1-18 愛の花を貴方に
薄暗い魔王の王室。キィ、とペットのコウモリが小さく鳴いている。
ベイディオロが見守る中、リザミィ、ライジャー、ボンボの三人は魔王の玉座の前で膝をついていた。
「……我に、何か渡したいものがあるそうだな」
渋い低音に頭が痺れそうになる。リザミィの心拍が一気に上昇した。
リザミィは右肩に包帯を巻いていた。ヂョータから受けた傷には、応急処置を施している。
クシュナ高山から帰って来て間もないので、服だってぼろぼろだし、化粧直しもしていない。本当は身支度をしっかりしてから魔王の元へ向かいたかったが、リザミィはそれより先にブラッディローズを届けることを優先させた。そんなリザミィの様子にベイディオロは少々驚いていた。
「これをぜひ、魔王様に」
三人の中から代表して、ライジャーが一本のブラッディローズを差し出した。
ベイディオロがそれを受け取り、魔王の元へブラッディローズが渡る。魔王は指先でブラッディローズを掴んだ。
「……ほう。いい香りだな」
魔王様が喜んでくださっている! リザミィの胸の中に猛烈な嬉しさが沸き上がって来る。肩の痛みなど一瞬で忘れてしまうほどだ。
「……誰が、我にこれを渡そうと提案してくれたのだ。お前か?」
魔王が指さしたのはライジャーだった。彼は真面目な顔をして答えた。
「いいや、これはオレじゃなくて、リザミ──」
「三人で、話し合って決めました」
ライジャーの言葉に被せて、リザミィがすぐさま口にした。魔王の前でちゃんと発言出来たのは初めてのことだった。
「……そうか。……我は、気が利く良い部下に恵まれたものだな」
仮面の下の魔王の表情はわからなかったが、かあぁ、とリザミィの顔に熱が籠る。
良い部下。良い部下だって! やった! やったぁ!
リザミィはにやけてしまう口元を隠すのに必死だった。
リザミィたちはKEMOの本部という名の倉庫に帰って来た。相変わらず散らかっている。
ベイディオロが机の上に置いてある魔界終末時計を指さした。
最初は11時45分だったのに、今は11時15分になっていた。30分も巻き戻っている。
「魔界終末時計の針が後退したな。まぁ、初めてにしては良い仕事だったんじゃないか」
つまり、魔王様のご機嫌が良くなったということだ。リザミィはパイプ椅子に座りながら長いため息をついた。
「よかったぁ」
ボンボも安堵の表情を浮かべている。
「だが油断はするな。魔王様のご機嫌は不安定だからな。次の案も考えておけ」
ベイディオロは厳しい表情をすると、足爪を鳴らしながら倉庫から出て行った。
「あいつも一緒に考えてくれたらいいのにな。助けに来てくれたのはよかったけど、ほとんどオレら任せじゃねぇか」
ライジャーがパイプ椅子にもたれながらぼやいた。
「ベイディオロは忙しいのよ」
正直リザミィは、ベイディオロのことを気にしている余裕などなかった。さっきからにやにやが止まらない。こんなに心浮かれるのは初めてのことだ。
ライジャーはご機嫌なリザミィを横目で見る。
「にしても、あれでよかったのか」
「なにがよ」
せっかく幸せな気分に浸っているのに、邪魔しないで欲しい。
「……いや、オマエ、せっかく魔王に気に入られるチャンスだったのによ」
ライジャーはさっきの王室での出来事を言っているのだろう。
ブラッディローズを魔王へ渡す役目は、三人で話し合った結果ライジャーになった。ボンボは怖いという理由で一番に降りた。リザミィが手を上げなかったのは、汚い恰好で魔王に注目されてしまうのが嫌だったからだ。三人の中で一番目立つ怪我をしているし、カッコ悪いところは魔王に見せたくない。
その後の魔王からの問いへの答えも、リザミィはあれでいいと思っている。
「私からお渡しするブラッディローズは、444本って決めてるの。あそこで私だって言えば、魔王様は勘違いするかもしれないでしょ。私は死ぬまで魔王様を愛すんだから。これでいいのよ」
それに、リザミィ一人では今回の仕事を成し遂げることは絶対に出来なかった。
ボンボとライジャー、あとベイディオロがいてくれたからこそだ。恥ずかしいから口に出しては言わないが、三人には感謝している。
「リザミィさんかっこいいや」
「ありがとボンボ。魔王様から良い部下認定も受けたし、もっともっと素敵なレディになっていくわ!」
「レディ? ババアの間違いだろ」
ライジャーがケラケラ笑っている。
「あぁっ、ライジャーくん、あぶな──」
「あ? うおぉッ!?」
チッ。外した。リザミィは舌打ちをした。
リザミィはコンポジットボウで矢を射ったが、矢は虚しくもライジャーの顔横を通っただけだった。
パイプ椅子から転げ落ちたライジャーが起き上がる。尻尾が千切れるほどの恐怖は感じてくれなかったようだ。残念。
「あっぶねぇなッ!? 何しやがるババア!?」
「今度私にババアって言ったら、ダガーで首元掻き切ってやるから」
「オレは事実を言ってるだけだろ!? オマエどんだけ年上だと思ってんだ! なぁボンボ!」
「……ボクお腹空いたなぁ」
話を振られたボンボは明後日の方向を向いている。
「おいこら、逃げようとすんなブタ野郎!」
ライジャーがボンボに掴みかかろうとしたところで、ガチャ、と倉庫の扉が開いた。
「目を離したらすぐに騒ぐなお前らは……」
扉から顔を出したのは、さっき出て行ったはずのベイディオロだ。彼は手に箱を持っている。
「何か忘れ物?」
リザミィが尋ねると、ベイディオロは箱を机の上に置いた。
「魔王様からの褒美だ」
予想だにしない言葉にリザミィの肩が跳ねる。
ま、まさか、私たちを良い部下認定をしてくださった上に、ご褒美まで用意してくださるなんて!?
