男爵令嬢エリナ・アクランドと出会う
明らかに体幹の強いファビアが勝ってしまう。
相手の女性はよろめき壁にぶつかった。
「こちらこそごめんなさい。あっ公爵令嬢様」
そう叫ぶと彼女は真っ青になった。
彼女もデビュタントのようだ。白いドレスを着ている。
はて。こんな令嬢…前世でいたかしら?
「気にしなくていいのよ。ぶつかってしまったのはお互い様でしょう?あなたは?」
「申し遅れました。わたくしはエリナ・アクランドと申します。アクランド男爵家の娘です。このご無礼お詫び申し上げます」
カーテシーで深々と頭を下げて少し震えている気がする。
茶髪に茶色の瞳の平凡な顔立ちの女子だ。前世で知らなかったのは男爵家だからか…。
アクランド男爵家といえば木材事業の輸出で成功した新興貴族のはず。お金で爵位を買った元平民だ。
貴族社会は階級社会だ。
男爵家は貴族の階級の中で1番下。
公爵家の令嬢にぶつかって怪我でもさせてしまったら大事だ。
今ももしここでファビアが少しでも痛いと言い出すとこの令嬢はもう社交界から追放されたも同然になってしまう。
前世の自分なら絶対に痛いと言ってこの令嬢を社交界から追い出すことで自己肯定した気になりわずかな満足感を得ていたに違いない。
自分の母親も平民だったからそれを打ち消したくてこんなことばかりしていた。
バカだわ。わたし…。
とファビアは改めて前世の自分の行動を恥じた。
もうそういうのはやめる。
人間皆…同じよ。
「ねぇ。お一人?」
「え?あ、はい」
少し顔を赤らめて俯いた。
ファビアの機嫌を損ねなかったと少しホッとしたのかもしれない。
新興貴族の男爵家の人間なら古い貴族はあまり近づかない。きっとダンスを申し込む人もろくにおらず、一人で壁の花になっているはずだと思って聞いてみたのだ。
「わたくし、お腹が空いたの。あちらのごちそうをこっそり食べにいかないこと?」
「ええっ?けれど先程恐れ多くも王太子殿下とダンスされていらしたではありませんか?これからもダンスの申し込みが絶えないのではありませんか?」
「いいのよ。わたくし目立つのが嫌いなの」
「はぁ」
何を言っているのだとエリナは内心呆れ果てた。
さっきから目立ちまくっているこの美しく家柄も完璧な令嬢が目立ちたく無いですって?
「ほら、早く行くわよ」
「えっ?ほんとに行くのですか?」
「ええ。こっち」
淑女だと思っていた令嬢に手を引っ張られ、軽食コーナーに連れてこられた。
まだ宴は始まったばかりで皆ダンスに興じているため、このコーナーにはほとんど人がいない。
そんな中キッシュを取ると、ファビアはペロリと大きな口を開いてそれを口に放り込んだ。
「ん…おいしい。エリナ嬢もほら、食べなさい」
ファビアから大きくカットされたキッシュを手渡されたエリナは戸惑いながらもぱくりと口に入れた。
「おいひぃです」
公爵令嬢にこんな口調で話しかけていていいのかと思うが、相手が砕けているのでどうしてもこちらも砕けてしまうのだ。
「でしょう?」
クスクスと笑うファビアを見て、エリナは思わず赤面した。
な、なんて…可憐な人なの…。
可愛すぎる…。
「ねぇ。ここにしばらく一緒にいましょうよ」
そういうと手をひっぱり今度はデザートのコーナーにつれていく。
ほんとに公爵令嬢様なの?他の高位貴族の方々とは違うわ。
わたしたちにも分け隔てなく接してくださる。とても…いい人。
「このデザートおいしいのよ」
「召し上がられたことがあるのですか?」
ファビアが指し示したのは、見たこともないようなドーム型の白いおいしそうな食べ物だった。
「ないけれど、わかるの。だって王宮のシェフが作ったのよ。おいしいに決まってるじゃない?」
少し早口で言ったファビアはそのデザートを手でとるとぱくりとまた口に運ぶ。
だ、大胆…。
高位貴族令嬢とは思えない飾り気のないファビアの態度に自分まで楽しくなってきたエリナはもういいやと思い、一緒に楽しむことにした。
今日一日のために父の言う通りさんざん気を遣って用意をしたにもかかわらず、舞踏会場ではまったく相手にされず陰口の嵐だった。
わかっていたことだし、慣れてはいたけれどそれでも16歳の少女には心理的にキツくてめげかけていたのだ。
「わたくしも遠慮せずいただくことにいたしますわ」
「ええ。そうよ。食べましょう。わたしたちここで残りの時間を過ごしましょう」
そのまま2人はデザートをお皿に入れて、隅の方にある小さなテーブルに陣取ると、会話に花を咲かせ始めた。