ミラージュ大教会にて〜Part2-Ⅳ
ボイドのたてがみを撫で付けていたら、後ろからまだ小さい子どもが突然ファビアに言った。
「皇太子妃様は馬に乗るのが上手ですね」
「ほんとだ。どうやったらそんなにうまく乗れるんですか?教えてください」
「僕、将来騎士になりたいんです。馬にずっと乗ってみたかったんです」
「え?ちょっと…。まっ」
少年たちに囲まれ、ファビアは面食らってディエゴに助けを求めたが、ディエゴは少しだけ顎を動かしうなずいただけで後は、館長と話をしている。
ファビアは普段どおりというディエゴの言葉を思い出した。
「そうね。では教えてあげてもいいわよ。ボイドは今日はでも疲れているの。だからまた今度来た時に…」
「お前たち。皇太子殿下が馬を1頭くださるそうだ」
「え?ほんと?」
「ああ。ボイド一人では大変だろうからって」
「やったー!」
少年たちはこぞってディエゴの前に行くと、ディエゴにひたすら頭をさげている。
ファビアはボイドに今の事を伝えた。
ボイドは嬉しそうに『ひひん』といなないた。
こんなことならあちらで剣を交えている子どもたちに指導してもいいかしら?
この間から気になっていた子どもたちだわ。
ファビアはディエゴのもとへ行くと、あの子どもたちのところへ行ってもいいかと聞いてみたら二つ返事でOKだった。
「ねぇあなたたち。剣術が好きなの?」
なぜだか、ファビアのあとから男の子たちがついてきている。
「好きだ」
「僕たち皆好きだよ。剣術を極めて、帝国の剣士になるのが夢なんだ」
「じゃぁ。まだまだね。剣術というのはね。まずは相手を尊敬する心から始まるの。相手を尊敬した上で戦うのよ。お互いに尊敬し合えたら、術はすぐに向上するわ」
「え?そうなの。僕が強いんだ!って思ってるうちは甘いの。僕も強いけど相手はもっと強いって思って、それでも倒してやるって思うのよ」
「で、ここの持ち方はね……」
ファビアが指導すると、その子たちはみるみる上達する。
「すげぇ。皇太子妃様って剣術もできるのですか?」
「そうね。実戦経験はないけれどね。少しならわかるの」
「教えてください。僕本当に帝国の剣士になりたいんです」
「そうね。じゃぁ今度みっちり修業しましょうか」
「はいっ!」
いつの間にかファビアは男の子たちに囲まれている。
今までミラージュ大教会に来ていた令嬢たちはみな女の子たちにはよかったが男の子たちは自分たちで腕を磨くしかなかったのだ。
わたしの得意分野。
普段通り。
ファビアはミラージュ大教会に来るのが楽しくなりそうだと思った。
「あんたたちだけずるい」
ファビアの後ろで声がした。
女の子たちだ。
「へへーんだ。いつもおまえらはいい思いしてたじゃないか。俺たちだって、将来のためにちゃんと教えてもらうんだからな」
男の子たちがすかさず反論する。
いいえ。
この子たちもないがしろにはできない。
そのためには…。
「あなたたちにはダイアナ嬢がいらっしゃるわ」
「え?でもダイアナ様はもういらっしゃらないって館長様がおっしゃっているもの」
「大丈夫。今までどおり来て下さるわよ。あなたたちを見捨てたりはされないわ。そうですわよね。ダイアナ様」
「え?」
うつろな目をして隅の方に立っていたダイアナをファビアは見た。
「今まで通りミラージュ大教会のサポートを一緒にしませんか?ダイアナ様」
「ファビア様?」
「この子たちは刺繍もできないわたしを望んでいないわ。ミラージュ大教会にはあなたの力も必要なのです。助けていただけますよね?」
きっとうんと言ってくれるはず。
そしたらダイアナはファビアをまっすぐ見つめて、そしてコクリとうなずいた。
ほっ…よかった。
ダイアナがミラージュ大教会の管理にこだわっていたのは何もディエゴの妃になり損ねたからだけではない。彼女はここでの仕事に生きがいを感じていたとファビアは思っていた。
だから、必ずOKするはずだと。
「そっか。これで俺たちみんな教えてもらえて平等だ」
「そうね。次来た時はみっちりしごくわよ」
「ええっ!」
「ではまず宿題ね。言った通り、これから剣術の練習をするときは相手を敬うこと。わかりましたか?」
「はいわかりました」
子どもたちの大きな声にファビアはとてつもなく充実感を感じていたのだった。
◇
「イアンお前はダイアナを送るように」
「はい。わかっています」
イアンは兄がなぜこの女性を妃に選んだのか、わかった気がした。
太陽のような女性。
なぜかまわりの人間がみな明るくなる。そんな不思議な女性だと思った。
兄も明るくなったのかもしれないな。
今までダイアナに思わせぶりなことをしたことは許せなかったが、兄は心の底からファビア嬢を愛しているのだと思った。
ダイアナも兄に嫁いでも兄の心を得る事はできないだろう。
ならば、嫁がない方がましだ。
これから先、いい縁談は望めないだろうが、僕がそばで支えよう。
僕はダイアナに振り向いてもらえなくたっていいのだ。
ダイアナが幸せであればそれで。
「ダイアナ。送ろう」
楽しそうに女の子たちと刺繍を楽しんでいるダイアナに声をかけると、ダイアナはコクリと頷いた。
なんとなくふっきれた目をしていると思ったのは自分だけだろうか。
兄とファビア嬢はそのあと、早めに退散したが、最後まで残っていたダイアナをイアンは馬車に乗せた。
「今日は疲れたろう?」
「ええ」
そしてぼそっとつぶやいた。
「勝てるわけないわよね」
「え?」
ダイアナはブンブンとかぶりを振り、イアンと目が合うと、ドバドバと涙を流していた。
「ごめんね。イアン。わたくしあなたの前なら素直になれるの。許して。ずっと我慢していたの…」
「いいさ。思い切り泣けよ。胸貸してやるから」
「うん。ありがとう」
ダイアナが大声で泣いているのをイアンは心行くまで受け止めていた。
泣けばいい。
それで少しでも気が晴れるなら。
次回更新 11/15予定です




