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魔王様は今日もご機嫌ナナメ  作者: 鬼桜 寛
Episode1 愛のこもったプレゼントでお近づき大作戦!
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1-1 リザミィは今日も夢を抱く

「お疲れ」

「おつかれさまー。今日の敵はなかなかしぶとかったね」


 魔王軍、前衛第四部隊のロッカールームで、出陣後の魔物たちが互いを労っている。

 ロッカールームの端っこにあるベンチに座ったリザミィは、そんな様子を横目に一人ため息をついた。


 ついてない。今日は本当についてない。

 だって、お気に入りだったシルバーピアスを片方失くしてしまうし。迂闊にも腕に怪我までしてしまうし。

 新聞紙の星占いで、髑髏どくろ座の運勢が下から二番目だったからだろうか。確かに仕事運は最悪だと書かれていた。でも、恋愛運は絶好調と書かれていた。

 運勢ランキングは下から二番目なのに、こんなことってなかなかない。だから今朝はウキウキで準備していたのに。

 ちなみに今日のラッキーアイテムはマーボードーフ。リザミィの苦手な食べ物だ。ラッキーアイテムなら今日の夕食にしようかとも思ったが、ただでさえ気持ちが落ち込んでいるのに嫌いな物をわざわざ食べたくない。却下だ。

 リザミィは重い腰を上げて自分のロッカーを開けた。扉にある鏡に映っていたのは、冴えない顔をした女ダークエルフだった。


 なんというブサイク。これはダメだわ。

 こんな姿、もし魔王様に見られたら幻滅されてしまう。

 自慢の銀髪がくちゃくちゃになっていたので、櫛を使って丁寧に整える。それから顔を叩いて、笑顔を作ってみせる。


 魔界デスガルドの王であり、魔物数十万体が所属する魔王軍を率いる、偉大な魔王様。

 驚異的でもあるその存在に、憧れを抱く魔物も少なくない。もちろんリザミィもその中の一人だ。

 しかし驚異的な存在には、それに敵対する存在も現れてしまうのが宿命だ。

 異世界の人間共が、しつこく魔王の命を狙っているのである。

 魔界デスガルドとは違う別世界の生き物なのに、やつらは魔王を殺そうとわざわざこちら側にやってくる。どんだけ暇なんだ、と思う。

 魔王の命を狙う人間共を追い払うため、リザミィたち魔王軍は戦いを続けていた。

 人間共との戦いは今に始まったことじゃない。その歴史は何百年、何千年と根深い。あいつらはマジで諦めが悪いのだ。

 昔は人間一人で攻めてくることが多かったが、今や人数が増え、剣士だけじゃなく魔法使いや僧侶などのメンツも揃えている。魔王軍は、そんなやつらのことをまとめて「人間軍」と呼んでいた。


 最近、人間軍が魔王軍の領地に侵入してくる頻度が活発になってきていた。

 しかも人間軍の活発化に加えて、魔界デスガルド各地で地震や地割れも多発している始末だ。まぁ、上の人たちは何も言わないから、地震については別に大きな問題でもないのだろう。

 けれど実害が起きてしまうのは困る。今日だって突然起こった地割れのせいで体勢が崩れ、リザミィは人間軍の剣士から攻撃を受けてしまった。

 もちろん、その後きっちりやり返してやったけどね。

 魔王軍に所属している者のほとんどは、魔王の命をお守りしたいと強く望んで入隊し、日々職務に励んでいる。

 だが、リザミィが魔王軍に入隊した理由はそれだけではない。


 リザミィにはもっともっと大事な理由があった。


「あ、あの、リザミィさん、お疲れ様です」


 今日から部隊に配属となった新人のケンタウロスくんが、リザミィに挨拶をしに来た。

 ケンタウロスくんは、今回の戦いでとても良い活躍を見せてくれた。期待のホープと言われていただけのことはある。礼儀正しく、真面目そうなところも高評価だ。


「あなたもお疲れ様」


 リザミィは笑顔で返す。


「怪我を負いながらも颯爽と人間をぶちのめすお姿、とてもかっこよかったですっ!」


 ケンタウロスくんは興奮気味に言い終えると、もじもじしながら俯いた。


「あ、あの、もしよければこの後──」


 言いかけた彼は、開けっ放しにしてあったリザミィのロッカーを横目で見た。途端に目を丸くする。

 ケンタウロスくんは顔を引きつらせたかと思えば「や、やっぱりなんでもないです」と、慌ててロッカールームから出て行ってしまった。

 なによ、変なやつね。リザミィは首を傾げた。

 期待のホープは、少々情緒不安定なところがあるのかもしれない。


「だから言っただろ。彼女には近付かない方が良いって」

「顔に騙されないで。あの子ちょっと……ううん、だいぶ頭がイカれてるから。しかも遅刻ばっかりして、みんなに迷惑かける遅刻魔なのよ」


 ロッカールームの外で、誰かがひそひそとケンタウロスくんに耳打ちをしている。こっちに聞こえていないとでも思っているのだろうか。ダークエルフの地獄耳を舐めてもらっちゃ困る。


