もうすぐ結婚式なんですが…
「悪いなファビア。式の前に」
結婚式は1か月後に迫っている。
南部の制圧以来、皇帝がディエゴに討伐や戦争を命ずることはなくなっていた。
おそらくファビアをディエゴの妻として認めたということだろう。
ただ、これは皇帝と関係なく、ディエゴは本格的な冬になる前にアクランドの領地へケヌアの木の買い付けに行かなければならなかった。
アクランドの林業の技術をどうにかしてミルアーでも定着させたいと思っていて、今回は選び抜いた職人を派遣させる目的もある。
そのためにレイナルドとも密に連絡を取り合っていて、協定がこの間ついに締結されたところだ。これでミルアー帝国とガーディアン王国は同盟国となった。
前世ではあり得なかったことだ。
ガーディアンも着々と復活させているのだ。レイナルドは。
それはさておき、ディエゴが結婚式の1か月前の忙しい時に1週間留守にすることへの謝罪をファビアに行っているところだ。
ファビアと言えば、エリナの状況が聞けるし、お土産も持って行ってもらえるので、逆に嬉しくてホクホクしているくらいだというのに。
「いいえ。大丈夫です。もう式の準備は抜かりないもの。エリナによろしくね」
北部に行くので、ディエゴは、カアザの実をお酒につけたものを食べているところだ。
この実は冬の国ガーディアンではお酒につけると体をあっためる効果があり、重宝しているが、ミルアーでは国鳥マンドリームがもさもさと汚く食べる実として知られていて、煙たがられる。マンドリームがかじると、独特の成分が唾液に含まれているからか悪臭を放ち、ミルアー人から見たらなぜそんなものを食べるのかといつも眉を顰められるのだが…。
ファビアは気にしないし、どうやらディエゴも気にしないらしい。逆にあったまるからと北部へ行ったときはいつも食べていたのだと言ったので、この間からリズに言ってつけてもらっている。何分厨房では鼻をつまんで見向きもされないのだから。
「うん。ホクホクしてきた。ミルアーでも本当は食べるべきだな。こっちも冬は寒いからな」
「一日中外にいる騎士様とかなら本当は食べたらあったまるのだけれどね。誰も食べてくれないわ」
「まぁな」
ディエゴは笑った。
「俺くらいのものか。ミルアー人で食べるのは」
「ほんとそうね」
そしてそのあとバタバタとディエゴはアクランドに出かけたのだった。
今日は外は本降りの冷たい雨で、さすがに外に出るのもおっくうになりゆるゆると部屋で過ごしていたのだが…。
皇帝陛下付の侍女がやってきて、今日の晩餐は大広間で行うとのこと。
何なのかしら?
はてと思っていると、侍女たちが顔を見合わせている。
「あら、何か特別な日なの?」
「今日は、一年に一度の妃様方が全員揃われる日ですわ」
少し困った顔の侍女たち。
「ええっ!そんな日があるの?」
「そうなのです。皇后さまが提案なされて、4年前から年に一度はこういう場を持たれることになりまして…」
「それがなぜ今日なの?」
「それはおそらく一年目にこの日にされたからだと思います」
4年前といえば、ディエゴが転生した年だ。
その年に皇后がそういうことをしはじめた…。
「それまではなかったの?」
「はい。ええっと…」
「大丈夫よ。あなたが思ったことを正直に言ってちょうだい」
「はい。みなさま今のように落ち着かれていないと申しますか…かなりいがみ合われていたというか。それが4年前くらいから段々いがみあうようなことが減ってきたというか…」
「それはなぜなのかわかる?」
「さぁ…」
侍女たちは顔を見合わせた。
「ただ、ディエゴ殿下が…とても温和になられたので…。ぎすぎすしていた雰囲気が無くなったと申しますか…わたしたちもよくはわかりませんが、そのころから宮殿の雰囲気がよくなってきたのですわ」
ディエゴが転生して宮殿が明るくなった…。
ディエゴの努力の賜物というわけね。
そのおかげで妃たちの仲もギスギス感がなくなったのね。
もしかしたら、ディエゴが改心したから、その心が皇帝の心の奥にあった冷たさを溶かし、皇帝の心のあたたかみが妃たちをも変えていったのかもしれない。
一人の心がけで皆の心まで変えてしまうことがあるということをファビアは知っていた。
自分のまわりもそうだった。
自分が周りの人々を愛することで、継母であるキャロライナとの仲がよくなり、そのおかげでキャロライナと父も仲むつまじく、前世ではいなかった弟までできたのだ。
レイナルドの態度も前世とは全然違っていたもの。
ディエゴの努力は実っているのだわ。
そう思うとファビアは嬉しくなった。
「いいことね。それならわたしもおしゃれして晩餐に臨もうかしらね」
「はい。ファビア様」
まだ会ったことのない妃たちもいる。というかほとんどがそうだ。
ここはきちんとしておかねば…。
ファビアは気合を入れ、準備すると晩餐に臨んだ。




