2-10 はらはらドキドキクッキング
時刻は15時を過ぎたところだ。急がないと17時の夕食の時間に間に合わない。
共有キッチンの前に立ったリザミィは、気合を入れて髪の毛を一つに結んだ。
手を洗った後包丁を手に取った。がっちりと握り締める。大丈夫。やれる。私、やれるわ。
隣にいたライジャーがそんなリザミィを見て慌てて止めに入った。
「おい、それ包丁の持ち方じゃねぇだろ! 誰かを刺し殺すつもりか!?」
「この方が切りやすいんだもの」
「……マジで見てらんねぇな」
ライジャーはリザミィを押しのけると、包丁を奪い取った。
「時間もねぇし、オレがやる。ババアはそこで眺めてろ」
「ババア言うなッ!」
リザミィは叫んだが、ライジャーは無言で玉ねぎを手に取った。
リザミィとライジャーは当初の予定通り、魔王の夕食を作ろうとしていた。
作るのはカレーライスだ。
アリマ直伝のレシピは手元にないが、ライジャーが言うには一般的なカレーライスなら作れないことはないらしい。
正直、魔王が喜んでくれるかはわからない。リザミィたちでは魔王が好きな味を再現するのは不可能だ。だが、夕食を延期にするよりはリスクが低いと判断した。
リザミィはライジャーの隣で、彼に切られてゆく玉ねぎを見つめていた。
それにしても、ただ突っ立っているだけというのももどかしい。魔王様へ手料理を振舞うなんてめったにないチャンス。リザミィだって力になりたい。美味しくなるように念だけは送っておく。
玉ねぎをじぃっと凝視していると、ライジャーが鬱陶しそうに身を引いた。
「ああもう! うぜぇな!? わかったからオマエは皮でも剥いとけ!」
リザミィはじゃがいもの皮を剥くことを許された。心が浮足立つ。これでリザミィも一緒に料理を作ったも同然だ。なんならリザミィの料理と言っても過言ではないのではないか。
鼻歌を歌いながら、ピーラーでぴゅんぴゅんじゃがいもの皮を剥いてゆく。
「ちょっと待てオマエどこまで剥くつもりだよッ!?」
「え? どこまで?」
リザミィの手の中にあるじゃがいもは、小石くらいまで小さくなっていた。
「茶色の皮がなくなるくらいでいいからなッ!? オマエマジで……いや、もう相手をしてる暇はねぇ」
リザミィは唇を尖らせた。
別に相手をしてくれるようお願いしたつもりはないし。一生懸命やっているつもりだ。
「……クッソ、どうしてオレがこんな……」
ぶつぶつ独り言を言い始めたライジャーは玉ねぎを切り進めている。
ボンボほどではないが、ライジャーも意外とテンポよく手を動かしていた。リザミィは感心した。
「あんた割と料理出来るのね」
「一人暮らしが長いからな。これくらいは出来て当たり前だろ。……出来ねぇのはオマエくらいだ」
「失礼ね。私だって自慢じゃないけど一人暮らし歴は長いのよ」
「だろうな」
ライジャーは鼻先で笑った。
しかし、どうにもこの皮剥きというのは難しい。いつもは皮なんか剥かずに料理していたから、ピーラーにも慣れない。
ちらちらとライジャーがこっちを見ている気配を感じる。口では相手をしている暇はないとか言っていた癖に、気になるようだ。
ライジャーはリザミィがぴゅん、と皮を剥く度に体をビクッとさせていた。
もっとスムーズにピーラーを動かせないものか。角度が駄目なのか。
リザミィがじゃがいもの向きを変えていると、つるっと滑って流しに落ちた。
「あああああああッ! もうッ! 駄目だ駄目だ駄目だッ! 気になって仕方ねぇッ! 危なすぎるんだよオマエはぁッ!」
「何がよ」
「何がよ、じゃねぇよッ! そのうち指がぴゅんってなっちまうだろッ!? もう貸せッ! オレがやる!」
「あんたはまだ玉ねぎ切り終わってないでしょ! こっちの仕事取らないでよ!」
「ぐううううぅッ! なんでボンボがいねぇんだよおぉー!」
両手で頭を抱えたライジャーは唸る。少しの間そうしたかと思えば、突然何事もなかったかのように姿勢を戻した。冷静になったようだ。
ライジャーは真面目な顔をしていた。
「先に聞くが、横で大人しく見てるだけっていうのは」
「嫌よ。私も手伝いたいわ。魔王様の料理だもの」
「だよな」
歯を食いしばったライジャーは、じゃがいもとピーラーを手に取った。
「いいか。このオレが、懇切丁寧に剥き方を教えてやるんだから、一回で理解しろよ」
「誰も教えてくれとはお願いしてないけど」
ライジャーのこめかみに血管が浮き出たような気がした。
「黙れッ! 流血の惨事になったらこっちが困るんだよッ! いいから見とけッ!」
ライジャーは怒りながらじゃがいもの皮剥きを見せてくれた。何度も何度も動作を繰り返す。彼は口は悪いが結構親切なところがあるのかもしれない。
リザミィは言われた通りに真似をしてみる。確かに、早さも剥きやすさもさっきとは大違いだ。
時々じゃがいもが滑り落ちそうになったが、ライジャーが言っていたように焦らず動かせば大丈夫だった。
しゅ、しゅ、と手つきは覚束ないが、リザミィはゆっくり皮を剥いてゆく。
焦らず丁寧に。茶色の皮がなくなるまで。
「……苦手なのに、よく嫌にならないよな」
ライジャーがボソッとリザミィに言った。集中してるのに気が散ることを言わないで欲しい。
「愛しの魔王様のためだから」
ぶっきらぼうに返すと、ライジャーはそれ以上何も言わなかった。




