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魔王様は今日もご機嫌ナナメ  作者: 鬼桜 寛
Episode2 愛のこもった手料理で胃袋鷲掴み大作戦!
28/32

2-9 アリマの息子

 昼間の東側エリアは歩いている者も少なく、とても静かだった。ここが夜になると全く別の街になってしまうから不思議だ。


 リザミィたちは店のケット・シーに教えてもらった通り、中華料理屋の横にある路地に入った。

 路地の突き当りは木の板で封鎖されていて、一見行き止まりのように見えた。

 ところが下の方に隙間が空いている。昨晩リザミィもこの周辺を通ったはずだが、暗かったこともあり隙間は見落としていたようだ。

 大型の魔物はまず通れない狭さだ。ボンボは確実に無理だろう。小柄なリザミィと細身のライジャーはなんとか隙間をくぐり抜けることが出来た。


 隙間を抜けた先には、空き地が広がっていた。

 リザミィは目の前の光景に眩暈がしそうになった。

 ケット・シーがそこかしこにいる。もふもふの猫耳が、転がったり走り回ったり昼寝したりしている。

 そこは猫パラダイスだった。リザミィは目的を忘れて今すぐケット・シーたちに埋もれたい衝動に駆られた。

 ちょっとだけでいいから、撫でさせてくれないかしら……!


 しかしケット・シーたちはリザミィを見つけると、大慌てで走り出してしまった。土管や木箱に身を隠している。かなり警戒心が強いようだ。

 かぎ尻尾のケット・シーの存在はまだ確認出来ていない。


「どうしよう……」


 リザミィが呟くと、ライジャーはニヤリと悪そうな笑みを零した。


「いいもん持ってるぜ」


 ライジャーは腰鞄から透明なパッケージに包まれたものを取り出した。パッケージには「猫ちゃんのおやつニュムム」と書かれている。

 これはどんな猫でも虜になってしまうという魔性のおやつだ。液状になったおやつをペロペロする姿が愛らしいと少し前に雑誌でも話題になった。

 なんでそんなものをライジャーが持っているのかは疑問だが、使わない手はないだろう。

 果たしてケット・シーにも有効なのかはわからない。リザミィはニュムムの封を開けた。


「ねぇ、出てきてくれないかしら? ここに美味しいおやつがあるわよ」


 効果は恐ろしいほどにてき面だった。封を開けるや否や、あちこちからケット・シーが飛び出してきた。

 みんなリザミィが持つニュムムに夢中だ。舌で一生懸命ペロペロしている。

 んかわいぃい。

 リザミィはにやける顔を我慢出来なかった。なんという至福の時間。


「おい! あいつじゃねぇか!?」


 ライジャーが指さす先に、かぎ尻尾のケット・シーがいた。しかもそいつはご丁寧にリザミィのサイドパックを身に着けていた。わかりやすすぎる。


 ケット・シーたちにメロメロになっている場合ではない。逃がすものか。

 リザミィはニュムムを置いてすぐさま走った。かぎ尻尾のケット・シーは慌てて逃げようとするが、リザミィの動きの方が早かった。

 かぎ尻尾のケット・シーを後ろから羽交い絞めにすることに成功した。

 ──ってちょっと待って、めっちゃもふもふしてるんだけど! 顔面を柔らかい毛に埋めて息を吸いこみたい。それどころではないのに、気が緩んでしまいそうだった。


「や、やめろぉ! 離せっ!」


 空き地内に響いた叫び声に、周囲にいたケット・シーたちは瞬く間に逃げ去ってゆく。かぎ尻尾のケット・シーはリザミィの腕の中でジタバタと暴れていた。ここまで来て往生際の悪いやつだ。


「あんた、早く私の鞄を返しなさい!」


 するとかぎ尻尾のケット・シーは、抵抗する様子もなくサイドパックを地面に落とした。

 なんだ、案外素直なんじゃない。

 リザミィが腕を解こうとすると、ライジャーが手で制した。


「待て、鞄の中身を確認してからにしねぇと」


 その時、かぎ尻尾のケット・シーが小さく舌打ちをしたような気がした。見た目に騙されてはいけない。可愛い顔をして憎たらしいやつだ。

 両手が塞がっているリザミィの代わりにライジャーがサイドパックの中身を見る。


「……なんでこんなにパンパンなんだ……? 全部持ち運ぶ必要あんのか?」


 女の子の鞄の中をしげしげ見ないで欲しい。あれこれ大事なものが入ってるんだから。


「なんだこれ。魔王の写真か……? マジかよ」

「いやぁッ! それには触らないでッ! 汚れちゃうでしょ!? で、肝心のレシピはあったの!?」

「ねぇな」


 リザミィの腕の中でぴく、とかぎ尻尾のケット・シーが動いた。

 ライジャーはかぎ尻尾のケット・シーと同じ目線になるように腰を屈めると、ニタリと唇の端を上げた。


「なぁ? オレら急いでんだ。早いとこ渡してくんねぇと、どうなるかわかるよなぁ?」

「うるせぇ! 「炯眼けいがんの青龍」め! 俺の人生をめちゃくちゃにしやがって!」


 誰それ。

 リザミィは眉を寄せた。そんな中、ライジャーは驚いたように目を丸くしている。


「こいつ、あん時のケット・シーか!」

「ネロだ! 何もかも全部お前のせいだ!」


 二人は顔見知りなのか。どうやらこのネロというケット・シーは、ライジャーのことを恨んでいるらしい。まぁ、ライジャーの性格なら恨みの一つや二つ買っていてもなんらおかしくはない。