「マジかよ!? 金銀財宝か!?」
ライジャーが我先にとベイディオロの元へ向かう。まぁ待て、とベイディオロがライジャーを制した。
「魔王様から伝言も言付かっている」
ベイディオロは小さなメモを読み始めた。
「この度のお前たちの好意に感謝する。これからも我の世話係としてよろしく頼む。これは我からのささやかな褒美だ。受け取って欲しい」
そしてベイディオロは箱の中から順番に中身を取り出した。
「三人にそれぞれ金貨50ゴル、アボロスで超有名な高級レストランのディナーチケット、あと……マーボードーフの素だ」
きょとん、とリザミィは目を丸くする。よくわからない組み合わせだ。
すると突然ライジャーが腹を抱えて大笑いし始めた。
「アハハハハハッ! なるほどなぁ! そういうことかよ!」
ボンボも理解したらしく苦笑いを浮かべている。なになに、どういうこと。話についていけていないリザミィは二人を交互に見た。
笑い過ぎで涙目になっているライジャーがリザミィを指さした。
「魔王と初めて会った時、好きなもの聞かれただろ」
「ええ」
リザミィは頷いてから、そこでようやく全てを理解した。
嘘でしょ。待ってあり得ない。そんなこと。
あの時、確かライジャーは金と女。ボンボは美味しいものを食べること、と答えていた。
リザミィは……。
「いやあぁぁぁーーー! そんなああぁぁぁぁーーー!」
リザミィは頭を抱えて叫んだ。その反応を見たライジャーがまた大笑いしている。
確かにリザミィは答えた。マーボードーフ、と。だけど、こんな、こんなことって。
「残念ながら、ライジャーのもう一つの好きなものは諸事情で用意出来なかったらしいんだが、マーボードーフは大丈夫だった。よかったな、リザミィ」
言いながら、ベイディオロもちょっとだけ口の端を吊り上げている。
「よかったじゃねぇか! 大好きなマーボードーフが食べられるぜ!」
「だから違うってば! 私、マーボードーフ苦手なの!」
「あん時ちゃんと答えてたら、どうなってたんだろうなぁ!」
ライジャーの一言が胸に刺さる。そうよ、もしちゃんと「魔王様」だと答えてたらもしかして……。
「いやあぁぁ! 言わないで! 魔王様違うんです! 私が好きなのはマーボードーフじゃなくて、魔王様……!」
こんなところで叫んでも、魔王には届かない。わかってはいるけれど、リザミィは叫ばずにはいられなかった。
嘘だと言って欲しい。涙を流すリザミィの横で、ボンボが呟いた。
「リザミィさん、食べないならリザミィさんの分ボクが貰ってもいい?」
「お好きにどうぞ……」
やっぱり、ラッキーアイテムどころかアンラッキーアイテムだ。あの新聞の星占いは当てにならない。もう絶対信じない。リザミィは力なく項垂れた。
何はともあれ、KEMOの初仕事はこうして無事に終えることが出来た。魔界消滅の危機も少しだけだが遠のいた。
うるさい仲間もいるし、食べてばっかりの仲間もいるけれど、愛する魔王のためならリザミィはどんなことだって頑張れる。
ご機嫌斜めな魔王を喜ばせるため、そして最終的には夢の結婚に辿り着くまで、魔王に恋するダークエルフのリザミィはこれからも奮闘してゆく。
リザミィの幸せな恋物語はまだまだ始まったばかりだ。
以上でEpisode1は完結です。ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
Episode2は3月中に開始予定です。
Ep2のタイトルは『愛のこもった手料理で胃袋鷲掴み大作戦!』の予定です。
次回もリザミィたちがドタバタしていますので、お楽しみいただければなと思います。
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