1-14 一難去ってまた一難
「こっちよぉー! こっちに来なさーい! 鳥さぁーん!」
地上に出たリザミィが、大きく右手を振ってヂョータにアピールする。
「ほら! お腹空かせてんでしょ! ここに美味しいものがあるわよぉー!」
「ギイィィィッ!」
リザミィを見つけたヂョータが、身の毛がよだつような声で鳴いた。
果たして言葉が通じたのかは不明だが、ヂョータがリザミィを狙って急降下してくる。体長5mはあるその体が空から降りて来る光景は、なかなかの大迫力だ。
ボンボの代わりにリザミィが体を張って囮になっているわけではない。
ヂョータがギリギリまで近付いてくるのを待つ。──今だ。
「そぉれっ!」
リザミィは左手に握っていたものをぶんぶん振り回すと、離れた位置に放り投げた。
割れ目に落ちた時に千切れたライジャーの尻尾だ。囮として使うには申し分ないだろう。
ヂョータの標的が、勢いよく飛んでいくトカゲ尻尾に移る。上手くいった。リザミィは小さくガッツポーズをした。
ヂョータは地面に転がったトカゲ尻尾の元へ降り立った。鋭いクチバシで尻尾をつついている。よほどお腹を空かせていたのだろうか。こっちには見向きもしない。
にしても……うん。これは少々、モザイクをかけるべき案件だわ。グロ注意。
「……なんか、痛くねぇはずなのに、ケツの辺りが痛ぇんだが」
「見ていて気持ちいいものではないね……」
渋い顔をしているライジャーに向かって、リザミィは叫んだ。
「いいから、ライジャー早く!」
急がないと、せっかくの囮が無駄になってしまう。
リザミィはコンポジットボウを構えた。
「クッソ、オレの体を雑に扱いやがって。後で覚えてろよ!」
むしろ有効活用出来たのだから誉めて欲しいものだ。
ライジャーは文句を言いながらも片目を閉じる。そしてぶつぶつと独り言を言い始めた。さっきは意味不明だったが、ああやって距離などを計算しているのだろう。
ライジャーの計算はすぐに終わった。
「──フィー・ドラァ、太陽から15cm下くらいだ!」
「オッケー!」
リザミィはギリリ、と弓を引き絞る。そして連続で三本矢を射った。
二本はヂョータの頬の辺り、一本は右目に刺さった。叫び声を上げたヂョータはその場から飛び去ってゆく。上手く追い払えたようだ。
「やったぁ! 大成功!」
「犠牲になったオレの尻尾よ……安らかに眠ってくれ」
ボンボが静かに手を合わせている。
新しい尻尾は生えてるんだし、そんなに悲しまなくても。元は自分の体の一部だったから愛着でもあるのだろうか。
とにかく今は感傷に浸っている場合ではない。
「ほら! 早く行くわよ! あいつがまた戻って来たら厄介だわ!」
リザミィは切ない顔をしたライジャーとボンボの背中を乱暴に押した。
太陽が傾き始めている。急がないと。そろそろ山頂も近いはずだ。
岩肌が目立つ斜面を登ってゆく。所々に亀裂があったが、落ちないように注意しながらリザミィたちは進んだ。
先頭を歩くリザミィは汗を拭った。汗で落ちない化粧にしておいて正解だった。
前方から風が吹く。すると、心地良い冷たさと共に、ふわ、と甘くて可憐な香りがリザミィの鼻を擽った。
「……この匂い、ブラッディローズ」
遠くからでもわかる、特徴的な芳香。リザミィは思わず深呼吸をした。
「やっとかよ」
「もうボク、へとへと……」
顔に玉のような汗を滴らせたボンボが、座り込みそうになっている。そんなボンボをライジャーが後ろから軽く脚蹴りしていた。気持ちはわかる。ボンボは座ったら二度と立ち上がれなさそうだ。
「きっとここを登り切ったところだわ! これで魔王様も大喜びよ! ついでに魔界も救われる!」
「ついでにするなよな……」
ブラッディローズの花束を魔王様に差し上げることが出来る! 私の愛も伝えられる! もしかしたらそのまま結婚出来たりするかもしれない! リザミィの心はウキウキしていた。今にも踊り出しそうな気分だった。
だからこそ、岩を登った先の光景を見た瞬間、リザミィは斜面から転げ落ちそうになった。
「な、ないッ!?」
ない。
そう、ないのだ。
登った先にブラッディローズが生えていなかったわけではない。ブラッディローズの特徴である、棘のついた低木は地面一面に茂っていた。
ブラッディローズが咲いていた形跡はある。低木の下にはところどころ濃紅の花びらが落ちていた。
けれどちゃんとした花は一つも残っていなかった。香りは辺りにこんなに漂っているのに、おかしい。
「どういうことだ?」
ライジャーが眉間に皺を寄せている。
「誰かが採ったんだわ。私たちより先に」
そうとしか考えられない。残り香からして、先ほどまでブラッディローズはここにあったに違いない。だったらそいつはまだ近くにいるはず。
「誰かって誰だよ。オレたち以外にも花が欲しい物好きがいるってのか?」
「リザミィさん! 見てあそこ!」
ボンボが指さす先を見ると、リザミィたちが登ってきたところとは反対側の斜面に、濃紅の物体が動いていた。
リザミィは一瞬、ブラッディローズの塊が歩いているのかと思った。よく目を凝らして見ると、緑色の肌の生き物がブラッディローズの花束を両手に抱えて、斜面を軽快に下りていた。
「あれってゴブリンじゃない!?」
「あの野郎ッ! オレたちのブラッディローズを全部採っていきやがったんだ! クッソ、ここまで来てこれかよ!」
「ど、どうするの?」
ボンボはリザミィに判断を仰いでいる。
「決まってるでしょ! 全部奪い取るッ!」
魔王様との結婚チャンスなのに! 諦めてたまるか!
リザミィは斜面を一目散に駆け下りていった。