2-3 仕事の気配は突然に
ライジャーの話だと、東側にある店はほとんど夜にならないと開店しないらしい。残念だ。開いているのはさっきボンボが肉まんを買った中華料理屋と、小さなラーメン屋くらいだそうだ。
ライジャーは中華よりもガッツリ肉が食べたい気分ということなので、ボンボがよく足を運ぶアボロスの北側にある焼肉屋へ案内した。
「この店、めちゃくちゃ穴場だな。安いし混んでねぇし、何より美味い」
肉を頬張るライジャーが、満足そうな笑みを零しながらボンボにそう言ってくれた。
友達が喜んでくれるとこんなにも嬉しいものなのか。案内してよかった。
ほくほくした気持ちでボンボは金網に肉を置いた。肉が焼けるいい音がする。
それにしても、ライジャーたちはどうしてわざわざあんな薄暗い室内でゲームをしていたのだろう。もっと明るいところでわいわいした方が楽しいだろうに。
黙々と焼肉を食べ進めているライジャーに、ボンボは思い切って尋ねてみた。
「ライジャーくんたちは、なんであそこでゲームをしてたの?」
「ゲームて」
苦笑したライジャーはビールを煽った。一応勤務時間中ではあるが、ライジャーにはそんなこと関係ないらしい。ボンボはもちろん烏龍茶だ。
陶器製のコップを置いたライジャーは薄笑いを浮かべた。
「……まぁ確かに、ゲームと言えばゲームだな。俗に言うギャンブルってやつだ」
ギャンブル。そこで合点がいった。ライジャーが革袋に入れていた大量のお金は、あのケット・シーからゲームに勝って得たお金なのだ。
ボンボはその辺りのことに詳しくないが、おそらくあの地下室は賭場と呼ばれる場所だったのだろう。
あまり表沙汰にはなってはいけないことも行っているのかも。だからあんな薄暗い地下に集まっていたのか。
「じゃあ、お金儲けをしてたってこと?」
ライジャーは左手に持った箸を横に振ってみせた。違うらしい。
「確かに金は稼げる。この間魔王に貰った50ゴルも、10倍以上になったしな」
「じゅ、10倍っ!?」
ボンボは箸から肉を落としそうになった。500ゴルともなると、かなりの大金だ。肉まんが5万個は買えてしまう。天国だ。
実はライジャーは大金持ちなのではないか。
「だがオレは、別に金が欲しくて賭け事をしてるわけじゃねぇぞ。単純に勝負が好きなんだ。特に負けたやつの顔を見るのが好きだ」
ライジャーはとても悪い笑みを浮かべている。いい趣味とは思えない。リザミィがこの場にいたら、彼に軽蔑の眼差しを送っていただろう。
ボンボはライジャーの話を聞いていて、気になることがあった。
「でもギャンブルでそれだけ稼げるなら、魔王軍で働かなくてもいいんじゃ……? お金には困らないでしょ?」
魔王軍の給料は他の仕事と比べるとかなり高い。だが、人間軍との戦いは危険と隣り合わせだ。殉職する者も多い。ギャンブルで稼げるなら、わざわざ危険を犯す必要はないだろう。
するとライジャーは低い声で呟いた。
「金はいくらあっても足りねぇ」
ボンボが見る限り、ライジャーの服装は一般的なものだし、高額そうな装飾品も身に着けてはいない。お金の使い道は別にあるのだろう。ボンボはライジャーの好きなことを思い出した。
「女遊びに使うの?」
「ん? まぁ……そんなところだな」
少し回答を濁されたような気がする。
お金についてはこれ以上触れない方が良さそうだ。そもそも他人のプライベートに踏み込むものではなかったなと反省する。興味本位でつい訊いてしまった。
ボンボは話題を変えるために小声でライジャーに言った。
「そんなにいいものなの? その……女遊びって」
ライジャーは鼻で笑った。
自分の好きなことであるなら、リザミィのように喜々として語ってくれるのかと期待していたが、違った。
ボンボの目にはこの時のライジャーの顔がほんの少しだけ寂しそうに映った。
「日常の気晴らしってやつだな。あいつらは店で金さえ払えばいくらでも褒めてくれるし、話だって聞いてくれる」
「ふうん……」
ライジャーは話し相手が欲しいのだろうか。ボクならいつでも話を聞くよ、と言いそうになったが飲み込んだ。数日前に会ったばかりの相手に突然親密な態度を取られたら、気持ち悪いかもしれない。
距離感は大事だ。ボンボは無言で金網の上をぼうっと眺めた。
「ま、どっかのババアのせいで、店に行く暇もなくなっちまいそうだけどな」
呆れた口調で言い終えたライジャーは唇の端を吊り上げた。そして、ボンボが金網の上で大事に育てていた肉を箸で取り上げた。
目にも止まらぬ速さだった。ボンボは絶叫した。
「あぁーっ!? それボクの最後のお肉っ!」
「ぼーっとしてたら食っちまうぞ。焼肉は戦争だぜ?」
ライジャーは満足げに肉を頬張ると、ボンボに意地悪い笑みを見せた。
焼き肉屋には一人でしか行ったことしかなかったので、金網の上でこんな攻防が繰り広げられるとは予想だにしていなかった。
