引きしていたが、とにかく異常だ。
真剣な戦闘中でも彼女の魔王熱は暴走するので、その様子に仲間たちが戦意をそがれることも少なくなかった。軍の士気に悪影響を及ぼす存在だ。
魔王のことを一番考えているし、ある意味、KEMOの適任者なのかもしれないが、とにかく愛が過剰すぎる上、自己主張も激しい。彼女に魔界の運命を委ねるのは不安過ぎる。
ライジャーはサキュバスのレイナが管轄する部隊、ボンボはオーガのヴァハルが管轄する部隊に属していたため、ベイディオロが会ったのは今日が初めてだった。
あのリザミィよりはマシなのでは、とちょっとは期待していたが、甘かった。
ライジャーは短気で口が悪いし、魔王に向かって金と女が好きです、と悪びれもなく言える男だ。ヤバい神経をしている。さっきもズルをしようと魔界終末時計を触っていたし。念のため電流を仕込んでおいて正解だった。油断も隙も無い。ずる賢いやつだ。
ボンボはおどおどしているし、食欲にしか興味がない様子で、とにかくずっと食べていた。隙あらば口を動かしていた。食べ終わったかと思えば、どこからともなく次の食料を取り出していた。どれだけ大食いなのか。他の二人と比べて、組織にいても害はなさそうだが、彼がちゃんと魔界を救ってくれるのかと問われると……心もとない。
こんな三人に、魔界の未来を託して本当に大丈夫だろうか。
「あらぁ、ベイちゃん。死にそうな顔してるわねぇ」
「新組織は上手くいきそうか。KEMOだったか?」
「かわいい略称よねぇ」
レイナとヴァハルだ。哀れなベイディオロを笑いに来たのかもしれない。こいつら、他人事だと思って。
ベイディオロはため息をついた。
「魔王様への挨拶は済んだ。あとはやつらの働きに期待するしかないんだが……」
「問題あり?」
「大ありだ!」
レイナは慰めるように、ベイディオロの肩にそっと手を置いた。
「まぁまぁベイちゃん。悩み過ぎはよくないわよぉ」
「お前たちが適当に選んだくせに……」
ベイディオロが睨むと、レイナはおどけた顔をして首を傾げた。
「あらぁ? あたしは、ライジャーちゃんが適任だと思ってるけどぉ? 残念ながら、部隊での活躍はいいものではなかったけどねぇ。あの子癖が強いから」
「俺も、ボンボを選んで間違いないと思っているぞ。食ってばっかりだけどな!」
ヴァハルは豪快に笑う。こいつら、自分の部隊から問題児を切り離せてホッとしてるだけじゃないのか。
「まぁ、まだ何も始まってないんだから、三人を見守ってみましょうよぉ」
レイナの言う通りではある。後悔したところですでにKEMOは発足している。三人も初仕事に取り掛かろうとしているところだ。
どうか、魔王様を怒らせることだけはありませんように。
ベイディオロには、そう祈ることしか出来なかった。