いよいよ結婚します
「殿下。疲れていらっしゃるでしょう?数日ほとんど寝ていないではないですか?」
「ああ。けれど昨日で全て片付いた。だから、今日は心ゆくまで結婚式を堪能する」
あらためてウェディングドレスを着た美しいファビアを見て、ディエゴは本当なら誰にも見せたくないくらいだと思った。
今日は各国から来賓も来ている。
ファビアの美しさにみなびっくりすることだろう。
昨日まで、ゲイリーの件でドタバタしていた。
父の皇帝にゲイリーを捕えてすぐに早馬で知らせており、ゲイリーを連行して戻ってきた時にはゲイリーの部屋から毒薬が見つかり、ゲイリー付きの護衛騎士が全て白状し終えていた。
息子の1人を罰せなければならないと言う辛い立場ではあったが流石に帝国の帝王は強かった。
皇子としてあるまじき行いをしてしまった息子には、斬首刑という最も過酷な刑を言い渡した。
母であるメリア側妃もその画策に加担していることは明白だったため、同じく処刑となる。
大国の皇帝として容赦ない決断を下したわけだが、そのやり方には反発の声を上げている貴族もいるようだ。
そこはこれからなんとか鎮めていくしかない。
ディエゴはその処理にかかりっきりで、結婚式を伸ばすわけにはいかないから、なんとか裁判までは終えて、今日を迎えたわけだ。
「わるかったな。ファビア。一生に一度の晴れ舞台なのに、こんなドタバタしている中で式を挙げなければならないようなことになって」
ディエゴが改めてファビアに向き直ったがファビアはにっこりと笑った。
「いいえ。むしろよかったわ。式の前に危うく殺されていたかもしれないのだもの」
「そう言ってくれると、救われる」
ディエゴは疲れている。
やはり弟を粛清するのはかなり過酷なことなのだろう。
ファビアはディエゴの手をギュッと握った。
「行きましょう」
「ああ」
ファビアの手に温かみを感じ、ディエゴはそっと額に口付けると、2人は会場入りした。
式は神殿で血族だけで行われ、女神ルーの像の前で大神官立会の元、誓いの言葉を述べる。
厳かな大神官の声の元、2人で女神像を見ていると、女神の声がした。
『ふふふ。やったわね。あなたたち』
え?
2人で思わず顔を見合わせる。
『こらっ!ダメよ。ちゃんと大神官の言葉を聞きなさい』
ってあんたが話しかけてきたんだろうが。
思っていたら、
『わるかったわね。失礼しちゃうわ。同じこと考えちゃってあんたたち』
と、また声が聞こえてきた。
『言っとくけど、これからがあなたたちの本当の仕事が始まるのよ』
わかってるさ。
わかってるわよ。
『やっぱり同じこと考えるのね。ふうん』
で、女神の声が突然止んだ。
えーーっ!
何しにきたのよ。あの人。
また2人で思っていたら大神官の声が止んだ。
何を言っていたのか女神のせいで何も覚えていないが、要は…ちゃんと生きればいいのだ。
大丈夫よ。
女神様。
わたしたちは
俺たちは
ちゃんと生きていくって。
ディエゴがにっこり笑ってファビアの唇を奪った。
久しぶりの唇へのキス。
やっとほんとの夫婦になれるのね。
式を終えると披露舞踏会だ。各国の来賓、ミルアーの貴族たちが会場を圧巻していた。
ディエゴは疲労の中、なんとか頑張って対応する。
ゲイリーのことはもともと体が弱く社交界にあまり顔を出さなかった皇子ということもあり、他国の来賓たちはあまり興味を示すこともなかったと見え、そんなに問題にはならなかった。
ゲイリーがほとんど忘れ去られたようなそんな存在だったと言うこともディエゴには辛かったがファビアが常に隣で気遣い、サポートしてくれたおかげもありなんとか切り抜けた。
レイナルドも来ていて、フロレンティーナは処刑に決まったとのこと。
もう言い逃れはできないから…とこちらも哀愁漂う表情だった。
ダイアナはようやく顔を出した。
かつて婚約者筆頭候補だったダイアナが顔を出したことにざわめき立っていたが、エスコートを買って出たイアンが常に横でダイアナを気遣い、1人にしないように気を付けて、ダイアナを守っていた。
あとはダイアナがいつイアンの気持ちに気付き、応えるかだ。
「兄上。おめでとうございます」
やっと、全ての義務を終えたディエゴとファビアが会場を出ようとしていた時だ。
後ろから声をかけてきたのはアーグフルトだった。
「アーグフルトか。ああ。ありがとう」
かなり疲れていたけれど、コイツにもそろそろちゃんと向き合わなければならない。
「このたびのことでかなりお疲れでしょう」
アーグフルトは毒薬や睡眠薬のことで知らぬ間に自分がゲイリーに加担していた形になったことについてかなりショックを受けていて、今回の処置についても遅くまで手伝ってくれていた。
「ああ。だがやっと婚礼も済んだ。肩の荷が降りそうだよ。お前の助けもあって薬の検査は早く終えることもできた。感謝してるよ。ありがとう」
「あ、兄上…」
ファビアが横でそっとディエゴの手を握る。
アーグフルト殿下はディエゴ様を好きなのよと言ったファビアの言葉を頑なに否定していたが、それは本当だったのだなと…今はわかっていた。
コイツは俺に認めて欲しかったのか。
「アーグフルト。落ち着いたらミルアーの医療体制を強化していくために医療管理機関を作ろうと思ってる」
「え?」
3年後に大陸に疫病が蔓延り、大量の死者が出ることをディエゴは知っている。
その対策が必要なことも。
「おまえにその機関を任せたい。病気は大飢饉を招き国を滅ぼす恐れがあるからな」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。お前しかいない」
「あ、ありがとうございます!頑張ります!」
アーグフルトの瞳が輝いている。
「それとアーグフルト。言っておくが、俺の花はいくら愛でても決して手に入らないぞ」
「え?」
アーグフルトがファビアに恋心を抱いていることも事実なのだ。
ファビアは気づいていないようだが。
「それは…わかっております。決して…」
ポンっとアーグフルトの肩に手を置いてディエゴは笑った。
「わかってるならよい。医療管理機関の話はゲイリーの件が片付いてから進めるから頼むぞ」
「はい!」