「あなた、レシピなんか奪ってどうするつもりなのよ」


 リザミィが尋ねると、ネロは牙を剥き出しにしていた。これは相当怒っている。


炯眼けいがんの青龍を痛い目に合わせたかったんだ」

「あんた何したの……」


 ライジャーは、さぁ? と白々しく肩を竦めた。それを見たネロは毛を逆立てて叫んだ。


「俺との勝負で有り金を根こそぎ奪っていった上に、こんな美人の彼女までいやがって! お前は俺にないものを全部持ってやがる! だから困らせてやろうと思ったんだッ!」


 この子はとても大きな間違いをしている。


「ネロさん、一つだけ訂正して欲しいわ。私はこのトカゲの彼女じゃない。近い将来魔王様の妻になるの。覚えておいてね」

「美人は訂正させねぇのかよ」


 ライジャーに真顔でツッコまれた。


「っつーか、逆恨みもいいところだ。金賭けて正々堂々勝負した結果、負けたのはお前だろ」

「何が正々堂々だ! イカサマをしたに決まってる!」


 ネロの言葉に怒りが沸点に達してしまったようだ。ライジャーはネロの胸倉を掴んだ。


「あぁ? オマエ、今すぐここで殴られてぇのか?」


 どうしてこのトカゲはこんなにも短気なのか。いやになっちゃうわ。

 リザミィはネロを守るようにライジャーから引き離した。ライジャーは不服そうに舌打ちをする。

 リザミィはなるべく優しい口調でネロに尋ねた。


「ねぇ、ネロさんはアリマさんの息子さんなのよね?」


 ネロは躊躇った様子を見せたが、小声で話し始めてくれた。


「……そうだ。俺は母さんが引退したあと、魔王様の料理番にもなった」

「こいつが魔王の料理番だと?」


 ネロはライジャーを睨みつけたが、そのまま続けた。


「最初は凄く誇らしかったんだ。けど、メニューに使うのは母さんのレシピばっかりで、俺が提案する新しいレシピはどれも受け入れてもらえなかった。味は最高なはずなのに! 俺も一流の料理人として、自分の力で母さんみたいに成功したかったんだ。それで魔王様へ自慢の料理を作ってみたら……解雇になった」


 なるほど。全てが繋がった。

 ネロは自分の力をどうしても示したくなり、無断で魔王に料理を作った。それがベイディオロが話していたハンバーグだ。

 結果的に、それによって魔王が不機嫌になってしまった。


 ネロの料理は食べたことはないが、ベイディオロは美味しいと話していた。ネロ本人も言っていたように味は最高なのだろう。

 だとすると何が問題だったのか。

 リザミィはアリマが作ってくれた料理を思い出した。そして、ボンボの料理も。


「ネロさん、あなたは本当に魔王様の為に料理を作っていた?」


 リザミィの質問に、ネロは動きを止めて固まった。


「魔王様のことを心から思いやり、魔王様の喜ぶ顔を思い浮かべて料理を作っていたのかしら?」

「それは……」


 リザミィは料理人ではない。

 けれどアリマやボンボが作る料理を食べて、幸せな気持ちで満たされた。

 自分もいつかこんな風な料理を魔王に作ってみたいと思った。

 二人に共通していたのは、相手の喜ぶ顔を想像して料理を作っていたことなのではないか。


「あなたに足りなかったのは、魔王様への愛情なんじゃないの」 


 すると、ぷるぷるとネロの全身が震え出した。彼は大きく身を捩る。


「うるさい! 知ったような口を!」


 柔らかい体を捻ったネロは、リザミィの腕からするりと抜け出してしまった。

 慌ててライジャーが腕を伸ばして捕まえようとするが、間に合わなかった。

 ネロは服の下からレシピを取り出す。返してくれるのかと思った矢先、彼は爪を使ってレシピをびりびりに引き裂いた。

 粉々になったレシピは風に吹かれて飛んでゆく。


「あああぁッ!?」

「うそだろッ!?」

「にゃはは! せいぜい困りやがれ!」


 吐き捨てるように言ったネロは軽快に笑いながらその場から逃げ出した。

 リザミィの顔が青ざめる。


「え……どうしよ」

「オマエのせいだからな!? あいつを逆上させるようなこと言いやがって!」

「なによ私のせいッ!? 元はと言えばあんたがギャンブルなんかやってるからでしょ!? ねぇ!? 炯眼けいがんの青龍さん!?」

「その名前で呼ぶなッ!」


 リザミィとライジャーはその場でしばし言い合った後、ため息をついた。

 いつもなら途中で止めてくれるボンボがいてくれるのに、彼が不在だとこんなにも疲れるのか。


 夕食は延期に出来ない。頼みの綱のボンボは不在。レシピは風に吹かれてどこへやら。

 こうなればもう、リザミィは覚悟を決めるしかなかった。

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