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魔王様は今日もご機嫌ナナメ  作者: 鬼桜 寛
Episode1 愛のこもったプレゼントでお近づき大作戦!
18/32

1-17 だって私は、

 全身の力を抜いたリザミィの手に、ちゃり、とサイドパックについた魔王キーホルダーが触れた。

 薄っすら目を開けると、デフォルメされた魔王が目に入った。


 ──いや待って。本当にこれでいいの?


 リザミィの胸の奥がじわり熱くなる。

 だって、私はまだ魔王様に気持ちを伝えていない。デートだってしていない。ボーナスで買った勝負服もまだ一度も着ていない。キスやその先だってまだだ。

 せっかく魔王様と距離が近付くチャンスだったのに、こんな鳥ごときに邪魔をされていいのか。

 いいわけがない。幼い頃から夢見ていたことが現実になろうとしているのに。簡単に諦められるわけがない。


 悪あがきはみっともない。けれど、自分の夢を諦めるのはもっとみっともない。こんなところで死んでたまるか。


 そうよ、だって私は、


「私は、魔王様と結婚するんだからあぁぁぁぁーーーーーーッ!」


 リザミィは太ももの鞘から二本のダガーを引き抜いた。

 右手に持ったものをヂョータの足の側面に刺し込む。ヂョータは短く叫ぶと、飛びながら体を大きく左右に揺らした。リザミィの右肩にはまだ爪が食い込んだままだ。揺れると傷口の痛みが増す。


「ぐうぅ」


 リザミィは歯を食いしばりながら刺し込んだダガーを引き抜き、もう一度ヂョータの足に刺した。今度はさっきよりも深く刺せた。


「ギィッ!」


 ヂョータがようやくリザミィの右肩から足を離す。刺し込んだダガーを掴んでいるお陰で、リザミィは落ちずにぶら下がることが出来た。リザミィの肩からは血が噴き出していた。早く止血しないといけないが、そんな暇はない。


「うらぁっ!」


 自分を奮い立たせる掛け声と共に、リザミィはダガーを掴んでいる右腕を支えにして、左手のダガーをヂョータの足の付け根あたりに刺した。

 ヂョータはさっきよりも激しく体を揺さぶっている。危害を加えて来るリザミィを振るい落とそうとしているようだ。

 絶対に落ちてやるものか。リザミィは右手のダガーをヂョータの体から抜き、口に咥えた。そして右手でヂョータのごわついた羽を握り締めた。羽を掴むことが出来れば、ヤツの体を登ってゆける。左手で刺したダガーも回収しながら、リザミィはヂョータの背中によじ上った。

 ヂョータは左右の揺さぶりに加えて、上下にも動いている。まるで大型のアトラクションのようだ。


「この私を相手にしたことを、後悔するのねっ!」


 リザミィは笑みを零しながら、二本のダガーをヂョータの首元に刺した。羽が硬いため力がいる。そしてそこから引き裂くように切り刻んだ。両手のダガーで何度も何度もヂョータの首元を裂く。血しぶきでリザミィの全身が汚れた。

 おぞましい声を上げたヂョータは、いつしか動かなくなった。


「あっはははっ! どんなもんよぉ!」


 声高らかに笑った後、リザミィはとんでもないことに気付いてしまった。

 絶命したヂョータは飛ぶ力を失くしている。ということは、このままだと。


 300mくらいの上空で一瞬静止したヂョータは、真っ逆さまに急降下し始めた。

 リザミィの頭にはヂョータを倒すことしか頭になかった。その先を考えていなかったのは愚かとしか言いようがない。

 このままだとヂョータが地面にぶつかった衝撃でリザミィは投げ出される。ヂョータはかなりの重さだし、その衝撃はきっと計り知れない。投げ出されたリザミィは岩に体をぶつけ、無事では済まないに決まっている。絶対死ぬ。

 そんな状況を回避するため、ヂョータの体から飛び降りたところで下は岩だらけだ。ぺしゃんこになって死ぬ。


 絶対絶命とはこのことか。馬鹿にもほどがある。


「いやいやいやいやぁー! 私、まだ死ねないんだってばああぁーーーー!」


 どうすることも出来ず、リザミィはヂョータの羽を掴んで泣き叫んでいた。ああ、もう地上まで100mくらいしかない。


 もう駄目だ、と目を固く閉じたその時、ふわっと体が浮かぶ感覚があった。

 続いてどぉん、と大きなものがぶつかる音が下から聞こえた。……下から?