「全く。まーた勝手に私のことを変人呼ばわりして。遅刻は仕方ないんだってば。ほんとやんなっちゃうわ」


 ぶつくさ独り言を言いながら、リザミィは自分のロッカーの中を眺めた。


 ロッカーの内側の壁には、隙間なく写真が貼ってある。

 全て「魔王様」の写真だ。ほとんどが週刊誌や雑誌を切り抜いたものだ。

 ロッカー内は、魔王ぬいぐるみや魔王缶バッチなど、ぎっしりと隙間なく魔王グッズで埋め尽くされている。

 更に、ロッカーの一番奥に張られた紙には、毛筆で大きな文字が書かれていた。


【魔王様と絶対結婚!】


 何度見ても素晴らしい。なかなかの達筆だ。慣れない毛筆を練習した甲斐がある。リザミィはほくそ笑んだ。

 目標は紙に書いた方が実現に近付く。何かの本でそう読んでから、リザミィはこうして自分の目につくところに目標を貼り付けていた。

 そう、これこそが、リザミィが魔王軍に入隊した一番の理由だった。


 魔王様との結婚。愛しいお方との、ラブラブ幸せライフ。リザミィは幼い頃から、ずっとそれだけを夢見て来た。

 魔王軍に入隊したものの、まだ魔王と直接話したことは一度もない。未だ雲の上の遠い存在だ。

 だからといってリザミィは諦めない。今後諦めるつもりも一切ない。

 いつか絶対に、燃え滾るこの愛を魔王様に伝えてみせる。そして相思相愛になって、大好きな魔王様と愛を囁き合いながら永久に暮らすのだ。


 ふふふ……やばい。

 想像しただけで顔がにやけてくる。ドキドキとワクワクとムズムズが止まらない。

 完璧で偉大な魔王に相応しい女になるためには、常に完璧な女でいなければならない。日常の身だしなみはもちろん、お洒落にだって気を抜かない。魔王のためならどんな努力も惜しまない。

 リザミィは、魔王に猛烈な恋心を抱くダークエルフだった。


 リザミィが一人ニヤついている間に、ロッカールームには誰もいなくなっていた。夕飯時だし、みんな食堂にでも向かったのだろう。

 リザミィはズキズキと痛む腕の怪我を確認する。

 右腕には、約十センチの切り傷が出来ていた。血は止まっているので、それほど深くはなさそうだ。これなら医務室に行かなくても問題ない。

 けど、最悪。めっちゃ目立つところじゃないの。跡にならなきゃいいけど。

 傷跡なんか残ったら、怪我をするようなドンくさい女だと魔王様に思われてしまう。そんなの絶対に駄目。


 リザミィは腰に付けたサイドパックから、傷薬とポーチを取り出した。お気に入りの髑髏どくろ柄ポーチには、化粧用のファンデーションなど身だしなみアイテムが入っている。

 こういう時、あの花があったら便利なのに。

 切り口に傷薬を塗りこみながら、リザミィはため息をついた。


 ダークエルフの里に古くから伝わる濃紅の薔薇──ブラッディローズ。その香りには治癒効果がある。

 治癒には少々時間はかかるが、傷口を綺麗に塞ぐことが出来て跡が残りにくい。

 リザミィが生まれ育った里では、治癒薬として日常的に使われていた。お転婆で怪我の絶えなかった幼き頃のリザミィも、よく世話になっていたものだ。


 昔は治癒薬だったブラッディローズは、今やプロポーズをする時の定番となっている。

 そのため治癒効果を知っている者は少ない。世の中にはブラッディローズよりも効率的な傷薬が沢山出回っているので、治癒のために敢えて花を買う人などほとんどいないだろう。


 時代の流れとともに、愛を伝える花となったブラッディローズ。

 プロポーズの言葉と一緒にブラッディローズの花束を相手に渡すなんて、ああ、とってもロマンチック。

 私も魔王様に愛の花束をプレゼントしてみたい。残念ながら、まだまだ先になりそうだけど。


「リザミィ、ちょっといいか」


 傷隠しのため腕にぽんぽんファンデーションをはたいていると、上級大将の年寄りグリフォン、ベイディオロがロッカールームに入って来た。

 ベイディオロのことは彼が魔王軍に入隊した時から知っている。かなりの努力家で、数十年前に魔王軍に数名しかいない上級大将に昇格した。

 その上、魔王の側近も勤めるようになったというのだから凄い。最初は鼻たれのペーペーだったのに。今ではリザミィのことをあれこれ注意する、口うるさいグリフォンになってしまった。そこについては全然尊敬できない。ベイディオロは性格が細かすぎるのだ。


 ベイディオロは若い時から疲れ切ったような幸薄い顔をしているが、今日は特にひどかった。まるでこの世の終わりかのような深刻さだ。もっと明るく笑顔で過ごした方が、人生きっと楽しいだろうに。

 まあでも、彼は部隊を取り仕切ったり、魔王の側近として働いているだけでなく、上級大将たちのまとめ役もしていると聞く。ストレスや重圧が半端ないのかもしれない。そういえば最近頭の羽が薄いような。


「なあに? 私今、忙しいんだけど」


 こっちは傷を隠すのに必死なのだ。


「今すぐミーティングルームに来てくれ。話がある」

「そんなに急ぎなの」

「そうだ」


 ベイディオロは鋭い眼差しで、リザミィを睨みつけた。


「いいか。今すぐ、早急に、足早で、超特急で、来るんだぞ」


 ベイディオロは念を押すように何度も言った。それからカツカツとせわしなく足爪を鳴らしながら、ロッカールームを後にする。全く、落ち着きのないグリフォンだ。


「はいはい、わかりましたよーっと」


 リザミィは再びぽん、とファンデーションをはたく。いい感じの仕上がりだ。

 さて、傷隠しは終えたことだし、さっさと準備を始めましょうか。ベイディオロがうるさいしね。

 リザミィはふんふんと鼻歌を歌いながら、ファンデーションをポーチに仕舞った。

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