プロローグ
悪魔暦6467年。春期23日目。
魔王が唯一の王として君臨している世界、魔界デスガルド。
その中心部に禍々しくそびえ立つ魔王城の十三階に、この日、魔王軍の上級大将であるケルベロスやオーガ、サキュバスなどが緊急招集されていた。
彼らは燭台が怪しげに揺らめく会議室の円卓を囲んでいる。全員で七名だ。
「皆の者、集まったか。それでは──」
上級大将の一人、老グリフォンのベイディオロは重々しい口調で話し始めた。今回の招集を行ったのは彼だ。
ベイディオロは上級大将たちのまとめ役だ。また、魔王の側近を数十年務めている実力者でもある。
しかし円卓に集った他の上級大将たちは、誰一人として彼の話を聞いていなかった。
「オヤ? 本日魔王様はいらっしゃらないのデ? 計画している人間族の討伐について、ご相談があったのですガ」
「俺もだ。トレーニング設備を新しくして欲しいと、要望を出そうと思ってな」
「はぁ? またかいな。自分、それ以上どこを鍛えるっちゅーねん。経費の無駄遣いやでほんま」
「俺の筋肉は芸術だぞ。それを鍛えることの一体どこが無駄なんだ」
「そういえばあたしもぉ、新しいオトコが欲しいかもぉ。この前のオトコは、うっかり吸い過ぎて枯らしちゃったし」
「お前の相手が出来る男は、もうインキュバスくらいしかいねーだろ」
「……色欲魔人」
「んふ。お望みならぁ、ここにいる全員お相手してあげてもよくってよぉ?」
「ゾッとすること言わないでください。貴女に吸い取られて死ぬくらいなら、ボクは自害します」
六人が各々好き放題に喋っている。完全にベイディオロは蚊帳の外だ。苛立ちが募る。
そもそも、この個性的すぎる魔族たちをまとめようとすること自体、無謀なのだ。全く収拾がつかない。
いつもならこんな感じであってもグダグダ会議を進めているが、今日はそれどころではない。
魔界の歴史をも揺るがす大事件が起きているというのに。どこまでも呑気なやつらだ。
我慢の限界が来たベイディオロは、ダンッ、とかぎ爪で円卓を叩いた。
騒がしかった会議室が、一瞬にして静まり返る。
「黙れ皆の者ッ! 話を聞け! 緊急事態だッ! 人間族やトレーニング、男どころの話ではないッ!」
「な、なによぉベイちゃん。そんなに怒らなくたっていいでしょぉ? かっこいいクチバシが台無しよぉ」
「ストレスで羽が抜けちまうぞ」
サキュバスのレイナと、オーガのヴァハルがベイディオロをなだめる。
誰のせいだ。
だが、怒ってばかりではそれこそ話が進まない。ベイディオロは気持ちを落ち着けるため、深呼吸をした。
「もしや、新たな人間族が攻めてきましたカ? 早急に我が軍の対策が必要とカ?」
「いや、違う」
フェニックスのライムクルルの問いに、ベイディオロは首を横に振る。
こんなこと自分の口から言いたくない。だが、ここにいる者たちには伝えなければならない。
ベイディオロは、こちらをじっと見つめる六人に向かって静かに告げた。
「……魔王様が、ご機嫌斜めだ」
上級大将たちが一斉にざわついた。ケルベロスのカッカムが目を見開いて大声を上げる。
「ちょ、ちょっと待てや! それは確かに一大事やけども、こうやって招集かけて騒ぐほどのことなんか?」
「ああ、そうだ。……なぜなら」
納得できていない様子のカッカムに、ベイディオロは続けて言い放った。
「このままでは──魔界が、消滅する」
ベイディオロの発言に、上級大将たちは全員口を閉ざした。
ようやく事の重大さを受け入れてくれたようだ。
ベイディオロは彼らに向けて、今、魔界に起きている出来事を事細かに話した。
その事実を話していくほどに、会議室が重たい空気で満たされてゆく。
「──というわけで、魔界の危機を救うため、早急に適任者を用意する必要がある」
「し、しかし、今我が軍はどこも手一杯でス。それにそんな大役を任せられる者など、一体どこニ」
わかっている。そんなこと、こちらだって重々承知だ。
「だから今回の会議を開いたのだ。どうか君たちの力を貸して欲しい。──君たちが管轄する部隊の中から、この魔界を救う救世主を、なんとしてでも選出するのだッ!」