 おそるおそる目を開けると、リザミィはなんと宙に浮かんでいた。私、いつの間にそんな力が。ピンチになって新たなる才能が開花したのだろうか。


「……全く、ワシに黙って勝手に出歩いてると思ったら、まさかこんなことになっているとはな」


 聞き覚えのある渋い声が頭上から聞こえる。リザミィが顔を上げると、グリフォンのベイディオロがリザミィを両手で掴んでいた。彼は大きな翼を広げている。

 なぁんだ。新しい力が目覚めたわけじゃなかったのね。

 ベイディオロはため息をついた。


「どうしてそんな残念そうな顔をしているんだ。助けに来たのがワシじゃ不服だったか」

「なんでもないわ。それにしてもベイディオロ、あなたまだ飛べたのね」


 最近は歩いているベイディオロの姿しか見ていなかったので、意外だった。


「当り前だ。グリフォンだからな。これでも昔は最前線で戦っていたんだぞ」

「知ってるわよ。私はあなたが入隊した時から軍にいたんだから」


 ベイディオロは軽く笑うと、ゆっくり翼をはためかせた。だんだんと地上が近くなってくる。

 遠くにボンボとライジャーの姿が見えた。ボンボは大きく手を振っている。リザミィは左手を振って応えた。


「どうして私たちがここにいるってわかったの」


 リザミィがベイディオロに尋ねると、彼はこほんと小さく咳払いをした。


「……これでも、ワシはKEMOのリーダーだからな」

「そういえばそうだったわね」

「今後遠出をする際には、ちゃんとワシに報告するように」

「はぁい」


 リザミィは気の抜けた返事をした。

 地上に降り立ったリザミィを迎えてくれたのは、ボンボの熱い抱擁だった。

 ボンボは泣きながらリザミィを抱き締めている。よほど心配してくれたのだろう。嬉しいが、このままだと背骨が折れてしまいそうだ。

 ライジャーはそんなボンボに苦笑しながら、それくらいにしてやれ、とリザミィを離すよう促した。

 ボンボは謝りながらリザミィを離す。解放されたリザミィに向けて、ライジャーは一本のブラッディローズを手渡した。


「ヂョータに連れ去られた時は、どうなることかと思ったぜ」


 花を受け取ったリザミィは、ヂョータの血で汚れたままの顔を綻ばせた。


「助かったのはベイディオロのおかげね」

「嫌な予感がしたんだ。お前たちを追いかけて正解だったな」

「ベイディオロ隊長、ありがとうございました」


 ボンボが真っ赤な目を潤ませて深々とお辞儀をした。ベイディオロは視線を逸らした。ほんの少し照れ臭そうだ。

 リザミィは手に握った一本のブラッディローズを見つめた。


「これで、魔王様へプレゼントが出来るわ」


 安心感からか、一気に力が抜ける。血を流し過ぎたというのもあるかもしれない。

 リザミィは膝を折って倒れそうになったが、意外なことにライジャーが体を支えてくれた。


「ありがと」

「やれやれだぜ。オマエの我儘のせいでとんでもない目に遭ったぞ」

「愛しの魔王様のためよ」

「はいはい」


 適当に流されたが、今は不思議と腹が立たない。


「ボンボもありがとね」

「リザミィさんが無事で、本当に……本当によかったよ」


 ぐしぐしと目元を擦ったボンボが笑顔を見せてくれた。


「でも、本当はやっぱり、444本の花束を差し上げたかったわね」


 リザミィがぽつり零すと、ライジャーが顔をしかめた。


「贅沢なやつだな」

「だってぇ」


 初めての魔王様へのプレゼント。せっかく私の愛を伝えるチャンスだったのに。

 ベイディオロの背中にリザミィを座らせたライジャーは、肩を竦めた。


「まあ、いいんじゃねーの。ブラッディローズ一本の花言葉は確か──」

「あら? 詳しいのね」


 リザミィが口を挟むと、続きを言いかけたライジャーがそっぽを向いた。


「別に、知識としてあるだけだっつーの」

「ライジャーくんもしかして、実は誰かにあげたことあるんじゃない?」


 ボンボの問いにライジャーが勢いよく反論した。


「オレはどっかのゴブリンみてぇにキザなことはしねーわッ!」

「全く、女慣れした男はイヤねぇ」

「ほっとけ!」

「早く帰るぞ。魔王様へそれを届けるのだろう」


 ベイディオロは三人のやり取りに苦笑いしながら、大きな翼を広げた。


 濃紅の薔薇、ブラッディローズ。


 444本の花言葉は「死ぬまで愛す」。


 そして、一本の花言葉は──「たった一人の愛する人」。

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