そりゃないよライジャーくん……。
ボンボは肉がなくなった金網をしょんぼりと見つめた。
昼食を終えたボンボとライジャーは、屋台街をぶらついていた。
ボンボは早くKEMO本部に戻ろうと何度かライジャーに言ったのだが、彼は大丈夫大丈夫、と軽くあしらっては寄り道ばかりしている。
気付けば日が傾き始めていた。もう夕方だ。
ボンボとしてはライジャーと一緒に街をぶらぶらするのは悪くない。むしろ楽しい。けれど今は仕事中だ。リザミィには昼食を食べるとだけ言って出てきてしまったし、心配しているかも。
不安を募らせていると、ある屋台が目に留まった。ボンボが最近よく通っているアイスキャンディーの屋台だ。フルーツ味の種類が豊富でとても気に入っている。
ボンボは吸い寄せられるように屋台へ向かった。
「……そんなに食って大丈夫なのか?」
ボンボの両手に握られたアイスを見て、ライジャーは眉間に皺を寄せた。
全部で十本。ボンボには朝飯前だ。ちなみにライジャーはオレンジ味のアイスを一本買っていた。
「アイスはすぐになくなっちゃうから、これくらい食べないと食べた気がしないんだ」
「気持ちはわからなくもないけどな……。食い過ぎて腹壊すなよ」
言いながらライジャーはアイスを齧っている。
「大丈夫だよ」
ボンボは幸せな気持ちに浸りながらアイスを頬張った。
肉まんに焼肉にアイス。今日はなんて贅沢なんだろう。
「あぁーーーッ! いたぁーーーッ!」
すると、ボンボたちの前方から大きな叫び声が聞こえた。
北側のアーケードの近くを見ると、銀髪のダークエルフがこちらを指さしていた。
リザミィだ。帰ってこないボンボに痺れを切らせてここまで探しに来たのだろう。
リザミィは勢いよくこちらへ走って来た。あれは相当怒ってる。ライジャーに視線を送ると、彼はやれやれといった感じで肩を竦めた。全く反省の色はない。その強心臓が羨ましい。
眉を吊り上げて怖い顔をしたリザミィは、ボンボとライジャーの前に来ると早口で喋り始めた。
「もーーッ! あんたたちどこいってたのよッ!? 掃除もほったらかして!」
「ご、ごめんリザミィさん」
ボンボが素直に謝ると、リザミィはライジャーを睨みつけた。
「っていうか、どうせあんたがボンボを連れ回したんでしょッ!?」
リザミィの言葉にライジャーが顔をしかめる。
「待て待て、オレはなんもしてねぇぞッ!? こいつが勝手にオレんとこに来たんだっつーの!」
「とか言いながら、ちゃっかりボンボと同じアイス食べてんじゃない!」
「美味そうだったから買っただけだろ!? 連れ回しとは関係ねぇ!」
リザミィとライジャーは顔を合わせるとすぐにこうだ。相性が悪いのかなんなのか。
放っておくと二人の言い合いはしばらく続きそうだったので、ボンボはおそるおそる間に入った。
「リ、リザミィさんもアイス食べる?」
「あらいいの? ありがとボンボ」
ボンボはリザミィにアイスを一本手渡した。ボンボお気に入りのブドウ味だ。
リザミィは一瞬笑顔になったが、すぐに顔を強張らせた。
「……って、ちょっと待って。二人共なんか匂うんだけど」
リザミィはすんすんとボンボとライジャーの周りを嗅ぎ回った。ライジャーが鬱陶しそうに身を引いている。ボンボは身を固めた。
「なんだよ、犬かよ」
「──焼肉ッ!」
リザミィはカッと目を見開いて叫んだ。ボンボはライジャーと目を合わせる。別に隠すつもりはなかったけれど、リザミィを仲間外れにしたみたいでなんとなく気まずい。
リザミィはアイスを握り締めながら地団駄を踏んだ。その姿を見た者は、まさか彼女が100歳を超えているなんて想像も出来ないだろう。
「二人で焼肉行ったでしょッ!? ずるいわずるいわッ! 私も行きたかったぁー!」
「今度三人で行こうよ」
ボンボが苦笑しながら提案すると、リザミィはパァッと満面の笑みになった。彼女のころころ変わる表情は見ていて面白い。
「そうね! 全部ライジャーのおごりで!」
「はぁ!? なんでそうなるんだよッ!?」
リザミィも一緒に焼肉屋に行ったらさらに楽しくなりそうだ。KEMOに配属になったことでボンボを取り巻く環境がどんどん変化していっている。
日常はこんなにもわくわくするものだったのだ。ボンボはアイスを齧りながらこっそり笑った。
その時、ぐらっと大きな横揺れが起こった。とても大きな地震だ。アーケードの周囲にいた魔物たちがざわめく。
揺れが治まった後、ボンボはリザミィとライジャーの顔を見た。二人ともさっきまでの言い合いが嘘のように真剣な表情をしている。
「なんか嫌な予感がするな」
「うん……」
ライジャーの一言にボンボは小さく頷いた。全くの同意見だ。
ボンボが思いつく地震の原因は、一つしかない。
「急いで本部に戻りましょ」
太陽が沈みかけた空は紫色に染まっていた。ボンボたちは急いで魔王城へ向かった。




